370 『園院対抗戦』

 レティをカインかフリッツと引き合わせる為にはどうすれば良いのか。俺は思案していた。実は放課後の図書館でレティの顔を見ても、いい案が思い浮かばないのだ。あまりにじっと見ていたからだろう、「私の顔に何かついているの?」と怪訝な顔をされてしまった。横にいるアイリに至ってはギロッと不信感を持った目を向けてくる有様。


 俺は「ボーっとしてただけだよ」と誤魔化したが、二人がそのまま受け取ってくれているようには感じられなかった。いつもなら何かと二人に相談するのだが、この話は絶対に相談できない。相談したら最後、何をされるか分かったものではない。かといってクリスに相談してもなぁ。そんな相談、トーマスとシャロンが全力で跳ね返しそうだ。


 俺がいくらゲーム知識を駆使してチートをしようとも、人の心の中まではチートができない。どんなに力を持とうと、どんなに金を持とうと、自分の思い通りにならないのは、人の心というものがそれだけでは左右できないから。今、多額の資金を持っていようと、話をまるで動かせない実情を体験しているので、それが実感できる。


 仮に俺が持てる資金四五〇〇億ラント、十三兆五千億円をレティの前に積んで頼み込んだとしても、レティはおそらく俺の願いを払いのけるだろう。やったことはないが、直感でそれは分かる。若いのにレティがリッチェル子爵家を自力で立て直せたのは、人のカネを受け取って直そうという発想が無かったからできたこと。


 現にレティは仕事の対価としてカネを要求したことはあっても、遮二無二カネを出せと言った事は一度だってない。そんな人間ならレティとこんな関係になっていない訳で、その部分は自信を持って言える。しかし、だからこそどうやってカインなりフリックなりの攻略対象者と、レティをくっつければいいのか。全く妙案が思いつかない。


 学園内はメガネブタことモデスト・コースライスの話一色となっていた。週刊誌『週刊トラニアス』が誌面を増量して、『翻訳蒟蒻こんにゃく』編集部がメガネブタとの契約を解除したことを伝えたからである。実は『翻訳蒟蒻』で発表されていたのだが、巻末にひっそりと載せていたことで、広く知られてはいなかったのである。


「メガネブタ『翻訳蒟蒻こんにゃく』契約解除!」

「本誌の追及が正しかった! メガネブタの欺瞞を打ち砕く!」

「嘘が白日のものに。どうなる「神への誓い」!」


 刺激的なフレーズが躍る『週刊トラニアス』の誌面。今やモデスト・コースライスという名は全て「メガネブタ」に置き換えられていた。完全な犯罪者扱いである。何故『翻訳蒟蒻』で書かれていた事が広がらず、『週刊トラニアス』ならば広がるのか? やはり有料と無料、月刊誌と週刊誌の違いが大きい。タウン誌であることも理由の一つだろう。


 マスコミ的なベクトルと口コミ的なベクトルの違いというか、これまで人の噂によってコミュニケーションが成立していたエレノ世界では、口コミ的な要素に重きを置く『週刊トラニアス』と相性が良いのであろう。『週刊トラニアス』の最新刊が置かれて一日と待たず、皆が誌面の話を知るという状況となった。


 こうなってくると、他のメディアもメガネブタの話に追従してくる。翌週には隔週誌『小箱の放置ホイポイカプセル』が、巻頭で「メガネブタの悪行、遂に審判が下る!」というタイトルで、これまでメガネブタが出してきたデマ記事の数々をあげつらい、もはや年貢の納め時、神の裁きを黙った受けよと結んでいる。


 また先月号で『翻訳蒟蒻』の編集長セント・ロードの書面回答を載せていた王国配信者舎の発行する月刊誌『無限トランク』も「総力特集・メガネブタのデマの軌跡!」として、メガネブタが書いた『翻訳蒟蒻』のデマ記事からの流れを他社の報道も併せて詳細に載せ、「メガネブタの悪あがきも遂に終わりのときを迎えた」と煽りに煽った。


 文字通りメディアリンチに晒されるメガネブタ。これまで『翻訳蒟蒻』の専属記者として自分がやってきたことを、逆にやられているのだ。そして今、いかに反論をしたくとも、『翻訳蒟蒻』から切られた事で口が塞がれてしまった。かつて自身が書いたデマ記事の相手が置かれた状況に、まさか己が立たされる事になろうとは思っても見なかっただろう。


 『無限トランク』の記事の最後はこう締めくくられていた。「デタラメな記事を書き続けたモデスト・コースライスと、助手のテクノ・ロイドには、最早神の裁きから逃れられない。血族諸共神罰を受けることは必定である」と。どのようなメガネブタと助手、そしてその一族にどのような神罰が下るのか。俺には見当がつかなかった。


「園院対抗戦、お前どうするんだ」


 レティと攻略対象者をどうくっつけようかと思案をしている俺に、アーサーは学園と学院との対抗戦の話を持ち出してきた。例によって厚切りのステーキをバクバク食べながら言ってきたのだが、「小麦が暴騰しているのに、学食の値段が変わらないんだ?」と別の話題も織り込んで来るので、こちらが困る。俺は先に学食の価格が変わらない理由を教えた。


「いや、予約取引をしているからだ」


「予約取引?」


「事前に予約して買っているんだよ」


 これは俺も後で知った事なのだが、ロタスティでは半年後の食材をジェドラ商会に価格と仕入れ量を決める契約をしている。つまり、実勢価格が大幅に上回っていても、ロタスティではジェドラ商会では契約した価格で手に入れているのだ。だから学食の価格は変わらない。


