369 三者協議
ノルデン王国とディルスデニア王国、そしてラスカルト王国との三者協議が王都トラニアスで開催されるという話をザルツから聞いた俺は、要人警護の件で近衛騎士団と『常在戦場』との間を仲介しているドーベルウィン伯と学園内の第四警護隊控室で話し合った。
「こういうときにはアルフォード殿は頼りになる。『常在戦場』もだがな」
ドーベルウィン伯は駅舎警備については一駅舎十人程度、警備は『常在戦場』の隊服で行えばいいだろうとのことで、そこは俺が伝えて最終調整をドーベルウィン伯とグレックナーで行うことになった。巧遅拙速ですなと俺が言うと、まさに
ドーベルウィン伯が慌ただしく席を立った後、奥の方にいたファリオさんが話しかけてきた。今までドーベルウィン伯に遠慮して控えていたのだろう。流石は家付き騎士だっただけはある。ファリオさんは例の『オリハルコンの大盾』の入庫状況について教えてくれた。
「今、大体八百五十帖ございます。このままここに置いておくのも勿体ないと思いまして」
「大分完成したな」
武器商人ディフェルナルに依頼した『オリハルコンの大盾』。二千帖頼んだうち、既に八百五十帖が納品済みということで、学園で在庫として持つ以上に他所で配備していく方が役立つのではというファリオさんの提案はもっともである。配備先は『常在戦場』ムファスタ支部、コーガンド兵営地に駐在する警備団、そして近衛騎士団だろう。
ムファスタ支部には第四警護隊副隊長だったアップルタウンも配属されている。これは盾術の訓練が施されていないムファスタ支部に配属されている隊士らに指導するための措置で、アップルタウンと二人の隊士がムファスタへ送り出された。代わりに十二名の隊士が新たに配属され、第四警護隊はファリオさん以下十七名の隊士がいる。
そういう事情で、ムファスタには盾術を身につけた者がおり『オリハルコンの大盾』をムファスタ支部に送っても、十分に使いこなせる筈である。王都に駐在している警備隊とは物理的な距離もあるので、ムファスタ支部には優先的に配備した方が合理的であろう。これもグレックナーに話しておかなければならない。
俺は夕食時ロタスティの個室で、三者協議の中で近衛騎士団と『常在戦場』が置かれている状況をザルツに説明した。今日は珍しく個室が埋まっていて、空いていた一番小さな個室に俺とザルツ、リサの三人で食事している。四人部屋なので少し窮屈に感じるが、今まで広い個室で食べていたということであり、これまで贅沢に使っていた証左だろう。
広い部屋を使うのが当然になっていたからこその違和感。慣れというものは恐ろしいものだ。話を戻して『常在戦場』の話を二人にしているのは、リサの執務室で話を途中で切り上げ、席を外したからである。事情を知ったザルツはノルデンの体制は本当に脆弱だな、と呆れつつも「今から準備しないと間に合わないな」と俺が飛び出した事に理解を示した。
「今回の三者協議は成功させなければならない。小麦もかかっているからな」
そこで小麦かよ、と思われるかもしれないが、ディルスデニア、ラスカルト両王国からの小麦輸入をアルフォード商会が実質的に独占できているのは、取引の先陣を切ったことと、両王国からの信用があってのこと。万が一、この三者協議が不調に終われば、その信用が崩れかねない。重要な事は滞りなく協議が行われ、協議の成果を上げること。
その為には不測の事態が起こらぬよう、備えておくことが重要なのである。今の近衛騎士団が両国使節の警備の為に配された場合、王都で出迎えるのが一個近衛騎士団四十人余では格好がつかない。そこを『常在戦場』で穴埋めし、見栄えしたものにするのと同時に、良からぬことを考える者が現れぬようにしなければならないだろう。
「ところで『金融ギルド』への積み増しの話はどうなったのだ」
「それは、俺が帰って来てから協議をすることになっている」
ザルツによるとシアーズとワロス達が平民への低利融資を行うため、現在、金融業者向けの融資方法を検討しているのだという。以前、俺が学園生徒会を窓口としてワロスに委託した『緊急支援基金』を参考にしているらしいが、あの時は学園に限られた上に業者は「信用のワロス」一社のみだった。だから難易度は今回の話の方がずっと高い。
「今、小麦価はどうなっている」
「一六〇〇ラントを越えたよ」
王都の小麦はジリジリと上がっていた。一五〇〇ラントのラインを悠々と抜けて、今は一六〇〇ラント越えている。
「順調に上がっているな。ムファスタでは二〇〇〇ラントに達していた」
「二〇〇〇ラント!」
これにはリサが驚いている。ラスカルト行きの時には一八〇〇ラントだったものが、帰ってきたら二〇〇〇ラントになっていたのだとザルツは言った。
「まだまだ小麦は上がる。上がってからの勝負だな、これは」
「どう勝負するの?」
「カネとモノの戦い。究極はカネとカネの殴り合い。カネが尽きたほうが負ける」
