419 種明かし

 「ラトアンの紛擾ふんじょう」後、広場で露店を出店するのが禁じられたが、露天商がその後どうなったのかとクリスは尋ねた。しかし官吏達は誰一人として答えられない。皆、固まったままである。それを見たクリスは、商店主達の方に問いかけた。露天商の事を知らないかと。するとナ・パームが前に進み出て、恐る恐る言った。


「本日、たまたま・・・・あちらの方に露店を開いていた者がおりまする」


 ナ・パームが手を差し出した先には商店主の一団があった。あれが露天商達か。クリスが話をしたいと言うと、ナ・パームの横にいた商店主のダラスが、慌ててその一団の元に駆け寄って連れてきた。クリスが露天商達に現在の状況について問いかけると、突然広場への出店が禁止されてしまった事で、商いを行えない窮状を訴えたのである。


「広場での出店が禁じられるのは止む得ないとしても・・・・・」

「店が開けなければ仕事ができません」

「このままでは、どのように暮らせば・・・・・」


 出店を禁じられた露天商らの声に、民部卿トルーゼン子爵ら民部官吏達は沈黙してしまった。クリスが露店の話を持ち出して来るのも想定外ならば、露天商の声を聞くのも想定外。全くの予想外の展開に、官吏達は皆戸惑っている。露天商からの訴えを聞いたクリスは、皆に聞こえるよう宰相閣下に訴え出た。


「閣下。出店を禁じられた露天商は窮地に立たされておりまする。しかし広場への出店禁止は安全を確保するために必要なこと。ですので私は別の場所で露店の出店を許可出来ればと」


「別の場所とは?」


「あちらにございます馬車溜まりはいかがかと」


 これには露天商も民部官吏達も驚いている。案を聞いた宰相閣下はクリスに質す。


「では、馬車溜まりに止められなくなった馬車はどうすれば良いのじゃ」


「父上。ラトアン広場を一時的な馬車溜まりとされてはいかがでしょうか? 新しい馬車溜まりの場所を確保するまでの繋ぎとして」


「なるほど!」


 宰相閣下は大きく頷いた。露天商達と官吏達は、それぞれの中で顔を見合わせている。宰相閣下は民部卿のトルーゼン子爵に聞いた。


「どうであろうか?」


「正しく妙案にございます」


 役人の掌返しは早い。クリスに忖度した方が得だと判断すれば、恥も外聞もなく媚を売りかかってくる。全く信じ難い話だが、今それが目の前に展開されている茶番を見るに、これが人間社会というものなのだろう。瞬く間に、クリスが考えた「馬車溜まりと広場の役割交換」という案は採用される事になったのである。


 しかし、なんという三文芝居なのか。クリスの臭い脚本だったのだが、本当に話が成立してしまった。だが三文芝居のおかげで、広場から締め出された露天商達が、再び露店を開く事が出来るようになったのだ。この話に露天商達は皆感涙し、肩を抱き合って喜んだ。広場周辺の商店主達や、この模様を見ていた民衆からは歓声が上がった。


「ならば早急に執り行うように」


「ははっ!」


 宰相閣下の指示を受け、民部官吏達が一斉に頭を下げると、皆が一斉に動き出す。どんな三文芝居であろうとも、どんな臭い脚本であろうとも、一度話が動き出せば一気に動き出すのだ。問題は動くか動かないのかという、ただそれだけの話なのである。宰相閣下はその勢いのまま、周囲にいる民衆に向かって言葉を発した。


「我が王国は民が窮状に立たされておる事を知るならば、此れを看過するなど決して無い事をこの場で宣言しよう!」


 その言葉に広場は大きなどよめきが起こり、それと同時に「ノルデン王国万歳!」「宰相閣下万歳!」「公爵令嬢万歳!」という、これまでに聞いたこともないような大歓声が起こった。その声はやがて中央大路全体へと伝搬していく。俺達は民衆の熱狂的な声を聞きながら、馬車に乗り込んでラトアン広場を後にしたのである。


 ――ラトアン広場からの帰り道。クリスのテンションは高かった。何よりも露天商が馬車溜まりで露店を開くことができるようになったのが嬉しくてたまらないらしい。クリスは露店再開を機として、今後は露店を出店する者達が場所代を分担して払うことを提案すると、露天商達は挙って支持を表明し、喜んでその案を受け入れた。


 露店の存立根拠を場所代の払いによって証明しようというのがクリスの狙い。これまではそういったものを払っていなかったが故、広場での出店を一方的に禁止されても申し出る場さえなかった。露天商達は自らの立場の弱さを痛感したからこそ、クリスの提案を受け入れ、自分達の地位や立場を守ろうとするクリスを積極的に支持したのである。


 学園に帰った後、皆でロタスティの個室に入って、久々の夕食会となった。俺が個室に入るのも久しぶりのこと。というのも最近、本当に個室が取れなくなってしまったからである。『貴族ファンド』が行っている小麦融資、いわゆる小麦無限回転のおかげで貴族達に多くのカネが回り、それが貴族子弟の懐までを温めているのだ。