「そんな事をやっていたのか! でも売る側のジェドラ商会は困らないのか? 小麦が高いのだろ」


「大丈夫だ。十分利益は出ているよ」


「どうやって?」


「それより安い価格で仕入れているからさ」


 俺はアーサーの家の領地、ボルトン伯爵領のコメを引き合いに出して説明した。ボルトン家は出来たコメを早く売り捌きたい。だから事前に買付に来た商人と事前に契約を結んでカネを受け取り、契約分のコメを納入する。だからその後、コメ相場が暴騰しようと、契約した価格は変わらない。つまり仕入れ値は安いままだと。


「なるほど。それなら理解できるぞ。ウチの家の話だからな」


 アーサーは上機嫌だ。領国経営について相当勉強をしているようである。


「しかし商人はすごいな。魔法使いのようだ。色々と思いつくものだ。勉強すればよく分かるよ」


「いやいや。俺も知らなかったんだ。繁華街で朝を食べたとき、パンの値段が変わらなかったからどうしてなのか疑問に思ってな」


 聞いたんだよ、ウィルゴットに。魔装具を取り出して。そうしたら予約取引で半年後まで契約しているから、その価格で卸すよと。三商会側の商会と取引している飲食店は軒並み予約取引を導入して、小麦暴騰の影響から免れているとのこと。話を聞いて納得したアーサーは話題を『園院対抗戦』に戻してきた。


「お前は出るのか?」


「いやいや、出ないよ」


「どうしてだ。お前は学園でも屈指の腕前じゃないか」


 そりゃ、そうだけどさぁ。ジャック・コルレッツから先日もらった封書によれば、装備防具は指定のものと定められている事や、予選は三戦勝ち抜き戦でハイポーションの使用はその間一度だけという縛りがあると書かれていた。これでは装備やアイテムで補強しないと戦えない、俺の出る幕なんて全く無い。


「一対一の戦いだ。回復魔法も補助魔法も使えん俺には、圧倒的に不利なんだよ」


「俺も使えないぞ」


 確かにアーサーは色なし騎士。だから魔法は使えない。しかし、俺とアーサーには決定的な違いがある。


「アーサーに比べて、俺の防御力は低いんだ。同じように魔法が使えなくても、程度がまるで違う」


 そうなのである。『園院対抗戦』は一騎打ちの戦い。回復魔法や補助魔法を使える者が優勢なのは当たり前。もしその手の魔法が使えなくても、防御力があればダメージを抑えながらハイポーションで回復すればいい。しかし商人の場合、防御力が低いので受けるダメージが大きく、ハイポーション一回では全く足りない。


 その商人の弱点が端的に出たのが、闘技場でグレックナーと戦った一戦。万全を期して臨んだ戦いだったが、百戦錬磨の騎士であるグレックナーの前に大苦戦を強いられた。結局は互角に近い戦いをできたにはできたが、この次に戦ったならば、俺が勝てる見込みは殆どないだろう。何故ならグレックナーがしっかり対策を施してくるだろうから。


 しかも乙女ゲーム『エレノオーレ!』における『園院対抗戦』でヒロインは、攻略対象者を応援する事しかできない。つまり攻略対象者を操作できないので、戦いの行く末を傍観するしかないのである。ここまで言えばもう分かるだろう。普通にプレイすれば攻略対象者が一方的にやられて、敗北する未来を。このゲームの最難関が『園院対抗戦』なのだ。


 この対策には事前に攻略対象者とダンジョンに入ったり、パーティーを組んで模擬戦を行うなどの「特訓」を行って、攻略対象者のレベルアップを図る必要がある。また装備やアイテムを貢ぎ、攻略対象者を強化してから『園院対抗戦』に送り込まなくてはならない。だから実弾を使って有料アイテムを手に入れる必要がある。


 しかし無課金プレイでは、慢性的にカネがない。なのでアイリでプレイしてビート相場に手出しをした結果、遅刻常習犯になって好感度が下がったり、レティでプレイしてカジノに入り浸っていたら見つかって好感度が下がったりと苦戦の連続。しかも好感度が下がると『園院対抗戦』の最終局面で勝てなくなるから、ここで好感度を落としてはならない。


 実は『園院対抗戦』のラスボスであるジャック・コルレッツには通常攻撃が効かず、ジャックを倒すには「心の交流」というものが必要で、これを発動させるにはヒロインと攻略対象者の好感度が上がっていなければならないのである。ゲームでこんな状態なのだが、

現実はもっと過酷だ。


 装備やアイテムでの補強は許されず、予選突破にはハイポーション一個のみで三戦勝利を勝ち取らなければならない。その上で本選に進んで、通常攻撃の効かないラスボスとして立ち塞がるジャックと戦わなくてはならないのだ。しかもヒロイン不在なので、「心の交流」という術も使えない。こんな無理ゲーの状態で、どうして俺が戦えるというのか。


「俺は騎士じゃないから、パスするよ」


「お、おい!」


「俺は出る気はない。諦めてくれ」


 引き留めようとするアーサーを払い除け、俺は席を立った。今、こちらの方はメガネブタの件と、レティを攻略対象者と引っ付ける事で頭がいっぱいなのだ。後は対抗戦で戦いたい者達でなんとかやってくれというのが、俺の本心である。

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