393 大将戦

 群青色の髪の毛を持つ剣士、アルフレッド・ヴィクター・トルーフェ・アルービオ=ノルデン。即ち、正嫡殿下アルフレッド王子の登場によって、学院側も学園側も大将が登場した形となった。これで、どちらが勝とうが最終戦、この次はない。勝った側の陣営が勝利となる。


 攻略対象者である正嫡殿下が、剣をかわす術を用いるラスボス・ジャックとどう戦うのか? 注目の大将戦が始まったのだが、正嫡殿下もジャックもリング上で動かない。仕掛けてくるのを待つジャックに対し、殿下の方は仕掛ける間合いを計っているようである。正嫡殿下はアーサーとジャックの戦いを見たからなのか慎重だった。


 先程のアーサー戦と同じように攻撃ターンをパスしたジャックに対し、アーサーのような一気呵成で攻めるのではなく、間合いを詰めながら守りを固めている殿下。これを見たジャックは、逆に自分の方から剣撃を仕掛けた。するとその剣を正嫡殿下は止め、逆に返して切り返したのである。


(これは!)


 見るとジャックがダメージを受けているではないか! ゲームでも予選でもアーサー戦でも打撃を受けなかったジャックが、正嫡殿下からの返し技で打撃を受けた。やるじゃないか、殿下! 単なるお公家さんじゃなかったんだ。観客席からどよめきが起こる中、所定の位置に戻ったジャックは、再び踏み出して殿下目がけて剣で突いた。


 殿下はジャックの剣を払うも払いきれず、今度はダメージを受ける。これを受けて殿下が足を踏み込んで、剣を小ぶりに振ったが、ジャックはこれをかわした。殿下もジャックも相当な戦巧者。『園院対抗戦』の大将戦はその名に恥じぬ、見応えのある戦いとなった。双方、自身の打撃を意識して一撃必殺を狙わず、相手に確実なダメージを負わせる手に出ているようだ。


 しかし見るとジャックの方は殿下に対して確実に打撃を与えているのに、殿下の方は最初の返し技以外、ジャックに全く打撃を与えていない。殿下はあれこれ手を変えてジャックに打撃を与えようとしているのだが、全て避けられている。いや、殿下が外しているというべきか。そんな状況下、ジャックはジリジリと攻めて、戦いの主導権を握ろうとしている。


 ジャックは薄紙を剝ぐような攻めで、正嫡殿下アルフレッドの守りを削いでいく。ゲーム上でも見たことがない戦いの展開。ゲームと違って現実世界の正嫡殿下は、お公家さん的な浮世離れした人物に見えたが、今の殿下は忍耐強く機会を窺う立派な剣士。ジャックが剣撃で殿下に一撃を与えようとした時、俺の中指に嵌まっている指輪が光った。


(なんだこれは!)


「グレン、それは・・・・・」


「殿下からいただいた指輪だ」


「どうして光っているの?」


「分からない」


 スクロードに聞かれても答えようがなかった。ふとリングの方を見ると、ジャックの剣を殿下が剣で受け止め、返し技で打撃を与えていた。


「おおおおおおお!!!!!!」


 おおきな歓声が起こる観客席。そんな中、殿下は間髪入れずジャックに斬り込み、一撃を見舞ったのである。


「あ、当たった!」


「当たったよね、グレン!」


「ああ!」


 殿下の剣がなんとジャックを斬りつけたのである。返し技では二度ほど当たっていたが、剣撃をモロに受けたのは初めて見た。打撃を受けたジャックの側は急速に動きが悪くなった。殿下の攻撃が効いているのだ。全く予想外の試合展開に俺も興奮している。気が付けば、スクロードと共に立ち上がって殿下を応援していた。


 双方打撃を受けながら斬り合いとなった大将戦は、通常攻撃が効かないはずのジャックに殿下の剣が炸裂したことから、状況が一転。そして最後までリングに立ったのはアルフレッド王子だった。殿下の剣の前にジャックが崩れ落ちたのである。その瞬間、興奮していた俺は思わずガッツポーズをしてしまった。観客席から悲鳴が上がる中、学園側は勝利したのである。


「三百二十四回『園院対抗戦』は、王室付属サルンアフィア学園が勝利しました。闘技場にいる観客席の皆様、忘れ物無きよう、お願い申し上げます」


 『園院対抗戦』閉会式も終わり、対抗戦に出場した選手達がリングから退場した後、闘技場全体に聞こえるアナウンスを聞いて唖然とした。まさか現実世界で聞いたことがある文言を聞くことになるとは夢にも思わなかったのである。エレノ製作者の呪縛は天空の和城だけではなかったのだ。俺はスクロードと別れ、一人ジャックの元に向かった。


 ――寮に戻ってきた俺は、机の上にあるジャックから渡された封書をぼんやりと見ていた。『園院対抗戦』が終わった後、学院側の控室に向かったのだ。ところが一度目に向かった際にはミーティングが終わっていないとの事で、先に生徒会の方に向かい賭け金九億五〇〇〇万ラントを受け取り、そこから控室に向かったのである。


