第二十九章 局面展開
374 作戦決行
メガネブタの一件にケリがついたこのタイミングで、俺は決戦の昼休みを迎えた。『プロポーズ大作戦』決行の場を学園の中庭と定めたのである。これは乙女ゲーム『エレノオーレ!』において、天才魔道士ブラッドがヒロインを呼び出した場所が中庭だった事にヒントを得たもの。だから確実にレティは乗ってくるはずである。
そう思いながら中庭のベンチで待っているのだが、さっきから胸の鼓動が聞こえてきて仕方がない。緊張と高揚感。そう、これは告白しようと思った時の心境だ。カフェの中で佳奈に言おうと思ったあれに近い。レティとはいつも話しているじゃないかと思ったが、よくよく考えれば佳奈とも付き合う前から喋っていたな。
これでは不安の打ち消しには使えないじゃないか。しかしあのとき、佳奈と喋るときにはいつもドキドキしていたが、レティと話している時にはそんなものを感じた記憶がない。だから佳奈のそれとは全くの別物のはず。レティにどう言うかなんて考えるのを放置して、佳奈の事についてグルグルと思い出していると、いつも聞くアルトの声が聞こえてきた。
レティだ!
「グレン。こんなところに呼び出してなに?」
「おおおお、レティ。よく来てくれた」
俺は急いで立ち上がった。レティにはベンチに座るように勧めたが「立ったままでいいわよ」と言われたので、そのまま話す。
「いやぁ、あの、レティな」
「なに」
「いや、ちょっとな」
「どうしたの?」
「いや、あのな」
意を決して言おうとするが、話が前に進まない。どうしたんだ? この時の為に脳内でトレーニングを行ったはず。なのに言葉が出てこない。何故なんだ。いつもならもっとスムーズに言葉が出てくるのに、どうして話せないんだ。カインとくっつけと言ったらいいのに、言葉が前に進まない。
「だから何?」
「うーん。いや、これがな」
「どうしたのよ」
レティが苛立ち始めた。予行演習が役に全く立たない。何かを言って前に進めなくては。これを逃したら次はない。焦りで頭の中が真っ白になる。
「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ」
「もしかして・・・・・」
感づかれたか? レティが腕組みして言ってきた。
「告白?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?????」
「だから言いづらいのね。ごあいにく様。そんな話、お断りだから」
「違~う!」
否定する俺に向かって、小悪魔的な笑みを向けてくる。全く想定外の言葉に唖然とした。 何が嬉しくて俺がレティに告白しなきゃならないんだ? こちらがどうやってカインとくっつけようか、気を使って色々と考えているのに、こちらの気も知らないで! レティめ、なんて奴だ。
「そんな訳ないだろ!」
「じゃあ、なんでそんなに口籠もっているのよ。告白以外考えられないじゃない」
「違~う!」
俺はもっとスパッと告白したわ! こんなモゴモゴなんて言ってないぞ。キチンとスタンドアップして言ってんだ! しかしなんだこれは。入り口にも立たないうちからレティにあしらわれているじゃないか。こんなもの、俺の予定には入っていない。一歩前に踏み出さないと門前払いになってしまう。俺は意を決して、カインの名を出す。
「いや、な。カインの事をどう思ってるのかって」
「はぁ?」
「ほら、学園舞踊会で踊っていただろう」
「舞踊会は相手がいなきゃ、踊れないでしょ」
だから違うだろ、それは! どうしてそんな解釈をするんだ、レティ!
「いや、男としてカインをどう思うんだって」
「カインのお父様なんて、ご立派よね。クールで」
どうしてスピアリット子爵の話に行くんだ。既婚者じゃねえか! もしかして、レティ。そっちの趣味なのか?
