406 態勢強化

 現在、コーガンド兵営地に置かれているフレミング指揮の警備団。現在、営舎に駐在しているカラスイマ率いる三番警備隊を新たに加え、フレミングが兼務している一番警備隊長の役をクレス・ヘイマーに任せる方針など、グレックナーは『常在戦場』中核を担う警備団の強化を打ち出したのである。また、この強化策には別の意図もあるようだ。


 フレミングをはじめ、一番警備隊長のヘイマーや七番警備隊長のカリントンも近衛騎士団に属していた人物であり、近衛騎士団との提携を前提とした強化策であるとも言えよう。また兵営地に移る事になった三番警備隊長カラスイマへの配慮として、三番警備隊副隊長のハメスフィールを営舎で新設された十四番警備隊の隊長に任じ、気遣いをしている。


 これは常在戦場は元冒険者ギルド登録者が多く在籍している為で、ハメスフィールの警備隊長就任は、冒険者ギルド出身者への配慮という側面が強い人事だといえよう。俺はハメスフィールの人事に関し、ようやく組織内の状況が理解できた。しかし営舎に残る古参闘士、四番警備隊長マッシ・オラトニアは、この配置換えに納得しているのだろうか?


「その点については問題ありませんです」


 俺の危惧をフレミングが否定した。フレミングが言うには先日の三者会談の際、オラトニアは隊士の移送に手間取った為、馬車隊の編成に傾注しているらしい。俺が以前手配したノルト=クラウディス製の高速輸送馬車を増やして、複数の部隊が物資と共に移動できるように考えているとのこと。将来的には馬車部隊を独立させるようである。


「現在馬車は?」


「二十台ほど。これを五十台にする方針です。馬も増やす方向です」


 これほどの馬車や馬を確保するには、『常在戦場』で一番広い施設である営舎しかない。オラトリアは四番警備隊の指揮訓練だけでなく、馬車部隊の方の面倒も見ていたのだな。オラトニアの現在の状況を知って一安心したところで、次は警護隊再編の話となった。具体的には第一、第二、そして第六警護隊の統合と再編である。


 現在第一警護隊は『金融ギルド』『投資ギルド』に、第二警護隊は『取引請負ギルド』にある駐在所に、警備の為に常駐している。いわば専属ガードマンをやっている状態なのだが、これに加え屯所に拠点を持つ第六警護隊を合し、ギルド警備専属の「ギルド警護団」と常備部隊「十五番警備隊」を新設、再編するのだという。


「ギルド警護団の団長にジャムアジャーニが、十五番警備隊長にはヒロムイダが、それぞれ就任する手筈に」


「ルタードエは?」


 俺は思わず言葉に出た。三つの警護隊を統合再編するのはいい。だが、もう一人の警護隊長、貴族出身のルタードエは一体どうなるのか?


「ルタードエには私の元で参軍を務めてもらう所存」


「参軍?」


「私の元にいてアドバイスを行ってもらいます」


 参軍とは、どうやら参謀の事のようである。確かに知識が豊富で貴族社会にも明るいルタードエには適任だが、代わりに隊がなくなるので部下がいない。それでいいのだろうか? ルタードエだけではなく、ヒロムイダやジャムアジャーニにも人事について聞くと、全員納得済みなのだという。


「この場だから言える事だが、警護隊の練度は高い。この警護隊を以て一隊を編成すれば、文字通り即戦力を投入できる」


 グレックナーはそう力説した。リンド率いる第五警護隊の半数をも加えた、総勢七十名の警護隊所属隊士のうち二十名を「ギルド警護団」に、残りの五十名を十五番警備隊に配置。トラニアス駐在の各警備隊から、隊士四十名を抽出して「ギルド警護団」に配備。その埋め合わせは訓練隊の隊士によって行われる予定という話。


 加えて第五警護隊と十五番警備隊にも、訓練隊の隊士を配属して定員を充足させる予定だという。これを見ても、ラトアン広場で起こった暴動を元にした対策が着々と進んでいるのが分かる。また一隊が抜けた営舎には新たに十六番警備隊の編成に着手、『常在戦場』への入隊希望者が多いセシメルでも、新たな警備隊の編成話が持ち上がっているそうだ。


「既に八番警備隊が編成済みなのですが、もう一隊をと」


「モンセルとは大違いだな」


 俺が言うと、会合に笑いが起こった。モンセル出身者の俺が言うのだから間違いない話。何しろモンセルでは冒険者ギルドの需要が全く無かった。理由の一つはアルフォード一極支配の確立によって、仕事そのものがなくなった事がある。だがそれだけではなく、やはりモンセル人の気質が大きな影響を及ぼしているのだろうと思う。


「こちらからモンセル出身者を送って、ようやく一隊ができたような有様ですからね」


「ドルレアックが言ってたよ。「用心棒でカネを稼ぐ気のない連中」だって」


 ディーキンの言葉にフレミングが続いた。さすがはドルレアック。モンセル気質を理解している。用心棒代を稼ぐ暇があるなら、商売でもして働いておけ。これがモンセルの人間の発想。だからただでさえ人気のない冒険者ギルドにより人が集まらない。これは隣接するノルト=クラウディス公爵領でも同じこと。あの地域の気質なのだ。


