第二十四章 不穏なる空気

306 青年将校

 実戦盾術の授業見学の為、急遽学園にやってきた近衛騎士団の幹部将校達。これを迎えるべく団長のグレックナーや一番警備隊長のフレミング、事務総長のディーキンといった『常在戦場』の幹部達が駆けつけ、そこに俺も加わる形となった。そして白熱した授業が終わった後、グレックナーにドーベルウィン伯が声を掛けたのである。


「どうだ、グレックナー。ロタスティで歓談しないか」


 歓談か。急遽セッティングされた、近衛騎士団幹部の盾術の見学。だが本当の目的は見学ではない事は確実であろう。それは見学に来た近衛騎士団の幹部達の人数を見ても明らかだ。ということはロタスティでこれから行われるであろう「会合」が、主目的なのだろうか? 真の目的を測りかねる中、俺達はロタスティに向かった。


 今日、学園に来訪した近衛騎士団はスクロード男爵やレアクレーナ卿、ローランド卿、ペシャールの他に、近衛第二騎士団騎士監のグライントロイ卿、近衛第三騎士団騎士監のメルカータという二人の幹部と騎士団員が六人。騎士監とは団長、副団長に次ぐ三番手で、騎士団を統括指導する立場にあるという。要は鬼軍曹というやつか。


「こちらだ」


 いつものようにロタスティに入ると、ドーベルウィン伯が俺達を案内した。いつも利用している学食なのに妙な気分である。するとドーベルウィン伯はこれまで入ったことがない個室に案内したのだ。


「ここは・・・・・」


「特別室だ」


「特別室?」


「知らなかったのかね」


 いやいやいやいや。知らないよ、こんな部屋。ロタスティの個室は全部使ったことがあるとは思っていたが、まさか他に部屋があったなんて。特別室は部屋自体は大きくはないものの、貴賓室と同じく前室と本室があり、本室では十人程度が食べることができる広さ。前室はお付きの者が詰める場で、本室は主賓が食事をするところ。そんな感じなのか。


「ここは爵位を持つ者か、王族でないと使えない部屋なのだ」


 後から入ってきたスピアリット子爵がそう説明してくれた。そんな話聞いたことがないぞ。しかしそんな条件では、たとえクリスが公爵令嬢という高位貴族であろうと、爵位を持っている訳ではないからこの部屋を使うことはできない。考えるに、今の学園の生徒でこの特別室を使うことができる人物はただ一人。正嫡殿下アルフレッド王子のみだろう。


 特別室の本室に着座したのは全部で十二人。俺と『常在戦場』団長のグレックナー、一番警備隊長のフレミング、事務総長のディーキン。元近衛騎士団の団長で指南役のドーベルウィン伯、剣聖スピアリット子爵。近衛騎士団はスクロード男爵とレアクレーナ卿の二人の団長、副団長のローランド卿、騎士監のグライントロイ卿、ペシャール、メルカータ。


 上座にドーベルウィン伯。左側にスピアリット子爵、俺、グレックナー、フレミング、ディーキン。右側にスクロード男爵、レアクレーナ卿、ローランド卿、グライントロイ卿、ペシャール、メルカータ。前室には団員二人が待機しており、後の四人は特別室の外、ロタスティ内にいるのだろう。給仕ではなく、団員が紅茶を配膳する。


「諸君。鍛錬場で見た集団盾術はいかがであったか」


 ドーベルウィン伯は近衛騎士団の面々に問いかける。スクロード男爵を初めとする近衛騎士団の幹部達は、盾術を見た感想をあれこれと述べた。だが、これは単なる前フリでしかない。貴族会話はいきなり本題に入る商人会話と違って「前フリ」をするのである。今回の場合は集団盾術の感想が前フリ。


 横をチラ見すると、グレックナーやフレミングがかつてないほど緊張しているではないか。二人が緊張しているのは古巣の幹部と向き合っている事が原因なのだろう。先日の話ではグレックナーがドーベルクィン伯の元で分団長を務め、フレミングはグレックナーの分団に属していたという。


 二人にとってドーベルウィン伯は元上司。それに加えてスクロード男爵ら近衛騎士団の幹部が居並ぶというのは、両者を緊張させるには十分な環境なのだろう。しかし昨日の夜、アイリとクリス、シャロンらと個室で食事をしたときには和やかだったのに、いくら特別室だとはいえ、野郎共だけの空間というものはむさ苦しい。


 考えてみれば、俺は本当に恵まれた環境下で食事をしているんだな。みんな綺麗だし、可愛いもんな。まぁスペックはいいのだろうが、性格がイケイケというレティみたいなのも加わってはいるのだが。それでもむさ苦しいこの雰囲気の前では、レティの方がいいに決まっている。


