413 国債発行

 「ノルデン王国に貸す」。胸を張って言う『金融ギルド』の責任者ラムセスタ・シアーズ。全く想定外の借り手に、俺は呆気にとられた。事情を知っている感じのザルツとリサを除いて、他の出席者も俺と同じような状態のようである。そんな中、シアーズを質したのはジェドラ父だった。


「王国に・・・・・ 貸すとは?」


「それは・・・・・」


「私が言おう」


 シアーズが話そうとしたところをザルツが制した。やはり話の元はザルツなのか?


「この話はリサが話したほうがいいな」


 はぁ? なんとザルツはリサに振った。一体どうなっているんだ? リサは父に代わりお話しますと一礼すると、『金融ギルド』が「ノルデン王国」に貸すという意味について説明を始めた。


「宰相府では昨今の小麦高騰と紛擾ふんじょうに対処を強めるべく、債権の発行を企画しております」


「それはつまり、王国が借金をするという解釈でいいのか?」


「債権と資金が交換される事を考えれば正しくその通りかと」


 若旦那ファーナスからの質問に、リサはそう答えた。どうやら宰相府は国債を発行して、係る費用を調達しようとしているようだ。しかし、こんな重要な話の窓口がザルツではなくてリサだとは。意外過ぎる展開に、驚くというよりも戸惑ってしまう。今日は何から何まで調子を狂わせるような話ばかりで、こちらの頭が混乱してくる。


「しかし、これまで王国はカネを借りたことなど一度もないはず。それをどうして」


 ピエスリキッドが言うには、王国はこれまで一度もカネを借りたことがないらしい。貴族はカネを借りまくっているのに、どうして国はこれまで借りてこなかったのか疑問が残るが、本当に借りたことが無かったのだろう。確かに近衛騎士団の予算削減の話を聞いても、歳入によって予算を決めているようだったからな。


「必要な費用に関しては、前例を覆してでも対処することをお考えの模様」


「半年毎に利子を払い、満期に額面を返す債券をとの事」


 ザルツの返答を聞くに、宰相閣下が国債の発行による国費の調達を考えているようだ。リサが補足した話から、利付債を検討しているのだろう。満期の時に利払い込みで支払われる割引債ではないようである。しかし自信に満ちたシアーズと、今ひとつ話したがらないザルツとの差は何なのか?


「まだ確定事項ではないからな」


「一体、如何程の債権を発行する気構えであられるのか?」


「断定はできない」


 ザルツは、ジェドラ父にキッパリと言った。おそらくは本決まりではないから、話したくはなかったのだろう。ザルツの表情を見るにそれが分かる。ザルツは本当に慎重な男だ。慎重だからこそ、家族であっても容易には喋らない。だから俺が知らぬ事が多くなるという訳である。そのザルツは、暫く間を置いた後、再び口を開いた。


「断定はできないが・・・・・ 五〇〇は」


「堅いのだな」


 ジェドラ父からの指摘に、ザルツは黙って頷く。宰相府は小麦と暴動に係る対策費用捻出の為、五〇〇億ラント程度の国債を発行する腹積もりという事か。そして、その国債を引き受けるのは・・・・・


「その五〇〇億ラント。『金融ギルド』が貸すのだな」


 エッペル親爺がシアーズに向けて言った。シアーズはニヤリと笑ってそれに応じたのを見ると、元よりそのつもりのようである。これで大体の話が見えてきた。ザルツは『貴族ファンド』対策と、小麦対策に係る平民向け低利融資、そして宰相府の国債発行の引き受け。この三つの要素のバランスをどう取るのかで、話す間合いを計っていたのである。


 しかも全て決定ではなく、不確定要素の多い中、これらを見極めて総合的に判断するというのは至難の業。知っている情報が多いからといって、必ずしも判断にいい影響を及ぼすとは限らない好例だろう。しかしこういう複雑な話の場合、逆に自分達が採ることができる選択は何かを考えると、自ずと見えてくるものがあるのだ。


 そこから考えると、国債発行案も低利融資という「政策」も宰相府の存在なしには決められない話。だが『貴族ファンド』対策、ハッキリ言ってしまえば『金融ギルド』の出資金を増やす話は別で、自分達だけで決められる。つまり、突破口はカネをどう積み上げて出資金を五〇〇〇億ラントにしてしまうかという、一点に絞られてくる。


 そこから導き出される答えは明瞭だ。誰がどれだけ出すかを決めればいい。しかしザルツの場合、アルフォード商会の当主であり、ジェドラ、ファーナス両商会とのバランスを見極めていく必要がある。仮に五〇〇〇億ラントの出資が必要だと考えたとしても、アルフォード一商会だけが突出して動く訳にはいかず、三商会の協調を優先しなければならない。


 そうなってくると今度は、ジェドラ、ファーナス両商会が出せる出資金の限界を探っていかなければならなくなる訳で、それを知るための駆け引きを行わなければならなくなる。この一点だけならまだしも、他の要素を含めながら考えていくと、複雑なパズルがより複雑なものへと変化していく。よってザルツは慎重に成らざる得なかった。


