389 ミルケナージ・フェレット

 学院で顔を合わせたウィルゴットと話していたところにやってきた、フェレットの若き女領導ミルケナージ・フェレット。お互い挨拶を交わすと、ミルケナージはそそくさと立ち去っていった。


「・・・・・なんだったんだ、あれは?」


「さあな・・・・・」


 ウィルゴットはしきりに首を傾げている。ミルケナージ・フェレットの意図をよく理解できていないからだろう。俺は何となく分かる。あれは明らかに探りを入れにきた態度。おそらく、その場での思いつきでの行動だった為、このままでは分が悪いと身を引いたのだろう。しかし、ここにアイリがいなくて良かった。居たらあれこれ問い詰められそうだ。


「しかし、何か焦っていたようだな、あれは」


 そう呟くウィルゴット。俺もウィルゴットと同様、ミルケナージ・フェレットが焦っているように見えた。そもそも無理をしてまで、俺に絡まなければならない理由が見いだせない。ウィルゴットはそれが何かを考えているようである。


「やはり小麦か?」


「小麦! 俺は何も絡んでないぞ!」


「いや、お前の方が知られているからな。お前が動かしていると考えているかもよ」


「・・・・・」


 そんなバカな・・・・・、とは言えなかった。ウィルゴットの見立ての方が、合理的に説明出来ているように感じたからだ。俺に小麦の件の探りを入れようとしたが、ミルケナージ・フェレットが触ることができなかった。俺が気配や雰囲気で、探りを入れてくる事を読んだから触れなかったという訳だ。


「今の小麦相場の話をお前に聞いたって、何も掴めないのにな」


 ウィルゴットは笑いながら言う。それに釣られて俺も笑った。大体、一学園生徒の俺が小麦相場を動かす動機、どんな動機があるというのだろうか。ウィルゴットは知り合いの呼ぶ声に応じて、また会おうとそちらの方に向かっていった。


 しかし小麦相場とミルケナージ・フェレットが関わりがあるとして、どんな関わりがあるのだろうか? 貴族ファンドか? それとも小麦の仕入れでか? その目星を付けるには余りにも情報が少ない。この話を解くには、もっと多くの情報が必要だろう。開催時間が迫っているのを体感で感じた。俺は一人、闘技場に向かったのである。


(何だこれは!)


 学院闘技場の中の光景に、俺は絶句した。学園の闘技場と違って天井が塞がっている。いや、塞がっているというよりも、そこには城。なんと逆さまになった日本の城がぶら下がるように付いていたのだ。洋風の城なら既視感があるのだが、まさか日本の城だとは! どこまでも斜め上を行くエレノ世界である。俺は思わず投影機を探してしまった。


(やはり無いようだな・・・・・)


 しかし周囲を見渡してもプラネタリウムの投影機らしきものはない。天空の和城は幻ではなさそうだ。しかし、誰がこんな面倒くさい構造を作ったのだ? 天守はもちろん、櫓などもキチッとある。ご丁寧にも石垣の上に作られた白塗りの塀までが再現されているのだ。だが学院の連中、この城が現実世界の日本の城だと知っているのか?


 既に闘技場の観客席は八割以上埋まっている。予想以上の盛況ぶり。ただ服装を見ると、学院服姿の者が圧倒的に多い。俺が会場を見渡していると、観客席に貴族服姿のスクロードがいた。声を掛けると、何か縋るような目で俺の方を見てくる。おそらく学院闘技場というアウェイ感で、居心地が悪かったのだろう。俺はスクロードの隣に座った。


「グレン、よく来てくれた」


「約束だからな」


「その・・・・・ 視線が・・・・・」


 まぁな。こんなところで貴族服を着ているから尚更だ。スクロードによると、先輩から「学院に行くなら学園服で行かないほうがいい」と言われたらしい。その先輩のアドバイスが正しいのは、学園服で着て来た俺にはよく分かる。その点、貴族服なら視線は痛くても、危害や蔑視といったものはないから安心だ。


「今年が学園開催なら良かったんだけどね」


 『園院対抗戦』が輪番制で、今年は学院開催。学園開催の場合であれば、剣技対抗戦だけではなく、魔術対抗戦もあるそうだ。魔術に関する設備が整っている事が理由であるらしい。学院には学園並の結界が張られていないので、危ないということで剣技対抗戦のみとなっているとの事。俺はスクロードに天空にぶら下がっている和城について聞いてみた。


「あれは城なの?」


「ああ、城だよ」


「変な形をした城だよね」


 どうやらスクロードも天空の和城の事は知らないらしい。しかしスクロードは違和感を持っているのに、他の人間は何とも思わないのか? 実に不思議である。


「これより三百二十四回『園院対抗戦』を開催します」


 アナウンスにビックリした。三百二十四回もやってんのかよ、おい。だから伝統の一戦とか言うのだな。続いて対抗戦の進め方について説明が行われた。まず予選が行われて本選が行われること、予選は園院対抗の勝ち抜き戦で行われること、予選突破は三人勝ち抜けが条件であることが告げられた。三戦連続で勝たないと決勝に進めない、厳しい戦い。


