366 加熱報道

 ドーベルウィン伯から『常在戦場』に話のあった、要人警護の依頼の話から学園の貴賓室で会合を持ったのだが、そこに学園長代行のボルトン伯と王室の剣術師範スピアリット子爵も同席したのである。


 共にドーベルウィン伯に要人警護の依頼を行っていたからで、ボルトン伯は内大臣トーレンス候から、スピアリット子爵は、宰相家ノルト=クラウディス公の一族で、宰相府外務部特別参与としてディルスデニア王国の使節となっていたクラウディス=ミーシャン伯からのものだった。


「内府閣下は外国からの使節が来訪すると、王都警備隊の人員では足りぬと危惧されておられた」


 ボルトン伯は侍従長ダウンズ伯に学園運営の報告を行うため宮中に参代した際、内大臣トーレンス侯より呼ばれ、足りないと予測される要人警護の補充について依頼を受けたのだという。話によるとトーレンス侯は、臣従儀礼に立ち会った際に見た『常在戦場』ならば警護を補うことができるのでは、と考えたようだ。


 一方、クラウディス=ミーシャン伯から依頼を受けたスピアリット子爵の方はというと、クラウディス=ミーシャン伯とスピアリット子爵の領地が近接しており、その縁で親しく接していたようだ。完全に私的な縁なのであるが、子爵より近衛騎士団の実情を聞いていたクラウディス=ミーシャン伯が、要人警護の心配をして話を持ってきたらしい。


「クラウディス=ミーシャン伯は、いざ外国からの要人を警護する段階で、今の近衛騎士団の人員のみでは難しいのではないかと危惧されていた」


 ロバートがクラウディス=ミーシャン伯は中々の人物だと言っていたが、どうやらその通りだったようである。


「実はクラウディス=ミーシャン伯の危惧通りなのだ。各国使節の車列に第二、第三近衛騎士団を配するので、王都での出迎えは第四近衛騎士団のみで行わなければならない実情。だからシメオンとレアクレーナは至急手当を行わなければならないと焦っておる」


「第四近衛騎士団のみで?」


「ああ。いくら何でも四十人そこそこでは格好がつかないとレアクレーナが」


 これには聞いたグレックナーがビックリしている。第一近衛騎士団は動かさないのですか? と聞かないのは、聞くことに意味がないのを知っているからだろう。非公式協議であり、それを名分として宮廷内から出てこないことは明白だからだ。つまりは「お前達だけでなんとかしろ」ということ。そこで一門の長であるドーベルウィンに泣きついた訳だ。


「しかし、どうして二国の協議を我が国が仲介を?」


「小麦でございます」


「小麦とな」


 ボルトン伯は驚いている。俺は要旨を話した。現在、小麦の凶作に対応するため、ディルスデニアとラスカルト王国より小麦を輸入している。一方で両国は疫病で苦しんでおり、こちらから薬草を輸出して各々対応している状況。ところがお互いの国に行き交いがないため、両国の国境に跨がる地域の疫病対策が行えず苦慮していると。


「それで我が国が協議の斡旋を」


「小麦の輸入量を増やす見返りとして、宰相閣下が決断なされたと」


「小麦の暴騰に対処なされる為か」


 そう言うと、ボルトン伯は納得した表情となった。おそらくはこれまで聞いた話と繋がったからだろう。


「宰相閣下はお国の事を考えて斡旋協議に臨まれているということ。ならばこの二国の協議、何としても成功させねばなりますまい」


 ドーベルウィン伯は顔を引き締める。無役とはいえ、各方面から頼られる立場であるのはこのような責任感によるものであることは間違いない。横にいるスピアリット子爵が聞いてきた。どうして俺がそれほど詳しいのかと。


「実は小麦の輸入。我がアルフォード商会が一手に担っておりまして、我が父と兄が使節の方に帯同しておりますもので」


「そうだったのか。つまりは王国よりもアルフォードの方が先だったと」


 俺の説明にスピアリット子爵は合点がいったようだ。ある面、外交に関してはアルフォードの方が情報を握っているのかもしれない。これはアルフォードの拠点モンセルが、ノルデンの北にあるサルジニア公国への玄関であったことが起因する。アルフォードはサルジニア公国との交易を独占した事で力をつけたのだから。


「小麦を売ってはならぬと教えてくれたのもアルフォード殿だったからのう」


「では、あの話は」


 ドーベルウィン伯を見たボルトン伯は頷いた。あの話は助かったと、スピアリット子爵も言う。どうやらボルトン伯は小麦を売らないようにドーベルウィン伯やスピアリット子爵に伝えていたのだろう。


「今の小麦の暴騰に対して、小麦の輸入量を増やすとは。しかし増やしてもこの価格とは、これ如何に?」


 自分の領地には当面の間影響はないが、どうしてそれでも小麦価が上がるのかと、スピアリット子爵が訝しがっている。


「何者かが買い上がっているかと思われます」


「買い上がり?」


 全員の視線が俺の方を向いた。おそらく誰も聞いたことがないのだろう。値を釣り上げる為、市場に出回る小麦をひたすら高値で買い続ける。結果として、小麦価は上昇し続けると。買い占めとは違うのかとドーベルウィン伯が聞いてきたので、買い占めはモノを確保する為なのに対し、買い上がりは値段を釣り上げる事を目的にしていると話した。


「厄介だな」


「しかし一体、誰が何の目的で」


 スピアリット子爵やボルトン伯が口々に言ったが、その質問には答えなかった。その話をすれば予断を与えかねないからである。ただフレミングが言った「いつまで続くのですか?」という問いかけには、こう答えたのである。


「買い上がっている者のカネが尽きた時だ」


 自分で言いながら、ふと小麦暴騰の報に接したザルツの言葉を思い出した。「これからは札で札を殴る戦いが始まる」と。まさにこの事を言っていたのだろう。協議の方はといえば、ドーベルウィン伯が提案した要人警護の要請を『常在戦場』が受け入れることと、その窓口をドーベルウィン伯が担うことで合意に達した。


 同時に王都警備隊との話についてはボルトン伯が、クラウディス=ミーシャン伯を介した宰相府との協議についてはスピアリット子爵が担うことが決まり、『常在戦場』の隊士が近衛騎士団や王都警備隊の服装を着用して警護に当たるという案が検討される事となったのである。これは臣従儀礼の際、ファーナス息子リシャールらに儀仗服を着せて参加させた策。


 臣従儀礼にどうしても参加したいというリシャール・ファーナスやジャック・コルレッツの為に、スロベニアルトが発案した偽装策だが、あれを使えば良いとディーキンが提案したのである。この策にドーベルウィン伯は最初驚いたが、実に面白いと前向きに検討する事になった。今後については都度協議を行うことで会合は散会したのである。


 ――鍛錬を再開して一週間、ようやく普通に打ち込みができるようになった。遠出をしてしまったが故に鍛錬できなかったツケを払うのは本当に大きい。ツケという点ではピアノも同じで、出掛ける前のような感覚を取り戻すにはもう少し時間がかかりそうである。何事もそうだが、日々の積み重ねに勝るものはない。それを痛感した一週間だった。


 朝の鍛錬でリサが言うには、ザルツがクリスの次兄で宰相補佐官であるアルフォンス卿と共に国境の町ピンパーネルを発ったらしい。届いた書簡に書かれた日取りが正しければ昨日の話。ムファスタの街で一泊した一行はそのまま王都トラニアスに帰ってくる予定だという。日程を計算するとピンパーネルの滞在日数は三日程度らしい。


 これは前回の交渉に比べてずっと早い日数。その期間で交渉が纏まったということだろうか? だとすれば外務部補佐官のシューレンターの面目は丸つぶれである。まぁ、ザルツは来週早々に王都に帰ってくる訳で、その際話を聞けばいい。リサが『週刊トラニアス』が出たから読んでね、と言うとひと足早く立ち去っていった。

 

 『週刊トラニアス』の最新号の誌面は『小箱の放置ホイポイカプセル』に載った俺のインタビュー記事を受けてか、増量したと同時に、その中身も非常に激しいものとなっていた。それだけ『翻訳蒟蒻こんにゃく』のデマ記事を書いたメガネブタことモデスト・コースライスに対する報道が加熱している事を表しているのだろう。


「メガネブタにこれだけは言ってやる!」

「ナメるな『翻訳蒟蒻』! お前達も同罪だ!」

「モデスト・コースライス現象を憂いる」


 タイトルにはいつの間にかターゲットに『翻訳蒟蒻』までが入っていたのには吹き出した。最初の二つはいずれも読者からの投稿を掲載したもので、それほどメガネブタと『翻訳蒟蒻』に対する悪感情が広がっているということだろう。投稿文を見ると、いずれもメガネブタの嘘が明白だとの見解で、今や世の中の共通認識に至っている事がよく分かる。


 メガネブタに対して向けられた矛先は、デマ記事を掲載していた『翻訳蒟蒻』の女編集長セント・ロードにも向けられており、月刊誌『無限トランク』に掲載されていたセント・ロードの書面回答の記事を引用して「言い訳がましい」「詭弁で逃避をするな!」といった厳しい声が上がっている。このままでは雑誌の継続そのものが危ういのではないか。


 そんな殺伐とした誌面の中、編集長のヴァリス・ミケランが嘘を詭弁でまかり通らせるモデスト・コースライスのような手法が世の中に広がることを危惧し、そうした薄汚い手口が広まらないようにするためには皆でメガネブタの嘘を糾弾しなければならないと説いたのである。沈静化させると見せかけて煽っているじゃないか、ミケラン!


 誌面を見るに、メガネブタと『翻訳蒟蒻』は一方的に押されているように見える。だが、それは俺がこちら側サイドの情報ばかりが目に入っている可能性がある。だから、そうだと断定するには早計、見極めが必要だ。ここはミケランが指摘するように、来週発売予定の『翻訳蒟蒻』を待ってから判断すべきであろう。さてさて、どうなるか楽しみである。

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