289 実戦大盾

 武器職人ディフェルナルを招いての、実戦に耐えうる軽量にして高い強度の大盾を作るための会合。その席でスピアリット子爵が攻撃を受け流す構造の盾について提案したところ、盾術使いのファリオさんが何かを閃いたようだ。


「この場では何を申しても良い場。ファリオ殿、忌憚なく申すがいい」


 ドーベルウィン伯がファリオさんに思いついた事を話すように促す。だがファリオさんはいやいやと遠慮して話そうとしない。困った表情を浮かべるファリオさんに対し、俺やドーベルウィン伯が話すように促したのだが、遠慮して話そうとしない。それを見たスピアリット子爵が、話すのを躊躇するファリオさんに声をかける。


「ここで申されないと、後で言う機会がございませんぞ」


 その通りだと、ドーベルウィン伯がスピアリット子爵の言を後押しする。それに負けたのか、ファリオさんは重い口を開いた。


「確かオリハルコンが、攻撃を受け流す特性があったと思い出しまして・・・・・」


「オリハルコン!」


「オリハルコンか!」


 ファリオさんの発したオリハルコンにドーベルウィン伯とスピアリット子爵は反応した。


「確かにオリハルコンには、攻撃を受け流す特性があります。ですから鎧を薄くできます。オリハルコンは元々軽い金属ですから、オリハルコン製の鎧は非常に軽く作ることができる」


 ただ高いですがね、とディフェルナルは付け加えた。確かに他の鎧と比べれば格段に高い。オリハルコン自体が希少だし、加工が難しいから高価になるのだと、武器ギルドの親父が言っていたな。だからファリオさんは話すのをためらったのか。ドーベルウィン伯がディフェルナルに尋ねた。


「例えばの話だが・・・・・ 薄鉄板の代わりにオリハルコンを使えばどうなるのだ?」


「強度補強の皮革も要りませんし、木部も木組み薄板で十分だと思います。ただ価格と量が・・・・・」


 ディフェルナルの言葉が詰まる。ドーベルウィン伯とスピアリット子爵が顔を見合わせた。ファリオさんは下を向いたままである。まぁ、普通に高いだろうなぁ。何しろ甲冑一セットで一億ラント以上なのだから。


「そもそもそこまでやる価値が・・・・・」


「あるんじゃないか」


「えっ。ですが・・・・・」


 俺の言葉にディフェルナルが当惑している。ディフェルナルは費用対効果で疑問符をつけているが、唯一無二を考えれば必要な事ではないか。


「商人刀の材料である玉鋼たまはがねは需要が少なく、王都にはなかった。だが俺は商人。商人に向いた剣は商人刀しかないから、俺は玉鋼をクラウディス地方の奥地トスにまで取りに行き、お前に鍛造を頼んだ。必要性があったからそこまでした。それと同じこと」


 費用対効果だけを考えれば、妥協して扱いやすい剣を探せば良かった。だが、俺の商人としてのポテンシャルを活かす刀でなければ戦えないからわざわざ玉鋼を手に入れ、ディフェルナルに鍛造を依頼して商人刀を手に入れたのである。オリハルコンの盾もそれと同じこと。軽量かつ高い防御力を持つ大盾が必要だという見地から見れば、それは唯一無二のものに成りうるのだ。


「しかし費用が・・・・・」


「一帖どれほどかかるのだ?」


「三〇〇〇万ランドは行くのでは、と・・・・・」


「三〇〇〇万!!!」


 ドーベルウィン伯がディフェルナルの口から出てきた額を聞いて絶句した。横に座っているスピアリット子爵の方を見れば硬直している。ファリオは申し訳ないと思ったのか、俯いてしまっている状態。日本円にして一帖九億か。驚く数字ではあるよな、確かに。


「ですので、現実問題として難しいのでは、と」


 ディフェルナルにそう言われて、皆黙ってしまった。確かにドーベルウィン伯爵家の歳入を全てつぎ込んでも十五帖しか手に入らないのだ。全員が黙るのも無理はない。費用対効果を考えてとディフェルナルが言うのも当然だろう。だが俺は違う。


「ディフェルナル。オリハルコンの盾で強度や軽量化は間違いなく実現できるのか?」


「それはできます。理にかなっておりますから。ですが・・・・・」


「ファリオさん。もしオリハルコンの盾があれば懸案は解決するのですか?」


「実物がなければ断定はできませんが、話を聞く限りは・・・・・」


 二人の話を聞く限り、実現可能で必要性もある事が分かる。問題は費用と数量ということか。俺はディフェルナルに聞いてみた。


「量産化はできるのか?」


「それは可能です。木工職人を確保すれば良いのですから。皮革職人が不要な分、作るのは早いかもしれません。ただオリハルコンが希少で・・・・・」


 なるほど。オリハルコン自体が持つ防御力のおかげで皮革が不要になって、工程が一つ減るのか。つまり大盾の製造においては薄鉄板を使うより、オリハルコンを使う方が合理的という事か。


