392 聖騎士ドーベルウィン

 さすがに三戦目となると、カインの猛攻にも疲れの色が見えている。そこをローティエンスは突いたのだ。だがカインは攻略対象者、剣豪騎士の名は伊達じゃない。ローティエンスの反撃に対し、逆に攻勢を強め、遂にこれを破ったのである。会場からは大きな溜息が洩れた。カインのこの勝利によって四対三と、学園側が初めて有利に立ったのだから。


 観客からすればまさかまさかの展開に、闘技場は騒然とした空気となった。おそらくは勝利を確信して賭けたカネが、もしやと予見したのだろう。ドーベルウィン戦でも起こったあの空気。万が一学院が負けるような事があれば、殆どの観客は博打に負けたということになるのだから。それを意識した者が騒ぐのはある意味当然だろう。


 そんな異様な空気の中でリングに立ったのはムエンヤー。ムエンヤーは試合が始まるなり、三戦して動きが鈍くなっているカインに襲いかかった。カインは劣勢に立たされながらも、猛々しく剣を振るう。パワーというか突進力というか、荒々しいまでのその剣術は、観客席から見ても鬼気迫るものを感じる。しかし勝ったのはムエンヤーだった。


 リングに倒れたカインを見て、観客席からは大きな歓声が起こった。これで学園と学院は三対三。剣豪騎士カインと正嫡従者フリックによって、団体戦九対六の劣勢が、数の上では互角になった。カインの後を受けてリングに立ったのはドーベルウィン。かつて俺に決闘を申し込みながらボロ負けし、家に逃げ帰った男が、この舞台に立ったのである。


「我こそはジェムズ・フランダース・ドーベルウィン! この我が剣を受けよ!」


「・・・・・ジェムズ・・・・・」


 リングの上で声高に叫ぶドーベルウィンを見て、スクロードが頭を抱えた。相変わらずだな、ドーベルウィンは。だが、完全アウェーの学院闘技場で挑発するのは悪くない。現にドーベルウィンは、観客席からの罵声にも臆してはいないのだから。むしろ自分を追い込んで戦うため、敢えて宣言したのかもしれない。


 ドーベルウィンは試合が始まると、対戦相手のムエンヤーに対して、悠然と剣を振るった。フリックのような鋭さやカインのような猛々しさはないが、滝の水が上から下に流れるような、自然な流れの剣。先程のカイン戦で少なからぬダメージを受けているのか、少し動きの鈍いムエンヤーに対して、確実にダメージを与えている。


 対してドーベルウィンは、相手の攻撃を避けながら構えを維持し、身を固く守っている。これはいける、そう思った時、ムエンヤーが膝を付いた。ドーベルウィンが勝利した瞬間である。ドーベルウィンは殆どダメージを受けぬまま、ムエンヤーを倒したのだ。大きなどよめきに包まれた闘技場。これで学院側のメンバーは残り二人となった。


「ジェムズが・・・・・ 勝ったよ、ジェムズが!」


「それも殆ど無傷でな」


「あ、ああ!」


 従兄弟のスクロードが興奮している。よく考えたら小さい頃からの仲なんだよなぁ、この二人。そりゃ、以前のドーベルウィンのヘタレぶりを知っているんだから、驚きや喜びに包まれるのは当然の話。しかし短い期間でよくあのような剣を取得したな、ドーベルウィン。俺達がドーベルウィンの話をしていると、次の対戦相手ド・グランジュが登場する。


 フェルブ・ド・グランジュ。ジャックの友人であり、ジャックに次ぐ学院の実力者。よく見ると『園院対抗戦』の本選、学院側はレベル順に登場している。レベルが低い者が前、レベルの高い者が後ろにいる。対して学園側は家格順。家格の低い者が前、高い者が後ろ。実力本位の学院と家柄本位の学園と言ったところか。


 学院はこのド・グランジュが抜かれると、ジャック・コルレッツしかいない。対して学園側はドーベルウィンの後ろにアーサーと正嫡殿下がいる。もしドーベルウィンがド・グランジュを倒すと、学院側の状況は一気に緊迫し、闘技場は文字通り騒然とするだろう。しかしラスボス、ジャック・コルレッツを倒すことは容易ではない。


 本選開始直前、予選でジャックと対戦して敗れたダンテルに聞いたところでは、キチンと狙いを定めて振り下ろしているのに剣がかわされていたという。しかも少しのズレではなく、大きくズレた感じだったので、何がなんだか分からなかったらしい。乙女ゲーム『エレノオーレ!』では、通常攻撃がまるで効かなかったがそういうことかと思った。


 どういう理由なのかは分からないが、ジャックに振り下ろした剣がズレる。少なくとも攻撃側からはそう見えるということだ。「心の交流」とやらが、どう影響して勝てるのかは全く分からないが、ダンテルの話を聞いただけでも、ジャックに勝つことが容易ではない事はよく分かった。攻略法が確立されていない状況で勝てるのだろうか?


