318 ディルスデニアからの書簡

 学園の貴賓室で行われたアルフォンス卿との会見で、リサの事について聞かれた事から無料で発行するタウン誌の話となり、その運営方法について説明した。俺は雑誌収入のカラクリ、つまりお店や品物を紹介する記事の見返りに稿料を受け取って費用を捻出している事を話すと、アルフォンス卿は感心している。


「やはりアルフォード家の者は考えておる事が違う。よく思いついたな」


「リサが優れたアイディアを閃いたからにございます」


 俺は取り敢えず、全てリサが考えたことにしておいた。この場にいない者の功績にしておれば、ツッコまれずに済む。現実世界では一般的な手法。何も自慢できるものはない。この件についてアルフォンス卿は聞きたがっているようだが、俺が知らぬ存ぜぬを押し通した事で、ようやく話題を変えてくれた。


「先日の臣従儀礼。滞りなく進んだこと、幸いであった」


 儀礼自体は滞りなく済ませることができたのは事実。その点に関しては俺も異論がない。アルフォンス卿は臣従儀礼の反響の大きさを語った。聞くと概ね好意的なものであったようで、『常在戦場』がディマリエ門から庭園までのパレードで民衆からの熱烈な歓待を受けたそれと同じものなのだろう。


「失礼ですが、両殿下の一件は・・・・・」


「うむ。今のところ抗議らしきものはない。だが・・・・・」


 やはり何かがあったのか。


「内廷から照会があった」


「内廷掛のバッテラーニ子爵閣下でございますか?」


「おお、そうだ。よく分かったな。流石はアルフォード」


 アルフォンス卿は俺が言い当てたので驚いている。このエレノ世界、現実世界の日本に比べて人口が少ないので、人間関係もそこまで複雑じゃない。だから内廷と聞いたら、近衛騎士団の将校達の話から間違いなくバッテラーニ子爵の事だと思ったのである。


「バッテラーニ子爵から事実確認の照会があった。事情を説明すると、そのまま引き取られたが」


 安堵というよりも、困惑した表情のアルフォンス卿。確かにそうだ。痛くもない腹を探られるのはたまったものではないだろう。どうしてバッテラーニ子爵の事を知っているのかと問われたので、近衛騎士団の縮小にバッテラーニ子爵の意向が強く反映されている旨を聞いたと答えると、アルフォンス卿は合点がいったという顔をした。


「それで近衛騎士団が『常在戦場』に指導を行う話となったのか」


「御指導をたまわる際に、そのような話を」


 『常在戦場』が近衛騎士団の遊兵となるという核心部分には触れず、そう説明した。


「近衛騎士団には縮減の話が持ち上がっておるからな」


「私も聞きましたが、どうしてそのようなことが?」


「簡単な話。国の歳入が落ちているからだ。宰相府も宮内府も内廷も共に歳費の縮減を求められておる」


「ですが最近取引税が引き上げられたばかりではありませんか。それでも歳入が減っておるのですか」


 俺がモンセルにいた頃、物品の売買を行う際にかかる税金、いわば消費税が八%から十五%に引き上げられたのだ。それでもまだ足りぬのか? 俺の問いかけにアルフォンス卿は首を横に振った。


「都市部の税収が上がっても、農村部の収入がそれ以上に落ち込んでおる」


「農村部が、ですか」


「王土の農村部は大きく立ち遅れておるのだ」


 アルフォンス卿はため息をつく。アルフォンス卿が言うには、農村部における収入が減る一方、農村部を維持するのにカネがかかり、歳入歳出双方に悪影響を及ぼしているのだという。また改善策を打とうにも、貴族領と貴族領に挟まれて細切れとなってしまった王国直轄地では、農法や制度が旧態然としており、手の施しようがないのだという。


「兄上が公爵領で成果をお上げになっているのを見ればよく分かる」


 ノルト=クラウディス公爵領はノルト地方とクラウディス地方全てが公爵領であり、アルフォンス卿の実兄デイヴィット閣下が、ノルトとクラウディスを一体化させる施策を採っているので、目に見える成果が現れているのだという。


「この王土は、ノルト=クラウディス領のようには参らぬ。これではいくら都市の収入があろうと、入った側から歳費に消えていく」


 おそらくは六百年以上続いた二つの王朝に跨がる、このノルデン王国の封建制度の下。王国の直轄地の多くを貴族に下賜したため、残った王国直轄地、すなわち王土が細切れになったのだろう。それゆえ領内を一体化した改善策が打てず、ジリ貧になっているという感じなのではないか。


「この十年で歳入が一割減った。その煽りを近衛騎士団も受けているという事だ」


 つまり近衛騎士団が言うようなバッテラーニ子爵の専横によって、一方的に近衛騎士団の予算が削られている、という訳でもなさそうだ。十年間で国家予算が一割減ったというのは大きい。ただ、予算が一割削減なのにも関わらず、近衛騎士団の人数は半減というのは、いくら平和なエレノ世界だとはいえ少し削りすぎのような感じがする。


 歳入が減っているのは事実だが、それ以上に近衛騎士団の予算が削られているということか。しかし、歳入の問題といい、近衛騎士団の削減の問題といい、この王国の統治機構は無茶苦茶過ぎる。貴族らの所領を優先にするあまり国の歳入を減らしてしまい、予算を一元的に管理しないが為に近衛騎士団の予算が削られるという形。


