402 利益を得る者

 俺が類推したディール子爵家の小麦収支が現在のところ、トータルでは黒字だが小麦を担保とした融資で勝った一部の小麦は赤字という状態。夫人は「今の所、一応は黒字になっているのですね」と聞いてきたので、「一応です」と返した。当たり前の話だが、相場価格は上下するので、状況はすぐに一変する。黒字と赤字は常に背中合わせなのだ。


「説明を聞きまして、少し状況が分かった気がします。つまり、お金を全て小麦に置き換えているという内容ですね。『貴族ファンド』側には、そこまでしなければならない理由がお有りだと」


「その通りでございます」


 子爵夫人の見立てに、俺は同意した。まさしくその通りで、利子や手数料までカネではなく現物、すなわち小麦での決済を求めるというのは尋常な事ではない。


「しかし、そこまでしなければならない理由が私めには分かりませぬ」


 夫人は疑問を持ったようである。俺も同感だ。理由を知っている者がいれば聞いてみたいぐらいである。しかし『貴族ファンド』が、そこまで小麦に固執する理由が全く分からない。歓楽街にあるカジノが、中で流通するカネをチップと文鎮に代え、巧みに『金利上限勅令』をかいくぐって高利を貪ることに成功したそれと似ている。


 あれもミルケナージ・フェレットだった。ミルケナージはフェレット商会の実権を握るや、『金利上限勅令』の煽りを受けて閑古鳥の鳴いていたカジノを「逆三店方式」とでもいう手法を用いて盛り返した強者。かつてフェレットは貸金業者にカジノの軒先を貸して、代わりに利子の半分をピンハネし、業者は客に五割から六割という超高利で貸し付けていた。


 それが『金利上限勅令』に伴い、金利の上限が定められ、客に貸し付ける際には金利割合と額も明示しなければならなくなった。金利の上限設定によってこれまでのようなピンハネができなくなり、貸金業者の方も軒先を借りるに当たって金利の半額をピンハネされるので、焦げ付きが許されなくなった事でカジノ客への貸出量が大幅に減ったのである。


 このため、カネを借りることができなくなった客の足が遠のき、カジノには閑古鳥が鳴いたという訳だ。これをミルケナージ・フェレットは文鎮を借りるカネを客に貸し、その文鎮を質屋に入れさせるという手法で客にチップを渡した。そしてそのチップを換金する段階で手数料を取って、従来通り客を呼び込み、合法的に暴利を貪るシステムを構築した。


 そのミルケナージはカジノを文鎮とチップで変えた。であるのなら『貴族ファンド』を小麦で変えようというのであろうか。もし巨額の資金を抱えている『貴族ファンド』を従来とは違う融資方法を以て展開してきたとならば、これは三商会陣営や『金融ギルド』への脅威になりうる。従来とは違う手法、すなわち投機システム。


 現物しかないこのエレノ世界に擬似的とはいえ信用取引を持ち込んだり、当座の概念を導入したりしているのだ。これで先物や少額から入る事ができる証拠金取引のような仮想的な取引市場を構築して導入なんかしたら、文字通り地殻変動が起こってしまう。博打好きのエレノ住民が深くのめり込むことは間違いないだろう。


 それを仕切るのがカジノを実質的に運営しているガリバー、フェレット商会だというのなら目も当てられないではないか。ノルデン全体がカジノ廃人溢れる国になることは必定。俺は他所の世界の人間だが、やはりそれは避けるべきだと思う。悪意のあるヤツがどうなろうと知ったことではないが、何も知らない人間が巻き込まれるのは見るに堪えない。


「母上の申される通りです。『貴族ファンド』は、どうしてそこまで小麦に拘るのか?」


 ディールも俺や子爵夫人と同じ疑問を持ったようだ。これに対して次兄ジャマールが言う。


「『金融ギルド』とかいう同業者への対抗意識からではないのか。『貴族ファンド』は『金融ギルド』の後れを取っているという話だからな」


 そもそも『金融ギルド』と『貴族ファンド』はフィールドが違う。『金融ギルド』は貸金業者向け融資、『貴族ファンド』は貴族向け融資を行う同業組合。しかし先に出来たのは『金融ギルド』で貸出量も『貴族ファンド』よりも明らかに多い。『貴族ファンド』が多いのは出資金の規模のみ。いくら出資金を競おうと、運用していなければカネは増えない。


