368 契約解除
メガネブタことモデスト・コースライスのデマ記事や雑誌のオーナー家、イゼーナ伯爵夫人がケルメス大聖堂で引き起こした一件で世間からの反発を受ける中で発売された月刊誌『翻訳
「この度『翻訳蒟蒻』編集部は、モデスト・コースライスとの専属記者契約を解除しました。今後モデスト・コースライス執筆の記事への返答は差し控えさせていただきます」
メガネブタはバッサリと切られたのである。自身が生き残りを賭けて助手のテクノ・ロイドに責任転嫁をして切ったように、メガネブタもまた『翻訳蒟蒻』の女編集長セント・ローズの保身のため、己の首を切られたのだ。これではメガネブタに切られたテクノ・ロイドも浮かばれない。何故ならテクノ・ロイドの犠牲は無に帰したからである。
助手のテクノ・ロイドにデマ記事の責任を擦り付けてトカゲの尻尾切りをしたつもりが、自分もトカゲの尻尾切りをされたのである。自身もトカゲの尻尾切りをされかねない『翻訳蒟蒻』の女編集長セント・ローズの手によって。クズからはクズしか生まれず、クズの元にはクズしか集まらないという好例だろう。
いずれにせよこれでもう、メガネブタを庇護する者はいなくなった。ノルデン報知結社の後ろ盾は無くなったのである。これまでのようにノルデン報知結社のオーナー家であるイゼーナ伯爵家の威光を背景に、人からの抗議もなんのそので自由にデマ記事を書くことができなくなった。
今後、メガネブタの記事を採用する出版社や雑誌は現れないだろう。出版最大手のノルデン報知結社が放逐した訳アリ記者を使って書かせるには、余りにもリスクが大きすぎるからだ。『翻訳蒟蒻』から契約を解除された事で、事実上記事を書けなくなった。メガネブタはノルデン出版界から実質的に追放されたのである。
「ねぇ、グレン。これを見て」
そう言うと俺が持っていた『翻訳蒟蒻』を取って別のページを差し出した。そのページは世の中の細かなアレコレを小さく取り上げるコーナーで、よく見るとイゼーナ伯爵家の執事長のコメントが掲載されている。小タイトルは「わが家の小事」。イゼーナ伯爵家の中の声を執事長が代弁するという形態を取っているようだ。
「イゼーナ伯爵夫人が申されるには『
なんじゃこりゃ。要は俺が言っている事を車椅子ババアが全肯定したという話か、これ。こんなの載せる意味があるのか、おい。俺が唖然としていると、リサは言った。
「要はグレンのインタビューは受け入れるから、メガネブタの首と差し出して手打ちにっていうメッセージよ」
「なんだ、そりゃ」
訳の分からぬバーターに呆れてしまった。何故ならボコボコにやられてるクセに「今日はこれぐらいにしておいてやる」みたいな小悪党が使うやり取りと重なったから。しかし何から何まで酷いよな、『翻訳蒟蒻』といい、ノルデン報知結社といい、イゼーナ伯爵家といい。碌なモンじゃないぞ。さっさと関わらないようにするのが吉だ。
「どうする? まだやる?」
リサが聞いてきた。俺の考えている事ぐらいお見通しよ、って感じに。だから俺は言ってやった。
「いいよもう」
「分かったわ」
自分の読み通りの回答を得たリサは、上機嫌で鍛錬を始めた。おそらくはこれで車椅子ババアの家であるイゼーナ伯爵家とも、『翻訳蒟蒻』とも、『翻訳蒟蒻』を出版するノルデン報知結社と事を構える事はないだろう。だがそれは、メガネブタことモデスト・コースライスへの攻勢を弱めることにはならないのは間違いない。
昼休み。いつものようにロタスティでアーサーと昼食を食べた後、俺は中庭のベンチに座って一人考えていた。昨日、ケルメス大聖堂で見たジョゼッペ・ケルメスの著作『もう一つの世界』についてである。ケルメスは現実世界のゲートが開くには「達成」が必要であると定義していた。この場合で言う「達成」とはゲームエンドの事を指しているはず。
それを考える中、俺は一つの事実に気付いてしまった。乙女ゲーム『エレノオーレ!』の最終的なエンドとはヒロインが攻略対象者と結ばれること。しかし今現在、二人のヒロインは共に攻略対象者と全く進展がなく、アイリに至っては俺と進展している有様で、今更攻略対象者に目が向くとは思えないような有様。
これから起こる様々なミッションや強制イベントをクリアしたとしても、最後の最後、ヒロインが攻略対象者と結ばれなければゲームエンドが訪れないのではないのか? その事実に今さっき気付いたのである。ということは、やはりヒロインが誰かと結ばれなければならないのか。であるならば、レティが誰かと結ばれなくてはならないということ。
これについては以前から考えていたことだ。アイリがどの攻略対象者も眼中になく、俺のことしか考えていないのは明らか。それに正直なところ、俺の方もそんなことには耐えられなくなってしまっている。自分でもすごく身勝手で我が儘なのは分かっているが、そういう気持ちというか感情が抑えられないのだからどうしようもない。
