307 謀議

 近衛騎士団の幹部達、青年将校から聞く近衛騎士団のリストラ話。『常在戦場』の団長グレックナーの口から屯所にまつわる話題が飛び出してきたので、俺は興味深く聞いていた。


「グレックナー。まさかバードナー兵営地というのが、お前達の拠点なのか?」


「はい。あのまま放置されていたのですよ。それをおカシラに購入していただきました」


 グレックナーは副団長のローランド卿からの質問に答えた。念の為「俺が直接払った訳じゃないがな」と補足しておくと、いきなりスピアリット子爵が笑い出した。


「おいおい、アルフォード殿。君が直接払った訳でもないのに、どうやって購入したのかね」


「いつの間にか購入していたようですね」


 そう言うと特別室の中は、ドッと笑いに包まれた。上座に座るドーベルウィン伯も笑っている。いやいやいやいや、事実じゃないか。どこがおかしい。


「こちらが資金管理をされている方に申請しているだけですので、おカシラは全くご存知ではないのですよ」


「カネの管理をしている側からの報告もないしな」


 『常在戦場』の事務総長ディーキンが、その辺りの事を説明してくれたので、俺の方も事情を話しておいた。本当のことなんだから、話しておいても問題がないはず。


「まぁ、とにかくアルフォード殿は桁違いだということだ。諸君らにも分かってもらえただろう」


 ドーベルウィン伯がそう話すと、黒い軍服を着た居並ぶ将校達が軽く頷く。そして向かいの席の最上位を占めているスクロード男爵が、義弟であるドーベルウィン伯が座る上座の方を見た。


「ドレッド。ではあの話を出しても良いか?」


「ええ」


 頷くドーベルウィン伯を確認したスクロード男爵は、俺の方を見た。


「大変遅くなったが、いつも息子がお世話になっている。私事ではあるがこの場で礼をさせていただく」


「こちらこそ、お世話になっております」


 いきなり頭を下げてきたスクロード男爵に対し、俺も慌てて頭を下げる。これまで挨拶以外一言も言葉を発してこなかったスクロード男爵。席次から考えて、今日来た近衛騎士団幹部の中で最上位に位置する人物だ。


「今、彼らが話していたように、近衛騎士団に人員削減の話が出ている。私が入った時には五百人以上いた団員も、今は二百五十人前後。その上での削減策で二百人を切ろうかという状態である。このままでは近衛騎士団そのものがなくなってしまうのではと、皆が危惧しておるのだ」


 騎士団が無くなってしまう。今日のこれまでの話を聞いていると、その危惧は分かる。先程までの将校たちの怒りは焦燥感の表れであるのは明らか。しかし、だからといって俺、いや『常在戦場』に何をしろというのか。


「そのようなところ、一昨日『常在戦場』の臣従儀礼に立ち会い、統制の取れた隊士達の姿を見た。そこで我々は一つの方策を考えるに至った」


「それはどのようなお考えですか」


「我々の代わりに『常在戦場』で近衛騎士団の候補生を育成してもらうということだ」


 えっ? 俺の思考が止まった。えっ? なに? それ? 


「つまり『常在戦場』に近衛騎士団の予備団員を確保し、訓練して欲しいのだ」


 俺が理解できずに混乱しているのを察してか、スクロード男爵の隣に座るドーベルウィン伯の実弟レアクレーナ卿が、話を噛み砕いて説明してくれた。もしかしてこういう事なのか。近衛騎士団は削減されて人員が減るから、その分を『常在戦場』で確保し、有事に備える。そういう事なのか。


 しかし、この特別室での会合。完全に「謀議」だよなぁ、これ。反逆罪とか、反乱罪とかにならないのか? こんなの現実世界だったら絶対に許されないだろう、これ。自衛隊の兵力が減らされるからと、俺が自衛隊以上の兵力を養い、有事の際にはその兵力を補填して戦うという話なんだろうから。


 だとしたら、その兵力で反乱起こして国そのものを乗っ取りとか、普通に考えそうで怖い。タダでさえ暑苦しいのに、そんな事をおっ始めたら収拾がつかないだろう。第一面倒くさいじゃないか。まぁ、そんなことにならないのはエレノ世界の平和設定のおかげだと信じたい。慣れぬ話に思案していると、グレックナーが騎士団側に尋ねた。


「いかほどの規模をお考えですか?」


「百、いや二百。人数が多いほうがいい」 


 規模の質問に対し、ローランド卿は人数で答える。俺はグレックナーに対し、咄嗟に聞いた。


「人数は受け入れられるのか?」


「受け入れられない訳ではありませんが・・・・・」


「応募が来ないのか?」


「おカシラ。昨日も今日も団員隊士になりたいって者が何人も訪ねてきているんですよ」


 俺が求人状況を聞くと、フレミングが現在の状況について教えてくれた。この調子では二、三百ぐらいすぐに集まると。なんでも臣従儀礼の際に行われたパレードを見て感動したとかで、志願者が絶えないらしい。今は応募予定がないとすべて断っているそうだ。


