290 屯所での出迎え

 俺とアイリは朝から武器ギルドにやってきた。理由はもちろん、大盾会合の話で決まった「オリハルコンの大盾」を制作する為に必要な、オリハルコンを調達する為に他ならない。


 ドーベルウィン伯やスピアリット子爵、ファリオさんと武器商人のディフェルナルの四人が大盾の形状や寸法の話で盛り上がっている間、魔装具で武器ギルドと連絡を取り、ありったけのオリハルコン製の防具を用意してくれと頼んでおいたのである。


 昨日、様々な事が取り決められた。支払いはオリハルコンの大盾二百帖ごとに行う事や、大盾の納入場所を学園とする事、大盾は学園内で保管する事などである。それに対して、疑問に思ったのかディフェルナルから質問が飛んだ。


「どうして学園に納入を?」


「学園は敷地が広く、管理が容易だからだ」


 ドーベルウィン伯はそう答える。しかし真相は違う。本当はオリハルコンの盾の存在を秘匿するため。その辺りのことを俺やドーベルウィン伯、スピアリット子爵とファリオさんは言葉を交わさずとも、阿吽の呼吸で理解している。


 今やこの学園自体が我々にとって「アジト」となっているのだ。さしずめ我らは秘密結社の構成員のようなもの。学園に備蓄される事になるこの盾は、然るべき時に然るべき方法で日の目を見る事になろう。


「しかし、実戦に耐えうる軽量な大盾とは、実に我儘な要望でしたな」


 ファリオが苦笑気味に話した。まさかオリハルコンを使った盾を作ることになろうとは想像だにしていなかったのだろう。

 

「後はどのような形状や大きさにするかだな」


 スピアリット子爵は嬉しそうに言う。武器職人ディフェルナルを交え、ドーベルウィン伯やファリオさんが、ああでもない、こうでもないと白熱した議論を行いながら、大盾の三つの形が決まった時には既に十八時を過ぎていた。この三つの形を試作し、その中から一つの形を選ぶ事になる。選んだ後は、ひたすらに量産するのみだ。


 今日はレティやリサ、それに『常在戦場』のダダーンやリンド達がリッチェル子爵領から王都に帰ってくる日。昼前に屯所に到着する予定なので、それまでに武器ギルドで要件を済ませようと思ったのだ。休日だからこそ出来る動きである。


 俺達が武器ギルドに入ると、昨日話した主人が既にオリハルコンの防具を揃えて待っていてくれた。以前、オルスワードら教官陣との決闘の際、アイリとレティが着けるオリハルコン製の防具を購入したので、主人もすぐに用意してくれたのだろう。


「さて、本日はどちらになさいますか?」


「全部だ」


「え?」


「全部だ」


「こ、これを全て・・・・・ ですか?」


「カネは出す」


 俺は武器ギルドの主人に、目の前に並べられたオリハルコン製の防具を全て買うと宣言。兜、鎧、籠手等々の具足合わせて百三十六点、合計三四億ラントほどの防具を全て購入。呆気にとられる主人とアイリを尻目に、商人特殊能力『収納』を使って、オリハルコン製の防具を淡々と引き取っていく。そして仕入れが終わると、そのまま鍛冶ギルドに直行した。


「どうしてこんなに防具を購入するのですか?」


「鍛冶ギルドに渡して加工し直すんだよ」


「全部ですか?」


「もちろん」


 驚くアイリに俺は説明する。最近学園で行われている集団盾術の授業で使う大盾が重いので、それよりも軽量な大盾を、オリハルコンの薄板を使って作るのだと。俺の質問にアイリは首をかしげた。


「学園の授業で使うには・・・・・ 高すぎません?」


 ・・・・・言われてみれば確かにそうだな。日本円にして約一〇〇〇億円。高すぎないか、と言われたら否定できない。まぁ、アイリは「暴動が起こる」という事情を知っているので、軽量の大盾が必要となった経緯について話した。


「要は実戦で使える軽量で丈夫な大盾が必要だという話になったんだよ」


「それなら分かります。でもすごく高いですよね」


 俺の話に納得したのか、アイリはニコリと笑った。アイリは筋道が通っているか否かついて、異様に拘るところがあるからなぁ。こんなところでヘソを曲げられたら正直困る。俺達は鍛冶ギルドに入ると、ギルドの主人であり武器職人でもあるディフェルナルに、購入した全てのオリハルコン製防具を引き渡した。


「も、もう買ったんですかい!」


 驚くディフェルナルに、休日が開ければオリハルコン相場でオリハルコンを入手することや、別のルートでオリハルコン原石を仕入れることを告げた。相場で出てくるのは精錬済みのオリハルコンだが、ワロスの『投資ギルド』が出資している三つのオリハルコン鉱から手に入るのはオリハルコン原石。


 こちらの方に関しては昨日ワロスに連絡して、既にその全てを押さえている。今後、オリハルコン精錬所に回して、出来上がったオリハルコンを順次鍛冶ギルドに引き渡していく予定だ。


「しかし早いですなぁ」


 これからの手筈について話すと、ディフェルナルに感心されてしまった。ディフェルナルは「私も早急に段取りしないと怒られますな」と笑いながら、今後の流れについて説明を始める。昨日の会合で形状や大きさの異なる三つの形が決まっているので、木工職人にそれぞれのモデルを作製する段取りとなっているとのこと。


