347 メディア攻防
学園にタウン誌『週刊トラニアス』が置かれるようになったのは、冬休みが開けた二日後のこと。置かれている場所は掲示板前、生徒会室、学園図書館、そしてロタスティ。御丁寧にも準備号から最新号まで四冊全てが揃い踏み。朝、ロタスティに積み上げられていた週刊トラニアスは、昼には全て無くなっていた。生徒が全て取っていったのである。
当然ながら週刊トラニアスの三号と四号に掲載されている、メガネブタことモデスト・コースライスに対する『常在戦場』の反論記事もあるわけで、生徒達の注目は俄然俺に集まってきた。しかも購買部ではこれに合わせるように、デマ記事を載せた震源地である月刊誌『翻訳
(犯人は・・・・・ リサだな)
そう確信した俺がリサを捕まえて屋敷の応接室で追及すると、あっさりとそれを認めた。その上で『翻訳蒟蒻』の最新刊を渡してきたのである。
「これは・・・・・」
「明日発売の『翻訳蒟蒻』よ」
「どうやって手に入れたんだ?」
「欲しいって言ったら渡してくれたのよ、トマールさんが」
『常在戦場』調査本部長のトマールから受け取ったというのである。トマールとリサが中心となって週刊トラニアスを立ち上げたのだが、そこから二人でつるんでいるようだ。何か悪だくみをしなければ良いのだが・・・・・・ 渡された『翻訳蒟蒻』を開くと、メガネブタことモデスト・コースライスの反論記事が巻頭で組まれていた。
「総力特集『常在戦場』のデマを許さない! 我が記事の正しさを証明する」
見開き二ページを使ったタイトルとレイアウト。それは第三民明社の隔週誌『小箱の放置』で載せられたデモスト・コースライスへの取材記事と同じもの。
(ほぅ。そう来たか)
『翻訳蒟蒻』側は刺激的なタイトルと付け、レイアウトをパクる形で反撃に出たという感じか。しかしその内容は、タイトルとは裏腹にお粗末なものだった。記事はメガネブタことデモスト・コースライスと、メガネブタが「優秀な助手」と評したテクノ・ロイドという人物との対談で構成されており、自分達の取材方法と記事を自画自賛するのみ。
傑作だったのは助手のテクノ・ロイドが「人に見えないものが私には見える」という下りで、俺やアルフォード商会、そして『常在戦場』の意図が手に取るように分かるというのである。そうして得た「情報」を元に、メガネブタがしっかりと精査した上で記事にするというのだ。だからメガネブタの記事は間違いないと主張するのだから目も当てられない。
何の根拠も示さず記事を正当化する。何らかの意図をもって仕掛ける人間がよく使う手法だ。それをまぁ、ここまで開けっ広げに行った挙げ句、「記事がこれ以上ないくらいに正確無比なのだから、もはや神に誓うまでもない」と締めくくるものだから、救いようもないだろう。しかし、メガネブタだけではなく、この助手も相当イカれている。
「どう?」
「こいつら、遊んでるのか?」
「よねぇ」
リサはいつものニコニコ顔だ。怒っているのか、呆れているのかさえ分からない。そのリサは表情を変えず、もう一冊の雑誌を差し出してきた。『無限トランク』。確かトラニアス伝信結社が出版する発行部数第三位の月刊誌だ。しかしどうしてリサがこんなものを・・・・・
「週末発売されるの。そこに『翻訳蒟蒻』の編集長が書面で答えているわ」
確か『翻訳蒟蒻』の編集長は女だったよな。名前は・・・・・ セント・ロートだ。しかし週末発売なのに、もう手に入れているのか。これもトマールなのだろうが、どこから仕入れているんだ? 思わず聞くと、発行所から仕入れているらしい。『週刊トラニアス』は四ヶ所の発行所で印刷しているらしいが、この発行所から貰ったらしいのだ。
「読んでみて」
リサに勧められるまま雑誌を開くと巻頭ではないものの、確かに記事があった。「独占回答。『翻訳蒟蒻』編集長。話題の真贋について答える」というもので、『無限トランク』からの質問状に書面で答えるというもの。レイアウトは至って平凡で挿絵もない記事だったが、『翻訳蒟蒻』の編集方針がよく分かる内容である。
まずメガネブタが書いた記事の真贋については明言を避けつつ、メガネブタが責任を持って取材して書き上げた記事である以上、これを掲載して世に示すのは『翻訳蒟蒻』の義務であると主張。万が一メガネブタの記事が誤りだった場合には、との問いにメガネブタとの信頼関係の中で掲載しており、それを疑うならば記事そのものが掲載できないと回答。
つまりこれは「責任逃れ」の手法。記事の真贋については意見を述べず、掲載事由をメガネブタとの「信頼関係」に置き、問題が起こればいつでも退避できるように答えているのである。つまり記事が最初から捏造である事を承知の上で掲載しているということだ。この女編集長には、そこまでしても部数を確保しなければならない理由があるのだろう。
しかし、ライバル誌も『翻訳蒟蒻』の女編集長によく質問状を送りつけたな。いや、もしかすると女編集長セント・ロードが『無限トランク』側に持ち込んだ企画の可能性もある。隔週誌『小箱の放置』のレイアウトをパクるぐらいのヤツだ。『小箱の放置』と『週刊トラニアス』の二誌に対抗する形に持っていこうと考えたとしても不思議ではない。
だが俺にはそんな事情など無関係。こちら側に被せられたデマを振り払い、世に潔白を示すだけの話。大体、人に無実の罪を吹っ掛けて、ゼニ儲けのカネ儲けをしようなんて発想が間違っている。しかも自分達の後ろには貴族。あの車椅子ババアの家、イゼーナ伯がついているからと、やりたい放題とはどういう了見だ、お前と問いたくもなる。
「どう?」
「ペンにはペンで戦うとはいうものの、相手はペンじゃなくてデマで戦うつもりだな、これは」
リサはニコニコ顔で頷いた。どうやら見解は一致しているようだ。
「しかしこの場合、ペンでは戦いようがないぞ」
「だから、ペンで戦えるようにしてあげたでしょ」
ん? 何を言っているんだ、リサ。相手は自分達が書いている記事の正しさを証明しようなんてハナっから思っていない。そんな輩が書いた記事を載せた雑誌の編集長は、責任逃避で金儲けと来てやがる。そんな奴らにペンで戦えるのか?
