377 年上女房

ドーベルウィン伯の実弟のレアクレーナ卿や義兄スクロード男爵という近衛騎士団長が、ドーベルウィン伯爵邸で集まって会合を行っている。話し合っているのは、おそらく近衛騎士団の事だろう。というか、それ以外の事は考えられない。


 しかし、そこでふと疑問が湧いた。義兄スクロード男爵は日頃から、どうして義弟ドーベルウィン伯を立てているのだろうか? いくらドーベルウィン伯が伯爵とは言ってもスクロード男爵は義兄。なのにドーベルウィン伯は、スクロード男爵をシメオンと名前呼びしている。一体どうしてなのか。


「ああ、父上は叔父上よりも年下だから・・・・・」


 なぬ? スクロード男爵よりもドーベルウィン伯の方が上だということか。スクロードの話を聞いてビックリした。ということは・・・・・


「スクロード男爵夫人は、姉さん女房か!」


「なんだ、その「姉さん女房」って?」


 アーサーが聞いてきたので、旦那よりも嫁さんの方が年上だって意味だと話した。というか、自分の弟よりも旦那が年下って、男爵夫人と男爵って何歳離れてるんだ?


「なるほど!」


 俺の説明に納得した感じのアーサー。しかしまさかスクロード男爵夫人が姉さん女房。しかも年齢差がありそうな姉さん女房だったとは。しかしスクロード男爵夫妻、どこで知り合ってどう結ばれたんだろうか? 迫ったのは男爵夫人か男爵か? 何故か、そちらの方に興味が湧いてきた。


「僕の母上は・・・・・」


「つまり、一族の中で一番偉い人だ」


 不安そうに呟くスクロードにそう答えた。まだ子供だもんなスクロードも。妙な事に気を揉ませる事もないだろう。それに結婚して子供が生まれたら、同い年でも年上女房みたいに強くなる。ウチの家なんかずっと佳奈が主導権を握っているのだから。俺の言葉に、ドーベルウィンが何度も首を縦に振る。


「グレンの言う通りだ。ウチでは伯母上が一番偉いよ」


「そうだよな。屋敷に帰って立て籠もっていたお前を引っ張り出してきたもんな」


「本当におっかないからな、伯母上は」


「・・・・・」


 アーサーが昔を思い出して話すと、当事者であるドーベルウィンが同調した。そのやり取りを聞いていたスクロードが固まっているのが実に面白い。スクロードからしたら実母だもんな。しかし、あの家のラスボスはスクロード男爵夫人で確定だな。あの時には参ったよというドーベルウィンと、沈黙するスクロードを見て、俺はそう結論付けたのである。


「しかし、グレンが『園院対抗戦』に出場しないのは残念だ」


「すまん」


 ため息をつくカインに頭を下げた。しかし、こればかりはどうしようもないだろう。『園院対抗戦』のルールがそうである以上、俺が出ても足手まといにしかならない。皆の期待を裏切る事は間違いないのだから。カインの言葉を聞いてガッカリしているアーサーやドーベルウィンが気の毒になってきて、『園院対抗戦』のポイントを上げる事にした。


「俺が聞いた話では予選参加者は同数。三戦勝ち抜けで本選出場。勝った者だけで本選を行う」


「つまり、本選出場者の数は予選次第ってこと?」


「そうなるよな」


 スクロードからの返しに俺は頷いた。つまり予選は学園学院の参加者は同数でも、本選は違う。学園が多い事も考えられるし、学院側が多い場合もあり得る。カインが聞いてきた。


「学院の生徒の実力は相当なものだと聞いているが、実際はどうなのか?」


「学園側よりも上だと思ったほうがいい。俺が知っている限り、ジャック・コルレッツもジャックの友人のド・グランジュもレベル三十以上だ」


「・・・・・レベル三十」


「コ、コルレッツだと・・・・・」


 アーサーが驚きの声を上げる一方、カインがコルレッツという名前に反応した。やはりコルレッツのトラウマがまだ残っているのか。


「まさか・・・・・」


「コルレッツの兄貴か?」


 ドーベルウィンもスクロードもコルレッツの名前に反応した。あのコルレッツの兄が学院の代表として出てくる。しかも強敵として。俺が出ないという話から話題を逸らすには十分なネタだった。数多くの男子生徒を手玉に取って、ジャンヌ・ソンタクズを作り上げた、あのコルレッツの兄。それほどコルレッツの名前が与えるインパクトは大きい。


「そういえばグレンが連れてきたと言ってたよなぁ」


「ああ、本当はジャックが学院に入る筈だったのをコルレッツがそれを奪って学園に潜り込んできたのが原因だったからな。それを元に戻したんだ」


 アーサーに事情を説明すると、そうだったそうだったとカインが話を思い出してくれた。


「学園からコルレッツを引かせる為に、学院にコルレッツの兄を入学させたという話だな。あれをやったら、一発で静かになったもんな」


「そうそう。コルレッツがスッと退学して終わったよね」


 当時の状況をスクロードも思い出したようだ。横にいた従兄弟のドーベルウィンが言う。


「しかし、グレン。そのジャック・コルレッツが強いってどうして知っているんだ?」


「会っているからな、ジャックとは。やはり才能がある。メキメキと力を付けてきているよ。ジャックの友人のド・グランジュも強いぞ。だから、おそらく学院の連中は実力者揃いだと思う」


