405 抵抗のクリス

 クリスが宰相閣下に呼ばれているという話を聞いたのは、平日最終日の昼休み。学園の廊下でクリスの従者トーマスから聞いた。実は『常在戦場』の調査本部長であるトマールからの話を伝えようと思っていたら、トーマスの方から告げてきたのである。しかし閣下に呼ばれたクリスは、それを拒否しているらしい。ただ拒否の事由がふるっている。


「学業多忙の為、御希望に添えません」


「どんな学業なんだ!」


 思わず俺はツッコんでしまった。それを聞いたトーマスは、噴き出しそうになるのを押さえながら、表情を立て直す。


「グレン。笑い事じゃないよ。公爵閣下なんだぞ、公爵閣下!」


「確かにそうだな」


「取り次ぐ側にもなってくれよ。大変なんだ」


 トーマスによると今日の昼にも催促があったそうで、これで三回目。『週刊トラニアス』の号外が出た二日後からずっと来ているという。しかしクリスは使者とすら顔を合わせず、門前払いを指示する。その役割は全てトーマスの仕事。何が嬉しくて年上の使者、しかも仕えている家の者を追い払わなければならないのかと、嘆くトーマスの主張はごもっとも。


「グレンの方は何もないのか?」


 トーマスが俺の顔を見てきたので、俺はすぐさま表情を消した。ところがトーマスに「やっぱり何かあるんだね」と、見抜かれてしまったのである。


「何があったの?」


「ああ」


 俺は魔装具で連絡があった件を話した。ラトアン広場の暴動に対処した『常在戦場』が、より暴動に即応できる体勢を取るべく、編成や人事を改めるので、その報告と裁可が欲しいと呼ばれたと。トーマスが「大変だね、グレンも」というので、大変ついでにトマールから受けたの報告について話した。


「当日、露店を出していた者が全員判明したそうだ」


 ラトアン広場で発生した暴動が起こった当日、広場で開いていた露店について、トマールから聞いた話を伝える。トマールは当日出店していた、全ての露天商の居場所を突き止めた。これはラトアン広場の視察時にクリスから露天商を調べるようにとの指示を受けたからで、ナ・パームやダラスといった広場周辺の店主らと共に動いていたもの。


 実は週明けになって複数の露天商について、居場所が判明したのでトーマスを介して報告すると、全ての者を調べるようにとクリスから改めて指示が出でいたのである。結果ラトアン広場の露天商についての報告が、平日最終日にずれ込んでしまったという訳だ。トーマスはお疲れ様と言わんばかりの表情で、クリスに伝えると話す。


「クリスにからの用件はないか?」


「今の段階では聞いていないよ。けれども・・・・・」


「閣下か?」


「ああ。直接お会いしてお話しなされるべきだと、俺は思うのだが・・・・・」


 それが主であるクリスの指示と、主家たる宰相閣下の指示との間で板挟みとなってしまったトーマスの本音である。クリスは、休日も家に帰らず寮に残ると宣言しているらしい。何故か実家と徹底抗戦の構えを見せるクリス。しかしクリスよ、そんなに意地を張っても大丈夫なのか? クリスが今、何を考えているのか、俺は全く分からない。


「ところで、セイラ基金。いくらある?」


「ええと・・・・・ 急に言われても」


 いきなりの話題転換にトーマスが戸惑っているようだ。今、急に閃いただけなので、他意はないのだが・・・・・


「二五〇〇万ラントくらいかな。入ってきたお金も合わせて」


 そうなのだ。クリスの基金、お金が出ていくだけではなく、いつの間にかお金が入る仕組みにもなっていた。主な収入は、新型の高速馬車や『玉鋼たまはがね』を使った刃物類の考案料。クリスはパテント料を取っていたのである。兄でノルト=クラウディス公爵領領主代行デイヴィッド閣下と、そのような契約をちゃっかりと結んでいたようだ。


「しかし、最初に比べて心もとないな」


「・・・・・うん」


 お金を預かるトーマスが頷いた。使うカネと出ていくカネ、圧倒的に多いのが出ていくカネなのだからしょうがない。入ってくるパテント料だって、使う額に比べたら微々たるもの。但し、クリスは個人的なモノを買ったりするのに、このカネを使っているのではない。そのカネは別口。公爵家から出されている。


 クリスが基金で使っているのは自身が考えた、学園のイベント開催の費用や、先日あったラトアン広場の暴動で被害を受けた、広場周辺の商店支援の為。拠出事由は社会活動といったものに近いだろう。そのカネが目減りするということは、クリスの可能性。いわば政治的、あるいは指導的な才覚を発揮する場を奪うことになりかねない。


「一度、考えてみなきゃいけないな」


 俺が呟くと、トーマスは頷いた。考えていると一つ案が浮かんだので、今度クリスと話す時に相談しよう。クリスの喜ぶ顔を想像しながら、トーマスと別れた。


 ――休日初日の昼下がり。俺はアイリと屯所に訪れた。前日、グレックナーから連絡があった会合に出席する為である。アイリは秘書役としての出席。どういう訳かアイリの人気が高く、連れてこなかったら不評なのだ。アイリの方もここに来るのは満更ではないようだ。そのアイリと共に、俺は会議室のある建物の中に入った。