「誰のお金が尽きたら?」
ザルツはワインを飲み干すと、リサの言葉をなぜか無視してワインの銘柄を聞いてきた。『サヴォーレ・デハズ・ディブローシャー』だと答えると、「知らない銘柄だな」とザルツは言いつつ、グラスにワインを注ぐ。ドーベルウィン伯やスピアリット子爵が銘柄を知っていたのはやはり素養なのだろう。ザルツはワインを一口飲むと、リサを見据える。
「我々の側か、小麦を買い続けている側か、だな」
「相手は・・・・・ 貴族派? 『貴族ファンド』?」
「それは分からない」
「!!!!!」
リサは驚いていたが、ザルツの意見に同感だ。現段階では貴族派であるとか『貴族ファンド』、フェレット商会さえ姿を現していない。確かにレジドルナではアウストラリス公爵家やトゥーリッド商会の影は見えるが、あくまでそれは影。姿かたちではないし、もっと言えば誰も姿を現していない。だからザルツは「分からない」と慎重なのだ。
「ああ。だから相手が本性を出してくるまでは我慢比べだ」
ザルツの言葉を聞いて、納得半分懐疑半分といった感じのリサ。だが、白黒つけるだけが世の中ではない。白黒の領域よりもグレーゾーンの方が圧倒的に広い。今はまだ相手はグレーゾーンにいる。ザルツはそれが言いたかったのだ。しかし相手に本性を出させる方法か。俺は前の食事会でレティが出した案について、ザルツに聞いてみた。
「小麦を一気に市場へ出すというのは有効か?」
「どういう理由で」
「買い上がってる連中が対応できないくらいの勢いで市中に流通させれば、相手側を混乱させられられるかな、と思ってな」
話を聞いたザルツは腕組みして目を瞑った。ザルツはレティの案をどう思ったのだろうか。
「悪くはないな」
そうか、使えるのか。ならばレティもクリスも喜ぶだろう。ザルツは腕組みをしたまま言う。
「ただ、単独では使えない。きっかけが必要だ。こう、市場に小麦が・・・・・」
「溢れてくるのではないかって、感覚よね」
「そうだ、リサ。人は思惑で動くからな」
娘が自分の言いたいことを言ってくれたからか、ザルツは上機嫌に同意した。最近やたらザルツとリサの仲がいい。以前、一緒にムファスタへ行った時から、徐々に距離が縮まっている感じがする。父娘は一旦わだかまりが解けると、こんな関係になるのか。だとしたら俺も愛羅とそういう日が来るのかな。そうなればいいのだが。
「人が小麦が出てくる、と思った時にワッと出すんだ。そうすると一気に値が崩れるはず」
「崩れてもこちら側は利益が出るしね」
「ウチは大して変わらないが、ウチが卸したところの利益が減るだけの話」
「しかしそれでも当初見込みの利益よりかは遥かに高いのでしょ」
「ああ。だから問題はない」
ワインが入っているからか、リサとザルツは値崩れした後の話で盛り上がっている。楽しそうに話す父娘を見て、少し羨ましくなってきた。その会話を邪魔するつもりはないのだが、ザルツに素朴な疑問、以前から聞きたかった疑問について尋ねる。
「ロバートはモンセルで何をしているんだ?」
すると「ああっ」と呟きながら天井を見て、少し考えた素振りを見せたザルツは俺に言った。
「サルジニア公国からの小麦を捌いているのだ」
サルジニア公国からの小麦。確かにサルジニア公国からも小麦を輸入していたな。しかし、確かその量だけではモンセルとノルト=クラウディス公爵領の不足分を賄えないとか言ってなかったか。
「モンセルには今、貨車の出庫制限がかかっている」
「出庫制限?」
「許可なく貨車で小麦を持ち出してはならぬのだ。行政府からの通達でな」
これによってモンセルからの小麦の流出が抑えられ、小麦価は三〇〇ラント程度と安定しているらしい。その代わり販売した小麦を運び出すのにいちいち許可を受けなければならず、許可を受けた業者順に捌いていく作業が必要になるという訳だ。サルジニアから仕入れた小麦を業者に捌いているのがロバートなのだという。
「こればかりはトーレンだけでは出来んでなぁ」
トーレンとはアルフォード商会の番頭。モンセルにあるアルフォード商会の商館にどっかと腰を下ろして采配をしているのがこのトーレンで、アルフォード商会の蝶番みたいな役割を果たしている。彼がいるから、俺を含めてアルフォード家や商会に属する皆が自由に動けているとも言える。
「一度指図すれば一月、二月は大丈夫だろうが・・・・・」
ザルツの話を聞くに頭の痛いところであるようだ。これはアルフォード商会ではなく、ロバート個人の信用で取引を成り立たせているからだろう。しかし、これでロバートが足繁くモンセルに帰る理由がようやく分かった。次王都にロバートがやってきたときには、本人から詳しく話を聞いて、改善策を考えてみることにした。
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