364 人と人との縁

 ケルメス宗派の長老ニベルーテル枢機卿と俺が、教官達との決闘でオルスワードが黒魔法、すなわち古代魔法を使った件を報告したことで懇意になったと話すとディールが驚いている。そもそもオルスワードが黒魔法の研究をしていたという話はクラートからもたらされたもので、その場にいたディールも知っている話。


「まさかあの話がこんなところに繋がるなんてな。誰も思わないぞ」


「だから普段からの心がけが大切なんだ。そこで話を終わりにしたらダメだって」


 そうなのである。人の繋がりが維持されているからこそ、話が繋がっていくのだ。俺とディールが今話しているのだってそう。こんな他愛もない話から、とんでもない形で繋がっていく事だってあるのだから。ディールは俺の話に驚きながらも「その通りになっているんだから、そうなんだよなぁ」と頷きながら教室に入っていった。


 ――俺は夕方、ロタスティの個室に入った。クリスから食事を誘われたのだ。思えば新学期初日から、これといった言葉を交わしていない。本当は話したかったのだが、小麦配りの旅に出たため、それどころではなかったのである。クリスの食事会にはアイリとレティも呼ばれていた。クリスの二人の従者トーマスとシャロンを含めて六人での食事会。


 今回の話題はやはり小麦の件。俺がアイリとレティの実家に小麦を持ち込んだ話をクリスに聞かれ、二人が一生懸命説明していた。


「今度こそ横流ししちゃダメよ、って言い聞かせて帰ってきたのよ」


「そんなことまで・・・・・」


「だって言わなきゃ、売り払っちゃうもの」


「「ラディーラ!」てな」


 レティが思わず「そう!」と返してきた。レティと話をしていたクリスが不思議そうな顔をする。


「レティの領地にいる有力者は、子爵家の人間と話す時、語尾に「ラディーラ!」って付けるんだよ。「知らなかったよラディーラ!」とか」


「「申し訳ないラディーラ!」とかね」


 俺の話にレティが間髪入れず言ってきたので、全員が大笑いした。


「だって信じられないでしょ。あれほど売っちゃダメだと言い聞かせたのに「高かったから思わず売ってしまったラディーラ!」よ。言った意味がないわ、本当に」


 更に続くレティの話に皆が笑ったままだ。話の内容は全て事実な上に深刻なのだが、リッチェル子爵領の有力者ラディーラが飛ばしすぎていて、もう笑うしかないからである。体を張ったギャクとかそういった域の話なのだから。そんな領民を抱えるレティをクリスは労った。


「レティシアも本当に大変ね」


「大変よ。上から下までそんな人ばっかり」


「小麦が入ってきたら入ってきたで大騒ぎだもんな」


「そうなの、そうなの。皆がお礼にやってきてずっとそれを受けなきゃいけないの。お礼の式典をするのだの、お礼の儀式をするだの、お礼の晩餐会をするだの言い出すから、無理して逃げ出してきたのよ」


 俺がそう言うと、レティが激しく同意してくる。その上で更にまくし立てるものだから、救いがないリッチェル子爵領の有力者ラディーラ達の話で更に盛り上がってしまい、話が尽きない。


「慌ただしかったですものね」


「ごめんねアイリス。夜に帰ってきたのに、無理矢理連れ出す形になって」


 リッチェル子爵領からドシラド村、ドシラド村からリッチェル子爵領。丸一日かけて往復し、その殆どを馬車で過ごした上、翌朝には高速馬車で出発するという無茶な日程。しかし、諸般の事情でそうせざる得なかったのだ。話を聞いてクリスも納得したようである。


「本当に大変だったのですね。だから帰ってきてもお休みに」


「ええ。本当は領地で一日休む予定だったけど、滞在すれば間違いなくグレンが引きずり回されるわ」


「レティもだろうけどな」


 俺が言うと、ドッと笑いが出た。しかし本当の事なんだよな、あの有力者ラディーラ達のレティに対する振る舞いを見れば。みんな明らかにレティの事が大好きのようだし、何か懐いている感じなのだから。犬が飼い主を見ると激しく尻尾を振ったりしているあれを見ているようだ。


「アイリは休めたかもしれないけれど・・・・・」


「いえ。一緒に同行することになっていたと思います」


 俺の言葉をアイリは否定した。アイリによると有力者ラディーラ達は「私達」を歓待したいから、グレンが参加すれば、当然私が来ることも求められると。なるほど、アイリの推察、実に鋭い。言われてみればその通り。短い滞在期間なのに、有力者ラディーラ達はの事をよく見ている。


「アイリスの言う通りだわ。そこでアルコール度の高いお酒を飲ませるつもりなのよ」


「酒ぇ?」


「またそのお酒がね『ラディーラ』って言うのよ」


 俺が聞くと、レティはとんでもない事実を明らかにした。酒の名前までが『ラディーラ』なんて! あまりの事実にはたまた笑いが起こる。レティによれば『ラディーラ』という酒は大麦を使って作る蒸留酒だとのこと。ウォッカとかと一緒じゃないか。そりゃ度数が高いわ。しかしエレノ世界にも蒸留酒があったなんてな。


「あの人達、何かあるとその酒をあおって踊るのよね。本当に能天気なのよね」


「レティシア。そのお酒、キツイの?」


 クリスがいきなり聞き出した。どうも酒の『ラディーラ』に興味がありそうだ。よく考えたら、レティよりも酒に強いもんな、クリス。もしかして『ラディーラ』に興味があるのか?


