286 王子の兄弟仲

 貴賓室で行われた正嫡殿下アルフレッド王子との会見。その席で殿下の兄ウィリアム王子が封書のやり取りの中で、俺と会った事を殿下に伝えていた事が明らかになった。それを聞いた俺は正直、どう反応すれば良いのか困ったのだが、殿下はお構いなく話を続ける。


「アルフォードのような広い見識を持つ人物と同学年であることが羨ましいとの事だった。大いに生かせよ、とな」


 ウィリアム王子よ・・・・・ いくら何でも買い被り過ぎだぞ。


「兄上はサルジニア公国にも留学された御身。見聞を大いに広めておられる。その兄上が驚嘆するのだから、流石はアルフォードよ、と思った」


「勿体なきお言葉・・・・・」


 そう言うしかないだろう。しかしウィリアム王子と正嫡殿下。封書のやり取りをしているとアルフォンス卿が言っていたが、頻繁にやり取りをしているのだな。しかもお互い、忌憚なく書いているようだ。兄弟仲が良いとは聞いていたが、本当に仲がいい。


「私が学園で生活し、兄上は自学自習の日々。中々、顔を合わせる機会がなく、専ら封書でやり取りをしておるのだ。アルフォードは見識だけではなく、剣術やピアノに優れる事を伝えると、兄上から「ピアノの演奏に習熟しておるということは、長きの間、弾き続けておる」と返事が返ってきた。兄上は音楽の事についてもお詳しい」


 ウィリアム王子もサルジニア公国でピアノについて、何らかの形で学んだのだろう。俺の場合、断続的に五十年、トータルで半世紀以上弾いている事になる。その割には上達していないがな。


「アルフォードはどのくらいピアノを」


「約六年でございます」


「やはりそのくらいの年数がかかるのだな」


「日々精進でございます」


 プラス四十五年なのだが、それは言えないので黙っておく。ただ、普通にやっても弾けるようなるには、大体十年はかかるもの。短い年数で弾けるのは才能がある者に限られる。幼少期から始めているならば尚更の話。


「音楽というもの、中々奥が深いものであるようだ」


 それは音楽、いや芸事全てに言えることだ。いや、実際には勉強も仕事も奥が深いんだよなぁ、探究する人が少ないだけで。極めるというのは、どんな事でも大変なものなのである。


「音楽といえば、ケルメス大聖堂で行われたという襲爵式で、音楽に合わせて多数の衛士達の行進が行われたとか」


 そこから襲爵式に繋げてきたか。前フリをしてから本題に入るという貴族独特の話法。ある意味、貴族社会の頂点に立つ王族ともなれば、その話法も洗練されるということなのだろうか。正嫡殿下の話の振り方について、妙に感心してしまった。


「アルフォードは何故、その襲爵式に深く関わっておるのだ?」


 いきなりの直球ど真ん中の質問。だが、殿下の口調から嫌なものは感じられない。いや、問いかける趣旨に不純さがないから、嫌なものを感じないのだ。これは正嫡殿下の徳目と言える部分だろう。このような姿勢で聞かれている以上、知らぬ存ぜぬで逃げる訳にもいくまい。俺は問題の核心部分には触れぬよう注意しながら、その流れを説明する。


「これまで当主不調の為、リッチェル子爵家のレティシア嬢が当主の代行を務めている現状を正常化すべく、レティシア嬢の弟ミカエル殿が十五歳に達した時点で爵位継承を行う準備を進めて参りました。ところが襲爵式を執り行う主教が突然の体調不良となり、早期の爵位継承を推しておりました私が、急遽ケルメス大聖堂での襲爵式の手配を行いました」


 俺が襲爵式の経緯について話すと、殿下は驚いた表情で、後方にいるフリッツの方を振り向き、再び前を向いた。


「レティシア嬢が当主を代行しているとは存じなかった。そのために襲爵を急いだのだな」


「はい。レティシア嬢は次期当主の若さを危惧しておりましたが、自身も私と同じ若き身。今後の憂いを絶つ為にも、実弟ミカエル殿が早々に襲爵する事こそが肝要と説得して参りました」


「なるほど。襲爵式の件、相分かった」


 殿下は大きく頷いた。どうやら俺の話に納得してくれたようである。殿下との会見はこれで凌げそうだな。


「ところで、聞くところによると襲爵式で行進していたという多数の衛士達。アルフォードの傘下の者だという話だが、それは誠か?」


 こちらの方が本題だったか。今更隠せないよな、これは。殿下にどう言えばいいのか。俺は取り敢えず、言葉の訂正から入った。


「傘下というよりは、支援者と表現すべきかと」


「支援者?」


「私があの者達。『常在戦場』と申しますが、あの者達に指示した事はございませんので。あくまで運営費用を提供しておるだけで」


「全てをか?」


「はい」


 殿下の手前、正直に返事をするしかなかった。フリックが慌てて立ち上がる。


「グレン。その者達に掛かる費用、全てお前が出しているのか!」


 珍しく取り乱しているフリックに俺は頷いた。殿下は平静を保っていたが、フリックは看過できなかったようだ。もう一人の従者エディスは強張っているので、俺が『常在戦場』の費用を全て出していると聞いて、固まってしまったのだろう。


