391 本選開始

 エレノ世界の住民は、何故か賭博が大好きである。かつてドーベルウィンとの決闘の際、学園生徒会が決闘賭博を主導していた事に驚いたが、『園院対抗戦』もその例に倣って学院生徒会が主催していた。スクロードがオッズを見ながら言う。


「学園八.三倍、学院一.二倍ってどういう事・・・・・」


「賭けているヤツの殆どが学院に張っているって、こった」


「・・・・・そうなるよね。でもどれぐらい・・・・・」


「おそらく賭け金総額の九割は学院だ」


「じゃあ、残り一割が学園・・・・・」


 計算上そうなる。どれほどの額が動いているのかは不明だが、目の前の光景を見る限り、俺とドーベルウィンとの決闘賭博よりもカネは動いている感じがする。二十万ラント金貨がボンボン張られているからだ。学院出身者は商人が多いとは聞いていたが、動かすカネは貴族のそれを越えているということなのか。


「どれほどのカネを賭けているのだろうね」


「知りたいか?」


「えっ、分かるの!」


 スクロードが驚いている。ある程度のカネを積めば分かる話。放り込んだカネでオッズが動いたならば、張った金額と動いた比を元に総額を導き出すことは容易だからだ。何か話をしていると、ドーベルウィン戦のあのときの気分になってきた。あのときはドーベルウィンが持ち出した魔剣『エレクトラの剣』を見てバカみたいに賭けていたヤツが多かった。


 今回の『園院対抗戦』の場合、ホームである学院側の生徒やOBが予選の状況を見て勝ちを確信して学院側に張っている為、オッズがドーベルウィン戦の時よりも大きな差になったのであろう。あの時は俺が勝つ自信があったが、今回は学園が勝つという確信は全く無い。だが、学園に賭ければ面白いことになりそうな予感がする。そこで俺は賭けたという訳。


「学園一.七倍、学院二.一倍に逆転したら、そりゃざわめくよ。どれ程のお金を賭けたんだって」


「五億ラントだけどな」


「・・・・・だから金額が凄いよ」


「これで分かっただろ。五億ラント前後を賭けてたって」


 俺がそう言うと、スクロードが「分かったけど、やり方が豪快すぎて」と苦笑している。いやいや、実費で出さないとどれほどのカネを賭けているか分からないから。今回の場合、賭け金が三億ラントか五億ラントか、どちらだろうかと思って高い方にヤマを張っただけなのだが、結果としてそれが当たったのである。


「しかしよそんなくすんなりと賭けられたねぇ」


「無制限だと言ってたからな。それに金の引き渡しも個室だったし」


 賭ける人間に対する、学院生徒会の配慮は行き届いていた。個室で引き渡しをしたので、俺が五億ラントを賭けた話が知られていないのである。ただオッズが大きく動いたので、どよめきやざわめきが起こった。本選の説明が終わり、学院生徒会からのアナウンスを聞いていたスクロードが話しかけてくる。


「学園一.九倍、学院二.四倍になったようだね」


 どうやらこれでオッズが確定したようだ。俺が勝てば四億五〇〇〇万ラント勝つという計算。日本円にして百三十五億円という金額なので、決して少なくはない。


「グレンは学園こちらが勝つと見てたんだな」


「いや、全く」


 そうなんだよな。単に俺が賭ける前に賭けられた金額が知りたくなって賭けただけなんだよ。俺は「えっ」と驚いているスクロードにそう話した。何しろ六対九の団体戦。普通に考えても不利なのは明らか。そして最後に控えるのは「心の交流」がなければ勝てないジャック・コルレッツ。学園側が勝つには相当厳しい。


「それでよく賭けたね、そんな額」


「勢い余って賭けただけだよ」


 俺がそう言うと、スクロードが苦笑してしまった。たまにあるんだよな。後先考えずにやってしまう事が。リングでは本選の第一戦。悪役令息リンゼイとバルデミューズとの戦いが始まるところ。本選では予選であったハイポーションの制限がなくなり、装備も自由に選べるとアナウンスされていた。ゲームの設定は本選のものだったようである。


「おっ『グラディウス』か」


 リンゼイはその手に『グラディウス』を持っていた。『グラディウス』は短身の剣で、リンゼイのキャラクターアイテム。かつてコルレッツが、リンゼイに探させないようにしていたアイテムだ。俺がリンゼイに探せと言っておいたのだが、どうやら手に入れたようである。ゲームクリア必須のアイテムが一つ確保され、ミッションが勝手にクリアされた。


 短身の剣『グラディウス』を持ち、装備を調えて出場するリンゼイ。対してバルデミューズの方は予選と同じ所定の装備。貴族と平民の差が武器防具に出たこの戦い。普通であればリンゼイの方が有利のはず。ところが試合はバルデミューズ優位に進んでいく。キャラクターアイテムを持っているのに、何をやってるリンゼイ。


「あれじゃ、ダメだよ」


 試合の流れを見たスクロードは呟く。全く同感だ。そして俺達の予想通りリンゼイは敗退してしまった。闘技場は大きな歓声に包まれる。学院がホームのこの戦い、学院側の生徒が勝てば盛り上がるのは当たり前。まして決闘賭博のオッズが動いたことで、その熱量も増したのだろう。試合はバルデミューズの前に、リンゼイ為す術無しという結果に終わったのである。


