371 『プロポーズ大作戦』

 俺は朝、いつも通り四時五十分に起きてストレッチを行い、五時五十分にロタスティに入ってゆっくりと朝食を食べていた。ゆっくり食べないと鍛錬の際に体が重くなるからで、体験的に会得したものである。そんな俺の元にリサがやってきた。いつもと違うのは冊子を持ってきていること。リサはその冊子、『週刊トラニアス』を黙って渡してきた。


「メガネブタ、家族を連れて逃亡! 拘束され、王都に搬送!」

「テクノ・ロイド、潜伏先が発覚!」

「「神の裁き」待ったなし!」


 俺は我が目を疑った。メガネブタが逃亡だと! 『週刊トラニアス』の最新号には衝撃的なタイトルが躍っていた。


「おい、リサ! これは・・・・・」


「逃げたところを捕まったのよ。『常在戦場』に」


「ロ・セーモでか・・・・・」


 王都トラニアスから古都ムファスタに向かう幹線。その道の最初の駅舎があるロ・セーモ村。ここで警戒中の『常在戦場』の隊士が見つけたということ。記事中ではメガネブタの逃走を警戒してとあるが、実際にはラスカルト王国からの使節を受け入れるべく警備を行うため。おそらくは意図的に本来の目的を隠して伝えているのだろう。


 記事を読むと一昨日の朝、トラニアスから入ってきた幌馬車の中に、メガネブタとその家族が荷物に紛れていたのを発見されて拘束。幌馬車は確保され、メガネブタと家族は御者と共に王都トラニアスに送られることになった。王都に到着し次第、トラニアス西部にあるタージンバル聖堂に収容されると書かれている。


 また、捕まったのはメガネブタと家族だけではない。行方不明とされていたテクノ・ロイドも家族と共に見つかったのである。記事によると、廃倉庫に隠れていたところを哨戒中の『常在戦場』の隊士が見つけ、その場でテクノ・ロイドら家族を拘束した。記事によるとこちらもタージンバル聖堂に収容されたとのこと。


「逃げたり隠れたりしたら、より重罪になるのか?」


「もちろんよ。重罪どころか大罪よ!」


 リサがそう指摘した。リサが言うには、神の前で誓ったにも関わらず逃走隠遁することは、己の罪を認めた上でかつ・・その裁きを逃れんとする行為なので大罪なのだそうだ。単なる楽して金儲けから始まったメガネブタのデマ記事話は、今や神罰仏敵、神に背く大罪を犯した下手人を裁く事態に発展したのである。


「大騒ぎになること、確実よねぇ」


 自分が火を付けた事を棚上げにして、リサは言った。ただリサは俺の依頼でデマ記事を払拭するために動いたに過ぎず、結果としてメガネブタが神の前に引きずり出されただけの話。元はと言えば、メガネブタが取材もせずに適当に書くから、今日の事態を引き起こしたのである。ここまで来れば、俺達はもう傍観するしかやることはないだろう。


 ――レティと攻略対象者をくっつける。具体的にはカインと娶せる、二人をくっつける為にはどうすればいいか、中々良案が浮かばない。アイディアが出たのは『プロポーズ大作戦』という作戦名のみ。俺の頭の中には「なにわのモーツァルト」と評されたキダ・タロー作曲のオープニングテーマが俺の頭の中をグルグルと回る。


 少なくとも同名ドラマよりも曲は濃厚だ。俺の脳内に「かに道楽」や「有馬兵衛の向陽閣」、「二時のワイドショー」とか「ラブアタック」が無意味に再生されていく。そこまでいくともう明らかに本題からズレているので、脳内からキダ・タローを払拭し、レティとカインを娶せる『プロポーズ大作戦』の企画に専念することにした。


 とは言っても、まずはこちら側から何らかのアクションを起こさないと何も始まらない。結局のところ、レティに直接話してみる以外にはなさそうだが、どうやって誘うべきなのかという問題に直面してしまった。これまでレティを何度か呼び出した事はあるが、それはアイリと一緒である場合が殆どだったからである。


 俺の記憶がある限り、レティだけに声を掛けて二人で行動したのって、カジノを調べる為に一緒に入った、あの一回だけしかない。それ以前にカジノで会った時は偶然で、単に話をするために個室に入っただけ。これまでレティを呼び出した事なんて全くない。まず始めにどう声を掛けて、どう呼び出しをするのかを考えないといけないという訳だ。


 これまで無意識にいたので、そんな事を考えるなんて想像だにしかなった。声を掛けるタイミングは、これまで一緒にいることが多かったので計ることはできる。問題は声の掛け方ではなく、何を理由に呼び出すのか、日時をどうするかだ。酒を飲もうぜと夜に呼び出す。これは今までやったことがない。怪しまれる事間違いなしなので却下だな。


 休日に一緒に出かけようか? と声を掛ける。それじゃデートになってしまうな。論外だ、これも却下だ。夕方、二人で話そう。アイリの目が厳しくて、実現は難しいだろう。これもダメ。最近、本当にアイリの目が厳しくなっている。他の人と話すのは大丈夫なのだが、レティと話しているときに突然警戒モードになるので、ビクッとする時がある。