「既にある防具を転用できるのか?」


「それはできますよ。再加工すればよいのですから」


 だったらオリハルコン鉱石だけではなく、オリハルコンの防具を全て買い占めたらいい、ってことだな。


「ディフェルナル。やろうじゃないか!」


「えっ?」


「オリハルコンの大盾を作ろう」


「・・・・・え?」


「二千帖ほど頼む。至急体制を整えてくれ」


「えええええ!!!!!」


 俺の言葉にディフェルナルは絶句してしまった。ファリオさんは目を見開いてこちらを向いたままである。ドーベルウィン伯は机に両手を付いて立ち上がった。


「どうしてそれほどの数を!」


「『常在戦場』だけではなく、近衛騎士団や王都警備隊。各方面の衛士達までが使えるようにする為です」


「その費用を全て君が出すというのか!」


「もちろん私が」


「いくらなんでも・・・・・」


 スピアリット子爵が仰け反ってしまって、言葉が続かない。剣聖と謳われるスピアリット子爵であっても、カネの前では平静を保てないということか。


「普通の額ではないのだぞ!」


「ざっと六〇〇億ラントというところでしょうか」


 立ち上がったままのドーベルウィン伯に俺は答えた。日本円にして一兆八〇〇〇億円。それだけの金を俺は持っているんだ。出そうじゃないか。


「そんな額を・・・・・」


「出せますよ。大丈夫です」


 俺がそう返すと、ドーベルウィン伯は腰が抜けたのか、元座っていた椅子に見事着地した。


「そんな天文学的な金額を払えるのか、君は」


「一括で支払える程度には」


「・・・・・ 想像を遥かに超えていたな君は。ケルメス大聖堂で襲爵式を行うぐらい造作もない筈だ」


 スピアリット子爵は妙に感心している。まぁ、六〇〇億ラントという数字、俺にとっても中々の金額である事は事実。今現在持っている総資産が約三五〇〇億ラント。その内の一五%程度をつぎ込むという訳で無傷とはいえない。


 だが、乙女ゲーム『エレノオーレ!』で起こる暴動イベントが避けられぬのであれば、それを防ぐ手立てとしてカネをつぎ込むのに何の躊躇もなかった。俺はクリスと約束したのだ。ノルト=クラウディス家を守ると。


 その約束を果たせるのであれば、そんな出費なぞ痛くも痒くもない。カネを出して後悔するより、出さずして後悔する方がもっと惨めなのである。それにこの世界で手に入れたカネは現実世界に持っては帰られないのだ。俺はいずれエレノ世界を去る身。ならば出費が惜しかろう筈もない。


「しかし、肝心のオリハルコンが・・・・・」


 ディフェルナルの声に元気がない。暫くの沈黙の後、オリハルコンを調達するカネなどありませんと言った。通常、発注を受けると精算は納入後。それはどの世界でも同じ話。エレノ世界も例外ではない。


 ただ、現実世界と違うのは「手付金」とか「前受金」という概念がないことだ。全ては掛売り事後決済。つまりディフェルナルは二千帖ものオリハルコンの盾を作って納入しないと、俺からカネが貰えない。そんなの無理だという訳である。


「心配するな、俺は商人だ。玉鋼を調達してきたんだぞ。仕入れは俺がやらせてもらう」


 まだ狼狽えているディフェルナルに玉鋼の件を話した。その上で先に契約金を支払うことやオリハルコンの供給を俺がすることを約束すると、ようやく落ち着きを取り戻す。いきなりの話に相当不安だったのだろう。


「なるほど。アルフォード殿は商人だったな。我が家のものを売却してくれた時にも破格の条件だった」


「売り買いは得意ですからね」


「うむ。高額なオリハルコンを高い売買能力を持つアルフォード殿が直接行う。ならば当初の値に比べ、廉価にできるか。なるほどな」


 ドーベルウィン伯は家財を売却した際の事を思い出す中で気付いたようである。あの時も商人特殊技能『ふっかけ』で高額売却ができたのだよな。そして今の俺はあの時以上にスキルが上がって、『ふっかけ』で一・五倍値で売り抜け、『値切る』で半値で仕入れられるようになった。


 つまり俺がオリハルコンを半値で仕入れる事で、ディフェルナルの見込みよりも大幅に安くオリハルコンの大盾を作ることができるという訳だ。他の者では不可能な事であっても、俺の特殊技能と資金力によって不可能は可能に変わる。


「宜しいんですかい、そんな条件で」


「ああ。まず試作品を作ってもらい、形が決まってから契約金を支払おう」


 あまりの話になおも半信半疑なディフェルナルに対し、俺は約束した。オリハルコンの大盾を作る、話の大枠が決まるとトントン拍子に話が纏まっていく。木枠薄板で作った試作品を数種類作り、その中から量産する型を決めることや、完成した大盾の備蓄先を学園とすること、など次々と決まっていった。


 また俺が仕入れたオリハルコンは取引請負ギルドのエッペル親爺を通じ、ディフェルナルの鍛冶ギルドへ順次引き渡す事や、契約金四億ラントを量産開始時に支払う事も決まったのである。


「オリハルコン無しでもこの額というのは凄いな」


「大盾の量産体制を整えなければいけませんからね」


 四億ラントという額に驚くスピアリット子爵に俺は説明した。大盾を作る木工職人に専念してもらうには、他の仕事が受けられないくらいの好条件を提示しなければならない。そうでないと職人が集まらないので、そのための準備費用だと。ディフェルナルはこれだけ頂ければ大掛かりな準備が進められると息巻いている。かくて実戦大盾の話は纏まった。

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