 だから一部の貴族子弟の金回りが急速に良くなり、彼らが個室を押さえるようになってしまったという事。その仕組みが分かったのがつい最近の話。ディール子爵家で、小麦融資の話を知ったからに他ならない。もしディールからの相談がなければ、ロタスティの個室が借りられない状況について、未だ理解できぬ状態にあっただろう。


 今日の視察が狙い通りだったので、食事会でもクリスは上機嫌だった。クリスは俺やアイリ、レティについて来てくれて本当にありがとう、と何度も何度も礼を言う。実は視察の成功自体は確信していたものの、内心不安だったのだという。宰相府の官吏達のペースに巻き込まれないかどうかが心配だったというのである。


 自分の考えているシナリオとは違う方向に話を持っていかれては困る。俺に手配まで頼んだのに、全ては水の泡となってしまう。そんな事が脳裏に浮かんだらしい。現地での堂々たる態度からは想像が出来ぬ繊細さ。ふと昨日握った、クリスの細い手首を思い出した。フワッと軽い手首だったな。普段はオーラで見えないが、クリスは本当に華奢だった。


「今日は話がトントン拍子に進んだわね」


「露天商の方が偶然おられましたから、良かったですね」


 レティとアイリが禁止されたラトアン広場の露店が、近くの馬車溜まりで再開される事が、予想外にはなく決まったと話している。事前にクリスから話を聞いていたが、一旦決まったことだからなかなか難しいのではと思っていたらしい。そこで俺は種明かしということで、二人に事情を話す。


「露天商の人々は、クリスに頼まれて来てもらっていたんだよ」


「え!」

「ええっ!」


 驚くアイリとレティに詳細を話した。『常在戦場』の調査本部長トマールを通じ、商店主のナ・パームやダラス、露天商達に対して事前に通知していたと。宰相閣下やクリス、官吏達を前ににして、振る舞って欲しいかという振り付けまで知らせたのだが、皆が喜んでその役に徹したのは言うまでもない。


 エレノ世界というところ、現実世界とは比べ物にならないくらいの激しい身分社会。貴族と平民が普通に話したり、官吏と民衆が意見を交わしたりする事なんざ、本来ならば起こり得ないのだ。そんな社会で偶然にも宰相閣下やクリスが、その場で出会った商店主らや露天商と話ができるなんて都合の良い話なんて、ある訳がないではないか。


「それって芝居じゃない!」


「そうだよ。素人の三文芝居だがな」


 レティに言うと、皆が笑った。いやいや、事実じゃないか。全員素人じゃないか。だから偶然を装っても全く偶然には見えず、俺は噴き出しそうになるのを堪えるのに必死だった。しかしそんな三文芝居であっても上手くいったのは、ひとえにクリスや商店主、露天商らの願いが強かったからだ。加えて宰相閣下がそのシナリオに乗ってくれたのも大きい。


「しかし宰相閣下の宣言は、圧倒的だったわ」


「ええ。周囲を取り囲んでいる人々がもの凄い歓声を上げてましたからね」


 レティとアイリが言うように、視察の最後にあった宰相閣下の民衆へ訴えのインパクトは大きかった。あれで広場全体の空気が万歳一色に変わったのだからな。


「お父様が、まさか民衆に向かって、直接訴えかけるなんて思いもしませんでした」


 やはりクリスも予想外だったようで「お父様が輝いて見えました」と付け加える辺り、その姿に感激したようである。


「ですが、お父様の言葉が気にかかります」


「去り際に話されていた言葉か?」


 クリスはええ、と頷いた。宰相閣下が馬車に乗り込む際にクリスに言葉をかけていたのだが、俺達は少し離れたところにいたので、どんな言葉をかけられたのかは分からなかったのである。 


「「覚悟が決まった」と仰っていました」


 「覚悟が決まった」 一体どのような覚悟だろうか? 宰相閣下が覚悟を決めてまでやるような事とはどのようなものであるのかは、俺には想像ができない。クリスにも聞いてみたが、分からないという。レティが言った。


「クリスティーナを見て仰ったのですから、同じような覚悟ではないの?」


 クリスがラトアン広場の一件の為に、父である宰相閣下の意向を拒否してまで屋敷に戻らなかった。権力者でもある宰相の不興を恐れず、意を決してその意向を拒否したのは、ラトアン広場の件を直訴する為だったのだが、それと同じくらいの覚悟を持っての事ではないかというのである。


「お父様のお立場と比べれば、私など・・・・・」


「立場は関係ないわ。覚悟を決めるなんて簡単な事じゃないんだから」


 全くその通りだ。たまにはレティもいい事を言うな。よくよく考えれば、レティも覚悟を決めてリッチェル子爵家の実権を掌握したのだったな。若いというには若すぎるぐらいの弱年にも関わらず父エアリスから采配権を奪取し、弟のミカエルに子爵を継承させるという、自らの経験がそれを言わせているのだろう。

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