375 おじさん趣味

 『プロポーズ大作戦』を決行する為、学園の中庭にレティを呼び出したはいいが、思い通りの展開ができず困り果てていた。そこへ遭遇したのはウェストウィック卿モーリスとアンドリュース侯爵令嬢カテリーナとのいさかい。二人で仲裁したはいいが、カテリーナの後ろ姿を見て思わず出た俺の一言を耳にして、レティが一段低い声で聞いてくる。


「どうして婚約破棄なんかを言われるわけ? 誰が言うの?」


「・・・・・モーリスが・・・・・」


「あの男が言うっていうの? どの口が言うのよ!」


 レティがまくし立ててくる。しかし、そのような定めなのだからどうしようもない。しかし、レティは激しく迫ってきた。


「一体、どういう理由でそうなるわけ? ちょっと、言いなさいよ!」


「だって、それが『世のことわり』だもん」


 剣幕に圧されて、本当の事を言ってしまった。しかし、本当の事なんだからしょうがないじゃないか。


「なっ! ・・・・・どういうことよ!」


「いや、本来だったら正嫡殿下とクリスがああなる筈だったのに、婚約がなくなったからカテリーナが代わりに・・・・・」


「なんでそうなるのよ・・・・・」


「だって、それが『世の理』だもん」


 あれほど激しく追及してきたレティが無言になってしまった。レティも貴族なら分かるはず。殿下とクリスの婚約話が実は本当だった事を。あれは流れてしまったのだ。誰かの手で意図的に。どういう理由でそうしたのかは分からないが、結果として二人の役割は変わり、モーリスとカテリーナがその役割を担う事になってしまった。


「どうして・・・・・ どうしてなの?」


「正嫡殿下とクリスが婚約をしなかったから、モーリスとカテリーナが婚約したんだ。婚約を破棄させる為に」


「なんなの、それ・・・・・」


「殿下とクリスの婚約話を潰したって『世の理』は変わらない。だって重要なのは「婚約破棄」だったんだから」


 それは殿下やクリスと関わる中で分かった事。二人に因は全くなく、アホなエレノ製作者が「婚約破棄」をエレノ世界の設定に据えたからこうなっているのだ。今や「婚約破棄」が独り歩きしている。


「じゃあ、なに? 殿下とクリスティーナが婚約すべきだったとでも言いたいの?」


「そうじゃない」


 今度はレティが食ってかかってきた。そうじゃない。そうじゃないんだよ。重要なのは「婚約破棄」であって「婚約」ではない。だから殿下とクリスが婚約したとか、モーリスとカテリーナが婚約したというのは重要じゃない。要はこの世界の設定における「婚約」は、「婚約破棄」の為のフラグというだけの話なんだよ。


「誰かが婚約破棄をしなきゃいけないんだよ、結局。そうじゃないと収まらないんだ」


「なんで・・・・・」


「これは理屈じゃない。そういう定めなんだ」


「そんな・・・・・」


 レティは絶句した。これは頭で考えるような話じゃない。こうなっているものなのだと割り切って考えるしかないもの。だから、俺はレティに言った。 


「だって、それが『世の理』というものなんだ」


 俺がきっぱりと断言するとレティは完全に沈黙した。俺が何度も『世の理』について話すものだから、レティもそれを受け入れざる得なくなったようだ。何か気まずい雰囲気の中、俺とレティはその場で別れた。そして放課後、レティは図書館に顔を出さなかったのである。『プロポーズ大作戦』は完全な失敗に終わってしまった。


 ――綿密に考えて準備をしたにも関わらず失敗に終わった『プロポーズ大作戦』。一体何がいけなかったのか。俺は一人、寮の部屋で考えていた。封書を出してレティを中庭に呼び出すという第一段階は上手く行ったのだが、第二段階であるレティと話して攻略対象者と引き合わせるという肝心な部分でコケたのである。


 この部分に関しては、俺が上手く話せずモタモタしてしまったことが最大の原因だ。中庭で待つまでの間、脳内で何回もリハーサルを行って万全を期したはずだったのだが、話の入り口にすら入ることができず、結果は惨敗。『プロポーズ大作戦』の失敗により、事実上、レティのルートも閉ざされてしまったと言ってもいいだろう。


 結局、『プロポーズ大作戦』はネーミングだけが成功だったようだ。いくら名前をつけようと、実際に話をするところでコケてしまっては文字通り話にならない。俺のアドリブセンスのなさが失敗を引き起こしてしまった。おまけにレティが「枯れ専」、おじさん趣味であったという、予定外の事実も失敗の大きな要因。


 レティがおじさん趣味だなんて設定はゲームにはなかった。しかしリアルレティがおじさん趣味なのが事実である以上、受け入れなければ仕方がない。まさかレティが「大人がいい」なんて言うとは思いもしなかった。俺には人の趣味についてとやかく言う資格はない。だからレティがどういう趣味性向を持っていよう俺には関係ないこと。


 しかし攻略対象者が、レティのストライクゾーンから大きく外れているのは大きな痛手だった。これではレティと攻略対象者が結ばれる可能性は限りなくゼロ。アイリに続いてレティのルートも実質的に封鎖されてしまったことで、ヒロインが結ばれて終わるというこのゲームのクリアは絶望的な状況に陥ってしまった。