「自分達がどういう理由で正しいのかって、書かせてあげたじゃない。これ以上必要?」
「書かせても一緒だぞ、ありゃ」
「ええ。自由に書かせてあげたでしょ。ペンで戦わせてあげたのよ。もう言い訳はできないわね」
「誰が?」
「もちろんメガネブタよ。ついでにそのパシリも」
リサはメガネブタの助手テクノ・ロイドの事を「パシリ」と吐き捨てた。まぁ、あんなもん助手でも何でもない。あれはメガネブタのパシリ。何かがあったら切り捨てられる要因なのは明らか。しかし『翻訳蒟蒻』の編集長セント・ロードはメガネブタを安全弁とし、メガネブタはテクノ・ロイドの事を安全弁として使っている。
この手の連中ってのは、どうしてそのような卑しい発想でしかモノを考えられないのか。ヤバい案件に手を突っ込んでいるのを分かっているクセに、いつでも切り捨て要員を置いておき、我が身の安全だけは優先的に確保しておく。そんな連中を相手にしたって、精神衛生上良いはずがないのである。
「もう十分弁明の機会は与えてあげたわ。本人たちが要らないというくらいにね」
確かにメガネブタは『
「これ以上書くことがないのでしょ。メガネブタ。でもこちら側はまだまだ書くことがあるの。グレン、貴方もインタビューに答えてね」
「ああ、幾らでも答えるさ。ただ、それで戦えるのか?」
「任せて。こちらはペンで戦うから。それとね、本人が必要ないと言っているのだから、もうメガネブタには二度と答えさせないわよ」
ニコニコ顔のリサを見るに、何らかの策があるようだ。リサがどのようにメガネブタを追い詰めるのかは分からないが、この一件リサに任せると言った以上、その方策についてあれこれ聞くのはやめておこう。ただ、もし俺のところにインタビューが回ってきたならば、メガネブタとサシで話を付ける事をハッキリと宣言してやろう。俺はそう決意した。
――冬休みが開けて初めての休日。俺は久々にケルメス大聖堂へとやってきた。アイリが一緒にいないのは、レティと一緒に行かなければいけないところがあるらしく、二人が一緒に出掛けているからである。それぞれ冬休み中に実家へ帰っていたので、やらなければならない事があるのだろう。
ただアイリが俺と一緒にケルメス大聖堂に来たとしても、大聖堂の図書館は選ばれたものしか立ち入ることができず、アイリが同行しても図書館内に入ることができない。なのでアイリが俺と一緒にいたいと言ったのなら、ケルメス大聖堂には来ることができないということになる。今日は一人だからケルメス大聖堂に来たという感じだ。
しかしアイリとレティが二人揃ってやらなければいけない事とは何だろう? 頭の中でパッと思い浮かぶのは、やはり小麦のことだった。実は二人と小麦の話をした次の日、用事があるとかで会えなかったからで、今の二人の共通項を考えた時、小麦以外考えられない。小麦の件で言えばデビッドソン主教からの問い合わせの件もある。
封書を送ってきたデビッドソン主教には、近日中に小麦を持って訪問する予定なので、日程が決まり次第連絡する旨を封書に
というのも、父であるデビッドソン主教が俺への封書を託したフレディに小麦の件を伝えていない事を考えると、フレディに封書の内容を話すわけにはいかないと思ったのである。デビッドソン主教はおそらく、静かに小麦対策を行いたいのであろうと思う。だからまだ若い息子には事情を話さなかったのであろう。
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