412 出資金の行方

 何かを行うにはなんと言っても必要なのが「裏打ち」だ。時にそれが法であったり、有力者や著名人の「お墨付き」であったりするのだが、商人の場合にはそれが二つある。一つは「信用」、そしてもう一つが「カネ」。今回のケース、いつでも平民向け低利融資を行えるように「事」進めるにはカネ、即ち『金融ギルド』の出資金を積むのが一番早い。


 ところがそこには二つの問題がある。一つはそのカネを誰が出すのか、もう一つはどれだけ出すのか。後者で自分の財布を念頭に置き、前者で周囲の空気を読みつつ駆け引きを行う。自身の財産保全を考える上で当然のこと。だが、それでは勝ち負けに絡めない。勝つ為にカネを出すのだから全体を俯瞰しなければダメだ。俺は出資額を提示した。


「違う、五〇〇〇億ラントだ。三の次は五だと決まっている」


「・・・・・五〇〇〇億か」


 ジェドラ父が呟いた。カネの数え方は一、二、三と来た後は五。その次に来るのは十になる。だから四〇〇〇億ではなく、五〇〇〇億。この額ならば『貴族ファンド』、いやミルケナージ・フェレットもすぐにはカネを積むことが出来まい。両手を組んで机の上に載せたザルツが、俺の方を向いて、静かに言ってきた。


「五〇〇〇億。言うは易し・・・・・」


「出資金が後二二〇〇億必要だな」


 シアーズが腕組みをして応じる。あれ? 『金融ギルド』の出資金は二六〇〇億ランドではなかったか? そう思って確認すると、各地で結成された貸金組合からの出資や新たに加入した職業ギルドからの出資によって、出資金が二〇〇億ランド程上積みがなされたとの事。これもまた、俺の知らない話。今日は本当に、知らない話ばかりが出てくるな。


「中々の金額だ・・・・・」


 ジェドラ父が目を瞑りながら言う。若旦那ファーナスを見ると、机の方に視線を落としたままだ。ザルツはというと、両手を組んで机に載せ、それをじっと凝視している。俺はそれを見て確信した。要は三商会の中で、出資金を誰がどのような形で負担するのかという点を棚上げにしたままなのだ。だから話が進まないし、ザルツも言いたがらない。


 前回出資金の話が出てきたとき、『貴族ファンド』が立ち上がる直前、ジェドラ父とファーナスの二人には出資する機運があった。あの時は『貴族ファンド』、すなわちフェレット商会と対抗しなければという思いが、強い動機となっていたのだ。しかし出資金の話も立ち消えになった事もあった、今はその熱も冷めてしまっている状況。


 一方、ザルツも出資金の話を止めた手前、改めて話を切り出しにくいという事情もあるのは間違いない。かくして三商会は、皆が『金融ギルド』の出資話が近々やって来ると思いつつも、それぞれが如何程の負担を行わなければならないのかを探り合う中で、現在に至ったのであろう。会合の空気が膠着状態の中、エッペル親爺が声を上げた。


「少ないが五〇億ラントなら出資できるぞ」


 俺がモノを言おうとしたタイミングで、そう言われたので拍子抜けをした感じになってしまった。意外な伏兵からの申し出にシアーズが心配そうに聞く。


「目を付けられないのか?」


「そんなものを恐れちゃ、商人なんて出来ねぇよ!」


 これに対して、エッペル親爺は喜んで憎まれ口を叩いている。シアーズの顔を見ると心配しているのではなく、喜んでいるように見えた。金額の桁が大きくなって、感覚がおかしくなっているが、五〇億ラントは一五〇〇億円。普通に大金である。取引請負ギルドでそれぐらいのカネが扱えるのだろうか? その辺りをエッペル親爺が説明する。


「最近手数料収入が一気に増えたんだよ。ギルドの加入者も増えたしな」


「ウチの方も最近客が増えまして・・・・・ 貴族の方はもちろんですが、平民層も」


 最近、『投資ギルド』にカネを預けに来る人が増えているのだという。これまでエレノ世界には、カネを預けて利息を増やすという考えがなかったので、ワロスが当初想定していた投資信託の案件が少なかった。ところが『週刊トラニアス』や『小箱の放置ホイポイカプセル』で、宣伝すると一気に契約者が増えたのだという。


「確実な利回りが必要ですので、ウチも『金融ギルド』に出資したいと思います」


「『金融ギルド』からの融資を直接受けているのに、問題にはなりませんかな。配当よりも利払いの方が多い」


 ワロスの出資表明に『金融ギルド』参与のピエスリキッドが難色を示した。『貴族ファンド』の小麦無限回転ではないが、融資を受けたカネで融資元の出資金を出すという、マッチポンプ的ロジックに成りはしないかというのである。ピエスリキッドの指摘は至極当然、流石は債権屋だ。これに対し、ワロスが反論する。 