 この先、一体どうすれば良いのか。俺は途方にくれた。せっかく現実世界に帰る道筋まで見つけたというのに、肝心要のゲームクリアの部分に問題が発生するなんて思ってもみなかった。俺が学園に入った段階から、誰にも関わらず潜行し続ければ良かったのか。もっと気をつけて行動すべきだったのか。もっと慎重に選択すべきだったのか。


 しかしヒロインであるアイリやレティ。悪役令嬢のクリスと深く関わっていなければ、現実世界に帰る方法を知るところまで辿り着く事は不可能だっただろう。ということは、アイリとレティのルートが塞がれてしまうのもまた必然ということか。あれをやれば、これが立たず。どれをやったら、それが立たず。俺の頭の中では堂々巡りが繰り広げられた。


 ――対レティ攻略の為の作戦『プロポーズ大作戦』の失敗を翌日も引きずっていた。朝の鍛錬に力が入らなかったのである。鍛錬場にリサが顔を出していないから、誰にも悟られることはなかったのだが、思った以上に精神的な打撃が大きいことを思い知らされた。寝ることはできたので大丈夫だと思っていたのだが、そうでもないらしい。


 昼食中、アーサーに『園院対抗戦』についての話し合いを約束させられたのも集中力が削がれていた証。いつもであれば言わさぬようにガードを張っているのだが、今日は気が抜けていたのか、そこまで神経が回っていなかったのだ。顔を出すだけでもいいからとアーサーに言われて、返事をしてしまったのである。


 おかげで明日の放課後、話し合いに顔を出さなくてはならなくなった。返事は断るの一点なのだが、どう断ればいいのか。それでなくても頭が痛いのに、また一つ懸案を抱えてしまったのである。ゲンナリしながらロタスティを出て、教室に戻ろうとすると廊下でディールに声を掛けられた。ディールは俺とは裏腹に元気そうだ。


「一昨日、セルモント広場に行ってきたよ」


 セルモント広場。メガネブタとその一族に裁きが言い渡されたところか。ディールは休日二日目に行われたその裁きを見にセルモント広場に出掛けたようである。


「クラートが言うから・・・・・」


 ディールが言うには従妹のクラートが見たい行きたいというから連れて行ったというのだが、顔を見ると自分が行きたかった事は明らか。ついでにクラートとお出かけをしたかったのだろう。ここにも妙に拗らせたヤツがいる。


「それでどうだったんだ?」


「すごい人でさ。人に酔いそうだった。あんな人の数は初めて見た」


 ということは闘技場での決闘の観戦者や臣従儀礼の出席者よりも多かったということだな。おそらくは万単位の大人数。王都でもそれだけの人を見る機会というのは、中々無いだろう。メガネブタをはじめとする一族は、広場に設けられた一段高いステージに上げられたそうなのだが、メガネブタの喚き方が普通ではなかったらしい。


「「俺は嵌められた!」とか「俺はデマにやられた!」とか言ってさ。言う度に「黙れ!」ってヤジを飛ばされていた」


 広場はやはりというか、予想通りに修羅場だったようだ。引きずり出された一族の中でも、メガネブタや助手のテクノ・ロイドをなじる声が相次ぎ、二人と親族に向かって激しい罵詈雑言が浴びせ付けられていたという。これを聞いただけでも、出歩かない判断は正解だった。行かなくて良かったと思う。これにはディールもクラートも圧倒されたようだ。


「二人でビックリしたよ。あんなの初めて見たから」


 そりゃ君等の育ちと違う連中なんだから、見たことないのは当たり前だよ。その醜態を見た群衆から「裁け!」コールが起こって、広場は異様な空気に包まれたそうである。まぁ、スポーツ観戦のアレみたいなもんなんだろう。そんな中で司祭が一人ひとりの名を呼んで裁きが告げられる度に、群衆からどよめきが起こったというのだから間違いない。


「そこからだよ、大変だったのは」


 まず逃走したメガネブタの親族と、隠遁したテクノ・ロイドの親族に宣告された「刻印の刑」が執行され、焼き鏝が額に押し付けられた。その上でメガネブタの親族には永久神罰として、鼻の形をブタの形に変えられたのである。刑を執行された者の悲鳴が会場に響き渡る中、「譴責けんせきの刑」を宣告された者達に向け、刑の減免が説明される。


 司祭曰く、「刻印の刑」に処せられた者を棍棒で叩けば、刑の執行が免除されると。すると「譴責の刑」を宣告された者達は、こぞって「刻印の刑」を受けた者に棍棒を振りかざしたという。もうこうなったら修羅場を越えて、おぞましいの一言。まだ刑の宣告を受けていないメガネブタとテクノ・ロイドは言葉にならない声で喚き散らしていたらしい。


 ここまでくればまさに生き地獄。刑の減免が認められなかった者達に「譴責の刑」が執行された後、メガネブタとテクノ・ロイドには「氏名剥奪」を宣告された。その上で「刻印の刑」を執行された親族もろともステージから突き落とされたという。ディールによるとそこに群衆が殺到したとのことなので、その後何が起こったのかは言うまでもないだろう。

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