288 武器職人ディフェルナル
臣従儀礼を申し入れるため宰相府を訪れた俺は、グレックナーをはじめとする『常在戦場』の幹部と共に、小講堂らしき部屋に案内された。すると民部卿アルフィム・アバダー・トルーゼン子爵、民部王都処長トイゼン・ノラーク・デルマール男爵ら、宰相府の代表者が我々を待っていたのである。これには俺も驚いた。
(これは正嫡殿下の
面対した俺は直感した。でなければ官僚貴族の側が先に待っている事などあり得ないからだ。彼らは殿下の使者としてやってきた正嫡従者フリックからの申し入れに驚愕し、臣従儀礼を何としても実現せねばならぬ立場に追い込まれたのであろう。だから、こちら側からの申し入れに対し、自ら立ち会う事にしたと思われる。
部屋に入った我々は俺、グレックナー、フレミング、ディーキン、スロベニアルト、ルタードエの六名が一列に並び、民部官僚達と向かい合わせとなった。まずこちら側を代表して『常在戦場』の団長グレックナーが、臣従儀礼の申し入れを行う。
「本日、私ダグラス・グレックナーは『常在戦場』の隊士を代表し、宰相府への臣従を願い出たく参上致しました。どうか寛大なお心を以てお聞き届けいただきたく、平に申し上げまする」
グレックナーの異様なまでに
これに対して民部卿のトルーゼン子爵が「その申し出、確かに受けた」と応じ、民部卿補佐官のデミールが「結果は追って通知する」と通告する。それに対して俺が「事後は事務長のスロベニアルトが承る」と申し出て、デミールが承諾するとトルーゼン子爵らは退室。臣従儀礼の申し入れは終わった。
たったこれだけ。たったこれだけの事に、これだけのエネルギーを使う。これが貴族制であり、官僚制なのだ。デミールの先導で宰相府を出て、フレミングに鼓笛隊長ニュース・ラインに渡す楽譜を言付けると、来訪時と同じようにルタードエと配下の隊士と共に馬車に乗り込み、学園へと戻った。実に下らないイベントである。
俺は武器職人ディフェルナルを待っている間、昨日のルタードエの誇らしげな顔を思い出して、不覚にも笑ってしまった。帰りの車上「隊士の同行のおかげで、相応の対応が行われました」と満足そうに言っているルタードエの顔を見て、本当の事を言ってはいけないと直感した。
事実。つまり正嫡殿下が宰相府へ使者を遣わして臣従儀礼に立ち会う事を要望したという事を知ったならば、恐らくルタードエは落胆してしまうだろう。人間、知らない方がいい事もあるという話である。見て見ぬ振りをすることも、時には大切だ。
そんな事を思っていたら馬車溜まりに馬車が入ってきた。おそらくあれが武器職人ディフェルナルを載せた馬車だろう。俺が近づくと馬車が止まり、中の男が降りてくる。あれ? どこかで見覚えがあるぞ、この親父。
「ああっーーーーー!!!」
俺と親父が同時に声を上げた。俺が商人刀を作った時に応対してくれた鍛冶ギルドの親父だったからである。
「あんたがグレン・アルフォードか!」
「お前が武器職人のディフェルナルか!」
お互い叫びながら両手を握り合った。まさか鍛冶ギルドの親父が武器職人ディフェルナルだったとは。あまりにも意外過ぎる展開に、俺は驚きを通り越して呆れてしまった。
「商人刀なんて、変わった依頼をする若いヤツだと思ったら、学園の生徒だったのか!」
「それより鍛冶ギルドの親父が、なんで武器職人なんだよ!」
答えが出ている相手の質問など無視をして、俺はディフェルナルに疑問をぶつける。
「決まってるじゃねぇか! 武器を造る仕事が少ねぇんだよ! だから普段は鍛冶職人って訳だ」
なるほど! それなら納得だ。確かに平和なエレノ世界で武器の需要は少ない。ディフェルナルが言うには、武器は中古品の売買で回っている事が多いので、俺が商人刀を作刀したような新調するケースはあまりないのだという。作りたくともニーズがない。まるで
「作ってもらった商人刀。あれはいいぞ。使い勝手は最高だ」
「そうかい。それは良かった」
既に面識のある俺とディフェルナルはすぐに意気投合した。こんなことだったら商人刀を頼んだ時、もっと話しておくべきだったと後悔する。そうすれば、実戦向きの大盾について、もっと早くアドバイスが貰えたかもしれない。俺はファリオさんらがいる第四警護隊の控室にディフェルナルを案内した。
「剣聖と呼ばれたあの御方ですか?」
歩きながら、これから行われる話し合いについて説明すると、出席者のところでディフェルナルが反応した。やはり剣聖スピアリット子爵は有名人。一般市民にまで名が知られている。
「しかし、そんなお偉いさんと
「ああ、いいよ。俺が話をしているぐらいなんだから気にすることはない」
