316 経営改革

 リサと俺の二人しかいない朝の鍛錬場。冬休みに入ったので、この時間の鍛錬場は俺達が独占して使っている。そこで『常在戦場』のデマ記事を月刊誌『翻訳蒟蒻こんにゃく』で書いたモデスト・コースライス、通称メガネブタの事について、俺が第三民明社で聞いた情報を話していると、リサが話題を変えてきた。


「お父さんが帰ってくるから、それまでにカタを付けなきゃ」


「おい、いつ帰ってくるんだ」


 ザルツが帰ってくる。俺は連絡を受けていないぞ。


「明々後日、王都ギルドの納会なの。納会までには戻ってくるというから、近いでしょ」


 なるほど。王都ギルドの納会か。こちらの世界でも現実世界と同じように御用納めというものがある。確かにモンセルでもあった。ザルツは王都ギルドの納会の出席に合わせて帰ってくるというのである。


 リサは出立前のザルツの言葉から、ディルスデニア王国からこちらに戻ってくる日取りを計算していたのだな。スケジューリングでは行き当たりばったりの俺より、精密機械のようなリサの方が分がある。まぁ、俺がフィーリング重視の感覚人間なんだから仕方がない。


「そうと決まったら、すぐに行かなきゃ」


 リサが一人風呂場に向かい出したので、慌てて俺もついていく。リサは今日もトマール達と共に打ち合わせのようだ。それは俺も同じことで、昨日と同じくディーキンと共に第三民明社に行って『小箱の放置ホイポイカプセル』の編集長フロイツと、編集方針の打ち合わせをする予定だ。


 こちら側と第三民明社との連絡役となる、トマール配下のマッテナーも同行する事になっている。マッテナーとは昨日、第三民明社から帰ってきた後に面会した。マッテナーは調査屋、現実世界でいう興信所稼業の出身の人間で、トマールがディーキンの誘いで『常在戦場』に入った際、トマールと共に入団した人物。


 このマッテナー。入団理由が面白く、調査屋の仕事自体は気に入っているが、仕事の入りが不安定て、収入も不安定なのが気に入らないからというものだった。昨日、その話を俺の前であっけらかんと言ったマッテナー。横にいたディーキンは焦っていたが、俺は逆に好感を持ったのである。


 入団動機について何も隠すことではないし、何より自分のやりたい仕事についてハッキリと言えるその姿勢が羨ましかったからに他ならない。俺なんか会社で仕事をしていた時、そんな前向きな発想で働いてなかったからな。そのマッテナーとディーキンを迎えに馬車で屯所に入り、そのまま二人を馬車に乗せ、第三民明社へ向かった。


 今日はフロイツと俺達三人との打ち合わせ。社主のイペリオンはいない。最初一対三の状態で緊張していたフロイツだったが、マッテナーを紹介して話をするうち、その緊張が解けた。というのもフロイツ曰く「即戦力」というほど、マッテナーが市井の情報を多く持っており、こちらから配属をお願いしたいと頭を下げてくるぐらいだったからである。


 そういうことで、マッテナーには『小箱の放置ホイポイカプセル』の編集部に勤務しつつ、『常在戦場』の連絡役として働いてもらうことになった。元々そのつもりだったのだが、編集長のフロイツから求められた事は大きい。信頼関係の有無は、仕事をやる上で非常に重要だからである。続いて、俺はフロイツへの手土産を披露した。


 俺は今日、二つの手土産を用意した。スクープ記事と小説の連載だけでは嵩増しとしては弱いと思ったからである。昨日、屯所に帰ってから打ち合わせをした後、鍛錬していたダダーンを捕まえて、そのままアスティン家に乗り込んだのだ。何の事だか分からないダダーンを尻目に、夫であるブランク・アスティンと話をする。


「書評・・・・・ ですか?」


 馬車の事故が原因で足が不自由になり、家で執筆活動を行っているダダーンの夫、ブランク・アスティン。前に屯所で話をしたとき、随想の解説を書いているという事だったので、小説の書評も書けるのではないかと思ったのだ。既に第三民明社が出版している小説の書評を『小箱の放置ホイポイカプセル』に載せ、嵩上げと書籍販売の増加を狙う。


 これが俺の考えたこと。ただ、このエレノ世界では随想が主流で、小説は傍流。随想の解説から小説の書評なんて、ブランクから見たら格落ちに見えるかもしれない。それがブランクのプライドを傷付けることになる事だってあり得る。それが心配だ。俺からの話を一通り聞くと、妻であるダダーンと目を合わせた後、ブランクは静かに頭を下げる。


「是非お願いします」


「宜しいのですか」


「聞けば新しい分野の仕事。しかも二週間に一度、確実に載せていただける。私の腕で本の販売を増やせるというのであれば、是非にも挑戦したい」


「あなた・・・・・」


「妻もお世話になっている上、このような仕事まで。感謝致します」


 ブランクの横でダダーンが泣いている。これまでの間、人に言えぬ苦労があったのだろう。ダダーンは涙を流しながら「坊や、坊や」と思いっきり俺を抱きしめる。嬉しいのだろうが、力加減が強すぎて、俺が胸の谷間で窒息しそうだ。


