390 予選の激闘

 『園院対抗戦』の予選終盤、リングに立ったドーベルウィンは一戦目に勝利した。あの弱かったドーベルウィンがレベルが低い相手との対戦とはいえ勝った。これは驚きである。


「ジェムズが、こんなに戦えるなんて・・・・・」


 スクロードが驚くのも無理はない。俺だって驚いているのだから。ヘタレだったドーベルウィンがここまで戦えるようになっているとは。蛙の子は蛙というか、本人にそれだけの才能があったのだろう。だが、次の対戦相手シルディアーノとの戦いになったとき、状況が一変した。


(レベル二十九・・・・・)


 強い。ジャックの友人ド・グランジュもレベル三十二なので、学院は猛者揃い。シルディアーノの属性は攻撃力に勝る黒騎士。ドーベルウィンの父親と同じ属性だ。先程のメルキ戦とは違って、シルディアーノ相手に明らかに苦戦しているのが分かる。やはりエレノ世界。レベルの低い者を相手とするのは容易でも、レベルの高い者を相手とするのは容易な事ではない。


「やっぱり厳しいのか・・・・・」


 戦いを見守るスクロードが肩を落とす。しかしまだ勝負は終わってはいない。ドーベルウィンの動きは諦めたようには見えないからである。何かを狙っているな、そう思った瞬間、ドーベルウィンの剣から閃光が出た。


「あ、あれは・・・・・」


「せ、聖剣だぁ!」


 これには闘技場もどよめいている。聖剣! なんだそれは? スクロードに聞くと聖剣というのは聖騎士が使える術の一つで、回復と攻撃を一気に行う事ができるのだという。なんてチートな術なんだ、と思っていたら、あっという間に形勢が逆転していた。先程まで優勢に立っていたシルディアーノが、今度は劣勢に立たされてしまったのである。


 形勢が再び変わることはなかった。ドーベルウィンはそのままシルディアーノを倒し、三戦勝ち抜きに王手をかけたのである。勢いに乗ったドーベルウィンは、三戦目の相手ストーシオも下して悠々と勝利。こうしてドーベルウィンは、学園側五人目となる本選出場を果たした。


「勝った、勝ったよ、ジェムズが!」


「本当だよなぁ。これで本選だぞ!」


 意外過ぎる勝利に、スクロードが喜んでいる。予想外というか、番狂わせとはこの事である。ドーベルウィン伯もこの結果を知ったら、さぞや喜ばれるだろう。予選も終盤に入る中、登場したのはジャック・コルレッツ。乙女ゲーム『エレノオーレ!』では『園院対抗戦』のラスボスとして登場してくるジャック。


 ゲーム上のジャックは、攻撃してもダメージを受けない術を駆使してくるので、大いに苦戦する。というか、こちらは観客席から見ているヒロインという立場。ヒロインは対抗戦に参加できないので、攻略対象者の勝利を祈るしかできないのだ。しかし、攻略対象者が攻撃してもジャックが打撃を受けないので、普通に戦えば攻略対象者は負けてしまう。


 負ければ最後は「ノーマルエンド」。攻略対象者とヒロインは結ばれず、別々の道を歩む結果となる。エンドとは言っても、バッドエンドのない『エレノオーレ!』では、事実上のゲームオーバー。だが現段階でヒロインと親密度の高い攻略対象者は誰もいないし、そもそも二人のヒロイン、アイリとレティは学院闘技場ここに来ていない。


 二人が来ていないということは、仮に攻略対象者が本選で負けたとしても、ゲームの終わりには影響しないのではないか? つまり「ノーマルエンド」にすらならないのではないかと思う。もちろんこれは俺の勝手な推測であり、願望でもあるのだが。ゲーム上では、ジャックを攻略して倒す手段として「心の交流」なるものが必要となってくる。


 「心の交流」とは、攻略対象者とヒロインが以心伝心でジャックの本当の姿を映し出すという、いかにも乙女ゲームが好みそうな謎設定。そうして現れた真のジャックを攻略対象者が見出して倒すという、ありきたりな流れだ。当たり前の話だが、それを発動させるためにはジャックと対戦する攻略対象者と、ヒロインの親密度が高くなければならない。


 問題はこの親密度というヤツで、高めるのも一苦労というのが、このミッションをクリアする難しさ。攻略対象者の勝率を上げるため、いい装備をプレゼントしなければならない。しかし、当然ながらその装備、アイテムというものは高い。そこで課金の出番という事になる。課金でアイテムをゲットして渡すのが一般的な攻略法というわけだ。


 ところが俺のプレーは課金縛り。だからゲーム内で自力更生するしかない。そこでカネを稼ぐのに学園を抜けて相場に手を出したり、カジノに入り浸っていたりしなければならないのだが、そんな無茶なヒロインの好感度が高くなる筈もない。よって攻略対象者の親密度が中々上がらず苦戦するという展開。


 ところが現実の『園院対抗戦』は違う。予選では装備も武器も予め定められており、いい武器や装備で優位に立つことができなくなっている。おまけにハイポーションが一度のみ。制約がないのは本選のみという、本当の力勝負。それを事前に知ることが出来た俺は、『園院対抗戦』を全力辞退したのだが、その情報を教えてくれたのがジャックなのである。


