396 決闘賭博 PART2

 『園院対抗戦』の決闘賭博でどのくらいのカネを賭けたのかと、アイリとクリスから追及されたので、五億ラントだと正直に言ったら二人が固まってしまった。しばらく経っても反応がないので、もう一度話す。


「だから五億ラント。『園院対抗戦』の決闘賭博では、全部で一一億ラントが動いていた」


 無反応の二人に対し、俺はそう説明したのだが、それでも反応しない。やはり五億ラントのインパクトが強かったのだろうか? しばらくしてお互いの顔を向けたアイリとレティは、こちらを見ながら、ほぼ同時に聞いてきた。


「そんなに出したの!」

「どれだけ勝ったの!」


 前者がアイリ、後者がレティであることは言うまでもない。二人には五億ラントを賭けて、九億五〇〇〇万ラントが帰ってきた事を話した。しかし、カネを受け取る訳でもないのに、こんな話を聞いて面白いのか?


「でしょ。やっぱりグレンだったでしょ」


「レティシアは本当にグレンの事が分かってますね。ちょっと悔しい!」


 二人がそう言い合っているのを聞いて、どういう事だと思ったらレティが「決闘賭博でオッズが動いたというから、絶対にグレンがやったのよ」とアイリに言ったのだと話してきた。そのレティの話に対してアイリは「それはグレンに聞いてみないと分かりませんね」と返したので、だったら一度俺に聞いてみようという事になったらしい。


「結果は全てレティシアがお見通しだったの」


「・・・・・」


 少し寂しそうに言うアイリを見て、期待に添えなかった事に申し訳ない気持ちになってしまった。こんなところでレティに読まれてしまうなんて、何か非常に悔しいものを感じる。一人勝ち誇るレティを見るにそう思う。


「だってアイリス。そんなおかしな事をする人間って、グレンしかいないでしょ」


「ええ、まぁ・・・・・」


「だから大切なのは、こうやって白状させることなのよ」


 うんうんと頷くアイリ。アイリに妙な事を教えるんじゃない! 


「おい、なんだそれは」


「だって、シラを切ろうとするんだもん。だったら、最初からやらなきゃいいのよ」


「・・・・・」


 何も言えなかった。レティは本当に痛いところを突くのが上手い。しかも突き加減を知っているのか、こちらがキレるラインのぎりぎり・・・・を狙って突いてくるものだから、「うぬぬぬぬ」とされてしまう。ただ、レティが知りたい事は軒並み分かったようなので、今度はこちらが聞きたい話をするために、俺は敢えて神妙な顔をした。


「レティ。いきなりなんだが、『貴族ファンド』から融資案内が来たか?」


「えっ?」


「リッチェル子爵家に向けてだ」


「・・・・・いいえ」


 いきなりの話題転換にレティが戸惑っている。しかし表情を見るにそういった案内がレティの元には回ってきていないようである。


「どうしてそんな話を」


「実はな、昼間そういった話を小耳に挟んだんだよ。『貴族ファンド』が「枠」以上の融資をしてくれてるって」


「知らないわ。でも、それってどういう意味?」


「もうこれ以上借金が出来ない筈の貴族に、『貴族ファンド』が条件付きで貸してくれるらしい」


「利子を高くして?」


「いや、利子は『貴族ファンド』が通常貸し付ける利子のままだ」


 これには普段から勘繰るのが上手なレティも困惑している。旨い話には裏がある筈なのに、裏が全く見えないのだから。


「それって、どうやって・・・・・」


「それが分からないんだよ」


「グレンで分からなかったら、私には分からないわよ。でもその話本当なの? 少しおかしいわ」


「どうおかしいのですか?」


 アイリがレティに聞いている。レティは借金まみれで首の回らない貴族にカネを貸したって、利子すら返してもらえない可能性がある。貴族が返すことができなくなったからといって、『貴族ファンド』が領地や屋敷といった固定資産を押さえることもできないのに、どうして好条件で貸すのかが理解できない。おかしいでしょ、と話している。


「確かにおかしいですね」


「でしょ。誰が考えてもおかしいのよ」


 レティが言う通りで、本当におかしい。しかしリッチェル子爵家には話が回っていないのに、どうしてディール家には回っているのだろうか?


「その話、本当なの?」


「ああ、ウチのクラスのディールから聞いたんだ。だったらリッチェル家にもそんな話が回っているのかなって」


「詳しく聞かせて、その話」


 レティが真剣な顔をしている。いつもフザけた小悪魔モードのレティが、こういった顔をしているときに茶化してはいけない。本気で何かを考えているからだ。襲爵式の絡みなどで色々あったから、そういう空気というか、感触というのはすぐに分かる。なので俺は、ディールとのやり取りを詳しく話すことにした。


 ――昼休み、ロタスティを出た後、教室に戻ろうと廊下で歩いていると、ディールに呼び止められた。『園院対抗戦』の話かなと思っていたら、どうもそうではないと分かるぐらいの真剣な顔をしている。ディールがいいか? と言ってきたのでついていくと、屋上に連れて来られた。実は、サルンアフィア学園、校舎に屋上があるのだ。


