407 断固却下

 『常在戦場』の幹部会合で持ち上がった、各警備隊の名称の話。古来の占星術から持ってきたという星の名称、実は土星の衛星名なのだが、俺がヒペリオンだけは断固却下したことで話が停滞。最終的には、俺の抵抗を提案者のフレミングや団長のグレックナーが受け入れる形で話が纏まった事で、各警備隊の名称が決まった。


コーガンド 一番警備隊 ミマス

バードナー 二番警備隊 エンケラドゥス

コーガンド 三番警備隊 テティス

タルストイ 四番警備隊 ディオネ

コーガンド 五番警備隊 レア

ムファスタ 六番警備隊 タイタン

コーガンド 七番警備隊 イアペトゥス

ムファスタ 八番警備隊 フェーべ

モンセル  九番警備隊 ヤヌス

セシメル  十番警備隊 エピメテウス

タルストイ十一番警備隊 ヘレネ

ムファスタ十二番警備隊 テレスト

バードナー十三番警備隊 カリプソ

タルストイ十四番警備隊 アトラス

バードナー十五番警備隊 プロメテウス


 あっという間に十五番警備隊までが整備されるところまで来た。小麦の値動き顔負けの膨張である。ここから更にセシメルで一隊、営舎で一隊が編成予定があるということなのだから、普通の速さではない。そして、こちらの方にはそれぞれパンドラとパンの愛称を付けることも決まった。駐留場所と各隊隊長は次の通りである。


・コーガンド兵営地 警備団長フォーブス・フレミング


ミマス     ケレス・ヘイマー

テティス    ニジェール・カラスイマ

レア      ヤローカ・マキャリング

イアペトゥス  ムチャード・カリントン


・バードナー屯所


エンケラドゥス フォンデ・ルカナンス

カリプソ    ヒュベルトス・ポラック

プロメテウス  ディパシー・ヒロムイダ


・タルストイ営舎


ディオネ    マッシ・オラトニア

ヘレネ     ハマール・スターリッジ

アトラス    パイファレド・ハメスフィール


・ムファスタ支部 支部長ロスナイ・ジワード


タイタン    アンルツオ・セッタ

フェーベ    ルワンダ・アトナイジ

テレスト    サムシュリダ・メナール


・セシメル支部


エピメテウス  ジャレオ・ガイアルドーニ


・モンセル支部


ヤヌス     ウィッシュ・ドルレアック


 一目して分かるのは、警備団に主力が配備されている点。カラスイマ、マキャリングがいる時点でそうだと言っているようなものだ。一方、屯所の責任者はルカナンス、営舎の責任者はオラトニアであることも一目瞭然。ムファスタの方はジワードとセッタがうまくやるだろう。セシメルとモンセルは、俺には全く分からない。


 しかしモンセルの警備隊、九番警備隊の名称がヤヌスというのには笑ってしまった。ヤヌスとは時間を司るギリシャの双面神。右と左、表と裏で違う顔を見せるという事をヤヌス的だと表現する場合があるが、まさに面従腹背のその精神がモンセル気質そのものなので笑ってしまったのだ。一方会合の方はというと、議題が全て決まったので解散となった。


 会合が無事に終了したので、アイリと一緒に屯所の建物の外に出ると、二番警備隊長フォンデ・ルカナンスと顔を合わせた。俺はルカナンスと挨拶を交わし、暴動の対応などを労う。ルカナンスには暴動だけではなく、メガネブタの件でも苦労をかけたので、それも合わせて慰撫したのである。するとルカナンスが、以外な事実を話してくれたのである。


「そんな事が・・・・・」


 メガネブタとの抗争でターニング・ポイントとなった、司祭立ち会いの下で「神に誓った」という一件。その裏話を俺に教えてくれた。その日、屯所にリサが訪れ、ルカナンスに対し、メガネブタことモデスト・コースライスの身柄拘束を行うため、警備隊の出動を求めたというのだ。それを受け、ルカナンスは躊躇なく部隊を動かした。


「トマール本部長が既にメガネブタと助手の動きを捕捉しておりまして、二番警備隊を二手に分け、標的ターゲットの元に急行しました」


 隊士達は誰しも、メガネブタと助手であるテクノ・ロイドに対して憤っており、皆命令に喜んで従った。結果、迅速に動いた隊士達の手により、ルカナンス隊がメガネブタの身柄を確保したのである。


 そこへ司祭を伴ったリサが駆けつけ、神に事実だと誓えば開放するとメガネブタに迫った。リサに歩調を合わせて隊士らが威嚇した事もあって、メガネブタは誓えば良いのだろうという態度を見せながら、司祭の前で神に誓ったという。神に誓ったメガネブタは開放されたので、いそいそとその場を立ち去った。


「リサさんと司祭は助手の元に行くと言われていましたので、おそらくはそこでも同じことを」


 二番警備隊副隊長ハベラド指揮の一隊に拘束されていた助手のテクノ・ロイドもメガネブタと同じく、神に事実を誓えば開放すると迫り、それを飲ませたようである。メガネブタと助手のテクノ・ロイドが嘘を承知の上で、どうして神の前で誓ったのか不思議だったのだが、これでようやく理解できた。要はリサ達に脅迫されたからである。


