409 我ら自由商人

 昨日、アイリと屯所で開かれた『常在戦場』の会合に出席した際、グレックナーから渡された妻室ハンナからの封書には、今日の商人会合にハンナも出席する事が書かれていた。どうして商人でもない貴族出身のハンナが加わることになったのかは不明だが、そのハンナが出席するということは今日の議題の中で、貴族に関する話があるのだろう。


 実はハンナに教えて欲しいことが幾つかあったので、封書を送ったのである。先ずはディール子爵家で話を聞いた、二人の貴族会合の主催者ゴデル=ハルゼイ候とヴァンデミエール伯の事。前者のゴデル=ハルゼイ侯についてはオルスワードら四教官との決闘の際、学園のOB会『園友会』の会長として観戦していた。


 その際の態度を見て分かっていた事だが、強硬な貴族至上主義者らしい。そして派手な振る舞いが多い目立ちたがり屋だとハンナは書いている。大体、予想通りの内容だ。期待通りなところがエレノらしい。対してヴァンデミエール伯の方は、新進気鋭の若手貴族。学園在学中に襲爵した野心的な貴族で、アウストラリス派のホープと目されているとの事。


 その二人の貴族が主催していた会合。おそらくは小麦対策の会合なのだろうが、小麦無限回転の融資の件をハンナの実家ブラント子爵が知っているのかについては「知らない」という返答だった。最近ブラント子爵は所属するランドレス派内で、その扱いがあまりよろしくないらしく、派閥から情報を知らされていない可能性があると書かれている。


 つまり貴族派第四派閥ランドレス派全体が知らされていない可能性と、派閥内では知られているがブラント子爵だけが教えてもらっていない可能性があるという事で、その判断は現段階ではできかねるとの話だった。ただ仮にその情報を知っていても、ブラント子爵家はその融資を使わないと記されているのが、ハンナらしくて笑った。


 もう一人の悪役令嬢でウェストウィック公爵嫡嗣モーリスの婚約者カテリーナの父、アンドリュース侯についても書かれている。アンドリュース候は貴族派第一派閥アウストラリス派のナンバー二で「副領袖」とされている人物。モーリスとカテリーナとの婚約は派閥領袖のアウストラリス公が主導して行われたものだそうである。


 俺はどうして聞くのかという理由について、婚約者であるモーリスとカテリーナの不仲を上げたのだが、それは「由々しき事態」だとハンナらしからぬ不穏な表現がなされていた。アウストラリス公、ウェストウィック公、アンドリュース候といった有力大貴族三家が絡む婚約話に、もしもの事があればタダでは済まないのだという。


 どう済まないのかについては書かれていないのだが、一騒動起こることは間違いなさそうだ。カテリーナの父、アンドリュース候は一言で言えば「堅物」であるらしく、原理原則論にうるさいので煙たがられているらしい。そんな人物の娘の婚約を斡旋したというアウストラリス公。派内の有力者とはいえ、何か思惑がありそうだ。


 最後に書かれていたのはポーランジェ男爵家の話。モーリスのお相手、エレーヌ・マルクリッド・ポーランジェの実家である。レティに何度か聞いてみたのだが、上手くはぐらかされるので、ハンナに教えてもらうことにしたのだ。それによるとポーランジェ男爵家はエルベール派に属する貴族であるとの事で、レティの実家リッチェル子爵家と同一派閥。


 だからレティは話したがらないのかと、妙に納得してしまった。そのポーランジェ男爵家、男爵家の中では大きな所領を持っており、比較的裕福であるらしい。理由はかつて子爵家であったのだが、五代前に御家騒動があって降爵された為だそうで、爵位を下げられながらも所領を没収されなかった事によるもの。


 その為、ポーランジェ男爵家では爵位回復が家の悲願となっており、代々回復運動を展開しているという。地位の向上を求める家の気風が、エレーヌのふるまいを引き起こしている遠因の可能性があるな。そう思って便箋を最後まで読んでいたら、追伸という形でハンナが今日の会合に出席する事が書かれていたのである。


 久々に『グラバーラス・ノルデン』の温泉を満喫した俺は、まだ会合が開かれるまでに時間があるので、ラウンジで休憩することにした。ホテルのロビー横にあるラウンジに行くと、そこには意外過ぎる組み合わせの二人がくつろいでいる。リサとワロスだ。初めて見る組み合わせに少し驚いたが、二人の中に俺も入って、ソファーに座った。


「お早いですな」


「ああ。急に温泉に入りたくなってな。少し早く来て温泉に入っていたんだよ」


「まぁ、それは結構なことで」


 俺の話を聞いてワロスは笑う。「絶妙ですからな、ここの温泉は」と言うワロスに、早く来た理由を尋ねた。すると遅れないようにと思って出たら、予定よりも大幅に早かったという、エレノ世界ではよくある話で皆を和ませたのである。一方のリサは、王都通信社での仕事が予定より早く終わったので、ホテルのラウンジでゆっくりしようと来たらしい。


「トマールから聞いたわよ」


「なにを?」


「警備隊の愛称の件で、大騒ぎしたらしいじゃない」


 昨日の会合の話か。リサはトマールからその模様を聞いたようだ。いつも了解しか言わない俺が絶対不可だと激しく言うので、ビックリしたと。トマールはどうしてそこまで言われるかは分からないが、とにかく不可だという姿勢を崩さなかったと、俺のことを言っていたらしい。


