338 『収納』

 ホイスナーの案内でやってきた小麦を保管している倉庫。この小麦を商人特殊技能『収納』で運び出すと話すのだが、ホイスナーもリサも中々信じてくれない。そもそも『収納』は身の回りのものを運ぶ時に使うもの。そういった感覚なので、二人共俺の話を受け入れられないのである。だったら百万言よりも一つの行動か。


「一度やってみるからさ。反論はそれからでも」


 俺の言葉に呆れた視線を投げかけてくる二人。おそらくいくら説明しても無駄だろう。俺は小麦に視線を移し、片っ端から『収納』していく。先ずは一つ目の倉庫を空にした。それを見て呆気にとられているリサとホイスナーを尻目に、二つ目の倉庫に移動して倉庫の小麦全て『収納』する。続いて三つ目の倉庫に移動して同じように小麦を『収納』した。


 まだいける、まだいけると、五つ、六つ、七つ目の倉庫の小麦を『収納』して空にする。八、九、十、十一棟目の倉庫の小麦を『収納』しようとしたとき、ホイスナーから「待った」の声がかかったのである。


「ここまで運び出したら、もう十分ですぜ。それどころか、今度は運び出す小麦が足りねえ」


 慌てたようにホイスナーが言う。これ以上持ち出されたら、ドラフィルが運び出す小麦やムファスタで売り捌く小麦まで無くなってしまうと、困惑された。


「グレン! 貴方って酷いわ。こんな能力を隠していたなんて、もう!」


 リサがニコニコ顔で言ってくる。明らかに怒っている、というか拗ねている感じだ。意訳すると「よくもこれまで隠しやがって」と言ったところか。しかし、披露する機会が無かったのは事実。俺は何も悪くない。


「しかし『収納』ってのは、身の回りのものだけだと思ってましたぜ」


「そうよね」


「ですわ。どうしてあれだけの小麦を『収納』できるんで」


「全くだわ!」


 ホイスナーとリサが俺に回答を迫ってきた。なので俺は正直に話す。『収納』はレベルが上がれば上がるほど収納量が増加していくと。するとリサが真顔になった。


「じゃあ、私とレベルが違うってわけ!」 


 急かすリサ。何かリサの琴線きんせんに触れるような事でも言ったか、俺?


「一体、どれぐらい違うの? 言いなさいよ!」


「三倍・・・・・」


「えっ?」


「だから三倍」


「はっ?」


「だから三倍だって! リサと俺には三倍差があるんだよ! これでいいんだろ」


「えええええ!!!!!」


 リサは驚きの声を上げた後、固まっている。ホイスナーが聞いてきた。


「どうやってそんなにレベルを・・・・・」


「商人剣術のトレーニングと商い量だ。そして大きなカネを動かせば動かすほどレベルが上がる。それが商人の特質」


「どれほどの額を動かしたらそうなるのよ!」


 迫ってくるリサに俺は沈黙してしまった。これを言っていいのか悪いのか・・・・・


「言いなさいよ、グレン!」


 リサが真顔で脅迫してくる。実にヤバい。この世界に来て六年。初めて見るリサの姿だ。これがリサの本性か。


「いや。数十億ラントを・・・・・」


「数十億ラント!」


 本当は数百億ラントなのだが、そこまではとてもじゃないが言えなかった。というか言える空気ではない。


「もしかして、この話・・・・・」


「ザルツには内緒だぞ」


 聞いてきたホイスナーには釘を刺しておいた。その上で商人は元々稼ぐ能力があるのでレベル上げをする必要がなかったという話をしながら、俺が学園の中にあって剣で対峙するには商人レベルを上げる以外に方法がなかったと説明したのである。ホイスナーは商人が剣を扱うことを知らなかったらしく、食いつくように俺に色々と聞いてきた。


「いやぁ、知らぬことばかりでした。てっきり商人は商売しか能がないと思ってましたわ」


「商人もレベルを上げれば魔法も使えるんだ。ただ剣に魔法属性を付加するという普段、役立つ魔法じゃないのが玉に瑕だけどな」


 ホイスナーは驚きつつも大笑いした。レベルを上げてもそんな魔法しか取得できないということがウケたようだ。すると何故かリサの表情が和らぐ。


「私も使えるようになるの?」


「ああ。あとレベルを三つ上げれば使えるようになるよ」


「魔法剣を?」


「そうだ」


「やった!」


 大喜びするリサ。先程までの真顔は一体何だったのだ。全く訳が分からない。まぁ、これでホイスナーの懸案も収まった。本人も倉庫の状況を見て胸を撫で下ろしているようである。


「私も魔法剣が使えるんだ・・・・・ 帰ったら鍛錬しなきゃ!」


 リサはすっかり魔法剣の方に気持ちが行っているようだ。まぁ、これはもう放置しておいた方が良さそうなのでそっとしておくことにする。ホイスナーによるとこれで当面の間、倉庫が埋まることがないということなので、心配の種は無くなったと見ていい。倉庫にある小麦を空にするというミッションを貫徹した俺は、リサと共にムファスタを発った。


