395 ジャックの剣

 学院の闘技場で行われた『園院対抗戦』。リディアやフレディ、あるいは俺のようなギャラリーなら行った行かぬで済む話だが、これが参加者となるとそうはいかない。本選で副将として戦い、学院の副将ド・グランジュを破る健闘を果たしたアーサーは、戦いの結果に納得していないようだった。


「コルレッツの兄貴は本当に強かったよ。手も足も出なかった・・・・・」


「お前が気合を入れて戦ったから、殿下も戦い方のヒントを得られたんだよ」


 ロタスティで一緒に食べている中、俺がそう言って励ましたのだが、本人は首を傾げるばかりでどうも納得が行っていないようだ。それなのにいつものように厚切りステーキをバクバク食えるところに、アーサーの図太さを垣間見ることができる。


「そうは言ってもさぁ。カスリもしなかったんだぜ」


「それは予選で戦ったダンテルも言っていたよ」


 結局ジャックに剣撃を浴びせられたのは正嫡殿下アルフレッド王子だけ。学園と学院、六対九で迎えた本選。そんな中で、殿下が大将戦に専念できる戦いを演じたアーサー、ドーベルウィン、カイン、フリックが称賛されて然るべしなのだ。


「いやいや、お前が言った通りだったのに、全く対策が取れなかった。その点、殿下とは大違いだ」


「殿下はお前の戦いを見て適応されたのだよ」


「殿下からもそう言葉がけをいただいたが、もう少し良い状況でお渡ししたかったな」


 アーサーはどこか悔しそうである。しかし俺から言わせれば、モブであそこまで戦える方が素直に凄いと思う。これはドーベルウィンもそうだ。対して殿下やカイン、フリックは攻略対象者なので、他の者よりも潜在力というものがある。その点を考えるとアーサー達は本選で最大限の実力を発揮したと考えたほうがいいだろう。


「殿下の返し技が衝撃的だったよ。よく繰り出せたと」


「ああ、それは殿下も狙われておられたそうだ」


 そうだったのか。予選でジャックと戦ったダンテル達の話を聞き、目の前でアーサーの戦いを見た殿下は、相手の剣がハッキリと認識できるタイミングなら確実に攻撃を決められる筈だと考えていたらしい。ところが即座に対応されてしまって、守り重視の小ぶりな攻めに終始せざる得なくなったと。つまりジャックがそれだけ殿下を追い詰めていた訳だ。


「相当追い詰められている状況の中で、突然見えるようになったらしいんだよ」


「何がだ?」


「ジャックの剣を」


「!!!!!」


 俺はハッとした。それまで殿下が受けるジャックの剣はボヤケて見えていたという。剣先が自分の予想とズレていたので、何だこれはと思いながら戦っているような有様だったとの事。それが突然一致したので、試しに剣を返して斬りかかるとこれが決まったというのである。


「おい、それは!」


「最初は俺と一緒だったのが、突然変わったそうなんだよな」


「どうして急に見えるようになったんだろうか?」


「俺もそれを伺ったのだが、殿下もそれはお分かりには・・・・・」


 本当に突然見えるようになったというのか。しかしその理由が全く分からないよな、それでは。その理由は別として、ジャックの剣先の感覚が一致した殿下は、そこで攻勢に転じて勝利を収めることができたと。


「ジャックが狼狽えているのを見て、これは! と思われたそうだ。さすがは殿下だと」


 フリックのようなシャープさや、カインのような猛々しさはないが、スマートな剣の捌き方を殿下はする。殿下の剣は対抗戦で初めて見たが、冷静に確実に相手を見て振るう剣。その持ち味を戦いの終盤で最大限活かした事が、劣勢からの勝利に繋がった。


「殿下が仰るには、昔は短気だったらしい。それをスピアリット子爵に咎められ、待つことを覚えた。習得に時間はかかったが、忍耐強く待つことの大切さを改めて思い知ったとお話されていたよ。俺も習わなければならん」


 おっとりした感じに見える殿下が短気だったとは。意外な話に驚いたが、一人頷くアーサーを見ると、今その話は振れないなと思った。アーサーはこれまで以上に鍛錬に力を入れると力説してくる。しかし君、朝が弱いから、早朝の鍛錬に出てきた事がないだろ。その分、夜に鍛錬をしているアーサーだが、時間を増やそうと思えば朝しかない。


「だったら朝から鍛錬するのか?」


「・・・・・それは難しそうだな」


「じゃあ、いつ鍛錬の時間を増やすつもりだ?」


「それは・・・・・ これから考える」


 なんだそれは! メシを食い終えたアーサーは悠然と腕組みをしている。さぁ、これから考えようという感じだ。まぁ、アーサーらしいと言ったらアーサーらしい。『園院対抗戦』の結果に納得が行かないと言いつつも、それを受け止めて飲み込もうとしているアーサーを見るに、大物とはこういうヤツを指す言葉なのだなと思う。


 おそらく成長する人間というものは、結果に拘りながらも拘らない気質が求められるのだろう。俺のように単純に割り切れてしまう人間というものは、そういう点で全く及ばない。俺は単なる傍観者だったが、アーサーにとって『園院対抗戦』は一つの転機だったのだろう。しかし世の中には傍観者でも参加者でもない人物がいる。首を突っ込んでくるタイプだ。