「どうしてグレンはそこまで抵抗したの?」


「ダメなものはダメだからだよ。あの名前は使っちゃいけない」


「愛称なのだからいいじゃない」


「いや、ダメなものはダメ。ダメなものはダメだ!」


「ところで何の話でしょうか?」


 俺とリサが言い合っているところをワロスが割り込んできた。話を聞いていないワロスにとって、何の事かサッパリ分からないのは当然の話。するとリサが事情を話した。


「ヒペリオンはダメだって抵抗したらしいのよ。愛称一つで、どうしてそこまで言うのかって」


「それはグレン殿が正しいですぞ、リサ殿」


「えっ!」


 間髪入れず反論するワロスにリサが驚いている。予想外だったのだろう。俺の方としても加勢してくれるのは嬉しいがどうしてなのだ、と思ったくらいだから。ワロスはリサに向かって言う。


「噛ませ犬が噛ませ犬にもならず、全滅してしまったら話にもならないでしょう。悲しい話です」


「・・・・・ヒペリオンって名前にそんな話が」


 リサが驚きのあまり話に戸惑っているが、戸惑ていることに関しては俺も同じである。ワロスよ、どうしてその話を知っているのだ。


「それに名前を冠したふねも沈んでしまいましたからね。大体、ヒペリオンって名前が宇宙そらには不吉なのですよ」


 あああああ!!!!! まさか、まさか、まさか!


「ヒペリオンって名は、いくさと同じくらいロクでもない」


 あああああ!!!!! やっぱりそうなのか!


 俺はワロスに改めてシンパシーというか、「心の友」的なものを感じてしまった。事情を全く飲み込めないリサは、しんみりと話すワロスに、どう反応して良いのか分からずギョッとしている。話を聞く限り、どうやらワロスは架空の室町時代だけではなく架空の未来や、エレノ世界とは別のファンタジー世界の記憶を持っているようだ。


 もし俺の予想通りだとすると、ワロスの人生は俺が考えていたものより、遥かに厳しいものであった筈。何故ならワロスの相手が、ご落胤らくいんの淫欲坊主や将軍様といった仮想室町時代の住民に留まらず、噛ませ犬にもならない指示を下す上司や、敵中横断三千里をやれとイカれた要求をしてくる亜麻色の髪の客。ろくでなしばかりじゃないか。


 大体、アンドロメダ星雲から地球征服の為に侵攻してきた三百隻の艦艇と戦ってすぐさま玉砕させられたり、客と船の仲介をしていただけなのにエライ目に合わせられたり、キタキタ踊りを振興しているだけなのに村は寂れて皆から顰蹙を買うだけという、普通の人間ではまず味わうことがない体験を幾つもしているということ。


 ワロスはおそらく「中の人」を介し、複数の人生を歩むという数奇な体験をしたと思われる。それは一口に「波乱に満ちた人生」と片付けられるようなものではない。これまで渡り歩いてきた幾つもの世界の中で、それぞれの世界に適応し、ワロスは懸命に生きてきたのであろう。


「グレン殿の言われていることは全く正しい」


「俺達は自由商人だもんなぁ」


「全くです。我らはモノを持たない自由商人」


 ワロスは笑って答えた。やはり間違いない。ワロスは「中の人」を介して、架空の過去と未来で商人を営んでいたのだ。まさか中の人を介して、重層的な転生の道をワロスが歩んでいたなんて想像だにしなかった。一体誰が、そんな歩みを強いたのだろうか? 思い浮かぶ犯人は一人しかいない。エレノ製作者だ。ヤツの考えることにマトモなものはない。


 しかし知れば知るほどエレノ製作者のおかしさが分かってくる。「中の人」を介した多重転生なんて、どんな悪趣味なんだ。ヤツの妄想に巻き込まれた形となったワロスの苦労は俺の想像の比ではないだろう。しかしこのエレノ世界、ワロスの事だけでなく、コルレッツのようにエロゲーを経由しての二重転生とか、意味不明で激ヤバ過ぎる。


「まいどっ!」


 そこへやってきたのはジェドラ父とウィルゴット、そして若旦那ファーナス。丁度いい。三人に「まいどっ!」と商人式挨拶を返した俺は、唖然としているリサに声を掛け、皆で会合場所であるノルデン料理店『リスティア・ザドレ』に向かったのである。店へとホテル内で移動している最中、ワロスが俺に耳打ちをした。


「軍人だけは、もうたくさんですな」


 その声には心が籠もっていた。ワロスだけにしかできない、体験者が語る声。暗殺からの出会いだったとはいえ、アニメ界随一の商人経験者と共に仕事をするという、他の誰も経験することがないであろう体験を今やっている事を実感したのである。俺達が到着した後、ザルツを初めとする会合の参加者が次々と集まってくる。


 『金融ギルド』責任者であるラムセスタ・シアーズと参与のベルダー・ピエスリキッド、『常在戦場』団長グレックナーの妻室ハンナ・マリエル・グレックナー、そして意外な参加者がいた。白い顎髭をたくわえた、俺がよく知る人物。『取引請負ギルド』のドワイド・エッペルである。その姿を見た俺は、思わず立ち上がった。

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