 俺の腕力よりダダーンの力の方が強くて、ダダーンの締め付けをなかなか振りほどけない。そんな俺の状態に気付いたダダーンが慌てて離してくれたので、ようやく息が出来るようになった。


「ごめんね、坊や。つい、嬉しくて・・・・・」


 照れるダダーンを見て、思わず佳奈の事を思い出してしまった。ダダーンは真剣に家族の事を考えていたんだな、と思ったら本当に胸が締め付けられる。俺は今後の予定。明日に行われる打ち合わせの後に、担当の者から再度連絡する旨をアスティン夫妻に話すと、次の目的地であるグレックナー邸へと向かったのである。


「アスティン氏が我が社の小説の書評を・・・・・」


「ダメか?」


「とんでもない。よくアスティン氏から了解をいただけましたね」


 『小箱の放置ホイポイカプセル』の編集長であるフロイツは驚いている。話によるとブランク・アスティンは随想の解説には定評のある人物だそうだ。そんなに偉かったのか、ダダーンの旦那は。しかし、そうであるなら、間違いなく書評の出来はいいはずだよな。


「どうなのだ?」


「素晴らしい話です。こちらからお願いしたいです」


 すぐに話は纏まった。編集部に勤務するマッテナーを通じて、これまで第三民明社が発行した小説をブランクに渡し、書評を書いてもらう事になったのである。俺は稿料をしっかり払って欲しいと、編集長のフロイツに要望した。


 書評の話を受けたはいいが、稿料が安ければ何のために頼んだのか分からない。俺はダダーンに喜んで欲しいのだ。フロイツはもちろんと快諾してくれたので、すんなりと次の手土産に話は移った。


「それは・・・・・」


「どうだ。使えないか?」


「め、滅相もない。しかし宜しいのですか? そのようなネタをこちらが使っても」


 フロイツの反応を見ると、俺の二つ目に出した手土産もどうやら使えるようだ。


「ああ、大いに使ってくれ」


「これだけやっていただいたら隔週発行なんてすぐにできますよ。是非やりましょう!」


 当初、隔週誌化に消極的だったはずのフロイツが、人が変わったように前のめりになっている。人というもの見通しが立てば前向きになるのだな。


「しかしこの貴族記事。ライターの方は載せても大丈夫なのですか?」


「大丈夫だ。今は結婚なされているが貴族家の息女の方。貴族界の情勢に精通されておる。まして各貴族家においても知られて困るような情報はないし、むしろ喜ばれるのではないか?」


「これ程濃厚な貴族記事。私は初めて見ました。これは世間衆目の記事になりますよ」


 貴族記事に太鼓判を押すフロイツ。これは『常在戦場』の団長グレックナーの妻室、ハンナ・マリエル・グレックナーが書いた十の貴族派閥と領袖家の紹介文なのである。各派閥の勢力序列や所属家、直臣家と陪臣家の数などといった情報の肝となる部分を取り除いたもので、結果として貴族家の優劣が分かりにくいものになっている。


だから抗議が来ることもないだろうし、仮に来たとしてもいくらでも対応できるだろう。実は昨日、屯所に戻るなりグレックナーを捕まえて、ハンナの文を使わせてもらうように頼んだ。


 するとハンナの同意が必要だというのでグレックナーの家に赴き、その場でハンナの了解を貰ったのだ。また、好評ならば続編も書いて欲しいと頼むと、その件も了承してくれたのである。もちろん幾つかの条件が提示されたが、それは問題になるものではなかったので、その場で話は纏まった。


「イラストを多用して記事を嵩増しすればいい。四週ぐらいに分けて連載すればどうだ」


「それはいいアイディアですね」


 俺はデザインのアウトラインを書いた。現実世界の週刊誌のアレだ。見開きでドーンと写真と大きな装飾文字で埋めて、文字はちょろっというアレ。皆、俺が書いた紙を食い入るように見ている。


「すごく目立ちますよね」


「文字数が少なくなってしまいますな」


 ディーキンやマッテナーが紙を見て感心している。しかし一番喜んでいるのはフロイツだ。


「これは使えますぞ。他の記事もこれでいけばいい。いやぁ、実に素晴らしい」


 テンションが上がるフロイツ。


「ところでお名前は・・・・・」


「ペンネームでもいいか?」


 俺はハンナから署名をペンネームにしてもらうように頼まれたのである。ハンナの立場もあるから、俺は了解した。


「それは構いませんが、どのような名前で」


「「カナ」でどうだ」


「分かりました」

 

 フロイツは頷いた。俺は記事を使う交渉をしていた際、ハンナからペンネームも考えるように言われたのである。そしてその場で思いついたのだが「カナ」。つまり佳奈、嫁の名だ。その名を聞いたハンナが「ミドルネームが無いからよろしいですわ」と気に入ってくれたことで、カナがハンナのペンネームとなったのである。


(佳奈は元気かなぁ)


 突然、別れ別れになってしまった佳奈の事が頭によぎった。

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