 どういう基準でスイッチが入るのかはよく分からない。よく分からないのだが、スイッチが入るのは分かる。以前「レティは俺にしか興味がない」と言っていたが、その思い込みが原因なのだろう。もしレティが俺に興味があったなら、もっと気を引くような振る舞いをしているはず。そんな振る舞いゼロなのだから、それはあり得ない。


 アイリの警戒モードのスイッチが分からないのは、クリスに対して全く反応しないことだ。俺にも分かるぐらいの好意をクリスは出しているので、レティなんかよりもピンピンと信号を発していると思うのだが、スイッチが入ったところを見たことがない。アイリのスイッチの入り切り自体はよく分かるのに、入り切りする基準や理由はさっぱりである。


 また、アイリとクリスの関係もイマイチ分からない。仲が良いのは分かるのだが、アイリとレティのそれとは違う。アイリはクリスの事をどう思っているのだろうか。逆もまた然り。クリスとレティの方なら分かる。共に同じ貴族であり、お互いに一目置いているからで、それぞれの才能を認め合っているのだろう。


 大掴みで鷹揚に見えてバッと事を起こすレティに対し、独特の感性と政治センスでズバッと動くクリス。全く違うタイプながら、やたら行動力というか実行力がある二人と比べ、アイリにはそういったものは全く無い。が、時として有無を言わさぬ威厳というか、オーラといったヒロインパワーを発するので、違うベクトルの能力を持っていると言えよう。


 アイリの事を念頭に置いて『プロポーズ大作戦』を総合的に考えた結果、実行するにあたって最も無難なのは昼休みのようだ。この時間帯ならばアイリに睨まれる事もないだろう。アイリに勘ぐられたら、場合によっては作戦自体がお釈迦になりかねない。アイリ対策はこれで良し。後は場所とどういう理由で呼び出すか。呼び出したとして何を話すのか。


 この辺りについては、もう少し練り込んでおいたほうが良さそうだ。俺が現実世界に帰るためには、作戦の失敗は許されない。確実に仕留める必要があるわけで、慎重に考えても無駄ではないだろう。ドシラド村まで赴いたにも関わらず、アイリのルートが塞がれた今、残されたのはレティのルートのみなのだから。ここは一つ大事に行こう。


 レティの事はひとまず置いておくとして、黒屋根の屋敷に入った俺は急いで魔装具を取り出し、『常在戦場』の事務総長ディーキンに連絡を取った。『週刊トラニアス』の記事とリサの話について確認するためである。俺からの連絡という時点でディーキンは察してくれたようで、特に聞かなくても詳しい事情を説明してくれた。


「三番、四番警備隊の幹部がロ・セーモで駅舎の警備方法について点検中、トラニアス方面から荷馬車がやってきたので馬車を止めて内部を確認しましたところ、中からコースライスと家族達が出てきたとのことで・・・・・」


 予想だにしない状況に皆が戸惑ったが、このままにする訳にはいかないので、見つかったコースライスと家族をトラニアスに向けて搬送したと。要は馬車の調査方法を訓練した最中の椿事ということのようだ。事情を知らせるために馬に乗って先行している隊士が、メガネブタの神の誓いに立ち会ったマルトス司祭に伝え、タージンバル聖堂へと連れて行ったようである。


 一方、トラニアスで潜伏していた助手のテクノ・ロイドとその家族は、『常在戦場』調査本部の内偵調査の結果、廃倉庫に潜んでいる事が判明。調査本部長トマールの采配の元、リンド指揮の第五警護隊とルタードエ指揮の第六警護隊の三十名余が廃倉庫を取り囲んだ後に突入し、本人と家族十一人を拘束したらしい。


 どちらの件も、もう警察の領域の話。しかもこれが偶然にも同じ平日二日目に起こった話で、ディーキン自体も驚いているのだという。俺の方も『常在戦場』の組織力であるとか、統率力であるとか、行動力に驚いている。急速に拡大しながら、質が高まっているのが信じがたい。ディーキンが海外使節の警備状況について教えてくれた。


「王都側からは三番警備隊がムファスタ方面の駅舎警備、第四警備隊がディルスデニア方面の駅舎警備、ムファスタ側は八番警備隊がラスカルト方面の駅舎警備を行うことになりました。またムファスタの街は六番と十二番警備隊が、王都は警備団がそれぞれ警備を行うことになりました」


 既に配備が決まっていて、それに沿った訓練を行っている最中にメガネブタが自ら飛び込んだという話だな、これは。キチンと取材していれば、そんなポカをせずに済んだものをと思うが、そもそも己を省みる人間じゃないから、まぁ無理だろうなぁ。


「第二近衛騎士団がラスカルト王国に、第三近衛騎士団がディルスデニア王国に向かいました」


 第二、第三近衛騎士団で、両国使節の警備を行う。両騎士団の穴埋めを『常在戦場』が行う。そういった流れだ。協議が行われる予定は来週の平日二日目、場所は御苑の迎賓館とのこと。確かウィリアム王子との会見を行うため御苑を通った際に見た、シンメトリーの立派な建物の事だな。小麦の為にも協議が上手くいって欲しいものである。

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