379 不意打ち
レティシアが図書館に来ないので屋敷に行きましょうとアイリに誘われた俺。何も考えずホイホイと連れて行くと、何故か俺の執務室でアイリに尋問を受ける羽目になってしまっていた。俺がアイリから詰められているのはもちろん、先日レティに敢行した『プロポーズ大作戦』の一件である。
「グレン。貴方は無駄な事はやりません。本当の意図を言いなさい!」
ズバリと本丸に攻め込んできた。アイリが俺の説明はまやかしだと、最初から見抜いた上で言ってきている。これはどう答えればいいのだろうか・・・・・
「考えずにそのまま話しなさいよ、グレン!」
アイリが激しく迫ってきた。うわぁぁぁぁ。これが公爵令嬢セリアの血だ。俺は確信した。おそらくセリアもこうやって従者キースに迫ったのだろう。これ以上引き伸ばしても無意味と悟った俺は、レティにカインを引き合わせようとした理由を話した。この物語を終わらせる為に引き合わせようとしたのだと。アイリは話を聞いても取り乱さなかった。
「アイリは無理なんだよ。だからフリーのレティをと」
「・・・・・どうして私は無理だと・・・・・」
「俺が耐えられない」
「えっ!」
「我が儘なのは分かっている。自分勝手なのは分かっているが、アイリに誰かを引き合わせるなんて、俺には無理だ!」
なんて格好が悪いんだ。自分が帰るためにレティを攻略対象者と引き合わせようとしながら、俺と付き合っているもう一人のヒロイン、アイリが誰かと一緒になるところは見たくないなんて。自分は好きなように帰って、アイリをこの世界に置いていくのに、アイリが他の男とくっつくのがイヤだから引き合わせないなんて最低じゃないか。
「グレン・・・・・」
「自分勝手なのは分かっている。しかしアイリには最初から誰かを引き合わせるつもりはなかった。だからレティとカインを引き合わせようと」
「引き合わせて二人が仲良くなったら、グレンは帰ることができるの?」
アイリは聞いてきた。俺が現実世界に帰りたがっている事を承知の上で付き合ってくれている。俺が逆の立場だったとして耐えられるのだろうか。そう考えた時、アイリが実母セリアが持っていた意志の強さを引き継いでいるのだと改めて実感した。
「分からない。分からないが、ケルメスがそう書いているんだ。「達成」すればゲートは開かれるって」
「ケルメスって・・・・・」
「ケルメス宗派の創設者だよ。ケルメスも俺と同じ転生者なんだ」
「えっ!」
これにはアイリも驚いている。これまでケルメスの話は詳しく話していなかった。しかしまさかケルメス宗派の創始者が、俺と同じ転生者なんて思いもしなかっただろう。
「じゃあ、その為に・・・・・」
「レティに攻略対象者であるカインを引き合わせようとした。このゲームのエンドは「ヒロインと攻略対象者の誰かが結ばれる」事だからな。フリーのレティだったら攻略対象者、カインとならば丁度いいだろうと思って」
「でも、それは無理ですよ」
「ああ。話をしてもダメだった」
「違います。レティシアも私と同じようにグレンしか見てませんから」
「実は違うんだよ、それが。アイリはそう言うけれど、実は違うと分かったんだ」
断言するアイリに俺が答えると、アイリの目が点になった。
「実はな。レティはおじさん趣味なんだよ」
「えっ? えええええ!!!!!」
両手で口を塞いで驚くアイリに、俺は続ける。
「大人が好きなんだってさ、レティ。「枯れ専」ってやつだ」
「「枯れ専」ってなんですか?」
「旬の過ぎた男が大好きって趣味だ。だからおじさん趣味って言ってるんだよ」
俺の説明にアイリが吹き出した。自分の予想を超える話に、思わず吹き出したのだ。おそらく俺の話が、先程までの緊迫していた雰囲気を払拭するようなものだったのだろう。
「実はな。カインよりカインのお父さん、スピアリット子爵の方が好みだって言うんだよ。だからアイリが言う「レティも俺の事しか考えていない」って話、俺じゃなくて、俺のおじさん性に惹かれているだけなんだよ」
「おじさん性って・・・・・」
「おじさんっぽいっていうか、そういう仕草の部分だろうな。それがレティの琴線に触れたと」
俺の説明に再び笑い始めるアイリ。レティのおじさん趣味の話は、本当にアイリのツボに嵌まったのだろう。
「だったら私もレティシアと同じように「おじさん趣味」って事になりますよね」
「え、どうして?」
意外過ぎる解釈に、思わず聞き返してしまった。
「だって私もグレンが好きだから」
「いや、それは違うと思うぞ」
アイリはどうやら、俺が好きな事をおじさん趣味だと勘違いしたようである。
「アイリはスピアリット子爵が好きか?」
「ううん・・・・・ 分かりませんねぇ」
アイリは困った顔をして首を傾げた。
「だったら「おじさん趣味」じゃないよ。俺にしか興味がないって事なんだからな。ところがレティとなると、おじさん自体が好みなんだよ。それもスピアリット子爵のような、若作りした感じのクールなおじさんが」
「じゃあ、コウイチさんもスピアリット子爵のような感じだったのですか?」
「えっ!」
突然の不意打ちに、固まってしまった。アイリよ、どうしてそこで俺の話が出てくるんだ・・・・・
「向こうの世界のグレンはどんな感じの人なのかなぁ、って」