 会議室。今日の会合の出席者は団長のダグラス・グレックナー、事務総長のタロン・ディーキン、事務長のシャルド・スロベニアルト、調査本部長チェリス・トマール、警備団長兼一番警備隊長フォーブス・フレミングという『常在戦場』の幹部達。


 加えて第一警護隊長ディバシー・ヒロムイダ、第二警護隊長アビル・シャムアジャーニ、第六警護隊長アルフェン・ディムロス・ルタードエの三人の警護隊長も席を連ねており、これに俺とアイリを含めて計十名で今日の会合が行われる。


 しかしヒロムイダとジャムアジャーニがこうした会合に参加するのは珍しい。というのもヒロムイダは『金融ギルド』、ジャムアジャーニは『取引請負ギルド』にそれぞれ、配下と共に駐留している。その為、屯所など他の『常在戦場』の施設に顔を出す機会が少ないのだ。


 その二人が揃って顔を出しているということは、ルタードエを含め人事上、重要な役回りがあるということなのだろう。議事進行はディーキンが行い、話が進められる。最初の議案は警備隊の編成の件。モンセルで編成予定だった九番警備隊、屯所で編成中だった十三番警備隊、営舎で編成中だった十四番警備隊がそれぞれ編成が終わったとのこと。


 モンセルに常駐する九番警備隊の隊長には、かつて冒険者ギルドに登録していた、モンセルの出身の騎士崩れウィッシュ・ドルレアックが就任。十三番警備隊長には近衛騎士団から移籍してきたヒュベルトス・ポラックが、十四番警備隊には三番警備隊副隊長パイファレド・ハメスファールが、それぞれ任じられた。


 ポラックはかつてグレックナーが近衛騎士団で分隊長を務めていた際の部下で、フレミングの同僚だったとのこと。そういえば近衛騎士団の将校であるローランド卿が「ポラックを『常在戦場』に派遣してもいい」とか迫っていたな。そのポラックは近衛騎士団の職を辞し、『常在戦場』に身を投じて警備隊長になったのである。


 近衛騎士団の職を辞し、警備隊長になった人物としてフレミング率いる警備団が本拠を置くコーガンド兵営地に、その傘下として配されている七番警備隊の隊長ムチャード・カリントンがいる。カリントンは職を辞し、自ら志願して『常在戦場』の隊士となって警備隊長に抜擢されたが、ポラックも同じ軌跡を辿ったという訳だ。


 一方ハメスフィールの方は、自分の上司であるカラスイマと同じ冒険者ギルド登録者であり、かつてそのカラスイマらと共に仕事を寄越せと屯所に押しかけていたメンバーの一人。冒険者ギルドに登録したのも『常在戦場』に入ったのも全て「成り行き任せ」だと公言しており、裏表のない開けっぴろげな性格から人気の高い人物である。


 そのハメスフィールをどうして新設の警備隊長に任じたのかと、グレックナーに問うと意外な答えが返ってきた。


「ムードメーカですからね。ハメスフィールは」


「本当かぁ?」


 俺が間髪入れずに聞くと、グレックナーが慌てて「いや、本当ですよ!」と言うので、出席者から笑いが起こった。俺が鋭く聞かず、間延びした感じのトーンで聞いたことが原因かもしれない。それだけハメスフィールの警備隊長の任命は意外な人事だったという事である。何しろ「人生適当」と言っている人物を責任者にしたのだから。


「ガチガチでは組織が持ちませんから。それにハメスフィールの仕事は「適当・・」ではありませんし」


 大真面目に答えるグレックナー。しかしこんなにも真面目に考えるグレックナーが、どうして適当感を全開に出すハメスフィールを任用する気になったのか、実に不思議である。しかし、どうしてそのハメスフィールを新設の十四番警備隊長に任命したのか。その理由は話題が部隊編成の話に移って、理解ができた。


「三番警備隊をコーガンド兵営地に移し、警備団に加えます」


 更に現在、警備団長のフレミングが兼ねている一番警備隊長に、近衛騎士団から移ってきたクレス・ヘイマーを任命する予定だとグレックナーは話した。これによってフレミングは現在の編成に変わって以来、隊長を務めてきた一番警備隊から離れ、警備団長に専念する形となったのである。その狙いについてグレックナーは説明する。


「全ては暴動対策です。部隊の技量はやはり早くから編成されていた、一番から五番までの警備隊の方が上。営舎にいる三番警備隊を兵営地に移して、暴動に即応できる体勢を取ろうと」


 屯所と兵営地は街中にあるが、営舎は郊外部。王都の南、マルニ湖にほど近い場所にある。トラニアスで暴動が起こったとして、兵営地や屯所に比べ、現場到着に時間がかかる。なので、兵営地に三番警備隊を移し、一番、三番、五番、七番の四個警備隊をフレミング指揮下に置き、即応体制を取ろうという狙いなのだろう。

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