397 フェレットの尻尾

 ディールの話から明らかになった『貴族ファンド』の動向。『貴族ファンド』は三商会陣営の知らぬところで静かに、そして確実に動いていた。しかし、それにしても『貴族ファンド』が新手の手法を用いているという点が気になる。何しろ『貴族ファンド』の中枢を担っているのは、若き女領導ミルケナージ・フェレット率いるフェレット商会。


 ガリバー・フェレット。最近はジェドラ、ファーナス、アルフォードの三商会連合に押されているとは言われているものの、一商会で三商会に伍する力があることに変わりがない。むしろ王都ギルド第三位のトゥーリッド商会と同盟し、三商会を凌駕している。そのフェレットを率いるミルケナージが、いよいよ『貴族ファンド』を動かしてきた。


「ところで、この話、ディール子爵はなんと?」


「それが・・・・・」


 この融資話について最も詳しそうな人物。ディールの父であるディール子爵の話を聞こうとしたら、ディールが口籠もってしまった。そういえば一緒に融資話をしていたのは、母と兄だと言っていたな。クラート夫妻のところと同様、ディール夫妻の間でも何かあったようだ。


「質しても、父上や兄上がお答えにならないと母上が。それで母上が俺と兄貴に・・・・・」


 その話しぶりに、ディールが貴族なのだと改めて認識した。ドーベルウィンにしろスクロードにしろ、皆「父上」「母上」なんだよな。謙譲語だし。育ちがそれを言わせているのだろう。一方、そういった言葉使いをしないアーサーやレティは、やはり規格外と言っていい。むしろディールの方が、貴族の枠に収まっていると言える。


「つまりディール子爵と嫡嗣が『貴族ファンド』でカネを借りたのだが、子爵夫人やお前達は条件や使い道が分からないということか」


「そうだ。書類を見ても分からない。だから兄貴が「グレンなら分かる」って母上に・・・・・」


 なんで兄貴なんだ? と思ったらディールの「兄貴」は学園の四年生。俺の話を色んなところで耳にしてるらしい。そこでカネの事なら俺に聞くのが確実だと。しかしディールの「兄上」は長男、「兄貴」は次男。クリスが長兄デイヴィッド閣下の事を「兄上」、次兄アルフォンス卿の事を「兄様にいさま」と呼ぶのと同じか。


「だから、俺が頼むことになったんだよ」


「それは大変な役回りだな」


 クラスが一緒だから頼めるだろ、と言われてしまったのだろう。言う方は簡単に言うが、やる方は大変だ。相手が受けてくれるのか分からないのだから。現にディールだって、俺が受けてくれるかどうかで、やきもきしているのが顔に出ている。しかしこの話、俺は「受ける」という一択しかなかった。ディール家の為ではなく、我が陣営の為にである。

 

「分かった。その書類、一度見させてもらおう」


「本当か!」


「期待に応える事が出来るかとは言えないがな」


「いや、お前が見て分からなかったら諦めも付くって」


 ディールは実家に早馬を飛ばし、日程を調整するという。もしかすると明日になるかもしれないというので、構わないと答えた。実は俺の方がその書類、一刻も早く見たいのだが、さすがにそれは言えない。読んでも分からぬ書類とは一体どんなものなのか、楽しみではないか。ディールは実家に封書を送るため、立ち去っていった。


「まぁ、こういう話だ」


「・・・・・」


 俺の話を聞いたレティが真剣な表情のまま、沈黙している。


「私の家には来ていないわ。エルダース伯爵夫人に確認しなきゃ」


「ちょっと、待て」


 レティの気が逸っている。どうしてそんなに慌てるのか?


「我が家が蔑ろにされているのかどうかが、気になっているのよ!」


「えっ!」


「もしエルダース伯爵夫人がこの話をご存知なら、我が家が軽んじられている証なのよ。だからすぐにでも確認しないと」


 これが貴族社会でいうメンツというヤツなのか。予想外のレティの言動に唖然とした。


「近々、俺がディール家に訪問して書類を見るから、その後からでも遅くない」


「でも・・・・・」


「結果は封書で伝える。それからでもいいだろう」


 メールやライン、携帯があればその方が早いのだが、ここはエレノなので対面以外ならば封書が一番速い。ディール家から帰ってきた後、すぐに封書を女子寮に届ければ、翌朝には知る事ができる。レティが知るのに、昼間や夕方まで待たなくてもいい。


「分かったわ。それまで待つわ」


 俺の言葉に、やっと落ち着きを取り戻したレティが聞いてきた。


「貴族社会の伝搬力は速いのか?」


「もちろん速いわ。噂好きだし、強欲だから」


 キッパリと断言した。わざわざ強欲だと胸を張って言い切るのがレティらしい。


「別口で借りても利子は変わらない。そんな美味しい話が広がらない訳がないのよ。だから私の耳に入っていないのはおかしいの」


「美味しい話なら私もキャッチするってか?」


「そうそう。って、何を言ってるのよ!」


 最初同意していたのに、急に怒り出した。本気じゃないのは笑いながら言っているので、よく分かる。


「誰だって得になる話は敏感でしょ。そんな話が私の耳に入らないってどういう事だと思った、の!」


 最後の「の!」を強調したのを聞いて、アイリが笑っている。しかしレティはそんな話が入ってこない、すなわち我が家は蔑ろにされているのではないのか、と解釈した訳か。貴族社会というのは俺が考える以上に狭い世界のようだ。話を聞いている聞いていないだけで、家のポジションが計られるのだから。考えるまでもなく、面倒で恐ろしい世界だ。