「あの盾術を指導していた教官はどこで」


「家付き騎士をお辞めになった後、こちらの募集に応じ採用しました」


「元家付き騎士か」


 質問した騎士監グライントロイ卿は、グレックナーからの回答に頷いた。意外だと、いった感じである。


「ファリオ殿は亡きアリストデェーレ子爵閣下にお仕えしていた家付き騎士だ」


 ドーベルウィン伯のその言葉に、本室はざわめいた。ファリオさんの主筋は近衛騎士団の将校達にとって、よく知る人物であるようだ。


「軍監閣下の、ですか?」


「そうだ。閣下亡き後、アリストデェーレ家はファリオ殿を解雇したのだ」


「なんと!」


 質問したペシャールをはじめ、皆が驚いている。彼らからすればアリストデェーレ子爵というイメージに沿うものではないのだろう。スクロード男爵は嘆いた。


「アリストデェーレ子爵家の話といい、いよいよもって騎士団そのものが消えるやも知れぬな」


 近衛騎士団が無くなる。今、そこまでの状況に陥っているのか騎士団は! スクロード男爵の言葉を受けてレアクレーナ卿が呟く。


「また内廷が削りに来るというのか・・・・・」


「またバッテラー二のヤツが!」


「滅多な事を言うではない!」


 剣聖スピアリット子爵が、怒気を含ませながら発言した騎士監グライントロイ卿をたしなめる。誰なのだバッテラーニって。押し寿司のバッテラと関係があるのか? 無駄に芸が細かいエレノ製作者のことだ。それぐらい入れ込んでくる事に驚きはない。しかし内廷だとかバッテラーニとか訳が分からない。


「しかし閣下。内廷掛のバッテラーニ子爵が主導して、毎年騎士団の予算を削っているのは誰の目から見ても明らか!」


 騎士監のメルカータが我慢ならぬといった感じで剣聖に喰らいつく。そこにローランド卿が加勢する。


「バッテラーニは我ら騎士団の予算を削って、懐に蓄えておるのだ!」


「もう我慢できない!」


 騎士監のペシャールは今にも立ち上がろうかという勢いで声を張り上げた。どうやら話をまとめると内廷掛のバッテラーニ子爵という人物が、本来近衛騎士団に割り振られる筈だった予算を削って、結果騎士団は人員削減に追い込まれているようだ。


 経済状況の変化に伴う貨幣価値の下落によって、王国や貴族の財政が圧迫された結果、近衛騎士団が縮減されているという俺の見立てとは異なる。内情というもの聞いてみないと分からないものである。


「今日はその話をする為ではないだろう」


「八年ですぞ、八年! 八年続いて、この後も続く。だからこの席をお持ちになったのでしょう!」


「閣下! 六個騎士団が四個騎士団に削減が決まって八年。今度は定員削減の話ではありませぬか」


 なだめようとするドーベルウィン伯に対し、副団長のローランド卿と騎士監のグライントロイ卿が猛然と食ってかかっている。八年前に何が起こったのだ? 近衛騎士団の将校に押される形となったドーベルウィン伯を見ながら疑問に思う。


「それだけではありません。三年前、八十人の定員が六十人に減らさた上、更なる削減案」


「六十人を四十人に減らせとはこれ如何!」


 ローランド卿とグライントロイ卿はまくし立てた。横に座っているペシャール、メルカータも「そうだ!」と同調する。対して団長のスクロード男爵もレアクレーナ卿も目を瞑って腕組みしたままだ。この状況に俺に隣に座っているスピアリット子爵がもの凄い勢いで立ち上がった。


「止めぬか! 貴様ら、閣下が削減したとでも思っているのか!」


 剣聖の一喝で、場は静まり返る。


「閣下は近衛騎士団を退いた身。その上でこの話を引き受けておるのだぞ。それを貴様らは!」


 激しい剣幕で、ローランド卿とグライントロイ卿を怒鳴りつけた。血気盛んな二人の将校は、スピアリット子爵の怒りの前に何も言えない。このエレノ世界で「卿」の称号が付くのは貴族の兄弟か子のみ。


 それから考えて、ローランド卿はおそらく貴族の兄弟か次男三男、グライントロイ卿は嫡嗣なのだろう。そういう貴族子弟、しかも近衛騎士団に属する屈強な青年将校を一喝できる人間なぞ、そうそういないだろう。


 しかし事情を知らない俺が聞いても、スピアリット子爵の方が正しいのが分かる。ドーベルウィン伯が当該ではないことぐらい、すぐに理解ができる事ではないか。大人なのだから、言える人間に八つ当たりをしたってしょうがない。だが近衛騎士団の中において、どうすることもできない怒りが充満していることは、紛れもない事実のようである。


「マルティン、手を煩わしてすまぬ。だが、こうも毎年削減が続くと不安になるのも無理はない」


 ドーベルウィン伯は友人でもあるスピアリット子爵対して侘びつつ、かつて部下だった者達をかばった。


「失礼致しました!」「申し訳ございません」


 二人のやり取りを見て冷静になったのか、ローランド卿とグライントロイ卿は謝罪をして頭を下げる。それを見たスピアリット子爵は黙って席に座ると、腕組みをして目を瞑ってしまった。気まずい空気が特別室に漂う。ただでさえむさ苦しい男共が座っているこの空間。先ずは空気を入れ替えないといけない。俺は敢えて事情を正すことにした。


「八年前、何があったのですか?」


「六個あった近衛騎士団のうち、二個騎士団の解体が決まった・・・・・」


 俺の左隣に座っていたグレックナーが答えた。


「二個騎士団が完全に解体されたのは四年前。解体された騎士団が駐留していたのが、今の屯所です」


「『常在戦場』のか?」


「ええ。安く払い下げられたようだったのですが、使い道がなく放置されていたのですよ」


「それをウチが引き取ったという訳か」


「おそらくは払い下げられた値よりも高く・・・・・」


 なるほど。そんな経緯があったのか。この辺りの事情を知っていたグレックナーは、それで真っ先に屯所を確保したわけだ。初めて知る事実に何かが繋がった気がした。やはり人間というもの経験や生きてきた軌跡から逃れることが出来ないようだ。屯所の経緯を知った俺は改めてそれを実感したのである。

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