 そのジャックがリングに立った。学園側からはロイド。子爵家の三男で黒騎士だ。しかしそれ以上にロイドが『ジャンヌ・ソンタクズ』の一員であった方が衝撃的だろう。妹のかつての親衛隊員が、妹の兄に挑むという構図。事情を知っている者が見たら、思わず噴き出してしまうのではないか。おそらくお互いに事情は知らないだろうが。


 試合が始まると、先攻は予想通りジャックだった。後手に回ったロイドが攻勢に出ようと斬り込みにかかる。が、すんなりとジャックにかわされた。二撃三撃も避けられ、あっけなくジャックに倒されてしまった。次の対戦相手はダンテル。朝の鍛錬組だ。ダンテルはロイドよりかは鍛錬している。しかしダンテルの剣もあっさりと避けられた。


 対してジャックはダンテルに対し、確実に打撃を与えている。そしてジャックは勝利し、無傷で三戦勝ち抜けに大手をかけた。次に学園側から出てきたのは白騎士のウォルチ。しかしウォルチの攻撃もジャックに全く当たらなかった。しかしジャックの剣は確実にウォルチを捉え、難なくウォルチを倒し、本戦出場を決めたのである。


「なんて一方的な試合なんだ!」


 ジャックの戦いぶりを見たスクロードは呆気に取られていた。これが学園のラスボス、ジャックの実力なのか。攻撃を受けてもダメージを受けない術の正体は、剣を避ける術だった。確かに剣撃を受けなければ、ダメージも受けずに戦うことができる。その上で相手に打撃を与えれば、自分が勝つのは当たり前。しかしどうやってその術を身に付けたのか。


 そのジャックが去り際、俺の方を見てきた。アイコンタクトを送ってきたのである。封書で約束したように対抗戦が終わった後に会おうということなのだろう。観客席からのどよめきにリングを見ると、学園側から群青色の髪の毛を持つ貴公子、正嫡殿下アルフレッドが現れたのである。これなら天空の和城から降り立っても良かったのでは、と思ったのは俺だけだろう。


 予選に出場する最後の学園生徒として正嫡殿下が登場してきた。反貴族意識が強いであろう学院生にとっても王族とならば別。特に次期王太子が確実視されている正嫡殿下とならば、反応が違うのはむしろ当然であろう。対決する学院生徒ギールグッドも居心地が悪そうである。試合が始まると、殿下相手に戦うという引け目がモロに出た。


 動きの悪いギールグッドは、殿下の剣撃に対し、反撃する場面すら作ることが出来ずに敗れたのである。次に出てきたウラシェンコもギールグッドと同じく苦戦し、そのまま敗北。殿下は三戦勝ち抜けに王手をかけた。次の対戦相手であるブルカも二戦勝利の勢いのままに撃破して、あっという間に本戦出場を決めたのである。


「さすがは正嫡殿下だ。剣聖閣下の御指導を受けられただけの事はある」


 スクロードは感嘆した。確かに剣の鋭さは際立ったものがあるが、やはり王族を前にして相手が萎縮した事も圧倒的な勝利の一因だろう。これで本選出場者は学院側九人、学園側六人となった。しかし学園側は殿下が最終出場者なので、予選に出場する生徒はもういない。対する相手方はまだ四人ほど残っているので、これからどうなるのかとスクロードに聞いた。


「これで予選は終わりだよ」


「予選に出る予定だった、学院側の生徒は?」


「学園側の生徒がいないから、不戦敗だよ」


「えっ、そうなの!」


 予選に出場予定だった四人の学院生徒は、試合をせずに予選敗退ということになるらしい。不条理といえば不条理なのだが、ルールである以上仕方がない。これで予選は終わり。終わりということで、本選はどのような戦い方となるのだろうか?


「しかし六対九の勝ち抜き団体戦かぁ。中々厳しいよね」


 天空の和城を見上げながら、スクロードは言った。全くその通りだ。予選の対戦を全て見たが、学院側の生徒の方が総じて上の感じがする。九人が三戦勝ち抜きで本選出場というのも納得がいく。対して学園側は攻略対象者四人とアーサー、そしてまさかのドーベルウィンの六人のみ。いくら攻略対象者がいるからといって、層の薄さは否めない。


 しかしこれは『園院対抗戦』のルールに沿った形の結果なので、あれこれ思っても仕方ないだろう。昼からは本選が始まる。俺はスクロードを食事に誘って外に出た。ウィルゴット曰く「学院内の学食は止めておけ」というので、院外のレストランを見つけておいたのである。俺とスクロードは、そのレストランで食事をして学院に戻った。


「これより『園院対抗戦』の本選を開始します」


 午後になり、学院の闘技場に本選の開始がアナウンスされた。が、予選の時と違い、観客席がガヤガヤしていて静まらない。本選のルールがアナウンスされている間も騒がしさが収まることはなかった。


「そりゃ、あれだけオッズが動いたら・・・・・」


 スクロードが言う。実は院外のレストランで一緒に食べた帰り、闘技場近くの建物で人だかりが出来ていたので何事かと覗いてみたら、なんと『園院対抗戦』の決闘賭博が行われていたのである。胴元は学院生徒会という、相変わらずのエレノらしい展開。あまりに酷いオッズだったので、俺も一口乗ったのだ。

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