 職人らには既に連絡を行っているので、来週中には学園に持ち込めるという話である。俺はディフェルナルにモデルを持ち込む前日に、学園へ早馬を飛ばすことを伝える。そうしないとドーベルウィン伯やスピアリット子爵、ファリオさんが揃った状態で会合が行いないからだ。


 先に日取りが決まっていれば皆が集まって会合が開けるので、一回で済むので合理的である。わざわざ非合理な仕事をする必要はない。俺達は鍛冶ギルドを出ると馬車に乗り込み、そのまま『常在戦場』の屯所へと直行した。


 俺とアイリは急いで屯所にやってきた。レティらが昼前に到着するというので、少し慌てたのだ。しかしまだレティの一行は到着していなかったのでホッとする。屯所には出迎えの為、ディーキンを始めとする隊士らが集まっていた。


 その中には事務総長のディーキン、二番警備隊長ルカナンス、第六警護隊長ルタードエの姿もあった。ルカナンスは当番で屯所におり、ルタードエは警護隊の同僚や隊士を出迎える為に休日を返上して出勤しているとのこと。


 ルタードエは貴族出身なのだが、この前の宰相府に向かった際に警護を申し出たりと非常に真面目な人物だ。今日は休みなのにダダーンやリンドら同僚や隊士らを出迎える為だけにわざわざ屯所にいるのだ。しかも配下の隊士は一人もいない。おそらく休むように言い渡しているのだろう。本当に律儀な性格である。


 出迎えに集まったのは『常在戦場』の隊士らだけではない。レティやリサらに同行した第三警護隊や第五警護隊に属する、隊士らの家族の姿もあった。第五警護隊長リンドの両親や、第三警護隊の隊長であるダダーンことアスティンの夫と子供達、ダダーンの配下であるジャンボの母親と子供達、同じく配下のスティルマンの夫と子供の姿もあった。


 ジャンボの母親と話をすると、ジャンボの夫は一年前に他界しており、残された二人の子供をジャンボと母親が見ているとのこと。『常在戦場』で働くことが出来たお陰で、ようやく生活が安定するようになったと、ジャンボの母親から感謝されてしまった。ジャンボの母親は気が張っているのか、年齢の割には元気そうだ。


 一方、右足を引きずっているダダーンの夫ブランク・アスティンとも挨拶を交わした。一緒にいた三人の子供も挨拶してくる。男の子と女の子二人、ダダーンの子供たちだ。足の事ついてブランクに聞くと、本の取次卸を行う書店で働いていたが、本を運搬中に起こった馬車の事故で右足が不自由になってしまったという。


 夫が体が不自由だとダダーン自身から聞いていたが、そのような経緯だったとは。現在ブランクは書店を辞め、家で執筆活動を行いながら家事を行い、代わりにダダーンが外に働きに出るようになったとの事。書いているのは論評であるそうだ。


 ダダーンが第三警護隊長を務めながら、夫と共に三人の子供を育てている。夫ブランクから話を聞き、逞しいダダーンの肉体を思い出すと、俺の脳裏に「肝っ玉母さん」という文言が浮かぶ。ダダーンの夫ブランクとあれこれ会話していると、屯所に高速馬車が連なって入ってきた。


 二週間前にリサが屯所から出発した時と同じ五台。馬車が順次止まると、皆が次々と降りてきた。リサと共にリッチェル子爵領に駐在していたダダーンと第三警護隊の面々や、襲爵式を終えたミカエルらリッチェル子爵家一行を警護していたリンドと第五警護隊。そしてリサとレティ。俺は皆に声を掛けて回る。


 ルタードエが同僚であるダダーンやリンドの肩を叩いている。すると二人共ルタードエの肩を叩き返す。どうやら彼らの間には、同僚としての信頼関係があるようである。こちらに来てからというもの、そのような光景に出くわした事がなかったので新鮮だった。


 客が降りた高速馬車が馬車溜まりより早々に引き払うと、第三警護隊と第五警護隊の面々は隊長のダダーンことアスティンとリンドを前にして整列し、俺とグレックナー、ディーキンら『常在戦場』の幹部と向き合う。


「無事、任務を果たしました」


 帰投した隊士を代表してアスティンがそう報告すると、隊士らが一礼する。それを受けたグレックナーが「ご苦労だった。皆ゆっくりと休むように」と二日間の休暇を言い渡すと、整列した隊士達は迎えに来た家族らの元へと散っていった。非常にシンプルな挨拶だったが、それでいいのだ。俺はレティとリサの元に駆け寄る。


「おかえり」


「ただいま」


 俺達はありきたりな挨拶を交わす。ありきたりこそが一番の幸せだ。


「二人共元気そうで良かったわ」


 俺よりも一足早く二人に駆け寄っていたアイリがニッコリ笑う。高速馬車が強行軍であることを知っているから心配していたのだろう。俺達は屯所の建物に中にある休憩室に入った。今日は休日で屯所に詰める隊士も少なく、帰ってきた隊士達は家族と共に屯所を後にしたので、俺達四人以外は誰もいない。ここで俺はリッチェル子爵領の状況を聞いた。

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