337 ドラフィル来訪
モーガン伯。アウストラリス公の陪臣でありながら、二つの男爵家を陪臣として従える珍しい貴族。宰相派幹部から「影」と忌み嫌われる、アウストラリス公の懐刀。俺が暗示するとドラフィルはその名を出して、モーガン伯の最近の動向について話してくれた。
「確かにモーガン伯は、今もトゥーリッド商会へ頻繁に出入りしています」
「それなら繋がるな。アウストラリス公とトゥーリッドが」
話を聞いてホイスナーは納得したようだ。合理的だと思ったのだろう。商人は基本合理主義。理屈に合わぬものを嫌い、理に適ったものを尊ぶ。だから商人には商人に向いたやり方や、動き方を持ちかけたほうがいい。そこで俺はドラフィルに一つの提案をした。
「今回は相手が相手。ならば小麦を高値で売り払えばいい。出せば出すほど儲かるぞ」
「えっ?」
呆気にとられるドラフィル。これまで小麦価を抑える売り方をしてきたものを、高値でどんどん売り払えというのだから驚くのも無理はない。俺は王都三商会。すなわちジェドラ、ファーナス、そしてアルフォードの三者で話し合われた方針の転換を伝えた。小麦の輸入量を倍とすること、そして小麦をより高値で売り捌き収益を上げることの二点である。
「よろしいのですか?」
「買いが買いを呼ぶような状態。一度暴騰したものを沈静化させるのは容易じゃない。ならば高値で売り抜けて、大いに儲ける。で、その儲けで『金融ギルド』の出資金を積み増しして、平民が小麦を手に入れる為の資金を低利で融資できる仕組みを作ろうと」
「そうか! だったらウチも儲けて出資金を増やせば宜しいのですな」
ドラフィルは目を輝かせた。やはり商人は目ざとい。儲ける事が第一なのだ。その上で社会に貢献する道筋が立てられる、要は名分ができると、後は儲けに向けて突っ走るのである。俺とドラフィルが話していると、ホイスナーが言ってきた
「ただ、倉庫が・・・・・ ラスカルト王国からの小麦の搬入量を倍にすると言っても、置く所の問題が・・・・・」
そう言いながら顔を曇らせている。どうやらムファスタにある倉庫は全て小麦で埋まっているようだ。現在、レジドルナと王都、そしてムファスタで売り捌いているが、今現在それ以上の搬入量があると言うのである。つまり、ラスカルトから輸入量を増やしても、ムファスタの倉庫がボトルネックになって、流通量が増えないと。
だったらザルツに言えばよかったのに。一昨日ザルツと共に会食した際、その旨を伝えておけば、色々な策が考えられただろうに。俺がそう言うとホイスナーはバツが悪そうな顔をした。
「親方がやる気になっているのに、「できません」なんて言えませんわな」
確かにそうだ。ただ、新型貨車の投入で王都への搬入量は増える筈。そうすれば倉庫での滞留が少なくなるのではないか。俺がそう言うと、ドラフィルも名乗りを上げた。
「こちらからの搬出量を増やしますよ」
「どれぐらい増えそうか」
「同業の貨車も借り上げて、一.五倍程度は」
「おおっ。それなら」
これにはホイスナーも喜んだ。俺は現在の倉庫の状態について聞いてみると九割が埋まっている状態。それが話通りに出荷量が増えれば、六割から七割ぐらいまで落ちるのではないかとホイスナーは話す。しかしそれでは入荷量が倍になったとき、出荷量が追いつかず、倉庫が一杯になってしまうのではないか? そう聞くとホイスナーは沈黙してしまった。
「確かに言われる通りですなぁ」
ホイスナーは天を見上げた。物を溜め置く倉庫と物流を握る貨車が限られている以上、どうしようもない。俺は仮の話として搬入量が従来の倍、かつムファスタで売り捌いた上で搬出量がこれまでの一.五倍となった場合という条件下、ムファスタ中の倉庫が空だとして、どのくらいの期間で満タンになるのかについてホイスナーに聞いてみた。
「・・・・・」
むむむむむ、とホイスナーが腕組みをしながら考えている。仮定に仮定を重ねるような質問だ。明確な数値があって計算できるのであれば答えはすぐにはじき出されるのだが、そんな精密な概念はこのエレノ世界にはない。しばらく考えていたホイスナーは口を開いた。
「おそらく三ヶ月程度は・・・・・」
「三ヶ月かぁ」
三ヶ月。ということは三ヶ月は持つということだ。三ヶ月先の事は三ヶ月先に考えればいい。
「じゃぁ、倉庫を一旦空にしよう」
「できるんですかい!」
驚くホイスナー。収納で倉庫にある出来る限りの小麦を『収納』して王都に持って帰る。どれだけ『収納j』できるかどうかは分からないがやるだけやってみよう。ここで今回の会合で一言も発さなかったリサが、書簡の催促をしてきた。宰相閣下にレジドルナの小麦高騰の件を伝える書簡である。俺は都合、三通の封書を認め、リサに託した。