 『園院対抗戦』予選出場者は学園七十六人、学院七十六人の同数。学園側参加者は全員。学院側参加者は百四十二名の中からの選抜ということで、参加人員を同数とすることで、公平性を保っているのだろう。しかし学院側の熱量が高いとは思っていたが、それにしても圧倒的な熱量。選抜ということは、相応の技倆ある者ばかりだろう。


「予選第一試合始め!」


 早速試合が始まる。学園側はフェリスティーム。いつも早朝、鍛錬場で鍛錬している地主騎士の息子で、今は懐かしいジャンヌ・ソンタクズのメンバーの情報を教えてくれた事もある。そのフェリスティームが先陣を切ってリングに立った。対戦相手はボルストフという学院生徒。試合はフェリスティームの先攻から始まった。


 戦いは先行したフェリスティーム優勢で進んだ。しかし両手持ちで攻撃すると自陣に戻るフェリスティームの姿を見るに、実に滑稽な光景である。リングで行われるターン制バトルを初めて観客席で見たが、俺がこんな戦い方をしていると思ったら何か恥ずかしい。しかしリング上ではフェリスティームと同じ動きになってしまうのだから、どうしようもない。


 相手の攻撃を受けつつも、攻撃を行うフェリスティームはこの戦いをモノにした。ところが二戦目になると様相が一変する。相手の方が先攻で、フェリスティームが二ターン目でハイポーションを使った。その間、相手の攻撃続き、結局フェリスティームは敗北してしまったのである。この対抗戦、攻撃をするタイミングや回復をするタイミングが非常に難しい戦いだ。


 フェリスティームを倒した相手は、学園側の次の生徒バルデアロディに難なく倒された。勢いに乗るバルデアロディは次の学院生徒も倒し、三戦勝ち抜けに大手をかけるも三戦目で敗北。決勝進出にはならなかった。戦いそのものはシンプルだが、勝ち抜くことは大変だ。こんな力勝負の戦い、俺ではとても戦えない。


 しかしそんな厳しい対抗戦であっても勝ち抜く者がいる。最初に三戦勝ち抜けしたのは学院側の生徒ストーンアイシャ。レベル三十は伊達ではない。続いて勝ち抜いたのはなんと悪役令息リンゼイ。さすがは攻略対象者。ストーンアイシャもリンゼイも余裕を持って三戦を勝ち抜いている。どんな戦いだろうと勝ってくるヤツは勝ってくるのだ。


「強い。学院の奴らの方が強いよ」


 スクロードはため息混じりに言った。本当に学院側は強い。既に四人が三戦勝ち抜けしているのに、学園側はリンゼイと剣豪騎士カインの二人のみ。設定だとはいえ、その差は歴然としている。やはり鍛錬の量の違いがモノを言っているに違いない。かいた汗は嘘をつかないというが、学園の生徒以上に学院の生徒が鍛錬しているのだろう。


「アーサーが出てきたよ」


 スクロードが言うようにアーサーが出てきた。学園三十二番目の生徒として出てきたアーサーはパルティという学院生徒と戦い、一戦目は悠々と勝利。そして二戦目ではモスレモという学院生徒にも勝利。余裕を持って三戦目、ディエルスランとの戦いに臨んだ。これに勝てば本選出場。と思ったが、現実は中々厳しい。


 アーサーが回復の為、ハイポーションを使っている間に、対戦相手のディエルスランに攻め込まれたのである。ハイポーションの使い所を見ると、何かF1レースのピットに入るような感じ。ピットに入るタイミングで順位が目まぐるしく変わっていくあれだ。どこでピットに入り、相手ピットに入っている間に、どう出し抜くかという駆け引き。


 アーサーは色無し騎士であるため魔法は使えない。対して相手のディエルスランは白騎士。回復魔法が使える。三戦勝ち抜けの予選では、一人一個しかハイポーションが使えないという制約がある為。魔法で回復できるディエルスランは有利。その上で劣勢に立たされては、形勢を逆転させるのも大変だ。


「ぐうぉぉぉぉぉぉ!」


 大きな声を上げたアーサーは剣を両手持ちで振り下ろした。会心の一撃。ディエルスランがその場で崩れ落ちた。HPゼロ。色なし騎士だが攻撃力に勝るアーサーがディエルスランを一撃で葬り去ったのである。アーサーは三戦を勝ち抜き、学園三人目の予選突破者となった。この後に出てきた正嫡従者フリックも無事に予選を突破する。


「学院と学園の本選出場者は七人と四人か」


 フリックの本選進出で四対四になったのも束の間、学院の選手四人が立て続けに勝ち抜け、あっという間に八対四となった。その中には、ジャック・コルレッツと臣従儀礼に参加したフェルブ・ド・グランジュもいた。やはり学院の生徒は総じて強い。予選も三分の二が終わった頃、ドーベルウィンがリングに立った。


「ドーベルウィン。頑張ったんだな」


「ああ。叔父上の元で相当しごかれていたからね」


 従兄弟であるスクロードが言った。レベル二十七とは中々のもの。俺と対戦した時なんか、一桁だったことを考えると飛躍的に成長したと言えよう。そのドーベルウィン。相手のレベルが低いこともあって、一戦目の対戦相手メルキを悠々と打ち倒したのである。

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