「レティシア。もしエルダース伯爵夫人がご存知なければどうなるの?」


「アウストラリス派内だけの話って事になるわ。エルダース伯爵夫人は顔が広いから」


 アイリの切り口に感心した。なるほどな、そう見た場合レティの解釈のように、ディール家やクラート家の属するアウストラリス派内の話になるという訳だ。そこでふと疑問が湧いたので、レティにそれをぶつけてみる。


「もしもエルダース伯爵夫人がご存知なくて、他の派閥の人が知っていたらどうなる?」


「それはエルベール公のメンツに関わるわね。ウチじゃなくて」


 アウストラリス派以外の派閥は知っているのに、エルベール派の人間は知らない。それは派閥領袖のメンツに直結するというのか。レティは解説してくれた。知らないということは、他派閥の動きをキャッチ出来ていないって事でしょう。それが派閥を率いるリーダーかと。ウチのメンツには関わらないけど、と付け足すところがレティらしい。


「だからどうでもいい、って事か・・・・・」


「そこまでは言っていないでしょ。派閥全体が知らなければ、ウチのメンツは関係ないって言っているの!」


 レティと俺のやり取りにアイリが笑っている。もし、アイリがこの場にいなければ、ギスギスした話になっていたのかもしれない。何しろレティと駆け引きをしているな、と俺自身が感じているのだから。どんな親しい、言えば夫婦間であろうともそういった駆け引きになる事はある。それは自分の経験から言って間違いない。


 佳奈と俺だって、そういう事はたまにあった。結果はまぁ大概、佳奈の優勢に終わっていたが。その点、レティの攻めはまだ甘いので楽だ。ここはやはり人生の経験値がモノを言う。


「なるほどな。今のような事を含め、ディール家の話を知ってから動いた方が、確実じゃないか?」


「そうね。その方が確実よね。派閥の方はどうでもいいから」


 そう言うとレティは笑った。派閥はどうでもいいのか! というツッコミはしなくてもいいだろう。話の概要を掴んだ上でエルダース伯爵夫人に質せば、話の出処や広がりだけではなく、仕掛けた側の思惑を知る事ができる。一方、レティはエルダース伯爵夫人が知っているか知らないかで、家のポジが見極められるだろう。両者にとって損はない。


「グレンの言う通りね。そうしましょう」


 レティはあっさりと方向を転換した。まぁ、伊達にこの年齢で実質的な当主になっている訳ではない。打算というか、割り切りというか、その辺りの感覚というか胆力は同級生の中では群を抜いている。妙な所にヒロインパワーが生かされている、そう考えてもよいのではないか。今のレティを見るとそう思う。俺達は全てを把握してから動くことを決めた。


 ――レティに図書館で渡された、ドルナの商人レットフィールド・ドラフィルからの封書を開けたのは寮の部屋。ロタスティで夕食を食べた後の事である。以前であれば個室を借りて食べながら見ていたのだが、今は個室が空いていないのでさっと夕食を食べ、寮の部屋に帰ってから読む事が多くなった。今日もそのパターンである。


「トゥーリッドが知っている・・・・・」


 久々に受け取った、ドラフィルからの便り。その冒頭には想定外の文言が記されていた。ドラフィルが所属しているレジドルナギルドの寄り合いで、トゥーリッドが俺とドラフィルがやり取りについて、いきなり指弾してきたというのである。対してドラフィルは俺と個人的な縁があり、交流を重ねているだけだと主張、取引の関係は無いと訴えたそうだ。


 現に俺とドラフィルの間には、全く取引がない。第一、俺は独立商でもなければアルフォード商会の構成員でもない。だから取引しようもないのだが、そんな説明で引くようなトゥーリッドではないのは当然の話。執拗にアルフォード商会との関係について追及してきた。だが、これもドラフィルは取引関係がないと跳ね除けたのである。


 実はドラフィル商会、アルフォード商会とも一切の取引はない。正確には直接の取引はないというべきか。こういう事もあろうかと、ムファスタギルドに属している商会というアルフォード商会の衛星を介して取引をしているのだ。相手は敵の尻尾を掴んだと意気軒昂だったのだろうが、結果として勇み足となった形。


 何ら証拠もない上にドラフィルへの追及があまりにも執拗だったので、日頃からトゥーリッドへの反感を抱いていたドルナ側の商人達が反発。最終的にはトゥーリッドが引かざる得なくなる事態となり、これ以降レジドルナギルドの寄り合いが行われなくなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る