「キツイってモノじゃないわよ。喉が焼けるぐらいなの」


「そうなんだ・・・・・」


 やっぱりウォッカじゃねえか! そんな酒を若いレティに飲ませるなよ、有力者ラディーラめ。一体何を考えているのか。本当に無茶な連中だ。


「あの人達は、自分達が飲むのも好きなんだけど、人に勧めるのも大好きなのよ。私なんかいっつも勧められるの」


「それは分かるよ。会ったから。子爵夫人に甘えてるもんな、いい大人が」


「「小麦がないラディーラ!」でしょ。自分達で何とかしなさいって、もう」


 みんな笑っているが、俺とレティが話している事、全て事実なんだから始末に負えない。何から何まで「ザ・エレノ」みたいな話だからな。しかし、これに近い話、おそらくあちこちに散らばっているのだろうな。そんな事を思っていると、笑っていたクリスが口を開いた。


「しかし、これからは小麦が更に入手しにくくなるのでは・・・・・」


 クリスの一言で笑いが止まって、部屋は静まり返る。それを受けてか、クリスの表情も神妙なものになった。


「小麦価格が高くなったから、小麦が買えないのとは違います。小麦を高く買う者が全てを手に入れてしまうので、小麦が買えなくなるのです」


 クリスの言う通り、とにかくカネに糸目を付けず小麦を買うヤツがいる。だから、暮らしの為に小麦を買いたい人達、高値でも小麦が買いたい人達の手元に小麦が来ないのだ。それがチャーイル教会でも、リッチェル子爵領でも、ドシラド村でも起こっていた。この小麦暴騰の根本には、買い上がりという問題がある。


「これから小麦価格は更に上がるでしょう。様々な要件で下がる事もあるでしょうが、それは一時いっときのもの。それは持っている人から小麦を手放させる為の罠かもしれません。当面の間は悪くなれど、良くなることはない。そう考えて良いと思います」


 クリスの言葉に全員が黙ってしまった。ここにいる者は皆、程度の違いはあれど俺から事情を聞いている。だからクリスのいうことに「まさかぁ?」なんて言う者はいない。レティが俺に聞いてきた。


「アルフォードは小麦の搬入量を増やすんでしょ」


「大幅にな」


「市中に流れる小麦の量を一気に増やして、小麦を買いまくる連中が追いつかないようにするなんて事ができないのかぁ」


「面白いですわね、その方法」


 レティの突飛な思いつきにクリスが飛びついた。小麦を買い上がっている連中が手に負えない程の小麦を流通させるか。それも悪くはない。ただ・・・・・


「商慣例を崩す可能性があるなぁ、その方法は」


「商慣例?」


「アルフォード商会は同業にしか卸さないんだよ。暗黙の了解。そして俺達が卸した同業は、小売や飲食といった商売屋に卸すんだ。一般客との直取引をしない。貴族を例外としてな」


 レティにはそう答えた。このエレノ、厳しいギルド社会なので、暗黙の了解から逸脱する取引はまず行われない。もし行ったことが知られたら信用喪失で商売が行えないし、ネットワークが密すぎて容易に知られてしまう。アイリが俺に聞いてきた。


「じゃあ、どうしてグレンは私達に小麦を売ることができたの?」


「個人だからさ」


「個人?」


「俺は商売屋じゃない。ギルドにも入っていない個人なんだ。手に入れるときにはアルフォードの家の者でありながら、売るときは個人。だから暗黙の了解から逸脱しない」


「それ、何か卑怯よね」


 話を聞いてレティが悪戯っぽく言う。まぁ、このグレーゾーンがチートって訳なんだけどな。アイリの方はというと、何度も頷いているので、納得できたのだろう。すると今度は珍しくシャロンが俺に聞いてきた。


「では貴族の家はどのように」


「貴族家も「家」だから、個人じゃないんだよ」


「ああ! だから!」


 シャロンが珍しく大きな声を出した。俺達の話を聞いていて疑問に思っていたのだろう。クリスと顔を合わせたシャロンは、二人で頷いている。おそらくはクリスも同じ疑問を持っていたようだ。本当に仲の良い主従である。


「グレン。一度レティシアの案を家の方で検討してくれませんか」


「クリスティーナ!」


 クリスの俺への申し出に、案を考えたレティが驚いている。まさかクリスが俺に案の検討を頼むなんて思ってもみなかったからだろう。しかしクリスはそれほど真剣なのだ。家の存亡がかかっているのだから。


「分かった。ザルツに一度話をしてみよう」


「お願いしますね」


 平静を装っているように見えるクリスだが、その実、懇願に近い。距離が近くなったから、それが痛いほど伝わってくる。レティの案をザルツがどう聞くのかは分からないが、言ってみるのも一つの方法。言うのはタダだ。折を見てザルツに話してみよう。新学期に入って初めての食事会はこうしてお開きとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る