 つまり貸出量が増えなければ利回りが悪くなり、ファンドを募った意味がなくなる。基本、カネが増えるから出資している訳で、カネが増えなければやがてカネが引き上げられかねない。出資金が多いばかりで貸出量が少ない『貴族ファンド』が、貸出量を増やすために「枠外融資」に踏み切ったと考えるのは合理性がある。


「しかし兄貴。こんな融資を行ったからといって『貴族ファンド』が『金融ギルド』の上を行くのか?」


「俺にはさっぱり分からない。アルフォード。その辺りはどうなのだ?」


 いきなりジャマールに振られてしまった。まぁ俺も当事者なのだが、そこは伏せておいて、相違点について話す。『貴族ファンド』と『金融ギルド』の違いであるとか、貴族融資に『金融ギルド』が影響されないことや、貸金業者の融資に『貴族ファンド』がタッチしていない事である。するとジャマールは頭を?いた。


「では『貴族ファンド』と『金融ギルド』とは直接には全くぶち当たる事はないのだな」


 俺の見当違いかと苦笑するジャマール。俺は直接的には関係ないが、心理的には影響を及ぼしている可能性があると、貸金業者への融資状況について話す。


「貸金業者の九割以上が『金融ギルド』の融資を受けているなんて。大きな影響力があるのか」


「だったら、焦って別の手法を採ろうとしたって不思議はないよな」


 話を聞いたジャマールとディールが感心している。特にディールが「『金融ギルド』が大きい分、小麦に拘っているのかもしれないね」と言ったのには、正直唸った。単純に見えるが、的外れではないように感じたからである。人の行動というもの、成り行きだったり、行き当たりばったりだったりする事が多いからだ。


「確かに一理あるかもしれない。カネの価値はなかなか動かないが、モノの価格は動くからな」


 基本的に経済不安に陥らない限り、貨幣価値は急変しない。しかしこれがモノとなると別で、またたく間に価値が高まったり、見向きもされなくなってしまったりする。俺は一例を挙げた。『金融ギルド』が融資の利子として受け取った一〇〇ラントの小麦を一〇〇〇ラントになった時に売却すればどうなるかと。


「十倍・・・・・」


「相場が十倍に跳ね上がれば、受け取った利子が十倍になるのです」


 そうなのだ。モノで受け取る事で利子よりもより多くのカネを得られるという寸法。『金融ギルド』はカネで利回りを受け取るので、そのカネ以上の価値にはならない。もちろんそれ以下にもならないのだが。一方、モノ。小麦であれば相場によって変動するので、小麦価が上がれば、受け取った小麦の価値も上がる。


「下がった場合はどうなるの?」


 クラートが不安そうに聞いてきた。


「その時に売れば、受け取る額は当然減る」


「高いリスクがあるということか・・・・・」


 ジャマールはそう呟いた。まさにそう。現物を右から左に渡す仕事というもの、常にそのリスクがある。高くなるなと見越して大量に仕入れたら逆に安くなったり、もうこれ以上上がらないだろうと仕入れを絞ったら高騰したりと、その見極めは難しい。だが今回のケース、『貴族ファンド』の立場は少し異なる。


「あっ! 父上や兄上が慌てている理由はそれか!」


 ディールが突然声を上げた。「そうか。小麦価格の上下で全てが決まるのか!」と言ったので、ようやくこの話が理解できたようである。俺は仮定の話として、小麦価が二〇〇〇ラントであった場合と、一〇〇〇ラントであった場合の話をした。


「もしも二〇〇〇ラントであれば二億九二〇〇万ラント。融資総定額一億七六一〇万ラントを差っ引いても一億一五九〇万の利益があります。対して一〇〇〇ラントであった場合は一億四六〇〇万ラント。融資総額を引くと三〇一〇万ラントの損失となります。同じモノ、同じ借金額でもその差は一億九〇〇〇万ラント」


「なんと危険な・・・・・」


 夫人が仰け反っている。普通は利益額の大きさに囚われる筈なのだが、夫人の方はリスクの方に目が行ったようである。


「それだけ変動が激しいのに、どうして金利を小麦で受け取るのだろうか?」


 損をすることもあるだろうにと、ジャマールが首を傾げている。ジャマールの疑問はおかしくない。寧ろ当然であろう。小麦価の変動が激しいにも関わらず、現段階では価値が安定しているカネではなく現物に拘っているのだから。しかし小麦を受け取るという設定をしているからには、相応の理由があるに決まっている。


