418 ラトアン視察

 いつもと同じ様に教室に入ると、リディアとフレディから昨日の件、クリスの連れ去りについて心配されてしまった。あんな事をやって大丈夫なのかという心配である。まぁ、クリスの父である宰相閣下の要望に応えての事なのだから問題はないのだが・・・・・ 大丈夫だから心配しなくてもいいと話したのだが、二人はそれで収まる筈がない。


「いきなり公爵令嬢を連れて行くものだからビックリしたよ」


「令嬢といくら親しいからって、あんなこと・・・・・」


「いや、クリスのお兄さんから連れてきて欲しいって言われて、仕方なくやったんだよ」


「え!」

「お兄様!」


 フレディもシャロンもクリスの兄の存在に驚いている。俺が兄妹間のいさかいがあって、アルフォンス卿が呼んでもクリスが応じようとしないので、ああいう形で兄の元に連れて行ったのだと話した。


「アルフォンス卿からの頼みだから断れなかったんだよ」


「グレン、そんな方とまで知り合いだったんだ・・・・・」


「いや、ちょっとした縁でな」


 驚くフレディ。半ば創作話なのだが、アルフォンス卿も噛んでいるので、まぁいいだろう。二人にはこれで納得してもらったのだが、他のクラスメイトにも似たような話をしなければならなかったので大変だ。その内の中の一人であるディールなぞ、フレディやリディアより心配してくれている。貴族子弟から見る昨日の一件はかなりヤバい事らしい。


「公爵令嬢にあんな事をやってタダでは済まないぞ」


「終わったことだ。心配するな」


「たとえ令嬢が大丈夫でも家門が収まるかは別だからな」


「その点は大丈夫だ。アルフォンス卿からの依頼だったからな」


「宰相補佐官の!」


 ディールはアルフォンス卿の地位を知っていたので、こちらの方が驚いた。この辺りが貴族子弟と平民子弟との差なのだろう。兄妹間の話で連れ出したから、お咎めがないのが分かると、お前は「無敵平民」だよと妙に感心されてしまったのである。ディール曰く、貴族子弟なら腰が引けて出来ない事でも、しがらみがないから思いっきり出来ると。


 「無敵平民」か。悪くはないネーミングだ。「自由商人」も悪くはないと思ったが、俺のイメージ的には「無敵平民」の方がしっくりくる。いいじゃないか、「無敵市民」ってのは。ディールも中々いいセンスをしているな。クリス連れ出しの件の説明が一段落したのは、昼休みが終わった頃。今度は馬車溜まりに向かわなければならなかった。


 クリスが父である宰相閣下と暴動の現場であるラトアン広場に視察するという事で、何故か俺も同行する羽目になってしまっていたからである。昨日の段階ではクリスと二人の従者、トーマスとシャロンが同行するものだと思っていたのだが、いつの間にか俺も加わることになっていたらしい。しかし、馬車溜まりに行くと、同行者は俺だけではなかった。


「はぁ? どうして君達が?」


「近侍のリッチェルでございます」


「行儀見習いのローランです」


「・・・・・」


 なんとアイリとレティもクリスに同行するというのである。聞けばクリスからの要請だという事。しかしまだ、その設定・・が生きているのかと感心してしまった。やがてクリスと二人の従者トーマスとシャロンが現れると、俺達は視察に向かう為に用意されたノルト=クラウディス公爵家が所有する六人乗りの新型馬車に乗り込む。


 この馬車は三頭立てで、馬車の後ろに二人の衛士を同乗させることができる仕様で、前には御者と補助員が座っている。合わせて十人が乗ることが出来るという大型の馬車で、この馬車に加え、ノルト=クラウディス家の衛士が乗る四人乗り馬車が二台派遣されて来ていた。俺達は馬車三台を連ね、十名の衛士の護衛を受けて現地に向かったのである。


 現地に到着すると、宰相閣下は到着していなかったが、物々しい警備が行われていた。見ると『常在戦場』の隊士らもいる。おそらくは警備の依頼をされたのだろう。一方、官吏服を来た一団もいる。また『週刊トラニアス』の記者の姿もあり、他にも記者と思しき者もいた。おそらくは四大誌の記者なのだろう。


 俺達が馬車を降りて整列していると、馬車が車列を作ってラトアン広場に到着した。続々と降りてくる衛士と官吏服を着た役人達。その中には見覚えのある面々もいた。民部卿トルーゼン子爵、民部王都処長デルマール男爵、民部卿補佐官デミールら宰相府民部の幹部らだ。クリスの次兄で宰相補佐官のアルフォンス卿も従者グレゴールを伴っている。


 そしてひときわ大きな馬車からは宰相閣下と二人の従者レナード・フィーゼラーとメアリー・パートリッジが降りて来ると、宰相補佐官アルフォンス卿が付き従う。トルーゼン子爵をはじめとする民部官吏達は深々と一礼すると、宰相閣下の後ろに従って列を成してクリスの元にやってきたので、その列にクリスも合流した。