――翌朝。ドルナの商人ドラフィルは、高速馬車でレジドルナに帰っていった。ドラフィルが言うにはムファスタに来る際には、行きは普通の馬車で帰りは高速馬車に乗るらしい。普通の馬車で四日かかる道のりが一日半で辿り着くので、いつもそうすると話していた。昨日の夜は俺とリサ、そしてドラフィルの三人で話し込んだ。
昨日会合が終わった後、ムファスタギルドの会頭であるホイスナーは倉庫の確認の為、『常在戦場』ムファスタ支部代表のジワードは『ムファスタ・ジェ・ディロード』への駐在所の移転準備の為、それぞれ帰っていった。残った俺とリサ、そしてドラフィルの三人は『グランデ・ラ・ムファスタ』のラウンジで話し込んだ。
色々な話をしたのだが、その中で一番盛り上がったのはなんと言ってもレティの実家、リッチェル子爵家の話。出入りでもあるドラフィルは、リサやレティが王都に帰った後の話まで知っていたのである。リッチェル城の東にあるトーナイの邸宅へ蟄居、いや内通者十一名の者と一緒に幌馬車で運ばれた前リッチェル子爵エアリス。
もちろんタダで引くような男でないのは言うまでもない。トーナイの邸宅からエアリスが動きを見せたのは追放後十日経ってからの話。それまでエアリスは、警護の者が置いていった黒パンだけの暮らしが続き、動くどころの話ではなかったらしい。それを執事次長だったコワルタが食料を調達して、何とか食べられるようになってから動いたようである。
エアリスが拘ったのは隠居料であった。隠居料ゼロ。レティによって実権を奪われてからは、年三五〇万ラント払われていたのだが、策動を咎められ家を追われたエアリスには一ラントすら支払われる事はなかった。これはおかしいというので、ゴソゴソと動き始めた。まず使ったのは妻アマンダの実家、ボーズロッシュ男爵家。
ボーズロッシュ男爵家にはリッチェル子爵夫人、すなわちレティが事情を
困ったボーズロッシュ男爵家はミカエル宛に封書を送り、エアリスに対し何らかの処遇を行うように要請してきた。要はミカエルの子爵位は認めるからエアリスを何とかしてくれという叫びである。これに対しミカエルは、ボーズロッシュ男爵側への回答を留保している状態。つまりレティが戻ってきてから対処することになっているのだろう。
「本当にどうしようもない人ですね、あの人は」
ドラフィルから話を聞き終わったリサは、ニコニコ顔をそのままにして言った。分かっていたとはいえ呆れているようだ。前リッチェル子爵エアリス。今度は嫁の実家を使って金寄越せなんて、全く予想通りのテンプレ野郎である。
「エアリスと一緒に放逐された十一人はどうなったんだ?」
「全員エアリス様の元で働いております」
そうなのか。リッチェル子爵家を解雇されたのに、エアリスの元でタダ働きするのかいな。俺がそう言うとドラフィルが、平民は家から離れて生きていく術はありませんから、と話した。そうなんだよな。エレノ世界の厳しさはそこにある。家を離れて自由に生きることが許されない社会。弱い立場の平民であれば尚更の話。
「残っているということはエアリスが給金を支払う義務があります。払うだけのカネは持っているはず」
「持っているのか?」
「一〇〇〇万ラントくらいは持っています」
俺の質問にニコニコながら答えるリサ。それを見てドラフィルが苦笑している。
「ウチも支払いがなされていますから、持っておられるのでしょう」
ドラフィルはエアリスのところにも出入りしているようだ。聞くとリッチェル子爵家唯一の陪臣ダンチェアード男爵の了解のもと、ドラフィル商会は出入りしているとのこと。その代わりにエアリス達の状況を逐一報告をすることになっているという。
今リッチェル子爵家に出入りしているのは、ボルドというドラフィル商会の番頭。そのボルドがダンチェアード男爵に報告をしているそうだ。しかし話を聞いているうちにレティがとても不憫に思えてきた。そんな事を見せもしないレティだが、周囲に気を使わせないように配慮しているのかもしれない。
そう考えればレティは健気であり、尚更不憫に思える。ダメ親というか、毒親の元で生まれるということが如何に不幸な事であるのかを思い知らされる一件だ。そんな話をしながら、お開きになったのである。
ドラフィルを見送った俺とリサは、ホイスナーと一緒にムファスタにある倉庫を回った。どの倉庫も小麦でいっぱいであり、ホイスナーの言っていた危惧が実感できる。十二棟の倉庫を一通り見た後、ホイスナーが聞いてきた。
「この小麦。一体どうやって運びだすんだ?」
「『収納』で運び出すんだよ」
「しゅーのー?????」
ホイスナーが音程の外れた声を出しながら仰け反っている。そして「こんな量『収納』じゃ無理だ」と言ってきた。隣にいたリサまでがいくらなんでも無茶だと言い出す始末。ところがだ、俺には無茶じゃないんだよなぁ。商人特殊技能『収納』はレベルが上がれば上がるほど収納力が増すんだから。俺自身が体験しているから間違いはない。
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