「相場が下がらない自信があるから、現物で受け取っているとも言える」


「下がらない自信? しかし、小麦は大きく下がっているのだろ」


「それはあくまで短期的な話。長期的には上目線。だから現物、小麦で金利手数料を受け取る方針なのだろう」


 俺が答えると、ディールはなおも聞いてきた。


「そこまで小麦が下がらないという根拠はなんだろうか?」


「『貴族ファンド』が積み上げている出資金だ」


「出資金?」


「三〇〇〇億ラントの出資金を各貴族家にディール家と同じような手法で貸し付け、各貴族家が小麦を買い続けたらどうなるか」


「・・・・・」


 部屋にいる全員が口をつぐんだ。言わなくても分かるのだろう。小麦が上がり続けると。大量仕入れや大量売りといった外的要因で暴落する事があっても、融資に裏打ちされた旺盛な購買力によって、再び小麦価が上がっていく事になる。つまり『貴族ファンド』の潤沢な資金が小麦購入に注ぎ込まれ、それをエネルギー源として小麦が上昇を続けるのだ。


「つまり融資で買っている小麦を持ち続けていたら、大きな利益に化けるという事ではないのか?」


「それは違いますよ、ジャマール」


 夫人に注意された次兄が驚いている。どうして?という顔だ。確かに今の相場は当面上げ潮。上がり目だから、小麦を持ち続けたら爆益は確実。融資を上回る利が得られるだろう。しかし子爵夫人は、それは違うと息子をたしなめたのである。








――ここからはご挨拶です。


 あけましておめでとうございます。いつも「社畜リーマンが乙女ゲームに異世界転生した件 ~嫁がいるので意地でも現実世界に帰ります~」を応援いただきありがとうございます。


 何を思ったのか、いきなり書き始めた小説を「小説家になろう」で1月1日に公開するという暴挙に出てからちょうど一年。1月中旬にカクヨムで同時掲載を行い、その間、連続して連載を続け、二話投稿していた時期もあったが為に四百話を越えるという事態を至りましたこと、この場を借りて御礼ならぬお詫びを致したいと思います。


 というのもロクに登場人物も設定しないまま書くとか、読者本位ではなく私本位で書くとか、徹底した主人公の「単視点」一本で書くとか、よく分からない縛りをかけて書く無謀さで、当初一五〇話程度のおぼろげな構想が余裕で頓挫してしまい、無意味に一六〇万字に至ってしまったという点が悔いる部分。


 本来であれば、そういう部分をガッチリと組まなければいけなかったのでしょうが、何分気分だけで書いてしまった結果、このような事態に至っております。しかしそれを含めて「読者本位」より「私本位」で身勝手に書いているんだと、お見逃しただければ幸いです。


 ただ話を進めるために話をすっ飛ばしたという部分もありまして、特に生徒会関連のネタ、元生徒会長トーリスのその後とか、後継の会長となったアークケネッシュの「改造計画」。コレット・グリーンウォルドとクルト・ウインズの関係、学園内の上級生を絡めたお話等々五十話程度を「蒸発」させたのです。そうでもしなきゃ話が進みませんので。


 実は十一月以来、全く休んでいない状況。本日、元旦も元気に土間打ち工事を行うとか、よく分からない暮らしをしながら書いております。去年は結局、十日しか休んでおりません。ですが週二日休みがあるからといって、書けるかといえばそうでもなく、仕事中に「ここはどう書こう」「この話を書きたいな」などと考えているから書けているとも言えます。


 休んでいたら、そのまま寝るか出掛けるので、逆に考えないようになるのですよね。書いている時には仕事や造作工事の事を考えて、働いている時には書くことを考える事によって、書き続けられる事が出来ているのでしょう。この話のゴールやそこに至るイベントは全て当初から考えている通りなので、後はそこに向かって走るのみ。


 去年の年末。四百話で完成をと思っていたのですが、これが叶わなかった今、今年の三月末のエンドを目指して頑張ろうと思っております。えらく長くなってしまったこの「社畜リーマンが〜」ですが、今少しお付き合い願えればと、この場を借りて申し上げます。皆様、今後ともよろしくお願い致します。


琥珀あひる




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