 近衛騎士団の予算が行政府である宰相府ではなく、宮廷費ですらなく、王家の財布である内廷費から出ているというのもおかしい。何から何までおかしいのがエレノ世界であるが、一番おかしいのはこの国の統治機構だ。よくそんなやり方で三百五十年も持っているよな。これもひとえにエレノ製作者という 『神』の力のなせる業なのだろう。


「近衛騎士団の不満も分かる。アルフォードよ、すまぬが近衛騎士団の要望、出来る限り応えて欲しい」


「はっ」


 俺は返事をすると、アルフォンス卿に向かって頭を下げた。近衛騎士団の予算を配分する内廷が了承し、『常在戦場』が臣従する宰相府が半ば黙認する形、事実上の国家容認という体で『常在戦場』と近衛騎士団との交流が行われることになったのである。


「ところで・・・・・ 先程話がありました、バッテラーニ子爵からの照会の件の方、本当に大丈夫でございましたか」


「うむ。そう思いたいところだ」


 アルフォンス卿は願望を述べる。おそらくバッテラーに子爵の動きが照会のみに留まっており、それ以外の動きはないので、何事もない状態なのであろう。そもそも宰相府は正嫡殿下アルフレッドの椅子を上に、ウィリアム王子の椅子を下に置き、アナウンスも同じ順序で行った。


 にも拘わらず正嫡殿下は自ら椅子の位置を兄殿下の位置に動かし、ウィリアム王子の椅子を上手に置いたのだ。もし、これを咎められたとするならば、宰相府としてはたまったものではない。


「アルフレッド殿下が、まさかあの様な事をなさるとは思いもしなかった。大過なく終わったとは申せ冷や汗ものだ」


 本音だろう。まさかまさかの想定外の事態。ホスト側である宰相府からすれば大迷惑であっただろう。聞くと正嫡殿下の実母マティルダ王妃の弟であるウェストウィック公からも、臣従儀礼開催直前に参列を決めたアウストラリス公からも何の言葉もなかったとの事で、取り敢えずは穏便に済ませられたといった感じだろうか。


 その時、前室から部屋のドアをノックする音が聞こえた。立ち上がった従者グレゴールが前室に向かってドアを開けると、ザルツとロバートが挨拶する。二人はグレゴールの案内で本室に入ってきた。


「アルフォード商会のザルツにございます。遅参の方、申し訳ございません。ただいまディルスデニア王国より戻ってまいりました」


 頭を下げるザルツとロバートに、アルフォンス卿は遠路よく顔を出してくれたと労いの言葉をかけ、二人に着座するように勧める。ザルツとロバートは俺の対面である左手に座った。


「いかがであったディルスデニア王国は」


「はっ。毒消し草を確保できたことで、疫病が収まってきているとの事にございます」


「こちらの側も小麦の暴騰が収まっておる。アルフォードの取引は、双方の国にとって良きものとなったのう」


 アルフォンス卿は安堵の顔を浮かべた。数ヶ月を要した小麦対策。それが効いているからだろう。


「小麦の一件も平時に比べ高値とはいえ安定しておる。ひとえにアルフォードが諸外国と交渉し、小麦を国内に入れておるからだ。感謝するぞ」


 王都の小麦価は現在二二〇ラントから二五〇ラントの間を上下する値動き。小麦の平価が七〇ラントであるため、三倍から三.五倍といったところだが、凶作という状況の中にあっては及第点であろう。


「小麦の方もこのまま目処が付きそうだな」


「お言葉ながら・・・・・」


 アルフォンス卿の言葉に、思わず声が出てしまった。


「かつて凶作を体験された宰相閣下は「山場は春」と申されておられました。むしろこれからが本番かと」


「・・・・・うむ」


 俺の話を聞いて、気が緩んでいると思ったアルフォンス卿は顔を引き締めた。ここは『世のことわり』が絶対のエレノ世界。この先には凶作で小麦が手に入らなくなった民衆が暴動を起こす未来が待っている。この被害を最小限に食い止める為に、俺はアレコレと手を打って来たのだ。


 だからこれで終わる訳がない。定めである以上、必ず何かが起こる。小麦価が大きく動く可能性は否定できないのだ。その時にキチンとした対策を講じるには、宰相府と宰相閣下を繋いでいるアルフォンス卿に楽観視してもらっては困るのである。


「分かった。心しておこう」


 俺の言葉にアルフォンス卿は大きく頷いた。少なくとも頭の片隅の中に「油断大敵」とインプットしてくれたようである。今現在予兆はないが、いつその兆候が出てくるか分からない。警戒し過ぎるぐらいが丁度であろう。俺とアルフォンス卿のやり取りを見計らったザルツが、立ち上がる。


「愚息グレンよりお聞きになりましたと思いますが、ディルスデニア王国のイッシューサム首相より書簡を預かってまいりました」


 ザルツはアルフォンス卿に対し恭しく書簡を差し出すと、ザルツは一礼して自分の席に着座する。アルフォンス卿は「確かに書簡、承ったぞ」と書簡を手に取ると、従者グレゴールに渡して預からせた。

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