「『園院対抗戦』の話を聞いたのだけど・・・・・」


 レティが意味ありげに聞いてくる。ドルナの商人ドラフィルからの封書を渡してきたレティは、封書とバーターだと言わんばかりに聞いてきた。ドラフィルからの封書は久しぶりだな、と思いつつも今はそれどころじゃない。レティは一体何を聞いたんだ? 俺は相手が相手だけに、思わず警戒してしまった。


「決闘賭博が行われたらしいのよね」


「あ、ああ。そういえばやっているという話があったな」


 取り敢えずレティに調子を合わせておく。例の「仲直りの会」から一週間。どこかぎこちない部分はあったが、少しずつ元の雰囲気に戻りつつある。それをこんな話・・・・で潰してしまう訳にはいかない。それに今日はレティに聞きたいことがあるので、調子を合わせる事にしたのである。


「そこでね、八対一だったオッズが、二対二になったそうなのよ。グレン、知ってる?」


「そ、そうだったのか!」


 俺は驚いた。いや、驚いたフリだ。そうした方が良いという直感が、俺にそれをさせた。


「アイリス。一体どれぐらいのお金が動いたら、オッズが変わると思う?」


 話題を振られたアイリは考え込んでいる。暫く考えた後、「分かりませんねぇ」と首を傾げるアイリ。そりゃ普通、そんなの分かる訳ないよ。


「グレンなら分かるでしょ」


 えええええ! そこで俺に振るか! アイリにそう言われて固まってしまった。


「じゃあ、グレン。どれくらいのおカネを動かしたら変わるの?」


 レティが聞いてくる。ナニコレ、満を持した感。別に行っていないんだから、聞かなくてもいいだろ。聞く意味がないじゃないか。ここはもう、ボケておこう。


「ううん、ちょっと分からないなぁ」


「殿下が勝った後、観客席が大荒れになったらしいじゃない。昔、学園でもあったわ、そんなこと」


 だから、一体何が言いたい! レティが話を続ける。


「ドーベルウィンとグレンが決闘した時と一緒じゃない。そうでしょ」


「対抗戦も決闘みたいなものだから、似たようなことが起こるんじゃないか?」


 そういう事なのだ。同じようなイベントならば、同じような事が起こるのは当然の話。俺は事実を言った。


「共通点はどちらもグレンがいたことね」


「俺以外にもいるだろ。殿下もアーサーもカインだっているじゃないか」


「殿下達が決闘賭博に影響を及ぼしたの?」


「いや・・・・・」


 確かに殿下もアーサーもカインも決闘賭博に影響を及ぼした訳じゃない。いや、『園院対抗戦』に参加して影響を及ぼしたヤツがいるじゃないか。


「ドーベルウィンも参加していたぞ。ドーベルウィンは決闘賭博に影響を与えたぞ」


「決闘者としてね」


「・・・・・」


 いや、だから何が言いたいんだ、レティ。


「クリスティーナはいたの?」


「いなかったなぁ」


「だったら、お金を注ぎ込めた人間はグレンだけだったのね」


 どうしてカネを持っているのは俺だけだと決めつける! ここは堂々と反論してやった。 


「学院側はOBもいっぱい居たから、カネを出せる奴はいるぞ」


「その人達がわざわざ学園に賭けるのかしら?」


「オッズを見て得だと思って賭けたんじゃないか」


 俺が賭ける前のオッズは学園八.三倍、学院一.二倍だったはず。学園に賭ければ八倍になると思って賭けるヤツだっている。


「一倍って、お金が賭け金しか戻ってこないのよ。それでも学院側にしか賭けてないから、八倍の差になっているのでしょ。お金を持っているという学院のOBの人達は、みんな学院に賭けてるのよ。じゃあ、学園に賭けている人は誰なの?」


「誰なんだろうなぁ」


「学園の生徒しかいないじゃない!」


「だって、他の人も・・・・・」


「決闘賭博で巨額のお金を動かせる学園の生徒は二人しかいないわ。クリスティーナとグレン。でもクリスティーナはいなかったんでしょ。だったらもう一人しかいないじゃない!」


 レティは俺だと断言した。そんなもの、胸を張って断言する意味があるのか? そう思いながらも、こちらには聞きたいことがあるから辛抱するしかない。それを見てか、レティはなおも追及してくる。


「一体どれぐらいのお金を賭けて動かしたの? 普通の額じゃないでしょ。もう分かっているんだから、言いなさいよ!」


「グレン。もう正直に言いなさい」


 アイリがこちらの方を向いて言う。何かシナリオが書かれたようなコンビネーションだな、レティとアイリ。俺は観念した。


「賭けたよ。スクロードがどれぐらいのカネが動いているんだろうと言うから、それを調べるために賭けたんだよ。大したことじゃない」


「賭けたのは分かっているわ。知りたいのは賭け金よ。いくら賭けたの?」


 レティの言葉に合わせて、俺をアイリが見てくる。金額を言えってか。こんなものを知って何になるんだ。


「五億ラント」


「え?」

「へっ?」


 俺が言うと、レティとアイリは驚いたのか、目が点になった。

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