319 イッシューサム首相

 ザルツがディルスデニア王国の首相イッシューサムから預かってきた書簡をアルフォンス卿に提出すると、書簡の内容についてザルツに尋ねられた。この質問にザルツは困惑した表情を浮かべる。


「私にもその辺りの事は・・・・・」


 確かにそうだ。ザルツに伝えているならば、わざわざ書簡は要らぬだろう。


「なるほど。ではいつごろ返書を出せばよいか」


「年始早々、長男のロバートがディルスデニア王国に参ります。その際にでも」


「うむ。それまでには返書を用意しておこう。ところでイッシューサムという首相。平民出身で首相に成り上がったと聞いておるが、いかなる人物か?」


 アルフォンス卿がザルツに平民宰相であるイッシューサムの人となりについて聞いた。実は俺も聞きたかった話だ。路上踊りで身を起こし、カニとメロンを配る術で首相にまでのし上がった男、イッシューサム。


 ザルツはその立志伝中、叩き上げの人物をナポリタンとカルボナーラを持参して口説き落とした。実はこのことについて、ザルツは全く話そうとしなかったのである。あれこれ聞いても受け答えに応じなかったのだ。日頃しっかり答えるザルツには珍しい振る舞いなのだが、実際のところどんな秘術を使ったのかに興味がある。


「一口で申せば一国の首相を狙い、才覚のみでモノにした野心家でございます」


「ほぅ、野心家か」


「モノを配って首相になったと言われる人物だけあって、イッシューサム首相は民心の動向に敏感です」


「具体的には」


「失業に対する対処に力を入れております。貧しき者であろうと職にありつける事ができるよう助力しております」


 ほう、とアルフォンス卿が感心している。ノルデン王国には、元よりそういった発想がない。対するイッシューサムは国民が職を失わぬように努力をしているということか。現実世界でもどこの国も雇用対策には頭を痛めているようだったからな。そういう点でイッシューサムは先進的な為政者ということか。俺はザルツの話を聞いて妙に感心した。


「イッシューサムは庶民に対する冠婚葬祭に敏感です。結婚式や出産、葬儀の際には必ず包んでおられるようです」


「包むとは?」


「お金をです」


「全員にか!」


「はい」


 なんとイッシューサムは国民に対して、祝儀や出産祝い、香典までも包んでいるのか! それは贈賄買収じゃないのかという疑問も生まれる。これにはアルフォンス卿だけではなく、俺も驚いた。カニとメロンだけでなく、まさかカネまで配っていたとは。


「その費用はどこから・・・・・」


「おそらく国費からではないかと。分かりませぬが、イッシューサム首相は所領を持たぬ平民。またご自身で事業もなされてはおりませぬ。ですので、そうでなければ辻褄が合いますまい」


「なんと! 国費とは!」


「国費を支える為に失業対策を行って税収の確保を行い、そのカネを使い民に配ることで、国を安定させていると考えております」


 全ては国のためということか。冠婚葬祭にカネを出し、民心を掴んで治安を安定させて、失業対策を行って国庫を潤す。そして、そのカネを冠婚葬祭に配るというサイクルか。中々考えたものだな、イッシューサム。


「どうしてそこまで」


「イッシューサム殿が首相になるまで、ディルスデニア王国は国内は安定せず、民心は落ち着かなかったようであります。そこへイッシューサム殿が首相となって、そのような施策を採るようになってから安定したそうにございます」


 なるほどな。イッシューサムのそのやり方で国が安定したから支持を集めているのだな。しかし現実世界でやったら、一発アウトだろうが・・・・・


「そのような人物だということだな。心に留めておこう」


 アルフォンス卿はザルツからの話を聞いて、書簡に対する返答の参考にしようと思ったようである。そのアルフォンス卿はザルツに改めて尋ねた。


「長男をディルスデニアに向かわせた上、当主は何を?」


「私は、ラスカルト王国に向かおうと考えております。疫病についての話を伺おうかと」


 そうか、ザルツもロバートもまた両王国に向かうのか。確かにこれからが山場だと考えれば、小麦を輸入する相手国に出向き、動向を確認しておくのはいい事だ。大体の用件が済んだのか、アルフォンス卿は立ち上がった。


「実に有意義な会見だった。当主よ、来年早々頼むぞ」


 頭を下げる俺達三人。アルフォンス卿が外に出ることを察した俺達は前室に並び、アルフォンス卿と従者グレゴールを見送るために再び頭を下げた。こうして今年最後であろうアルフォンス卿との会見は終わった。


 ――俺は神官服を纏っていた。冬休みに入ったらケルメス大聖堂の図書館に保管されている魔導書を読もうと思っていたのだが、月刊誌『翻訳蒟蒻こんにゃく』でモデスト・コースライスとかいうメガネブタが、俺と『常在戦場』のデマ記事を書き散らした事への対策で伸び伸びとなってしまった。


 そして、冬休みに入った平日最終日、ようやくケルメス大聖堂に来ることができたのである。図書館の閲覧に先立ち、ラシーナ枢機卿の立ち会いのもと、ケルメス宗派の長老ニベルーテル枢機卿に挨拶を行った。