普通、貴族と職人が面対して話をする事などあり得ない。ディフェルナルはそれを言いたかったのだ。しかし今回、軽くて丈夫、実戦に耐えうる大盾の構造について、武器の作り手から聞きたいと思っているのは貴族であるドーベルウィン伯やスピアリット子爵。ディフェルナルは話を聞いて、知見に基づいて話せばいいのである。
「では、今日は忌憚なく話せば良いのですな」
「もちろんだ。盾について、という条件付きだがな」
俺がそう言うと、ディフェルナルは笑った。やがて控室に到着し、ドーベルウィン伯やスピアリット子爵、ファリオさんにディフェルナルを引き合わせる。その際、俺はディフェルナルを「商人刀を鍛造した人物」だと紹介したものだから、三人とも目の色が変わった。
「私もまさか商人刀などというものを作刀することになろうとは思いもしませんでした」
ドーベルウィン伯からの問いかけにそう答えるディフェルナル。そこから商人刀の構造についてあれこれと説明する。そこから刀や剣の違いや特質等々、武器職人らしい視点で話を続けた。皆騎士なものだから、興味は尽きないのだろう。会合の場は、その話で大いに盛り上がってしまった。
「いやいや、刀の構造一つがこれほど奥が深いとは」
「剣と刀。両刃と片刃程度の違いくらいにしか思っていなかったが、得物一つで戦術自体が大きく異なるのだな」
スピアリット子爵もドーベルウィン伯も、ディフェルナルの話に感心しきりだ。相手の剣を剣で防ぎながら戦う「剣」と、一撃必殺を狙う「刀」。その戦術の相違について、このメンバーで語りだしたらいつ終わるか知れたものではない。だから俺は頃合いを見て、大盾の話を振った。
「ところでディフェルナルよ。この大盾を軽くして、実戦に耐えうるものにするにはどうしたら良いのだ?」
俺はファリオ配下の隊士に大盾を持ってきてもらった。学園から与えられた『常在戦場』の控室は一つの部屋をパーティションにしているので、俺達が会合をしているゾーンと隊士らのいるゾーンが近接しており、声を掛ければ通るのだ。ディフェルナルは隊士が持ってきた大盾を受け取ると、叩いたり、持ち上げたり、眺めたりしながら、何やら思案している。
「防具とは普通、軽くなれば防ぐ力は落ちますな。それを軽くした上で防御力を上げるとなると・・・・・」
ディフェルナルは
「つまりは盾もそれと同じだと・・・・・」
スピアリット子爵からの指摘を受けて、ディフェルナルは頷いた。
「この大盾は硬い木に煮詰めた皮革を貼り付け、その上を鉄の薄板で覆うことで強度を保っております」
「重い鉄を薄くして、薄くした分の強度不足を皮革と硬い木で補うと」
ディフェルナルの指摘にファリオさんが補足した。
「この大盾には既に軽量化と強度向上の努力が払われておるということだな」
スピアリット子爵は腕組みをしながら天を仰いだ。ドーベルウィン伯は片肘を立て、顎に手をやる。
「軽量化の努力が行われている上でこの重量か・・・・・」
「もしこの大盾の軽量化に取り組むのであれば、木部の構造を見直しですな」
大盾の構成物である鉄薄板、皮革、木という三つの素材。その中でディフェルナルは、木の部分についての見直しについて話した。今の大盾は重い木の一枚板に取っ手を付けた構造なのだが、それを薄板に変えて木枠で強度を維持するというもの。これならば軽量化が図れそうだ。
「しかし、それをすると「突き」に弱くなるのでは」
一枚板を薄板に変えれば、剣や槍の突きで盾が破られるのではないか。ファリオさんは盾術使いの見地からそう指摘した。確かに一理ある。突きとは一点に力を集中させるもの。面で対抗する形の盾にとっては不利となるもの。板の強度が弱くなれば突き破られる可能性は大いにある。それを指摘されたディフェルナルも否定はしなかった。
「「突き」を受け流す構造にしてみればどうだろう」
スピアリット子爵が一つのアイディアと提示してきた。剣や槍の「突き」を
「実に素晴らしい着目点です」
「技術的に可能か?」
「木枠と薄板を重ねる事で軽量化を図りつつ、大盾の湾曲化を行うことは可能。寧ろ構造的にはそちらの方が造作しやすいかと」
ディフェルナルはスピアリット子爵とのやり取りの中で、そう指摘した。一枚板を湾曲化させるのは中々労がかかるらしい。それに対して薄板を張り合わせる工法であれば、湾曲に作った木枠に薄板を沿わせる事で作ることが可能なので、量産化も容易だとの事。専門外の俺は役には立たないが、後の四人が優れた専門家なので容易に話が形になっていく。
「
ファリオさんが話の中でふと呟いた。受け流す。その後に続く言葉は一体何だったのだろうか? 俺はファリオさんにどうしたのかと聞いたのだが、いやいや独り言だと言って口を
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