 ――高速馬車に乗った俺とリサは一路、トラニアスに向かっていた。ムファスタを出たのは昼前のこと、到着は明日の昼過ぎの予定だ。その車上、リサから商人属性についてあれこれ聞かれたので、答えられる限り丁寧に答えたのでその部分については喜んでくれたのだが、一方でどうして今まで話してくれなかったのかと駄々をこねられてしまった。


 ただ、最終的に商人属性に対する興味が勝ったようで、ニコニコしながら俺の話を聞いてくれている。しかし、俺とリサのレベル差が三倍ある事を伝えた時のリサは怖かった。言い方は悪いがまるで鬼ババ。あれがリサの本性だと思うと、実に恐ろしい。将来リサと結婚する相手は、この辺り心してかからないと喰い殺されてしまうだろう。


 ただリサが魔法についてあれこれ語る瞳はキラキラと輝いていた。リサは商人だから魔法が使えないものだと思い込んでいたらしい。それが補助魔法が使えると分かって異様にテンションが高い。一回目の繋ぎ変えが終わっても、二回目の繋ぎ変えが終わっても、魔法の話ばかり。まるで魔法少女になれるとでも思っているような勢いである。


 俺は話題を変え、昨日の会合の合間に頼んだ封書の件について再確認をした。まず宰相府にはレジドルナで起こっている小麦暴騰の件について、『常在戦場』にはムファスタ支部がホテル『グランデ・ラ・ムファスタ』に移ることについて、ジェドラ商会にはムファスタ行きの貨車を取りやめの知らせをそれぞれ送った。


 一方、リサの方は週刊トラニアスを発行する『王都通信社』へ、ムファスタの成果について報告を行ったとのこと。つまり早馬に合計四通、封書を託したことになる。今回のムファスタで、俺達はそれだけの仕事をしたということ。明日には王都に着く。夜も更けたので、俺とリサは車上で仮眠を取ることにしたのである。


 俺達が乗る高速馬車に異変が起こったのは翌日の午前の話。五回目、すなわち最後の馬の繋ぎ変えをロ・セーモという村の駅舎で行っていたところ、何者かによって出発を阻まれたのである。何事かと思ってカーテンを開き、外を見ると複数の衛士らしき者達が立っている。そして一人の衛士が高速馬車の御者と話をしていた。こんな光景は初めて見た。


「グレン、あれは・・・・・」


「分からない」


 そう答えるしかなかった。エレノ世界では警察は存在しない。第一衛士という者は貴族に仕えている者である。つまり何処かの貴族に仕えている者だということになる。この駅舎の所領を持っている貴族が何かをやっているのか? 思い当たるフシがない中、やがて複数の衛士が馬車のドアの前に立った。


「グレン・アルフォード殿か」


 高速馬車のドアを開けた衛士が尋ねてきたので、「そうだ!」と答えると、馬車から降りるよう促された。衛士が「殿」と呼ぶということは、何かの取り調べであるとかではなさそうである。しかし俺の身分では衛士に対して、「どのようなご要件で?」と聞くことができないのが、エレノの掟。降りろと言われた以上、降りるしかない。


「グレン!」


 馬車を降りる俺に向かってリサが叫んだ。衛士が貴方はと聞いたので、リサは「姉です」と答えた。すると衛士は貴方は降りる必要はないとリサに告げ、馬車のドアを閉める。つまり、必要なのは俺だけということか。心配そうに俺の方を見るリサに、大丈夫だとアイコンタクトを送ると、俺は衛士の後ろに付いて歩く。


 俺の左右と後ろには衛士が付く。何か護送されているような気分だが、ここは逃げるわけにはいかない。リサがいるのだから。衛士に案内された場所には三台の馬車があった。紋章はない。紋章はないが、いずれの馬車もしっかりとした作りである事は見れば分かる。その内の一台、ひときわ大きな馬車のに案内された俺はドアの前に立った。一体、誰がいるんだ?


「グレン・アルフォード殿をお連れしました」


 衛士の声に、中にいるものが手振りでサインを送る。衛士がドアを開けると、中に入るように促してきた。階段を上っていくと思わぬ顔が見えた。


「クリス・・・・・」


 クリスの向かいにはシャロンとトーマスも座っている。先ほど手振りをしたのはトーマスだった。クリスが自分の隣に座るよう促してくる。


「どうして・・・・・」


「お迎えに上がりました」


 なんと俺を迎えに来たのだという。それで衛士達がゴロゴロいたのか。これから王都にあるノルト=クラウディス公爵邸に向かうという。宰相閣下と宰相補佐官でクリスの次兄であるアルフォンス卿とは公爵邸で会うことになっているそうだ。その為に迎えに来たと。あれやこれや言う中で、俺が乗った馬車はそのまま出発した。


「レジドルナで何が・・・・・」


「買い上がりが起こったいる」


「買い上がり?」


 隣に座っているクリスがこちらを見た。俺の答えが理解できず困惑しているようである。しかしクリス、この馬車に乗った時からそうなのだが元気がない。二人の従者トーマスとシャロンはクリスと俺と向かい合わせに座って黙ったままだ。クリスにとってレジドルナで起こった小麦の暴騰は、やはりショックだったのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る