 リング上では既にドーベルウィンとド・グランジュが始まっている。ドーベルウィンは先程のムエンヤー戦と同じように自然な流れの剣技を振るいながら、守りを固めていた。対するド・グランジュはガンガンと攻めていく。カインのような猛々しさではなく、文字通りの肉弾戦。高いレベルも相まって、相手に対して確実にダメージを与えている。


 このド・グランジュの攻勢に対し、ジリジリと体力を奪われていくドーベルウィン。この流れでは、決定打がなければレベルの高いド・グランジュに勝ちが傾く。力勝負ではド・グランジュの方が圧倒的に有利。隣で見ていたスクロードが「ダメか・・・・・」と呟いた瞬間、ドーベルウィンの剣から閃光が放たれた。


「聖剣か!」


 ドーベルウィンが予選の時にも出した光。攻撃と回復を同時に行うというチート技「聖剣」が発動したのである。その光に闘技場からは大きなどよめきが起こった。怯むド・グランジュに対して、一気に攻め込むドーベルウィン。ドーベルウィンの猛攻の前に見る見るド・グランジュの体力が減っていく。これはいける。


「ジェムズ!」


 スクロードの応援にも熱が入る。この戦い、ドーベルウィンが勝てるかも。そう思ったのだが、俺の読みは甘かった。踏みとどまったド・グランジュが会心の一撃を出して、ドーベルウィンを打ち倒したのである。普通であればドーベルウィンに傾く筈だった勝利を己の力でもぎ取ったのだ。恐るべしド・グランジュ。


「あああ・・・・・」


「・・・・・もう少しだったのにな」


「ああっ・・・・・」


 肩を落とすスクロード。本当にもう少しで大逆転劇が実現できるところだったのだが、ド・グランジュが力でそれを阻止した。これはド・グランジュの力が上だったと言うしかない。しかしよくやったぞ、ドーベルウィン。団体勝ち抜き戦は、先に戦った仲間の屍を踏んで前に進むようなところがある。今回のアーサーがまさにそれである。


 しかしドーベルウィンに勝ったからといって、ド・グランジュもダメージが大きい。体力をかなり消耗している。そこへ元気なアーサーが剣を繰り出す。これにはレベルの高いド・グランジュであろうと、ひとたまりもない。たちまちのうちにド・グランジュを追い詰めたアーサーは、一気に勝負に出て、ド・グランジュを倒してしまった。


「おおおおおおおお」


 これには闘技場から悲鳴にも聞こえる、大きなどよめきが起こった。学院側はド・グランジュが倒された事で、遂に大将ジャック・コルレッツ一人だけになったからである。一方、学園側はアーサーの後ろには正嫡殿下アルフレッド王子が控えており、心理的な圧迫感は学院側に重くのしかかっている事は、容易に想像できる。


「これでコルレッツの兄だけだね」


「ああ。だが、ジャックが一番難しい相手だぞ」


「グレンが言っていた、通常攻撃が効かないってあれだよな。ダンテルが「狙いが勝手に外れていた」って言っていたやつだよね」


「そうだ」


 スクロードの話に大きく頷いた。どうやってやっているのか分からないが、人の剣気をずらす術をジャックは身に付けている。そして相手の剣を避けて自分の剣を振りかざす事で勝利をモノにしているのだ。それは予選の時にこの目で見たのでよく分かる。これが剣術では上位者に入るだろうアーサーの剣でも、その術が通用するのか、しないのか。


 ジャックがリングに立つと、観客席から大きな歓声が起こった。負けたら賭けたカネが無くなるので必死なのだろう。観客席に座っている殆どの人間は学院生とOBなのだから。ジャックと対するアーサーは、いつもと変わらぬ元気さを堅持している。今日アーサーの剣を初めて見たが、元気で飛び跳ねるような剣だ。性格と剣が一致しているのがアーサーらしい。


 試合が始まると、先に動いたのはアーサーだった。ジャックは守りを固める為か、パスしたようである。アーサーが思いっきりジャックに斬りかかる。ところがアーサーの剣先はジャックの右側に逸れた。その間、ジャックが左側からアーサーに斬り込んだ。結果、一撃でアーサーは大きな打撃を受けてしまったのである。


「これが・・・・・ ジャックか・・・・・」


 ジャックはアーサーの攻撃を待っていた。全力で斬り込んでくるところを狙って、空いた隙間に一撃を食らわせたのだ。よろめくアーサーに、ジャックは更に斬り込む。リアルタイムターンなのに、ジャックのスピードが異様に速い、二撃三撃を食らう間、アーサーが斬り込んだのは一度のみ。その一度もかわされているので打撃になっていない。


 ジャックが四撃目を加えた瞬間、アーサーは崩れてしまった。戦いはジャックの圧倒的な勝利に終わったのである。闘技場には地響きのような大きな歓声が沸き起こった。ジャックの比類なき強さを見てだろう。しかし、このチート級の強さ、まさにラスボスという称号に相応しい勝ち方である。


 観客席の多くが学院生とOB及び関係者で占められている事もあって、ジャックの勝利に闘技場は沸いている。しかし騒がしかった観客席は、急に静まり返った。学園側の大将としてノルデン王国の第二王子、アルフレッド殿下がリングに上がったからである。

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