398 分裂のレジドルナ

 ドルナの商人ドラフィルからの封書によると、レジドルナギルドにおいてトゥーリッド商会から、アルフォード商会との関係について執拗な追及を受ける中でギルド内が紛糾。ドルナ側の商人達が反発し、ギルドの寄り合いが開かれなくなった。以降、ドルナ側の商人が自発的に寄り合いを持つようになり、今やレジドルナギルドは分裂状態なのだという。


 つまり王都ギルドで年末に起こった、会頭人事に端を発する実質的な分裂と同じ事がレジドルナギルドでも起こったのである。しかも、どちらの引き金もトゥーリッドというのが面白い。王都ギルドでは会頭の差し替えをトゥーリッドが主導しようとしたのをザルツに阻まれ失敗し、レジドルナギルドではドラフィルを追及して失敗した。


 王都トラニアスとノルデン第二の都市レジドルナ。二つの都市ギルドが共に分裂状態に陥ったのは、商人界の断裂がより深まったという証左。おそらく自発的に寄り合いを持っているドルナ側の商人達は、やがて別のギルドを立ち上げる事になるのは確実であろう。いよいよ全面抗争は避けられない情勢となってきたようである。


(しかし、何故俺とドラフィルが繋がっている事が分かったんだ?)


 今まで感づかれなかったのにおかしいな、と思っていたらドラフィルの便箋にそれらしい答えがあった。以前、一度だけ封書のやり取りを直接行った事があった、あれである。あの時はレティがいなかったので、直接早馬を飛ばしたのだ。その早馬の業者を通じてトゥーリッドは知ったのではないかと、ドラフィルは推察していた。


「お互い、これまで以上に警戒心を持たねばなりますまい。アルフォード殿も気をつけられたし」


 便箋はそう締めくくられていた。確かに暴動の一件といい、今日のディールの話といい、王都においても不穏な動きが相次いでいる。それにトゥーリッドが俺とドラフィルの関係を知ったということは、その話がフェレット、あの佳奈そっくりの若き女領導ミルケナージ・フェレットの耳に入らぬ筈がない。今後は警戒心を強く持たねばならぬだろう。


 俺が『週刊トラニアス』が出した号外が出た事を知ったのは翌日の話。朝の教室でフレディとリディアとの話からである。昨日の昼、学園掲示板に張り出されたらしく、俺はそれを見落としていた。リサとも顔を合わせていなかった事も要因の一つ。最近リサと会ったのは、クリスに同行したラトアン広場の視察で、それ以降顔を見ていない。


 あの時リサはクリスに頼まれて『週刊トラニアス』の記者を連れてきたのだが、号外の記事はまさにそれで、クリスがラトアン広場を視察した件だった。そういえばクリスがリサに記事の発表を急ぐように注文を付けていたが、それが号外という形になったのかもしれない。学園内は先日行われた「園院対抗戦」での正嫡殿下の活躍とこの話で二分された。


 よくよく考えれば正嫡殿下とクリスは、本来であれば婚約する筈だった訳で、共にこの学園の中心的な地位に立つ人物。それがこれまで、そうではない状況であることの方が「異常」だったと言うべきだろう。エレノ世界を覆う『世のことわり』によって、乙女ゲーム『エレノオーレ!』本来の形に戻す力が働いていると考えるべきだろう。


 フレディとリディアの話は『週刊トラニアス』の号外だけではなかった。むしろそちらの話題よりも、来週開かれる『学園親睦会』のウェイトの方が高い。このイベントが終われば春休みに入るのだから、当然といったら当然。一学年が終わったことを皆で慰労するという奇妙な儀式、それが『学園親睦会』である。


 多くの生徒にとって、『学園親睦会』は学年の終わりと春休みの入口なのだが、乙女ゲーム『エレノオーレ!』では全く異なる。悪役令嬢が婚約者から罪を指弾され、一方的に婚約破棄される「断罪イベント」の場なのだ。通常ここでクリスは正嫡殿下アルフレッドから婚約の破棄を通告されるのだが、二人が婚約していないので、それは起こらない。


 だが現在、正嫡殿下の従兄弟に当たるウェストウィック公の嫡嗣モーリスと、アンドリュース侯爵令嬢カテリーナが婚約しており、二人の間に不穏な空気が流れているのは事実。カテリーナがクリスと同じく悪役令嬢ポジションであることや、ポーランジェ男爵息女のエレーヌがモーリスと恋仲であり、ヒロインポジションにいる事が不安材料である。


 万が一『断罪イベント』、婚約破棄イベントが発生したならば、俺はどうすればいいのか。『世のことわり』に従って、モブ外らしく壁や景色の外にいるようにすべきなのか、それとも止めるべきかどうかである。しかし実際問題、止めようにも止めるべき手段もない。これがクリスならば親睦会に出ないように話して、外に連れ出すだろう。