 ザルツは三商会の人間。いわば内輪の人間であり、利害者である者が事を決めるのは容易ではない。この点に関してはシアーズやピエスリキッドも利害者だから難しいだろう。ならばどうすればいいのか? こういう場合、部外の者が決めた方がスムーズに事が進む。これで答えは出たな。要は俺が決めればいいのである。


「三五〇億ラント出せるか?」


「は?」


 俺がいきなり振ったので、ザルツが呆気に取られている。いつも冷静なザルツにしては珍しい表情だ。


「何だ。そのカネは?」


「出資金だ」


「・・・・・」


 ザルツは黙ってしまった。「イエス」とも言わず、「ノー」とも言わない。その代わり、俺に聞いてきた。


「一〇〇〇億ラントは?」


「俺が出す」


「!!!!!」


 会合内の空気が固まった。これにはザルツも息を呑んだようである。いきなり三兆円出すと、即答したようなものだから無理もない。お前、どこからそんなカネをなんて言葉は誰も出してこなかった。しかしザルツは流石だ。俺が三五〇億ラントと言っただけで、一〇〇〇億ラントという回答を導き出してきたのだから。


 現在の『金融ギルド』の出資金は二八〇〇億ラント。これにエッペル親爺の『取引請負ギルド』が五〇億ラント、ワロスの『投資ギルド』が新たに一〇〇億ラント出資する。これで二九五〇億ラントとなり、五〇〇〇億ラントまで二〇五〇億ラント。これに三五〇億ラントずつを三商会が出せば一〇五〇億ラントが積まれて、残一〇〇〇億ラント。


「ほ、本気なのか!」


「もちろん」


「本当に出すのだな」


「ええ」


 ファーナスやジェドラ父からの問いかけには、そう応じた。二人共出すつもりでいるのが分かる。つまり三五〇億なら出せるということだ。


「・・・・・全く。上手い数字の出し方だな」


「何処がですか?」


「芸術的だよ」


 シアーズがニヤリと笑う。おそらくは三商会の出資額合計一〇五〇億ラントに対する、俺一〇〇〇億ラントというバランスを感心しているのだろう。金額自体は俺単独が一番多いが、三商会の合計よりかは五〇億ラント下回る。つまりは三商会のメンツを辛うじて保ちつつ、『金融ギルド』の出資金を五〇〇〇億ラントとなるようにしているのだから。


「ここは故事に倣って、グレンの策に乗ろうじゃないか」


「『金融ギルド』立ち上げの話ですな」


「そうだ。あのときもグレンが三〇〇億ラントを出資すると言った事から話が動いたからな」


 若旦那ファーナスにジェドラ父が答えた。『金融ギルド』立ち上げに際し、当初三商会と俺が一五〇億ラントずつ出資するという話だったのが、ザルツの一言によって倍の三〇〇億ラントという話になり、出資金と参加ギルドの多さにフェレット商会が歯噛みする結果となったのである。若旦那ファーナスがザルツに声を掛けた。


「アルフォードさん。一緒に出しましょう」


「ええ、出しましょう」


「これから忙しくなるぞ!」


 カネを預かる側のシアーズが気勢を上げた。話はあれども進まない生煮え状態が長く続いていた事から、シアーズの方も不完全燃焼でウズウズしていたのだろう。ファーナスからの誘いに応じたザルツも何かスッキリした表情である。ジェドラ父は言った。


「よし、これで本決まりだ。『金融ギルド』にカネを積もう。カネを積んで『貴族ファンド』、いやフェレットと対決だ!」


 号砲を鳴らすかのように高らかに宣言するジェドラ父。その顔は紅潮しており、気分が高揚しているのが分かる。たった一歩、たった一歩、話を進めるのにこれほど大変だとは。そういえば拓弥が言っていたな。「政治家の仕事なんて、法律の一文字を変えるのに十年かかる地味な仕事」だって。あれの意味はこういう事だったのか。


 俺の前に佳奈と付き合っていた拓弥は、政治家の娘と結婚した。どんな縁で結婚したのは聞いてはないが、結婚式で見た花嫁はかなり若かったので驚いたものである。友人として式に出席して挨拶に立った俺だが、出席者の多くが政治家や上場企業の社長、芸能人といった著名人だったので、本当にドン引きしてしまった。

 

 なんて場違いのところにいるのだと思ったのだが、佳奈も一緒に出席している手前、このままでは引けないので、何とか挨拶を済ませてこの場を乗り切ったのである。その後二人で会った際、拓弥の義父である国会議員から聞いた話として「一文字変えるのに十年かかる」と話していた。その時は「そんな訳ないだろう」と思っていたが、まさにその通りだった訳だ。


「ここまで決まれば後は動くだけだ」


「決まれば後は簡単」


「やるだけの話だからな」


 シアーズの言葉に、若旦那ファーナスとザルツが続く。ワロスとエッペル親爺は「面白いことになった」と笑っており、スピアリットに至っては「遂に一歩踏み出した」と何か感慨深げに呟いていた。この後の話し合いで俺と三商会の出資金は配当を伴わない「無配出資金」とする事で合意。様々な話が飛び出した会合は、無事に終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る