 民部王都路政係長シャオメンなる者が前に進み出て、広場の案内を行い、現在の状況について説明を始める。これが今日の視察のテンプレートなのだろう。こういう国の要人の動きというのは、事前に打ち合わせされており、大枠で決まっている。エレノ世界の習わしらしいが、現実世界でもそれは変わらないのではないか。


 そんな中での俺の仕事は、アイリやレティと同じくクリスの随員。クリスのお供として随伴する事が目的。退屈な仕事なのは明らかなので、俺の中で今日の同行予定はなかったのだが、クリスが俺が来るのは当然だと勝手に決めつけてしまったからである。昨日、クリスの手首を掴んで引っ張ったのを許す代わりについて来いというのだ。


 妙なバーターのせいで、このつまらない同行に参加する羽目になってしまったのだが、視察の方は官吏達の予定通りに進んでいるようである。宰相閣下とクリスを広場とその周辺に案内し、被害状況を説明。急遽決まった視察なので慌ただしかっただろうが、宰相閣下が頷いているのを見ると、大過なくこなした感じなのだろう。


 そして官僚達の説明が終わった頃、クリスが被害にあった商店主らと話がしたいと言うことで、宰相閣下とクリスの元にラトアン広場周辺の商店主らが呼ばれた。クリスが以前視察に訪れた際に顔を合わせた商店主達である。その中にはナ・パームやダラスもいた。そして商店主達はクリスと再会すると、口々に感謝の言葉で答えたのだ。


「公爵令嬢のお陰で店の再開の目処がつきました」

「ありがとうございます、公爵令嬢」

「このようなお礼しか申し上げられず、お許し下され」


 これらの声にクリスは「早くお店を再開して、広場を活気付けましょう」と返したので、店主達やその周辺にいた平民達から歓声が上がった。あまりに予想外の反応だったからだろう。その声に宰相閣下をはじめ、アルフォンス卿も随員達も皆驚いている。私財を投じて商店主の窮状を救わんとした、クリスの平民からの支持はかなり強い。


「我が娘の施しで皆が救われたならば、親として感慨無量である」


 商店主らの声を受け、宰相閣下はそのように述べた。宰相としてではなく、親として話したという点が印象的で、つまり公ではなく私で施したという線引きを明確にしたものであると言える。つまり公費では建物等の修繕費用を出さない事を明らかにしたとも捉える事ができる訳で、その辺りが宰相閣下が政治家である所以なのであろう。


 商店主らとクリス、宰相閣下との間で、店舗復旧の進捗状況ついて言葉が交わされた。店の中には既に修繕を済ませ、開店にこぎつけた店もあり、開いた店に続けと他の店も早期再開を目指しているといった話が出ている。一通りの話が終わったところで、それまで広場の状況を説明してきた王都路政係長シャオメンにクリスは尋ねた。


「この広場で屋台を開いていた露天商はどうなったのでしょうか?」


「・・・・・」


「どうなったのですか?」


「・・・・・分かりません」


 シャオメンは明らかに戸惑っている。クリスの問いかけの意図が分からないからだ。おそらく背中には冷や汗が流れている筈。


「どうして分からないのですか?」


「・・・・・」


 この展開にシャオメンだけではなく、宰相閣下に随行している官吏達も困惑している。口籠もったシャオメンの代わりに別の官吏が説明を行う。


くだん紛擾ふんじょうに伴い、この広場で露店を出すことを禁じました故、その後どのようになったのかにつきましては・・・・・」


「露店を出す事を禁じた以上、命令を出した側は、禁じた後にどうなったのかを知る責任があるのではありませんか?」


「・・・・・」


 これには説明した官吏も沈黙してしまった。クリスの言い分の方が正しいからであろう。これに対し、王都全体の行政を統括する民部王都処長のデルマール男爵が進み出た。


「しかし何らかの防止策を講じなければならないのは間違いない訳で、露店の禁止策は・・・・・」


「間違っているとは申しておりません。むしろ必要な対策を行うことは当然の事です」


 クリスがそう答えると、デルマール男爵ら民部官吏達には安堵の表情が広がった。だが、次のクリスの一言で一変する。


「ですが、対策を講じた後の事を把握していないのは、十分な対策を講じているとは言えないのではありませんか?」


「・・・・・」


 これには官吏達は皆沈黙してしまった。というのも官吏達は、露店を開かぬよう通達を出して終わりなので、露天商のその後など考えもしていないからだ。それが仕事な訳で、むしろ今はクリスに対して「どうしてそのような事をお聞きになるのですか?」と問いたい心境なのではないのだろうか? それほどクリスと官吏らの感覚の差は大きい。


「その後の状況を確認し、次の手を打つのは当然の話。しかし何も把握していないのであれば、対策を講じていないのと大差はございません」


 クリスの言葉を宰相閣下とアルフォンス卿は黙って聞いている。色を失っている官吏達にクリスは再び聞いた。


「露天商のその後について知っている者はおりませんか?」


「・・・・・」


 クリスは官吏達を見渡したが、誰も答える者はいなかった。

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