410 商人会合

 三商会陣営の会合場所。高級ホテル『グラバーラス・ノルデン』にあるレストラン『レスティア・ザドレ』。その場に突如現れた『取引請負ギルド』の総責任者ドワイド・エッペル。その姿を見た俺は興奮のあまり思わず立ち上がり、エッペル親爺に駆け寄って挨拶を交わす。


「おお親爺! 生きていたのか!」


「死んでたら、ここに来てねぇよ!」


 俺とのやり取りを聞いた皆が大いに笑った。ハンナの出席は『常在戦場』での会合中、グレックナーから受け取ったハンナからの封書で知っていたので驚きはなかったが、エッペル親爺に関しては全く聞かされておらず、全くのサプライズだったのである。エッペル親爺を今日の会合に呼んだのは、意外な伏兵イルスムーラム・ジェドラだった。


 交流がある二人は最近の小麦相場の荒れ具合について意見交換する中、小麦の情報を共有する為にはエッペル親爺の会合への参加が必要だと考えて誘ったそうだ。エッペル親爺も同じ認識だということで出席する運びとなったとの事。一方、グレックナーの妻室ハンナに関しては、リサからの招請を受けての出席であるそうだ。


 どの話もザルツは知っていたようだ。知っていた上で了解したということで、今日の会合で主に話されるのは、小麦取引に関する話になるのは間違いない。出席者はジェドラ父、ウィルゴット、若旦那ファーナス、シアーズ、ピエスリキッド、ワロス、エッペル親爺、ハンナ、ザルツ、リサ、俺の十一名。会合が始まるとジェドラ父がザルツに聞いた。


「アルフォード殿、事務所の手筈は?」


 事務所? なんだそれは。思わずリサの顔を見た。リサの方も俺の顔を見ている。恐らくリサは俺と同じく話を知らない。しかし事務所とは何か?


「王都ギルドの新本部近くに・・・・・」


 王都ギルドの新本部? 王都ギルドの本部も移転するのか。現在、王都ギルドは歓楽街に隣接する建物、古めかしい建物に置かれている。古い建物が王都ギルドの歴史を伝えているが、そこから本部を移すのか? 俺はジェドラ父に移転理由を聞く。


「ワシとフェレットの娘が会頭代理になったからのう。ワシを押してくれた商会と共に新たな本部を立ち上げたのだ」


 な! それって実質的な新団体、分離独立じゃないか。ジェドラ父によると三商会派の拠点として、新本部を繁華街に隣接するジェドラ商会やファーナス商会が並ぶ、通称『商人街』の建物に最近設置したというのである。出席者の表情を見るに、この話を知らないのはどうやら俺とリサ、部外者のハンナだけのようだ。ファーナスが言う。


「王都ギルドが二つあるというのはどうかと思うが、こうなった以上は止む得ないところ」


「むしろ必然だったと考えれば良いだろう。遅かれ早かれ分裂していた。気にすることはない」


「そのような流れでしたからなぁ。王都ギルドの空気は」


 その言葉を聞いて、シアーズとエッペル親爺が感想を述べる。エッペルはもしゃもしゃした顎鬚を触りながら続ける。


「本来、中立を守らなければならぬ筈の取引ギルドの責任者が、こちらの会合に顔を出している時点で、商人界が完全に割れておるのを示しておるのでな」


 胸を張って主張するエッペル親爺。これにはジェドラ父やシアーズらが笑った。俺が知らぬ間に、王都の商人界が二つの勢力に分断されているのは、最早常識になっているようだ。しかし話を聞いていると、王都にアルフォードの事務所を開くとか、三商会陣営が独自にギルド本部を設置したとか、俺の知らぬ事ばかり。


 まぁ、一学生という身分の俺が全てを知っているなんて無茶はあり得ない話。そんなもの出来の悪い小説の設定だろう。何でも知ってる密偵機関がいるとか、余りにも都合がいい話じゃないか。だから俺が知らないのは当然と言えば当然。が、少しぐらい俺に言ってもいいのになと、ザルツに思う。そのザルツが俺の方を見てきた。


「今日は集まった議題に入るためにまず、グレンから話してもらおうか」


 おいおい。ザルツは本題どころか、いきなり直球を投げつけてきた。商人だから前フリがないとはいえ、あまりにも直球過ぎるのではないか。俺の疑念を察知してのものか? しかし、そうは言っても俺の話をしなければ、他の話ができないのも事実。俺はディール家で見た『貴族ファンド』の枠外融資の契約書と、小麦を担保とした融資契約書の話を始めた。


「なんだそれは!」

「無茶が過ぎる・・・・・」

「あり得ないでしょう、いくらなんでもその契約」


 話の途中、次々と声が上がった。ジェドラ父、ピエスリキッド、そしてワロス。皆、呆気に取られ、呆れている。そして俺が、担保となっていた小麦に対して、値上がりした部分の差を担保として再びカネを貸した話に至ると、シアーズが突如怒り始めた。