「セシメルはトラニアスから最も近い街。トラニアス有事の際には、真っ先に駆けつけられる」


「既にセシメルの八番警備隊は百人以上の隊士を抱えている状態ですので、定員を増やせばすぐに編成できると思います」


 俺がセシメルの部隊増強に賛意を示すと、スロベニアルトがセシメルの今の状況について説明してくれた。俺はこちら側のコントロールができる範囲で拡大するようにと指示を出した。向こうで希望者が多いとガンガン人を入れて、半独立のような状態になったら大変だからな。


「その点についてはセシメルギルドのジェラルド殿がおられます故、大丈夫かと」


「おお、ジェラルドか」


 意外なところで名前が出てきたな。ザール・ジェラルドはモンセルの商人で、アルフォード傘下に入った後、俺の戦略に従ってセシメルに移り、セシメルギルドの会頭となった人物。そのジェラルドが積極的に『常在戦場』を支援していることで、入隊希望者が絶えないとのこと。何でもリサがジェラルドに頼んだらしい。


「リサ殿の後押しは大きい。事がスムーズに行く」


「しかし本拠のモンセルはダメダメだけどな」


 場はまたもや笑いに包まれてしまった。独り言だったのだが、結果としてグレックナーの話の骨を折ってしまったようだ。俺の言葉を受けてグレックナーが苦笑している。いくら手を打とうと、策を弄そうとも、動かないものは動かない。人というもの、笛を吹けども踊るとは限らない訳で、それを証明するのがまさしくモンセルであろう。

 

「警備隊の数も増えてきた事ですし、各隊に愛称をつけてはどうかとの意見がありまして」

 

 議事を進行するディーキンが、新しい案件を持ち出してきた。なるほど、愛称か。部隊に別の名を付けるのは、日本ではあまり無かったようだが、海外にはあるからなぁ。日本では人の名前を冠した誰それ隊だけど、海外だったらアメリカの第一歩兵師団のように「ザ・ビッグ・レッド・ワン」なんて通称があるもんな。


「で、その愛称。何か案でもあるのか?」


「はい!」


 俺が聞くと、フレミングが大きな声で返事をした。おそらくフレミングが発案者だな、これ。


「どんな名前だ?」


「ミマス、エンケラドゥス、テティス、ディオネ、レア・・・・・」


 おい、土星の衛星じゃないか! なんでエレノ世界に土星の衛星みたいな名前があるんだ?


「古来の星の周りを回っている星の名ってことで」


 俺が知っている理由を聞くと、フレミングが少し困った顔をしながら説明してくれた。言い伝えによると、我々が住んでいるような星の周りにも星が回っており、特にサターンという星には多くの星が回っているという話があるのだという。それって、モロに土星のこと、惑星と衛星の事じゃないか。


「古来あったと言われる、占星術の話ですね」


 トマールがフレミングの話を聞いてそう言った。そうなのか、こちらの世界では占星術とか天体の話って、遠い昔の伝説なんだな。フレミングは引き続き衛星の名を挙げていく。


「タイタン、フェーゲ、イアペトゥス、ヤヌス、ヒペリオン・・・・・」


「ダメだ!」


 その名に思わず声が出てしまった。フレミングだけではなく、皆が驚いた顔をこちらに向ける。俺はフレミングに言った。


「ヒペリオン。それだけは止めておけ」


「どうしてですかい?」


「『キタキタおやじ』の悲劇がある」


 そうなのだ。その名を冠した艦隊は、側面からの攻撃を命ぜられるも、噛ませ犬にすらならず瞬殺されてしまった。その名を宛行われた警備隊長が「我が隊は・・・・・ ギャアアアアア」なんて断末魔の声を上げる姿なぞ想像もしたくない。ヒペリオンという名には、それぐらいの忌まわしさがある。


「・・・・・なんですか、その『キタキタおやじ』というのは?」


「腰ミノ姿の伝説の漢だ。しかし中の人間が悲劇に見舞われたんだよ。それが「ヒペリオンの悲劇」だ」


 聞いてきたディーキンに思わず熱弁を振るってしまった。しかし、俺が話した意味が全く分からずポカーンとしている。その姿を見て冷静になった俺は、部屋を見渡す。誰もが呆気に取られており、声も出ないようだ。後ろにいたアイリも首を傾げている。確かに、こんな話、エレノで通用する訳もないよな。


「「ヒペリオンの悲劇」とは?」


「出撃した瞬間に全滅することだ。犬死にもならんという意味。だからそんな縁起の悪い名前を使わなくとも、他にプロメテウス、パンドラ、アトラス、エピメテウス、テレストなんて名があるんだから、それを使えばいい」


 グレックナーに対して、俺はまくし立てた。こちら側としてはヒペリオンという名を使わないようにしてくれたらいいだけの話であって、それ以外の事に触れてもらっては困ることに、今更ながらに気付いたからである。


「カリプソ、ヘレネ、パン、ユミル、パーリアク、タルボス。色々あるぞ。そうだろ、フレミング!」


「・・・・・ええ」


 戸惑うフレミングを尻目に、俺はグレックナーに迫った。俺の気迫に負けたのか、グレックナーはヒペリオンを使わない事を了承し、最終的にはフレミングも同意したのである。そして各隊に付ける愛称も決定し、各警備隊の駐留場所を明記する事も決定。これによって屯所はバードナー、営舎はタルストイ、兵営地はコーガンドと地名表記する形となった。

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