 ニベルーテル枢機卿には先日ケルメス大聖堂で行われた、リッチェル子爵ミカエル三世の襲爵式の際、フレディを通じて対オルスワード戦の時に邪気に侵された三教官の治療法についてアドバイスを頂いた。


「枢機卿猊下げいかが仰ったように聖なる属性で浄化することができました」


「おおっ。聖属性を使える者がいたのじゃな」


 俺とニベルーテル枢機卿とのやりとりに、会見に立ち会っていたラシーナ枢機卿が驚いている。おそらくラシーナ枢機卿にとっては初耳だったのだろう。


「無事に『邪気一掃クリアランス』で、三教官に取り憑いていた邪気を払うことができました」


「やはり古代文献に書かれていた通りだったんじゃな」


「お教え頂きありがとうございます」


 いやいや、とニベルーテル枢機卿は首を横に振る。


「聖属性の魔法を使える者が少なくてのう。これまで数人しか見たことがない。だから邪気を払える者を探すのが難しいと思ったのじゃ」


 それは分かる。学園でも聖属性魔法なんて使えるのはアイリとレティしかいない。これはゲームの設定なのだから動かしようもないのだろう。


「確かに私も聖属性を扱える方にお会いしましたのは一度しかございませぬ」


 どう考えても半世紀以上生きていると思われるラシーナ枢機卿でさえもそうなのだから、このエレノ世界において聖属性魔法を唱えられる人間は稀なのだろう。


「私の場合は、王族に連なる方でした」


「差し障りなければ・・・・・」


 何気なくラシーナ枢機卿に聞いてみた。王族と聖属性魔法。関係があるのだろうか。


「スチュアート公爵令嬢にございます」


 ・・・・・スチュアート公爵令嬢・・・・・ そうだったのか。俺は妙に合点がいった。このスチュアート公爵令嬢とは名をセリアといい、スチュアート公がその行方を捜すため、今から十七年前、取引ギルドに捜索依頼を出したのである。


「確かに公爵令嬢の聖なる属性は強いものだったな」


 話を聞くとスチュワート公爵令嬢セリアは、相当強い聖属性魔法を唱える事ができたので『聖女』と呼ばれていたそうである。聖属性独特のオーラが印象的だったとラシーナ枢機卿は懐かしそうに話した。


「猊下のご存知の方は、いかなる・・・・・」


 ラシーナ枢機卿は長老ニベルーテル枢機卿に遠慮がちに聞いた。これだけでもニベルーテル枢機卿の立ち位置が分かるというもの。


「エルーラムス伯爵令嬢。もう半世紀近く前の話じゃ」


「その話、初めて聞きました」


「今はエルーラムス伯爵家も世継ぎに恵まれず廃絶されたからのう」


 廃絶か。このエレノ世界では、爵位を継承できるのは男性のみで継承できる養子も婿に限られるという厳しい掟がある。つまり単なる養子縁組は認められず、結婚による縁組のみが認められるのだ。また継承者を六親等まで遡ることは許されるが、男系のみに限られる。家から嫁に出た者の子孫に継承権はないのである。しかも爵位の重複は認められない。


 この厳しい掟によって、少なからぬ貴族家が断絶している。おそらくエルーラムス伯爵家も、継承該当者がおらず断絶したのだろう。これに関しては王族も例外なく、このルールが適用される。それゆえスチュワート公以外の男系王族はいないのだ。


 爵位の継承には異常に厳しいエレノ世界だが、爵位を伴わない財産の継承となると話は別で、近親者に対して財産継承を宣言することで、財産の継承が行う事ができる。但しこの場合、借金の継承も義務付けられている為、『踏み倒し禁止政令』が出されてから財産継承の宣言を行うケースは無くなっているようである。


「エルーラムス伯爵令嬢も、確か王家の血を引き継がれておられたはず。公爵令嬢に劣らず強い魔法を唱えておられた」


 ニベルーテル枢機卿によれば、このエルーラムス伯爵令嬢も強い聖属性魔法を唱える事ができたため『聖女』と呼ばれていたそうである。そして王族の中で聖属性魔法を唱えることができた人物の中には、およそ三百年前にノルデン王国に君臨し、安定した統治を行ったと言われる女帝マリアがいるとのこと。


 このマリアの子孫の中に聖属性魔法を唱える者が生まれるようだ。そして聖属性魔法が唱えられるのは、決まって女性であるという。つまり話を総合すると、女帝マリアの血を引き継いだ者、かつ、その中から聖属性魔法を唱えられる者が出現するようである。


 しかし、ならばどうして、その血を引いているはずのクリスは唱えられず、血を引いているとは思えないレティが聖属性魔法が唱えられるのか? 古くからある典型的な地方豪族であるリッチェル子爵家が、間違っても王族の血を入れられるとは思えない。考えれば逆に謎が深まる。


「しかし中々見受けませぬな、聖なる属性を」

 

「かと言って、普段聖属性の魔法が必要な場面もない。体力を回復させようと思えば回復魔法で、毒を払おうと思えば解毒剤で事足りるからのう」


 ラシーナ枢機卿の呟きに、ニベルーテル枢機卿は聖属性魔法の需要について話した。別に無くとも暮らしていける。必要性は低い。だから聖属性魔法の使い手を探すこともない、という事が言いたいようだ。

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