「なんだと! 担保の小麦を二次抵当に入れさせているのか! フェレットめ! なんて無茶な事をやりやがる!」


 流石はシアーズ。ノルデン貸金業界の第一人者だけの事はある。俺の話だけで『貴族ファンド』が何をやっているのか理解できたようである。


「既に担保に入っているモノを再び担保にする。そんな事ができるのか?」


「出来るも何も、『貴族ファンド』は、現にそれで貴族に融資をしている。小麦を買うためのな」


 若旦那ファーナスの疑問に、ザルツが答えた。まさにそうで出来るかどうかではなく、既にやっているのだから、それを受け止めるしかない。ぐるりと見渡すと、皆話に困惑しているようである。どうやら分かっているのは、既に話を聞いているザルツとリサ、そしてシアーズのみ。そのシアーズは皆の疑問について一問一答していた。


「質に入れる小麦の価値を五百ラントと見て担保に入れたが、小麦価が千五百ラントに上昇すると、千ラントの小麦の価値が担保に入っていない事になる。これを担保に融資をしておるのだ」


 シアーズの解説にまず理解できたのはエッペル親爺。流石は取引請負ギルドの責任者。取引の際に必要な担保能力を見極める仕事をやっているだけの事はある。その次はピエスリキッド、次はワロスと、貸金や債権に詳しい人間が『貴族ファンド』のからくりを理解できた。これは日頃から携わっている業務を応用したからであろう。


 最終的にはハンナ以外の全員が『貴族ファンド』の小麦融資スキームに対して理解ができたようである。大体の仕組みが理解できると、今の事態を見る目も変わってくるらしく、今度は小麦の値動きの話へと話題が移っていった。


「だから連中は、値が上がらなければ困るのだな」

「小麦が無茶に上がるのは、この仕組みがあったからだ」

「向こう側は値が下がったら死活問題」


 ウィルゴット、ファーナス、そしてピエスリキッドがそれぞれ話す。どうして小麦価が暴騰を続けていたのかという理由が明白になった今、相手に対して一番の有効打は、小麦の値下がりであることは言うまでもない。全員の理解が進んだと判断したのか、ザルツがエッペル親爺にサインを出した。


「皆さん、これをご覧下さい」


 エッペル親爺が『収納』で紙を出してきた。暴落が起こった日から現在までの七営業日、その期間の小麦取引の詳細である。取引名と取引量。取引額は書いていない。大口取引に限ったものであるが、買い取り側に貴族の名前がズラリと並んでいた。その数百以上、いや二百か。つまり、この一週間でそれくらいの貴族が小麦を買った事になる。


「バーデット候・・・・・」


 貴族派第三派閥の領袖の名が目に留まった。レグニアーレ侯やゴデル=ハルゼイ候の名もある。カーライル伯、カントナ=チャット伯といった『貴族ファンド』に賛同する署名をした貴族の名も見えた。これは・・・・・


「ハンナ殿。このリストをご覧になって、どう思われますか?」


 ハンナは貴族の名が記された小麦取引の一覧を見る。そして顔を上げるとこう言った。


「アウストラリス派とバーデット派の貴族が多いですね。特にバーデット派の貴族は数字が多いです」


 数字。つまり買い取り量が多いということ。どうしてバーデット派の貴族が大量買いをしているのだろうか? リサの提案でバーデット派の貴族を抽出して分析をすることになった。すると意外な結果が出たのである。


「三営業日に集中しているな」


 ザルツの言葉に皆が頷いた。三営業日、つまり暴落翌日と、翌週の初日二日目の三日間。最終的に八〇〇ラントまで落ちた小麦が、一六〇〇ラントまで半モ・・した時期と重なる。半モとは「どし」の略。一六〇〇ラント下落した小麦価の半分、八〇〇ラント分まで戻した事を指す。これが全て戻れば「全モ」ということ。


「最も多いのがバーデット候で六十万袋、次いでカーライル伯の二十五万袋、ラステモンド伯の二十一万袋、ダッシニア=レンド伯の十九万袋、アッシマルト伯の十八万ラント」


 猛烈に買ったのが分かる。この五家だけで百四十万袋以上を買っているのだから。平均小麦価格一二〇〇ラントとしても、一七億ラント以上の購入である。ハンナが指摘したバーデット派全体で六十四家、合わせて五百五十万袋も購入している。平均小麦価格一二〇〇だったとして、六六億ラント。派手に買い込んだものである。


 バーデット派に続いてアウストラリス派となると、貴族の数はもっと多かった。購入数もゴデル=ハルゼイ候の三十五万袋を筆頭に、レグニアーレ候が三十万袋、ヴァンデミエール伯が十五万袋。ディール子爵親子が顔を出した会合の主催者である、ゴデル=ハルゼイ候とヴァンデミエール伯の名前が出てきたのは、本当に予想通りの展開だ。


 目立ちたがり屋の貴族至上主義者のゴデル=ハルゼイ候と、アウストラリス派の有力若手貴族ヴァンデミエール伯は、能動的に小麦を買い込んでいるようである。他にもカントナ=チャット伯が十二万袋、アルトリッテ=ハエド伯十一万袋。一家辺りの購入数が少ないとの疑問に対し、既にこれまで買い込んでいるからではないかとの指摘が上った。

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