だからレティと攻略対象者が結ばれてくれれば良いのだが、今現在、その工作が上手くいっているとはいえない。年末、学園舞踊会で剣豪騎士カインとクリスがいい感じで踊っていたのだが、それっきり進展はなさそうな状態。新学期が始まって顔を合わせたカインに聞いてみたのだが、舞踊会以降、特に顔を合わせていないようだ。
他の男性攻略者というと正嫡殿下だが、殿下の方は俺に『勇者の指輪』を渡したりと、まるっきりやる気がない。悪役令息リンゼイはレティにやり込められているし、天才魔道士ブラッドに至っては存在感がゼロ。残る相手は正嫡従者フリックのみ。レティと付き合う脈がありそうなのはフリックかカインの二人だけのようである。
しかし今のままでは進展しそうな気がまるでしないんだよなぁ。進展するならもう進展しているって話な訳で、進展させるには俺が何らかの形で推すしかなさそうだ。しかしあの
今のままでは中々大変そうだ。しかし乗ってもらわないといけない。そうしないと俺が帰られないのだから。ただ、もしかすると男を知ったらレティも変わるかもしれない。変われば乗りこなすこともできるだろう。後は引き合わせる方法を考えるのみだ。俺は引き続き、レティと攻略対象者を引き合わせる策を練ることにした。
――ザルツがムファスタから帰ってきたというので、三限目が終わると黒屋根の屋敷に向かった。ザルツと会ったのはリサの執務室。応接セットのソファーに座るとリサを交えた三人で話を始める。
「三者協議がトラニアスで行われる事が決まったぞ」
「いつだ」
「半月後だ。イッシューサム首相が示したオプションの中から選ばれたのがそれだ」
ディルスデニア王国のイッシューサム首相は、ノルデン側の使節クラウディス=ミーシャン伯との会合で三つの日程を示していた。一案一ヶ月後、二案一ヶ月半後、三案二ヶ月後の三つである。それをノルデン側の使節として赴いたアルフォンス卿が、ラスカルト王国の大司会ニルバーヴィッツ伯に示すと、躊躇することなく一案を選んだのだという。
イッシューサムとクラウディス=ミーシャン伯との協議から時間が経っている為に一ヶ月の案が半月に変わっているのだ。いや、イッシューサムの中では最初から計算した上、つまり織り込んでいる話なのではないか。政治の日程というか、そういったカレンダーがイッシューサムの脳内に刻み込まれており、そこから逆算して出した案だと思われる。
ザルツがイッシューサムの事を評価していたが、このような部分を見ての事だと改めて理解した。なおラスカルト王国側から三者協議に出席するのは、交渉を行っていたニルバーヴィッツ伯。伯が言うにはノルデン王国における宰相、ディルスデニア王国における首相に当たる地位である相国に皇太子が就いているので、趣旨にそぐわないだろうとの事。
どうもラスカルト王国という国の統治機構も面倒な状況に置かれているようである。王国の実権は国王に非ず相国という地位にあり、そこに皇太子が座ることで、大司会が首相のような役割を担っているらしい。そのような次第で格が落ちるかのように思われるかもしれないが、ご容赦いただきたいとニルバーヴィッツ伯は言ったという。
この申し出に対し、ノルデン側の使節として交渉していたアルフォンス卿は柔軟に対応した。宰相補佐官である私も宰相の名代として急遽使節を拝命し、この席に臨んでおりますゆえ遠慮は無用でございますと返して、その場を収めたことで交渉を成立させたのである。おそらく前任者、外務部補佐官のシューレンターでは、こう成らなかったに違いない。
ザルツの話では一報は既に昨日か一昨日に宰相府、あるいはノルト=クラウディス公爵邸に到着しているはずで、今頃ディルスデニアに早馬を飛ばしているのではないかとの事。話は急速に動いているな、そう思ったときハッとなった。これは『常在戦場』側にも知らせておいて、準備を進めておかなければならない。俺は急ぎ席を外した。
外に出た俺は魔装具を取り出して『常在戦場』のグレックナーに連絡。半月後という話を伝えるとビックリしていた。というのもドーベルウィン伯との話で、ルート上の各駅舎の警備をしなければならないとの話をしたばかりだったのだという。俺はすぐにでも手配を始めるように指示をすると、授業を終えたドーベルウィン伯を捕まえたのである。
「それは・・・・・ まことか」
学園内にある第四警護隊控室で、三者協議の日取りを聞いたドーベルウィン伯は驚いていた。ドーベルウィン伯が思っていた日程よりも急であったからだろう。俺は先程グレックナーに伝えたと話すと安堵の表情を見せた。
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