 ルカナンスから更に詳しく話を聞くと、拘束した時期は『翻訳蒟蒻こんにゃく』でメガネブタとテクノ・ロイドの二人が対談形式で反論記事を出した直後。そりゃ「神に誓って正しい」とまで記事に載せた手前、司祭の前でも神に誓わざる得なくなるわな。いくらリサ達に脅迫されたとは言っても、自分達で種を撒いているのだから自業自得。


 しかしリサは本当に容赦がない。相手側一人に対して、屈強な隊士数十名で取り囲み、その圧力を使って司祭の前で神に誓わせるとは。現実世界で同じことをやったら完全な脅迫。逮捕されるのは間違いないだろう。しかし躊躇なくそれを実行するのがリサ。我が姉、エレノ世界こちらでの姉だが、こんな悪魔が敵でなくて、つくづく良かったと思う。


「ルカナンス。よくリサの手助けをしてくれた。今更ながらだが、ありがとう」


「いえいえ。思いましたよ、憤るだけではダメだと。やるからにあそこまでやらないと、相手は詰められない。勉強になりました」


 ルカナンスの方が頭を下げてきたので、俺はそれを止めた。こちらが動いてもらっているのに、頭を下げられるのは気が引ける。憤るのは誰でもできるが、相手を詰めるには冷静、いや冷酷なまでの手立てを打たなくてはならないというのは正しいのかもしれない。俺は二番警備隊の隊士達にも礼を言って欲しいと伝えると、俺は屯所を後にした。


 屯所での会合が終わったので、アイリと一緒に繁華街へと繰り出した。あんな男臭い会合に出て、さぞやつまらないだろうと思っていたら、「皆さん、真剣でしたねぇ」と興味深げに話してくる。俺といなければ、まず見ることが出来ないなんて言うものだから、こちらの方が驚くぐらいだ。アイリの顔を見ると、楽しそうに笑っているので、本心なのだろう。


 俺とアイリは繁華街にあるパフェ専門店の『パルフェ』に入った。今回、この『パルフェ』にやって来たのは、アイリとの約束を果たすためである。春休みまでにパフェを食べに行こうという他愛もない約束だったのだが、約束は約束。何よりもアイリが楽しみにしているので、今日こそは絶対に来なければと思ったのだ。


 お店は盛況で春先だというのに、店には客で溢れている。季節感のないエレノ世界では、冬であろうとも温暖なので、パフェを食べる事に全く違和感がない。俺達は客の少ない二階に上がって席に座った。目を輝かしてメニューに食いつくアイリ。そんなアイリが注文したのはもちろん「フルーツパフェ」。しかも新メニューの「特盛」。


 特盛って、あんた。何処の牛丼屋のパクリなんだと唖然としたが、おそらくエレノ製作者の中に牛丼マニアみたいなのがいたのだろう。しかしアイリは本当にパフェが好きだな。俺の中ではパフェと言えばアイリ。アイリと言えばパフェ。しかし考えれば、佳奈にはそんなものが無かったな。強いていえばコーヒーぐらいなものか。あとビールと。


 フルーツパフェの特盛というヤツが出てきたのだが、これが大きい。ヤバいぐらいマウンテンだった。俺が頼んだチョコレートパフェと比べれば、その差は歴然としている。しかしアイリは、動じるどころか「大きいですねぇ」と、目を輝かせている。アイリのパフェ好きはガチだ。アイリは早速、スプーンを刺すと、それを掬った。


(ま、まさか・・・・・)


「はい、あ~んとして」


 やっぱり・・・・・ 掬ったスプーンの先が俺の口の前に差し出される。アイリは今、バカップルの儀式を執り行おうとしていた。


「はいグレン、口を開けて」


 アイリの呪文に抗しきれる筈がない。俺は口を開くしかなかった。その口にアイリがスプーンの先を入れる。俺はそのまま口を閉じると、スプーンが抜かれていく。現実世界とエレノ世界合わせて半世紀以上生きてきたおじさんが、こんな儀式を行っているなんて。嫁もいるのに、アイリみたいなピチピチの女の子とバカップルの儀式を・・・・・


「今度はグレンの番よ」


 ニッコリと笑うアイリ。俺の前にあるチョコレートパフェを使って、バカップルの儀式をしろと要求しているのだ。俺はアイリが持ったスプーンを口に受け入れた手前、その指令に従う以外の選択肢はない。


「アイリ、口を開けて」


「あ~ん」


 今度はアイリが口を開けた。そこにチョコレートパフェを掬ったスプーンの先を入れる。口を閉じてニッコリとするアイリは幸せそうだ。儀式を一通り済ませたアイリは満足したのか、特盛のフルーツパフェをパクパクと食べだした。


「パフェは魔法を使うと聞きました」


「そうか」


 冷凍庫のないエレノ世界でアイスクリームを作るなんて普通は無理。氷属性魔法を使う方法しか考えられないもんな。その話、当然と言えば当然。アイリはそれを学園のお店『スイーツ屋』で聞いたらしい。


「氷属性魔法が使えるから、将来はパフェ屋さんで働こうかなって」


「はぁ?」


 あまりにも意外過ぎて、思わず声が出てしまった。同時にアイリの未来について、俺が全く考えたことがなかったことに気付いたのである。「攻略対象者と結ばれて幸せに暮らしましたとさ」という、乙女ゲームの世界観に俺自身がドっぶりと浸かり過ぎていて、ヒロインであるアイリの未来なんか全く考えていなかった。

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