確かにそうだ。アイリは俺の姿を見たことがなかったんだよなぁ。
「いやぁ、スピアリット子爵の足元にも及ばないよ」
「えっ?」
「冴えてないんだよ。冴えないおじさんだ」
そうなんだよ。出世もしないし、社畜一筋、同じことをただグルグルとやり続ける冴えないおじさん。それが俺なんだよ。
「書類ばっかり見てるから、目が悪くなってな。メガネをかけてるんだよ」
「グレンがメガネを!」
俺の顔をまじまじと見るアイリ。おそらく頭の中で俺の顔にメガネを掛けてるのだろう。間違っても今の容姿と違うから、向こうの俺。
「パソコンとスマホを見ているから余計に悪くなったのかもなぁ」
「ええと・・・・・」
「魔装具に遠くのある映像や書類を見られるようにした機器だ」
うんうんと頷くアイリ。これまで色々話してきた現実世界にある機器の話を思い出したようである。
「でもメガネを掛けてようと、顔が違っていても、グレンはグレンだものね」
「ありがとう、アイリ」
アイリの話に、思わず言葉が出てしまった。アイリは本当に「俺」の事を見てくれている。グレン・アルフォードだろうと、剣崎浩一だろうと、アイリにとっては「俺」なのだ。アイリが表情を引き締めて聞いてきた。
「今回のレティシアの話、このまま上手く行かなかったらどうなるの?」
「そうだなぁ」
俺は考えてしまった。アイリのルートが塞がれてしまった状態で、レティのルートも絶望的だとなれば・・・・・
「最悪、帰られないかもしれないなぁ」
「私。その方がいいかも・・・・・」
やっぱりそうか。そうだよなぁ。アイリは俺に帰って欲しくないのだ。だからレティの事で怒ったフリをしながら、その実、俺が帰るために画策していることに対して、どうしようもない苛立ちを憶えているのだろう。アイリが俺に失敗して欲しくて、そう思っているのではない。俺と一緒にいたいから、そう思っているのだ。そこを見誤ってはいけない。
――休日の昼下がり。アイリとの約束がなかったので屋敷のピアノ室に籠もり、一人フルコンを演奏していた。休日だというのに、ザルツもリサも外出している。何処に行ったのは聞いてないので分からないが、ザルツに関してはある程度予想が付く。三者協議が終わったので、ジェドラやファーナス、シアーズらと事後策を話し合っているのだろう。
ザルツの話によれば御苑の中にある迎賓館で平日三日目、ディルスデニア王国のイッシューサム首相とラスカルト王国の大司会 伯、そしてノルデン王国宰相のノルト=クラウディス公の三者協議が始まり、三日間かけて無事協議を終えることができたとのこと。三者とも予想以上の成果を上げることができたと満足していたそうである。
俺が話を聞いた時、さすがのザルツも疲れ気味だったので、詳しい話は聞けなかった。ただ、大まかな話として、今後も三国間で国交を開かぬ範囲で交流していくことや、ディルスデニアとラスカルトが連携して疫病対策を行うことと行う方法。ノルデン王国が毒消し草を安定供給する一方、二国が小麦輸出を増量する事が取り決められた。
話を聞くにノルデン王国としても、アルフォード商会としても満足すべき結果だろう。全く申し分のない話である。応接室でワイン片手に話していたザルツは、次の手に取り掛からなくてはならないな、と言いながらそのまま立って寝室へと向かっていった。それ以来、二日間顔を合わせていないので、全くザルツの話を聞いていない。
リサに至っては一昨日の朝以来、姿さえ見ていないのでどうしているのかさっぱりだ。一方アイリはというと、レティと話し合いをするのだという。実は平日最終日も図書館にレティは来なかったので、アイリがレティと二人っきりで話す約束を取り付けたのである。俺とレティを仲直りさせるのだと一人意気込んでいた。
この話、俺から仕掛けた事なので、それでレティとの仲がご破算になるのであれば、それはもう仕方がない話。レティは何も悪くない訳で、自分の不徳の致すところ。ただ、学園に来てから意気投合してつるんできたので、何というか凄く寂しい。それをアイリが何とかしようと動いてくれている事に、そのまま甘えている自分がいる。
やらかしたのは俺なのに、片付けようとしているのはアイリだという、目も当てられない話。俺が帰りたい一心で動いたことが、こんな事になってしまってアイリにもレティにも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。そんな事を考えながらピアノを弾いているので、演奏のノリも今日はイマイチである。そのとき、魔装具が光った。
「おカシラ大変です!」
「どうした!」
声の主は『常在戦場』事務総長のディーキン。取り乱す事が滅多にない男が、かつてなく慌てている。
「ちゅ、ちゅ、中央・・・・・・」
いや、これは慌てているというより、狼狽して取り乱しているような感じだ。休日なのに何かあったのか?
「中央、中央大路でぼ、暴動が発生しました!」
「え」
予想外の不意打ちに声が出ない。ぼ、暴動って何だ? まだその時期じゃないだろう! 目の前が真っ白になった。
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