 そんな二人とは対照的に平静を保っている殿下。事を理解した上で落ち着いているのか、浮世離れしていて従者との感覚がズレているからなのかは、俺には分からない。殿下は優雅に後ろを振り返り「落ち着くように」とフリックを諭すと、我に返ったのかフリックは恐縮しながら椅子に座った。


「フリック。アルフォードの言に、何を思うておるのか? 忌憚なく述べるがいい」


「はっ。恐れながら申し上げます。近衛騎士団よりも多くの衛士にかかる全ての費用を、アルフォードは一人で拠出しておるとのこと。つまり我が国最大の・・・・・」


「騎士団をアルフォードが抱えておると言いたいのだな、フリック」


「左様にございます」


 言いにくそうなフリックに対して、殿下が答えを言い放った。いやぁ、どストレート過ぎるよな、正嫡殿下は。 


「良いではないか」


「殿下!」「で、殿下・・・・・」


 いやいやいや、良くないから色々な動きが起こっているのですよ、殿下。その殿下の思わぬ言葉にフリックもエディスも狼狽している。


「長い時間の中で、世の構造が変わり、物事の価値が変わり、力の関係が変わるとアルフォードから聞いて感銘を受けたと、兄上が封書で書かれていたが、まさにその通りのこと。それが今起こっているに過ぎぬということなのだ。フリックよ、我々は肝に銘じておかねばならぬ」


 ウィリアム王子はそこまで書いていたのか。もし誰かに見られていれば大事になりかねないぞ。


「兄上がアルフォードからよく学ぶよう、封書で言付けられた意味が改めて分かった。兄上の眼に間違いはない」


 正嫡殿下はウィリアム王子と単に仲が良いだけではなく、兄を強く尊敬しているようだ。しかし腹違いといいながら、すごく仲が良い兄弟だな。


「してアルフォードよ。エルベール公がその『常在戦場』を、宰相府へ臣従儀礼させるべきだと提言したとの事だが、その案をどう思うか」


「私も聞き及んでおりますその案。大変結構なものだと思っております」


「臣従儀礼を受けるというのか」


「はっ。先日『常在戦場』の責任者達と会合を持ちまして、その件について話し合いましたところ、皆が賛同しました故、明日宰相府に出頭して申し出る手筈となっております」


 俺が事実を話すと、正嫡殿下は大きく頷いた。


「おお、そこまで話が進んでおるか。流石はアルフォード、動きが速い。実は内部で反対者がおるのではと思っておったのだ」


 お、そう思われたのか。正嫡殿下との話はいつも意外性がある。


「既に野にいる者であり、束縛を嫌がるのではと危惧しておった」


 なるほど! それは大いにあり得る話。さすが帝王学を学んでおられる身だ。発想や視点が全く違う。確かに束縛に慣れぬ者が『臣従儀礼』などという首輪をつけられるのを良しとはしないと考えるのは至極当然。


 しかし、そうならなかったのは、おそらく『常在戦場』の設立から現在に至る経緯からだろう。皆、自由より安定を求めていた。その結果、皆が『臣従儀礼』を難なく受け入れたのである。俺はその事を殿下達に話した。


「うむむ、そのような事に・・・・・」


 俺が『常在戦場』設立からの顛末を話すと、殿下は考え込んでしまった。


「しかし仕事がないからお前に何とかしろ、って押しかけられて大変だったな」


「最初、押しかけてきている連中が何を言ってるのか、サッパリ分からなかったんだよ。そんな状態から話をする中で、事を丸く収めるには、全員を抱えるしかなかったんだ」


 フリックからの言葉に俺はそう返した。あのとき、冒険者ギルドの登録者は本当に殺気立っていたからな。


「押しかけてきた者達が自分たちの仕事を取っているのがアルフォードだと思っていたら、仕事そのものが無かったとは・・・・・ もしアルフォードがその者達を抱えていなければ、どんな事になっておったか・・・・・」


 王子はいつになく真剣な表情で呟いた。


「アルフォードには感謝せねばならぬ。もしアルフォードが抱えておらねば、その者たちは路頭に迷ってしまっていたところだ。その者達が宰相府へ臣従儀礼をする事は、世が安定する証ぞ。本当に感謝せねばならぬ」


 そう言うと殿下は頭を下げた。二人の従者は驚きのあまり固まってしまっている。いや、それ以上に俺はどうすればいい。俺は恐縮しながら殿下に顔を上げるように促すしかできなかった。


「アルフォードよ、皆の者。この事は他言せぬようにな」


 言うまでもない。俺はすぐに返事をした。フリックもエディスも同様だ。言ったら身分絶対のエレノ世界そのものがひっくり返りかねない訳で、こんな話、間違っても言える話ではない。


「ところで耳に挟んだのだが、この前の休日にロタスティで、演奏会をやっていたそうだな」


 えええ!!! どこで聞いたんだ! 殿下の耳は地獄耳か。俺は心の中で仰け反ってしまった。

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