 俺はクリスにそれを進言できる関係だし、たとえ回りを敵に回したとしても、それをやるだけの強い動機が俺にはある。それに直感で分かるのだ、クリスも黙ってついてきてくれる事を。しかしカテリーナとはそういった関係ではない。カテリーナと会話を交わした限り、断罪されるような人間でないのは理解しているが、全力で救うだけの動機が乏しい。


「ねぇ、やっぱり帰るの?」」


「うん。帰ることになっているから・・・・・」


 俺が「断罪イベント」が起こらない事を祈っていると、フレディがいつもの如く、何やら迫られている。春休みに帰る帰らぬの話のようだ。実家に帰ると言っているフレディに、リディアが残れと言っている感じである。リディアはフワフワしているように見えて、無茶をやる馬力があるからな。フレディが大変そうなので、俺は助勢した。


「リディア、それは仕方がないよ。フレディだって教会で教わることもあるし」


「・・・・・そうなんだよ」


 半ば出任せで言ったのだが、フレディは即座に乗った。俺が言ったことが事実かどうかは定かではないが、リディアからの追及から逃れたかったのは間違いない。


「そうなんだ・・・・・」


 何か残念そうなリディア。見ていると申し訳なくなってきたので、フレディを引き留めようとする理由を聞いてみた。


「『トラニアス祭』があるから・・・・・」


 トラニアス祭とは春の訪れを告げる祭りで、水神トラニアスを称えるもの。実は王都トラニアス、そもそもは南にあるマルニ湖の北面に作られた街から始まっており、故に「水の都」と称されている。学園図書館の本にはそう書いてあった。なるほど、リディアはこの祭りをフレディと見たかったのか。で、いつあるんだ? 『トラニアス祭』って。


「月末なの」


「月末!」


 そりゃ無理だ。今はまだ月初め、丁度春休みの中間に位置しているじゃないか。そういえば俺が学園の寮に入るため、このトラニアスにやってきた時には月初め。そんな祭りの話なんてなかったもんな。なるほど、そういうことか。俺は一人納得した。


「リディア。そりゃ無理だよ。春休みのど真ん中じゃないか。そこまで残ったらフレディは帰ることもできなくなるし、実家から戻ってきたとしたら、向こうにいる期間が短すぎる」


「そうよね。分かってはいたんだけど・・・・・」


 さすがのリディアも難しいとは思っていたようだ。俺もフレディも地方の人間。トラニアスで生まれ育ったリディアと違って、『トラニアス祭』というものを全く知らない。そこでリディアに祭りの事について聞いて見ると、先程までとは打って変わって、リディアの顔がパッと明るくなった。そして熱心に祭りについて、話を始める。


「あのねぇ、クルマを皆で担ぐの。そして屋台が出るのよ。人もいっぱいいるわ」


 クルマ? クルマって「車」の事か? 車を担ぐってどんなものなんだ? イマイチ想像がつかない。要は「クルマ」なるものを皆で担いで街を練り歩くらしい。「クルマ」とは、おそらく「神輿」のようなものなのだろう。そして屋台が出て、人がいっぱいいる。日本の祭りと似たようなものなのだろう。そもそもこの世界のモチーフが日本なのだから。


「リディア。そのクルマって普段何処にあるの?」


「街の倉庫よ」


「教会じゃないんだ」


 フレディは祭りよりも「クルマ」の収納場所の方が気になるようだ。さすがは神職。リディアが当然ながら「なんで聞くの」と尋ねたので、フレディが祭りが教会と関係があるのかなと思ったと、正直に答えた。教会内で行われる「祀り」が外でも行われているのかな、と考えたらしい。教会祭祀と祭りを関連付ようとした辺りがフレディらしい。


 今のノルデン王国ではケルメス宗派が半ば国教となっており、宗教的な行事は全てケルメス宗派と結びつきあっている。その点を考えれば、古来の土着の水神トラニアスを称える祭りは異教のものと言える。しかし現実にはトラニアスを崇拝する水神信仰は影も形もなく、称える祭りだけが残った。それだけ祭に対する民衆の思いが強かったのだろう。


「リディア。フレディは実家に戻らなきゃいけないから無理だけど、俺はいるから一緒に行こう」


「え?」

「ええっ!」


 フレディとリディアが同時に声を上げた。フレディの身代わりと言ったらなんだが、そのままリディアに我慢させるような感じになるのもどうかと思ったのだ。


「いいの!」


「ああ。リディアが良ければ」


「うん行く!」


 二つ返事だった。リディアは誰かと祭りに行きたかったらしい。喜ぶリディアと対照的なのがフレディで、何か寂しそうな顔をしている。俺だからリディアを取られるという感じではないのだろうが、いきなり仲間外れになったような心境なのだろう。


「フレディ、心配するな。帰ってきたら祭りがどうだったのかを話すからさ」


「そうそう。だから楽しみに戻ってきて」


 俺とリディアがそう言うとフレディは、「う、うん」と戸惑いながら返事をした。どちらにしろ、フレディは実家に戻らなきゃならないのだし、他に方法がある訳でもない。ここはフレディに納得してもらうしかない。一人喜ぶリディアの顔を見て、この話、アイリには事前に話しておかなければならないな、と思った。

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