「指導をするものが・・・・・」


「だったらウチから出すぞ。何人要る?」


 煮え切らないグレックナーにレアクレーナ卿がそう迫る。近衛騎士団の方が指導層が厚いのは明らか。団員候補の育成ができるのであれば、指導者を何人も出していいと考えているのであろう。


「グレックナー、フレミング。どうだ、ヘイマーやノーラン、ポラックにアイトクーマも出せるぞ。なんだったら俺でもいい」


 ローランド卿は何人かの名前を出した挙げ句、自分まで推薦する始末で、これには二人とも顔が引きつっている。そりゃ、昔の上司が部下になったら、使いにくくて仕方がないだろう。そんな二人を見ているとディーキンが騎士団側に質問した。


「費用の方は・・・・・」


 すると騎士団側の者達は皆、左右に顔を向き合わせた。・・・・・やはりゼニカネの事は考えないのだな。昔聞いたことがある。軍隊ってのはカネを使う事しか考えないところだと。確かに稼ぐ軍隊なんか作ったら、窃盗強盗脅迫密造偽装誘拐殺害密輸山賊海賊盗賊・・・・・  考えただけでもロクな事しそうにないもんな。


 まるで悪の念仏状態だ。現にかつての冒険者ギルドだって、それ紛いだから嫌われて商人世界では最下層の扱いを受けていたのだから。近衛騎士団の面々はお互いに顔を向き合わせるだけで、誰も言葉を発しない。最上位に座っているスクロード男爵は目を瞑って腕組みをしているだけ。


 それはドーベルウィン伯もスピアリット伯も同じ。おそらく考えている事は同じだろう。誰かが話を切り出すのを待っている、そんな感じだ。貴族がそれを言うのはある面、屈辱的な事だろうから。だから本題に入ることが出来なかったのである。


「それは『常在戦場』側でお願いしたい」


 重い口を開いたのはドーベルウィン伯の実弟レアクレーナ卿である。四人の騎士団長の一人であり、騎士団の最高幹部。俺の計画では暴動は訓練された近衛騎士団と王都警備隊を中核とし、『常在戦場』を補助として抑えるというものだった。


 ところが今の話を聞くと、とてもではないが近衛騎士団が中核を担えるような人員が確保できないのは明らか。おそらく王都警備隊も同じ状況ではないのか。だとしたら逆に『常在戦場』を中核とし、近衛騎士団と王都警備隊を両翼として暴動に対処するしかないということになる。


 だが、王国を差し置いて、そんなことをしてもいいのだろうか? 確かに宰相府に対して臣従儀礼は行った。しかしそれだけでは弱いような気がする。その為には裏打ちというか、何らかのお墨付きが必要となるのではないか。しかし一体、どうすれば良いのやら。


「アルフォード殿。我ら騎士団にとって都合が良い、いや都合が良すぎる話である事は先刻承知。だが、我々は資金の使い方や管理をすることは知っていても、資金を確保すること、稼ぐことを知らぬ。勝手な話だが、ここは一つお願いしたい」


 そう言うとレアクレーナ卿は頭を下げた。それを見たスクロード男爵が「よろしく頼む」と頭を下げる。どう返事をするべきかを考えている間に、他の幹部達も二人に続く。最終的にドーベルウィン伯とスピアリット子爵までが頭を下げた事によって、俺は観念せざる得ない状況になった。


「分かりました。受けましょう」


「アルフォード殿!」


 俺の返事に、レアクレーナ卿を初めとする幹部達は皆、顔を上げて安堵の表情を浮かべている。ドーベルウィン伯やスピアリット子爵もホッとしたようだ。対してグレックナーやフレミングは俺に心配そうな眼差しを向けてくる。それは受け入れ先の責任者であるのだから、当然のことだろう。


「だだ先日行いました、宰相府への臣従と整合性が取れる行動であるのかどうか。そこが心配です」


 俺の言葉に近衛騎士団の将校達の表情が再び厳しくなった。


「畏れ多くも、弑逆しいぎゃくの振る舞いと指弾されては・・・・・」


「貴君の行動はそれには当たらぬ」


 不安を口にする俺に対して、ドーベルウィン伯は指摘した。


「ひとえに国を思わんがため、宰相府への臣従の恩顧を果たさんと、近衛騎士団に指導を仰いだ。違うか?」


「近衛騎士団に指導を仰ぐ者に、二心ふたごころあろうか」


「晴天に曇りなし。赤誠一途せきせいいっとの行動だ」


 近衛騎士団長のレアクレーナ卿とスクロード男爵がドーベルウィン伯に続く。そうか、現職の近衛騎士団員の指導を受けている体にしておけば、疑念を抱かれることはないか。いや、仮に疑念を持たれたとしても、近衛騎士団が『常在戦場』を抑えているから安心と、貴族特有の脳内幸福回路で解釈するだろうな。


 人間とは不都合な事実を見ずに、都合の良い解釈をする生き物。こちらは近衛騎士団に支配されている形を演じていればいい。グレックナーやフレミングの方を見ると、ドーベルウィン伯らの言葉を聞いて少しは安堵したようだ。こちらが近衛騎士団員を受け入れる理由と、近衛騎士団が『常在戦場』に団員を派遣する名分の双方が得られたからだろう。

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