「これで五対九だな」


「いきなり負けるなんて・・・・・」


 リンゼイの敗退はスクロードにとって予想外だったようだ。しかし武装に劣る相手に対して、キャラクターアイテムまで持ちながら瞬殺されるか? それだけ対戦相手のバルデミューズが強いということなのだが、一方でリンゼイがそれだけ鍛錬を積んでいないという事だろう。リンゼイの次に出てきたのは正嫡従者フリックだ。


 正嫡従者フリック・ベンジャミン・マクミラン。マクミラン子爵家の嫡嗣で、正嫡殿下アルフレッド王子の従者。幼き頃から殿下と共に剣聖スピアリット子爵に師事して剣術を修めた。乙女ゲーム『エレノオーレ!』ではそう描かれている。だから間違いなくリンゼイよりかは戦えるはず。ここは期待してもいいだろう。


 試合が始まると、俺の期待通りだった。剣先の鋭さがリンゼイとはまるで違う。当たり前だが、商人剣術とは違う踏み込み。リンゼイ戦では相手を圧倒していたバルデミューズが、あっという間に劣勢に立たされてしまったのである。そして盛り返すこともなく、会場の溜息と共にそのままリングに崩れ落ちた。


 流石は剣聖閣下の弟子、一分の隙もない。よく考えたら学園側にはスピアリット子爵の長男カインに、フリックと共にスピアリット子爵に師事していた正嫡殿下と、剣聖閣下の直弟子が三人もいたのだな。これはもしかすると人数の劣勢は跳ね返せるかもしれない。倒されたバルデミューズの次に登場したのはカイテルという黒騎士。


 見るとカイテル、バルデミューズよりもレベルが高い三十。だがフリックはそれをモノともしない動きでカイテルを攻める。その動きに観客席からはどよめきが起こった。無駄のないシャープな動き。ゲーム設定のクールな性格とマッチした剣だ。まぁ、実際のフリックは話せるクールな男なのだが。


 一方、カイテルも一方的にやられている訳ではない。要所要所で堅実な攻めをして、フリックに対し確実な打撃を与えている。が、最後に勝ったのはフリックだった。カイテルを下して二人抜きをしたフリックと次に戦うのは色なし騎士のストーンアイシャ。予選で最初に三戦勝ち抜けした学院生徒である。


 このストーンアイシャもレベル三十。学園でレベル三十以上の生徒が俺を除けばクリスだけな事を考えると、学院生徒のレベルの高さは異常。モブにも関わらずツワモノ揃いの学院だ。ストーンアイシャは出だしからフリックを攻めた。二人抜きをしてダメージを受けていると判断なのだろう。


 ターン制という縛りの中、力強く攻めている。対してフリックは、クールに受け流しつつハイポーションで体力を回復している。よく見たら、このリング。体力に応じて戦っている生徒の動きが微妙に異なっている。体力が多い生徒ほど動きがよく、体力が少なくなると動きが悪くなっているようだ。


 それはターンが回ってくるスピードによっても変わっている。今までずっと見ていたのに全くそれに気付かなかったのは、俺が他人の試合だと思って漠然と見ていたからである。自分の事でなければ他人事になってしまい、真剣味が欠けてしまう。もう一つはターン制はターン制でもリアルタイムターン制であることから、分かりにくかった事も一因。


 フリックは劣勢ながら冷静に自分の置かれた状況を把握し、ストーンアイシャの攻撃を凌ぎつつダメージを与えている。次第にストーンアイシャの動きも鈍くなってきた。そこへフリックが渾身の一撃を繰り出し、ストーンアイシャにトドメを刺す。これによってフリックは三戦を勝ち抜き、対抗戦の情勢を五対六にまで持っていったのである。


 しかしフリックの快進撃もここまでだった。四人目の対戦相手イーストウッドの前に二撃を受けて敗れ去ったのである。学院生徒の久々の勝利に闘技場は大いに湧いた。ただフリッツが三人抜きしたことで四対六と一つ詰まった訳で、次に出てくるカイン次第で『園院対抗戦』の状況が大きく変わりうる環境が生まれた。


 リングに上がったカインはイーストウッドに対して猛然と剣を振るった。やはり剣豪騎士カイン。剣撃の勢いが半端ではない。その勢いにイーストウッドは一方的に押されてしまっている。カインは荒々しい剣を振りかざしてイーストウッドを下し、その勢いに乗じて次に出てきたケッペルニッヒをも倒した事で、四対四の互角に持ち込んだ。


 シャープな剣のフリックに猛々しい剣のカイン。同じ師匠を持ちながら、全く違う剣を振るう二人。となると殿下もまた違った剣を振るうのだろうか? そんな事を思っていたら学院側からはローティエンスという白騎士が上がってきた。このローティエンスはレベル三十一。なにか倒す度に猛者度が上がっている感じがする。


 しかしカインはそれを物ともしない動きを見せた。カインよりレベルの高いはずのローティエンスの方が防戦を強いられたのである。カインの激しい攻撃を受けたローティエンスは守りに入らざる得なかったようだ。しかしローティエンスはレベル三十一。試合が進むにつれ、カインの猛攻を受け流したローティエンスは攻勢に転じた。

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