「レティ。お前、
「枯れ専って何よ」
「おじさん好き」
「な、何言ってるのよ!」
レティは全力で否定を始めた。だが、カインよりスピアリット子爵の方に興味を持っているのは明らかじゃないか。まさかレティがおじさん趣味だったなんて。どうりで浮ついた話がなかったはずだ。よく考えれば
「レティはスピアリット子爵のような人が好みだったんだな」
「たとえ話で言っただけじゃない!」
「でも、カインとスピアリット子爵だったら、スピアリット子爵なんだろ?」
「ま、まぁ・・・・・ もう、何を言わせるのよ!」
「おじさん趣味だから」
「ち、違うわよ! 比較して言っただけよ。子供と大人なら大人だって意味で。私は大人らしい人がいいの」
うーん、そうなのか。レティは大人が趣味なのか。しかしカインが子供でスピアリット子爵が大人。そんなの当たり前じゃないか。大人、大人、大人・・・・・ そうだ、フリックだったらいいんじゃないか。正嫡従者フリック。クールで大人びた雰囲気がある。大人が好きって事なら、フリックでいいんじゃないか。
「だったらフリックなんかどうだ」
「殿下の従者の?」
「そうだ。大人っぽいだろ」
「あのさ、グレン。何が言いたいの」
「いやレティとフリックだったら、似合うかなぁ、って」
「それ本心?」
・・・・・本心と言われると俺も困る。そんなこと眼中にないもんな。俺はとにかくレティと攻略対象者がくっつけばいいだけだし。それは相手がいないレティにとっても悪い話ではないはずだ。
「何を企んでいるわけ?」
「いやいや、そんなつもりは・・・・・」
「いいなさいよ!」
レティが剣幕を立てて迫ってきた。もしかして虎の尾を踏んでしまったのか。これではレティと攻略対象者をくっつけるという作戦の第一段階すら到達しない。それじゃ俺が困る。レティよ、ここは大人しく攻略対象者と結ばれてくれ。
「モーリス様! 今日は言わせていただきますわ!」
いきなり飛び込んできた金切り声に、俺とレティは思わず振り向いた。見るとアンドリュース侯爵令嬢カテリーナが二人の従者を従え、ウェストウィック公爵嫡嗣モーリスに迫っている。モーリスの横にいるのはポーランジェ男爵息女のエレーヌ、その後ろにはモーリスの従者が二人控えている。
「貴方も貴族に名を連ねているのなら、婚約者がいる殿方の脇にいることなど、あり得ない事ぐらいお分かりになるはず。違いますか?」
そう指弾されたポーランジェは反論もせず、怯えた表情を見せてモーリスの背後に隠れる形を取った。しかし、この前の時も中庭で言い合って、今日も中庭で言い合っている。どうしてそんなに中庭が好きなんだ? と思ってハッとした。よく考えたら、ゲームでは中庭で正嫡殿下とクリスが言い合いをするパターンだった。だから中庭なのか!
「止めぬか、カテリーナ!」
「いいえ、止めませぬ。誤ったことを正すのは婚約者の務めですわ!」
カテリーナが猛然と抗議をしているので、モーリスの方が圧されている。
「何よ、あれ」
「痴話喧嘩さ。男が一方的に悪い」
レティがヒソヒソ聞いてきたので、俺はヒソヒソ返した。
「あのポーランジェって女、中々のクセ者よ」
「だろうな」
言わなくても分かる。だってカテリーナに言い返さないんだもん。これが乙女ゲーム『エレノオーレ!』のヒロインだったら、ガッツリ言い返してたもんな、クリスに。まぁリアルアイリに、リアルレティを見ていたら、問題があることにしっかりと反論する事は十分に理解できる。つまり言い返さないということは、猫を被っているということ。
「私は何も誤った事などしてはおらぬ! お前の振る舞いにエレーヌが怯えておるではないか」
確かにモーリスの背後に隠れているポーランジェは怯えている。正確には怯えたフリだろうが。ポジションだけはヒロインであっても、やはり紛い物。これがアイリやレティであれば、自分に非がなければ男よりも前に出てくるし、間違っていれば詫びるはず。どちらもしないんだから、ヒロインの振る舞いとは程遠い。
「怯えているのは、御自身の振る舞いが誤っているからではなくて!」
カテリーナは更に前に出た。ほぅ、カテリーナはズバッと言ったな。横にいるレティも感心している。ある面、切れ味はクリスよりも上かもしれない。
「何を言うか、カテリーナ!」
あっ、逆上したモーリスがカテリーナに手を上げようとしている。これはマズイ。そう思った俺は急ぎ、二人に駆け寄ったが、その前にモーリスの腕をレティが掴んだ。
「何をしてるの?」
「な、なんだ!」
モーリスは慌ててレティの腕を振り払って、レティを睨みつけた。
「なんだじゃないわよ。どうして手を上げるのよ!」
呆気に取られるモーリス。それはカテリーナやポーランジェも同じこと。こういうところ男前だよなぁ、レティは。
「それはお前達には関係ない話」
「もう関係者ですぞ。万が一、侯爵令嬢が訴えられたら、俺達は証言しなければならなくなる。見ている時点で関係者では?」
「そうよ。未然に防いであげたことを感謝して欲しいくらいだわ」
俺達が言うと、モーリスはプルプルと震えている。自身が不利なことを理解しているようだ。ウェストウィック公爵家とアンドリュース侯爵家の家格の近さが、無理強いを阻んでいるのである。モーリスは「フン!」と言うと、ポーランジェ達を引き連れて、足早に立ち去っていった。モーリス達がいなくなった後、カテリーナがレティに礼を言った。
「リッチェル子爵夫人。助けていただいてかたじけない」
いえいえと謙遜するレティ。カテリーナは俺にも声を掛けてきた。
「またも助けていただいたな。礼を言うぞ」
「またって!」
「この前も同じことがあったんだ」
「そうなんだ・・・・・」
レティに事情を説明すると、カテリーナが申し訳なさそうな顔をして、頭を下げてくる。
「度々見苦しいものを見せてしまい済まない。しかし婚約した身としては、閣下にも責任を持って頂かなくてはならぬのじゃ」
そう言うと、カテリーナは従者を連れて俺達の元を去っていった。その淋しげな後ろ姿を見たらやりきれない。
「あれだけ懸命に努力しているのに婚約破棄を通告されるのだからなぁ。気の毒だよ」
「どういうこと」
あっ、マズイ。思わず声に出してしまった。
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