 ジャックの手引で学院の控室に入った俺は、決選に出場した学院生達を前にして、場違い感を抱きつつも学院生徒のレベルの高さを称えた。自分が仮に予選に出場したとしても本選に勝ち上がる自信が無かったと言うと、本選に出場していたカイテルが、俺に聞いてきた。


「グレン・アルフォードと言えば、あの貴族学園の中で貴族や教官らをなぎ倒したと言われているのにか?」


「それはカネを注ぎ込んで装備を固め、優れた魔法術師と組んでいたから戦えていただけで、装備アイテムが制限されたら戦いようがない。力勝負ならば組み立てだけで戦える要素がないから、一発KOだよ」


 これには皆が驚いている。俺は例としてカインの話を持ち出した。生身のカインと俺では打撃力に三倍の差が、防御力に二倍の差があり、この穴埋めの為にミスリル装備で身を固めて持久戦術を取ったこと。後方で常に回復魔法を唱えてもらいながら、補助魔法でスピードと防御を極限まで高め、互角に近い状況に持ち込んだと状況を説明する。


「そんな戦い方で勝ったのか」


「そうでもしなきゃ、剣聖閣下の息子には勝てないよ」


 驚くローティエンスに俺はそう答えた。正嫡殿下アルフレッド王子と正嫡従者フリックは共に剣聖スピアリット子爵の直弟子であり、息子であるカインを含めれば剣聖閣下の直弟子が三人とも本選に進んだ事を考えると、『園院対抗戦』の本選は本当にレベルの高い戦いだったと思う。そのことを率直に話すと対戦相手だったバルデミューズが頷いた。


「俺が負けたマクミランの剣は本当にシャープだったよ」


「正嫡殿下の剣は、本当に恐ろしかった」


 ジャックは率直に述べた。まさか通常攻撃が効かないジャックに返し技で打撃を与えたり、剣撃を決めたりするなんて考えられない話だもんな。俺も皆に感想を話した。


「当たらないはずのジャックに、一撃を食らわせるなんてな。殿下の剣を初めて見たがビックリした」


「全くだ。これまで人からの剣撃をかわしてきたコルレッツが、殿下の剣を受けるなんて」


 カインを倒したムエンヤーが驚くのも分かる。剣が当たらぬジャックの筈なのに、どうして殿下の剣が決まったのか。これについてはゲームとリアルが違うとしか言いようがない。ジャックの友人のド・グランジュが言う。


「それだけ殿下がお強かったと言うしかないよな、ジャック」


「そうだよね。フェルブの言う通りだよ。殿下はしっかりと鍛錬をなされている」


 ジャックの言葉に皆が頷く。決選に出た学院生の中で、殿下に対する畏敬の念が深まった事が感じられる。


「まぁ、今ここにジャックがいるのも、グレン・アルフォード殿がおられるからだ。もしアルフォード殿がジャックを学院ここに連れて来られなかったら、今日の戦いは無かったのだからな」


 いやいやいやいや。俺は『世のことわり』を直しただけだ、とは言えなかった。どうやらここにいるメンバーは、俺がジャックを連れてきた事を知っているようである。おそらくジャックが皆に話したのだろう。ジャックが俺に近付いてきて、一通の封書を差し出してきた。


「妹からの封書です。直接渡さないといけないと思って・・・・・」


 コ、コルレッツからか! 一瞬、俺はたじろいだ。しかしどうすればいいんだ、これを。今更、受け取るのもどうかと思うし、受け取らないのもどうかと思う。第一、周りの目があるから断れない。そうか、だからジャックは俺を控室に招いたのだな。ジャックの深謀遠慮に感嘆しながら、俺はコルレッツの封書を受け取らなければならなかったのである。


 そして今、ジャック・コルレッツから受け取った、ジャンヌ・コルレッツからの封書が寮の部屋の机上にある。これを開けるべきかどうか、開けたとしてどうすればいいのか。かれこれ一時間くらい考えている。だが、どう扱うかは内容を知らねばならず、内容を知るには開けて見てみるしかない。俺は恐る恐る封書を開けて、便箋を広げた。


(・・・・・こ、これは・・・・・)


 日本語。日本語だった。全て日本語で綴られた便箋。コルレッツは俺に日本語の手紙をジャックに託したのだ。字を見ると女の子の字。コルレッツはやはり学生のようである。高校生か大学生かを聞くのは野暮というもの。文章は俺とアイリへの詫びから始まっていた。曰く「ご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした」である。


 「許してもらえるかどうかは分かりませんが」という一文が、軽い謝罪の意味で書いている訳ではないことが読み取れる。『神の巫女』と認定された事に舞い上がってしまい、学園に入る為に見境なく動き、そして入った後は思うがままに行動した。その結果、俺やアイリを始めとする多くの生徒や自分の家族に多大な迷惑をかけてしまったと。


 次に書かれていたのは感謝とお礼だった。借金の整理についての感謝と、コルレッツ家の救済とジャックの学院入学、そしてコルレッツ家に小麦を届けた事へのお礼。自分が後先考えずやってしまった事を俺が全て精算してくれたとして、感謝の言葉が綴られている。便箋を読み進めるうちに、何故か俺の目から涙が溢れてきた。

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