 これは明らかなゲーム設定だろう。他の建物には屋上がないのだから。黒屋根の屋敷でさえも屋上がないのに、校舎には屋上を作ってしまう無茶。学院の闘技場にあった天空の和城もそうなのだが、強制的に陸屋根を作らせてしまうところ、乙女ゲーム『エレノオーレ!』らしいといえばらしいのだが。誰もいない屋上で、ディールは言った。


「こんなところに連れてきてすまん。どうしてもお前に頼まなきゃいけない事があって・・・・・」


 ディールがいつになく真剣だ。一体どうしたのだろうか。俺は少し身構えてしまう。


「実は家にある書類を見て欲しいんだ。何度か読んだのだが、俺達では意味が分からないんだよ」


「読めないからか?」


「いや。読めるのだが、意味が分からないんだ。母上も兄貴も誰も分からず困っているんだ」


 意味が分からない書類。一体それはどんな書類なのか?


「何というか、融資の書類なんだよ。担保の実勢価格に基づいた融資だとか書いてあるんだが、サッパリなんだよ」


 担保の実勢価格・・・・・ 担保を取った融資なのか。しかし貴族財産保護政令によって、固定資産を担保とした融資はできないはず。それに実勢価格ってなんだ?


「それはどこの融資なんだ?」


「『貴族ファンド』なんだ。俺や母上が分かるのは「枠」とは別に融資しているという事ぐらいなんだが」


「「枠」とは別?」


「ああ。「枠」とは別なんだよ。それで母上がこれはおかしいって」


 なんだそれは! 「枠」とは「融資枠」のこと。カネが焦げ付かないよう、貸金業者が査定して設定した融資上限である。『貴族ファンド』にはファンド内で査定して設定した上限があるはず。これは『貴族ファンド』の立ち上げ後、融資枠が少ないと貴族間で不平不満が上がっていた事から確実な話。しかしその枠外に融資の枠を新たに設けるとは、一体・・・・・


「間違いないんだな、それは」


「ああ、この目で見たからな。母上も仰っていたし、間違いない」


 『貴族ファンド』は多額のカネを積んで始まったが、貴族財産保護政令によって事実上、たがが嵌められている状態だった。これはアウストラリス公を始めとする貴族とフェレット商会ら枢軸側商会が手を結び『貴族ファンド』創設した際、ザルツの策によって貴族財産を担保にできないようにされてしまったのである。


 これによって、規模の割には融資額が少なくなったので「期待外れ」とされてしまい、『貴族ファンド』は失速した。その『貴族ファンド』が当初思われていた方法とは別の形で貴族への融資を進めていたというのである。しかし、カネを寝かせているのが勿体ないと、焦げ付きを恐れず融資を初めたのだろうか?


「その別枠融資とかいうヤツの利子は高いのか?」


「いや、「枠」の融資と同じだったよ。利子は変わらないんだが・・・・・」


「何か違いが?」


「うん。利子が二%ちょっとの月払いなんだ。現物払いとか書いてあって何のことだか・・・・・」


 利子の月払い? 現物払い? 聞いたこともない払い方だ。エレノ世界の金貸し屋への返済方法は、現実世界の消費者向けのそれとは大きく異なる。まず月払いの概念がない。分割返済の概念もだ。これは事業者向けでも同じで、設備資金と運転資金の境界線もない。そんな世界で利子の月払いなんて契約があるなんて。


 しかも「現物払い」ってなんだ? ディールに聞いたが、ディール自身が契約書の中身が理解できていないので、分かるはずがない。しかしなんだこれは。枠外融資なのに、利子は変わらない。しかし月払いの「現物」払い。『金利上限勅令』よりも高い金利で稼ごうとでも考えたのかと思ったが、どうもそうではないようだ。


「他でこんな話はないのか?」


「実はクラート家でも同じ事になっているんだよ・・・・・」


「クラート子爵家でもか!」


 ディールの従妹、クラートの実家でも別枠融資が問題になっているらしい。何でも、その別枠融資を巡ってクラートの両親がいさかいになっているらしく、クラートが気を揉んでいるのだという。そりゃいくら強気なクラートであっても一人娘。気楽に相談できる兄弟もいない中で、家庭不和なんか起こったら参るに決まっている。


「だからこの話、俺の家の問題だけじゃないんだ」


「じゃあ、あちこちの貴族家でこの話が?」


「滅多に聞ける話じゃないから分からないが、おそらくそうじゃないのか。ウチにもクラートにも融資話が来ている事を考えるとな」


 確かにそうだ。『貴族ファンド』には、ディール子爵家やクラート子爵家が属するアウストラリス派や、リッチェル子爵家が属するエルベール派、バーデット派に、グレックナーの妻室ハンナの実家ブラント子爵家が属するランドレス派といった、貴族派の第一派閥から第四派閥の有力諸侯が推薦人に名を連ねている。


 貴族間ネットワークという地下茎で結ばれた動きについて、商人階級である俺はその動きを捕捉できない訳で、貴族子弟のディールの推測が妥当だろう。貴族社会の中で『貴族ファンド』が、人知れず動き始めていた。

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