365 協議の行方
隔週誌『
「「私が全て話そう」 激白! グレン・アルフォード氏」
「『
「出てこい、メガネブタ! お前はもう詰んでいる!」
刺激的なタイトルを付け、読者を激しく煽っているのが分かる。読むと「怒る」とか「息巻く」とか、一部で脚色こそなされているものの、概ねインタビュー通りの内容だった。特にケルメス大聖堂での車椅子ババアとの件は、『
また『
これを話せばニベルーテル枢機卿が困るだろうと思って言わなかったのである。「パルテス堂」は高位家しか礼拝できないお堂。そこに高位家ではない車椅子ババアを特別に案内したことが知られると、貴族界に波紋が広がるのは確実だからである。一瞬その波紋、貴族の嫉妬心を煽ってイゼーナ伯爵家と諍いを起こさせようかと思ったが、それは止めた。
そんなことをすればケルメス大聖堂、あるいはニベルーテル枢機卿に対し、敵意なり反感なりが向かう可能性が頭をよぎったからである。そうなってしまえば、ある面ケルメス宗派の宗教的権威によって守られている形が崩れ、俺がイゼーナ伯爵家という貴族家と直接対峙しなければならない状況を恐れたからである。
だから「パルテス堂」の件以外の話、ケルメス大聖堂の図書館を訪れていた際に平民の母子とイゼーナ伯爵夫人とのいざこざに偶然出くわしたことや、最終的にイゼーナ伯爵夫人が勝手に立ち去ったことをインタビューでそのまま話した。それは学園の掲示板に張り出した内容と同じであり、齟齬をきたすものではない。
大体「パルテス堂」の話は俺の耳には聞こえなかったで通る話だし、「パルテス堂」の話がケルメス大聖堂の一件を構成する重要な要素ではないことが明らか。仮に車椅子ババア、イゼーナ伯爵夫人が「パルテス堂」に案内された件を持ち出したとしても、自身が有利になるどころか他の貴族達からの嫉妬や顰蹙を買うのみである。
――先日行われた『常在戦場』の屯所での会合において事実上先送りとなった、要人警護の依頼の話。この話を巡って依頼主であるドーベルウィン伯と協議の場が持たれることになった。で、行われる場所はなんと学園の貴賓室。もう学園は秘密工作が行われるアジトのような扱いになっている。俺が貴賓室に入ると意外過ぎる人物がいた。
(ボルトン伯・・・・・)
なんと上座に座っているのは学園長代行にしてアーサーの父であるステファン・クロード・ボルトン。ボルトン伯その人であった。しかしこの会合は、ドーベルウィン伯が『常在戦場』に対し、要人警護の依頼をした件に関する席であるはず。そこにどうしてボルトン伯がいるのか。俺は何が何だかよく分からないまま、右側の上席に座る。
出席者は上座に座るボルトン伯、左側上席に要人警護を依頼したドレット・アルカトール・ドーベルウィン伯爵、その次には何故か出席している剣聖マルティン・シャリアード・スピアリット子爵。俺と『常在戦場』団長のダグラス・グレックナー、警備団長フォーブス・フレミング、事務総長のタロン・ディーキンの合わせて七人。
今回の議題と直接関係がある筈の近衛騎士団。その幹部の姿はどこにもなかった。そんな中、まずはグレックナーが挨拶をする。
「本日、このような会合を持っていただきありがとうございます」
「いや、そもそも今回の依頼したのは私。わざわざ足を運んでくれたこと、礼を言うぞ」
ドーベルウィン伯は畏まって言う。今日の会合が事実上、公式的な要素を含むものであることを示す表現だった。俺は椅子に座ってから色々考えていたのだが、単刀直入に聞くという選択をした。
「失礼を承知で申し上げますが、今日の会合に
「今回の依頼の関係者だからだ」
予想していたからだろう。俺からの問いかけに、ドーベルウィン伯がすぐさま答えた。
「うむ。ドーベルウィン伯の言われる通り。この一件、そもそも私から持ち出した話」
「いえ、閣下。私から持ち出した話ですぞ」
「スピアリット子爵。子爵のルートと私のルートは異なるではないか」
「それはそうですが・・・・・」
ボルトン伯の言葉に、スピアリット子爵が引き下がる。どうやらボルトン伯とスピアリット子爵はそれぞれ別の人物から何らかの依頼を受けたようだ。二人のやり取りを見て困惑した表情を浮かべるドーベルウィン伯を見るに、どうやら要人警護の話について、こちら側に話していない事があるようだ。俺は再びドーベルウィン伯に問う。
「つまりはボルトン伯とスピアリット子爵。お二人の依頼を受けての要請という事でしょうか」
「いや、それだけではない」
えっ、まだあるの?