「カネの質が違います。『金融ギルド』からの融資は我が方から・・「投資」に使い、『金融ギルド』への出資金は、我が方への「投資」を使う」


「しかし、カネには色がございませんぞ」


「ですが、出処と使い方が違えば自ずと変わります。ここは明確に切り分けなければなりませぬな」


 カネに何ら違いはないとに立場でモノを言うピエスリキッド。これにワロスは『金融ギルド』からの融資分は『投資ギルド』が投資する為に使われるのに対し、『金融ギルド』への出資分は顧客からの預かり金の一部を使っての事だと、「カネの色」論を持ち出して正当性を主張したのである。ワロスとピエスリキッド、貸金界隈の論理戦は面白い。


「そもそもは『金融ギルド』に出資できない貴族や富裕平民から出資を募って、投資を行い、出資者に配当するのが『投資ギルド』の目的。その視点に立てば、『金融ギルドも』も『投資ギルド』にとっては出資先の一つ」


 そうなのだ。ワロスはそれをやろうと『投資ギルド』を立ち上げた。ところが貴族が予想以上に借金を抱えており、富裕平民も出資に二の足を踏んだことから、出資額が中々集まらずに足踏みをしたのである。代わりにワロスは『金融ギルド』のカネを引っ張り、鉱山開発などに出資し、鉱石の販売権を獲得して大きな収益を得ていた。


「出資者が目に見えて増えたのは、リッチェル子爵家の襲爵式や『常在戦場』の襲爵式に参列してから。あれで認知されて、信用を得たのでしょう」


 あの二つは共に『常在戦場』が絡んだ事があって、資金管理を行っているシアーズとワロスが参列していた。これが大きく影響したのだという。ワロスの顔を知らしめ、人脈を示したことが信用に繋がったという事か。そして今、『投資ギルド』には『金融ギルド』に出資するだけの資金を確保している状況にあるというのである。


「ですので、顧客から預かった出資を固く安定した運営を行っている『金融ギルド』に、是非とも出資させていただきたい」


 これにはピエスリキッドも黙ってしまった。『金融ギルド』から借りたカネではないカネを出資すると言われたら、『金融ギルド』側からモノが言えなくなってしまうからだろう。「信用のワロス」を娘に渡して、兄貴分のシアーズの元で『投資ギルド』を立ち上げたワロス。『金融ギルド』の内と外の線引きに関しては、一家言あるのだろう。


 俺は会社の中でのこうした議論に全く立ち入ることはなかった。社畜生活に慣れた俺にとっては、その事自体「煩わしい」ものでしか無かったからである。だから社内のそうした意見対立や、それにまつわる人間関係に興味を惹かれることなど皆無だった。大体、ワロスとピエスリキッドの議論に比べ、次元が低すぎて話にもならない。


 ワロスに対してピエスリキッドは何も言い返さなかった。見ると参ったという表情をしている。債権屋と貸金屋との戦いは、ワロスに軍配が上がったようだ。おそらくは過去と未来で商人となったという稀有な体験が生かされたのだろう。まぁ、これはあくまでアニメ界での話なので、仮想の過去と未来という事にはなるのだが。


「ならば『金融ギルド』は、『取引請負ギルド』と『投資ギルド』の出資を受け入れたい」


 配下の勝負を傍観していたシアーズは、大抑に言った。演技じみているのは内輪の事なのと、ある方向に話を進めようという意図があるからだろう。おそらくは、出資を増やそうという方向。それを受けて少し困った表情をするザルツと、やる気になり始めたような感じのジェドラ父の対比が面白い。若旦那ファーナスがシアーズに聞く。


「前の話では出資が大きく増えると預貸率が下がるから、出資者の配当が減るという事でしたね」


「ああ、その通り」


「我らが配当が減ることを承知の上で出資したとしても、我らの他に出資したギルドの配当が減るので反発も出るだろうとの話でしたが、シアーズ殿。その辺り、出資増とどのように合わせる事になったのですか?」


 なるほど。ファーナスは出資を大幅に増やした場合、貸し出すところがなければ貸し出している金額が変わらず、貸出率のみが下がり率が下がる事によって、出資金を増やさない者の配当が減るという問題をどう考えるのかを質しているのである。しかし対するシアーズは困った表情どころか、自信に満ちた顔をしている。


「その点については心配ご無用。ですな、アルフォード殿」


「・・・・・」


 そう振られて、ザルツが苦笑している。何か一番事を知っているザルツが、最も困惑して振り回されているのではないか? そんな気がする。情報をより多く持っている方が、必ずしも優勢だとは言い切れないのかもしれない。ジェドラ父がシアーズの方を向いた。


「心配無用ということは、解法があるということかな? シアーズ」


「ああ、あるぞ。心配無用だ。有力な借り手がおる」


 シアーズは自信を持って答えた。有力な借り手だと? 誰なんだ? 貸金業者ならこうは言うまい。


「ノルデン王国だ。王国に貸す」


 はぁ? シアーズの言葉に呆然とした。全く想定外の借り手だったからである。俺だけではない、ジェドラ親子もファーナスも驚いている。エッペル親爺もワロスもピエスリキッド同じ。ハンナも同様だ。しかしザルツとリサを見ると驚いてはいない。つまりシアーズの話をザルツ、そしてリサはこの話を知っているのだろう。

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