「そうなんだ。グレンが言うなら間違いないな」


 ドーベルウィンは学院の生徒が実力者揃いだという話を聞いて、一人感心している。アーサーがジャックの実力について聞いてきた。


「おそらく学院屈指の腕前だな、あれは」


 実際、臣従儀礼で顔を合わせた際、初めてジャックと会った時と違って精悍な顔をしていたからな。『鑑定』しても倍近い伸びだったし。アーサーがジャックについて更に聞いてきたので、俺は乙女ゲーム『エレノオーレ!』でのジャックの戦い方について解説する。


「ジャックの腕は確かなんだが、それ以上に大きな問題がある」


「どんな問題なんだ?」


「普通の剣撃が効かないんだよ。攻撃がかわされるんだ」


 ドーベルウィンが聞いてきたので、ジャックに通常攻撃が効かない事を話した。するとスクロードが早速分析してくれた。


「戦っている相手はジャックにダメージが与えられず、ジャックの攻撃のみが一方的にヒットする」


「そして一方的にやられるんだな」


 スクロードの解説に、アーサーがその結末を付け加えた。そういうことなのだ。ゲームでは、ジャックに苦戦する攻略対象者を文字通り応援するしか出来なかったのだから。目を瞑って腕組みをしていたカインは、その腕を解いて目を開く。


「いや、参考になったよ。さすがはグレンだ」


 どうやら俺の話が参考になったようである。カインの役に立ったというのなら話した甲斐があったというもの。


「今度の『園院対抗戦』。学院の闘技場で行われる事になっている。グレンも来てくれよ」


 ああ、とは返事をしたものの、学院で対抗戦が行われるという話は初耳なのでビックリした。そういえばゲームでは、会場の描写までは無かったよな。するとスクロードが、カインの話を補完してくれた。『園院対抗戦』は輪番制で、今年は学院で行われる事になっているから、魔法戦は行われずに、剣技戦のみとなるとの事。


「どうして魔法戦が行われないんだ?」


「学園の闘技場のような結界がないらしいんだ、学院の闘技場。それで」


 学園の闘技場には魔力を増幅させる結界が張られているのだが、学園の闘技場にはそれが張られていないというのである。これでは魔法を増幅させることもできないし、魔法の制御も行いにくいので、学院では魔法戦が行われないという事になっているそうだ。だから天才魔道士ブラッドの時には『園院対抗戦』の話が出てこなかったのだな。


「『園院対抗戦』は来週だ。俺とカインとドーベルウィンは最後の追い込みをしなきゃいけないな」


 どうやらスクロードは俺と同じく参加しないようだ。以前スクロードが、剣技の理論は構築できても実践がイマイチだと自己評価していたからな。わざわざ触れる話でもないので俺は黙っておくことにした。『園院対抗戦』まで一週間程度、それが終われば『』。そして春休みがやってくる。時が過ぎるのは早い。


 ――リサが平日四日目にして、ようやく朝の鍛錬に出てきた。聞くと屋敷に帰ってきたのは昨日の夜。それまでは案の定、王都通信社に籠もって『週刊トラニアス』の編集作業に参加していたようで、近隣の宿で寝泊まりしていたらしい。その間、『小箱の放置ホイポイカプセル』の編集長フロイツからの相談まで受けていたというのだから恐れ入る。


「平日初日に号外を出して、『小箱の放置ホイポイカプセル』を今日発売するアドバイスも私がしたのよ」


「それで号外が揃ったのか」


「まぁ、相手に出す出すと話を流していたからなんだけどね」


 月刊誌『蝦蟇がま口財布』や『無限トランク』も歩調を合わせるように号外を出したのは、リサがそのように誘導したのだと分かった。まぁ、その方が相乗効果で話題が広がるというもの。同業とは単なるライバルではなく、競合する部分で組んだ形となれば、その力が倍力することがある。コラボしながら競うことで注目を集めるのだ。


「だから、今日も揃っちゃったんだけど・・・・・」


「何が?」


「発売日が」


 えっ、と思ったのだがそれは事実だった。今日は『週刊トラニアス』の発売日なのだが、リサのアドバイスで隔週誌の『小箱の放置ホイポイカプセル』も今日が発売日。それだけではない、なんと『蝦蟇がま口財布』と『無限トランク』も今日、増刊号をそれぞれ発売するというのである。


「売れるから皆味を占めちゃったのよ」


 先日の号外に続き、はたまた四社が揃い踏みをしたのである。リサが『収納』で出してくれた各誌は、揃いも揃ってメガネブタの総力特集。あらゆる角度から、モデスト・コースライスと元助手のテクノ・ロイド及び、その親族一族について取材したものをこれでもかと載せている。ここまで来るともうメディアリンチから、単なる死体蹴りの域だ。


 当初、メガネブタは己の背後を信じ、あぐらをかいでいるかのように動きが緩慢だった。今から考えてみると、自分の保身の為、助手のテクノ・ロイドを切った後も緩慢だったように思える。いや、正確にいえばトラニアスから逃亡するまで、そうだったのかもしれない。おそらくはこれまでは、それでやれていたからだろう。

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