「近衛騎士団の団長を務めるシメオンやレアクレーナからも話があったのだ」
シメオンとはドーベルウィン伯の義兄スクロード男爵のファーストネーム、レアクレーナとはドーベルウィン伯の実弟レアクレーナ卿の事。いずれもドーベルウィン一門である。どうやらドーベルウィン伯は
「様々な要件から、私が依頼をする形となったのだ」
「なるほど。では閣下。要人警護の具体的な概要は?」
「・・・・・それが、全容についてはまだ話せる段階には・・・・・」
ドーベルウィン伯の歯切れが悪い。武士然としているドーベルウィン伯にしては珍しい。これにはグレックナーとフレミングが顔を見合わせた。二人は明らかに戸惑っている。その代わりにという感じで、ディーキンが尋ねる。
「規模や内容について大まかに分からなければ、こちらとしても考えようが・・・・・」
「もちろんその通りだ。言わんとする事は分かる。分かるが、こちらの方としても現段階で確たる話ができるのは・・・・・」
「まずは『常在戦場』の方で受けてはもらえぬかと」
困っているドーベルウィン伯の代わりにスピアリット子爵が言ってきた。こちらの方は単純明瞭、とにかく受けてくれというニュアンス。この感じではドーベルウィン伯もスピアリット伯も、要人警護について詳しい話を聞かされていないと思われる。これは目を瞑って腕組みしているボルトン伯も同様ではないか。俺は、その事を聞いてみることにした。
「ところで皆様は、今回の要人警護の話、どこまでご存知なのですか?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
問いかけたが貴賓室には沈黙が支配する。三人からの返答は無かった。ボルトン伯もドーベルウィン伯もスピアリット子爵も、おそらくは全容を把握していない。つまり本当に俺達より知らないということになる。グレックナー、フレミング、そしてディーキンの三人の視線が俺に刺さった。俺に話を進めろというニュアンスなのだろう。
「ディルスデニア、ラスカルト両王国の使節が王都に来訪し、非公式協議を行う為に要人警護が必要なのではと」
「いや、私はそこまでは・・・・・」
ドーベルウィン伯が呟いた。やはり全容について本当に把握されてはいなかったようだ。
「非公式協議とは、一体?」
「我がノルデン王国はディルスデニア、ラスカルト両王国とは国交がございませんので、そうした中、両国の使節が王都トラニアスを訪問して協議なされることは、公式には馴染まないとの判断にございます。交流のない貴族同士が、いきなり派閥パーティーで顔合わせをされるのかという話と同じことで」
俺がたとえ話を交え、スピアリット子爵からの質問に答えると、子爵の方が驚いている。外交という概念そのものがない為、そのニュアンスが掴めないだろうと思い、たとえ話を加えたのである。すると、ボルトン伯が笑いだした。
「フォフォフォフォ。どうやら我々よりもアルフォード殿の方がご存知らしい。こちらが全てを話すより事情を知っておられるのではないのか」
「我々が聞かされている範囲より話が進んでおるということですか」
「今の話を聞く限りはな」
ボルトン伯はドーベルウィン伯の疑問に返した。おそらく、俺が話したことよりも知らされていないようだ。
「ハッキリと言ってしまえば、我々が聞かされているのは外国からの使節を警備する人員が全く足りないという話ですからな」
スピアリット子爵が自身が聞かされている話をぶちまける。そういうことか。非公式協議が行われることが確定しそうな状況の中、警備の事を心配した者達がドーベルウィン伯やスピアリット子爵、ボルトン伯に働きかけたのだろう。もちろん動かす相手は『常在戦場』。しかし一体、誰がそれを求めたのであろうか。
「宜しければどちら様からのご依頼で?」
「私は内府閣下からだ」
俺の問いかけにボルトン伯はそう答える。内府とは内大臣のこと。すなわち内大臣トーレンス侯を指す。そうか! アーサーが言っていた話はこれだったのか。宮廷から戻ってきたボルトン伯がいきなり俺のことを聞き始めたというあの話。まさかこんなところに繋がってくるとはな。
「私の方はクラウディス=ミーシャン伯からだ」
スピアリット子爵の方も意外な人物の名前を出した。ボルトン伯は内大臣トーレンス侯、スピアリット子爵は宰相閣下ノルト=クラウディス公の親類筋で宰相府外務部特別参与のクラウディス=ミーシャン伯。共に王国の中枢部にいるといえばそうなのだろうが、宰相府からの直接の依頼という訳ではなさそうである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます