284 新型貨車

 ザルツとロバートが乗ってきた新型貨車。従来であれば四頭立てで走らせなければならなかった四人乗り馬車を二頭立てで運用できる事により、運用や御者の育成が容易となるなど画期的なこの貨車をノルト=クラウディス家が領内で開発した。そして我がアルフォード商会は、この画期的な新型貨車を独占して取引する事になったのである。


「デイヴィッド閣下から伺ったお話によりますと、公爵令嬢からのご提案があったとの由。彗眼恐れ入ります」


「領民と協力し、具現化したのは兄上です。私は提案しただけでございます」


「しかし、トスの木材や金属をサルスやノルトで加工し、軽量貨車を作るなどという発想。中々できるものではありません」


「グレンさま・・がおやりになっているものを見て、考えることができました」


 ザルツが俺に視線を移す。いやいやいや、俺は貨車の話なんて初めて聞いたぞ。どうやらノルト=クラウディス領内の木材や金属を加工し、従来に比べ大幅に軽い貨車を作ったようである。


 トスで産する商人刀の原材料『玉鋼たまはがね』を金属加工ができるノルト地方で包丁にして販売した、あの考えの延長線上で新型貨車を作ったということか。しかしクリスよ、俺の名前を言うのにいちいち「さま・・」付けするのはやめてくれ!


「愚息の手を参考になされたとしても、組み合わせを考えられたのは公爵令嬢。これは揺らぎませぬ。そのお陰で新しい高速馬車の運用も可能となりました」


「新しい運用? ですか?」


「はい。三頭立てであれば、六人乗りの新型貨車で高速馬車を走らせる事も可能です。現にモンセルとサルジニア公国の首府、ジニア間で運行が成功しております」


 六人乗りの高速馬車! しかも馬が三頭で運用できる。これまで十二人を高速馬車で運ぼうと思えば、四人乗り貨車が三台に十二頭の馬が必要だったのが、六人乗り貨車二台に六頭の馬で可能ということだ。途中、繋ぎ変えに必要な馬の数も半分で済む。貨車さえ増やせば、同じ馬の数で二十四人を運ぶことができる。


 リッチェル子爵領を往復しているレティや子爵家の者、やリサや『常在戦場』の面々を運ぶのに五台の四人乗り貨車に二十頭の馬を使っているが、あれも六人乗り貨車三台に九頭の馬で事足りるということ。実に画期的な貨車ではないか。


「部品や素材、加工方法も大幅に見直したと兄上から報告を受けました。何でも軽量合金なるものによって、強度が増して軽量化がなされたとのこと」


 そうか。トスで産出するトスサリアという金属とタヌマリンの合金か。軽くて加工がしやすいが脆いというタヌマリンに、硬いが重く加工がしにくいトスサリア。この二つを混ぜて作る軽量合金というものがあるが、使い道がないと金属ギルドで聞いたことがある。


 その合金を使って軽量で強度のある貨車を作ったという事なのだな。よく考えたものだ。しかしノルト=クラウディス家は本当に人材が豊富である。これでタヌマリンの相場も上がるのは必定。明日からでも仕込んでおくこととしよう。


 日々、こんな状態でも俺は相場は触り続けている。同じことを繰り返すのは得意なので、予定が詰まっていてもそれを入れ込むぐらいの事はできる。ルーチンでやっているのだから苦痛はない。チマチマそれをやり続けた結果、総資産は現在四〇〇〇億ラントを越えている。このカネを使ってひと勝負ぐらい、別にどうって事はないのだ。


「既に公爵閣下の領内で使われております公爵家の貨車は全て新型貨車に変わっております」


「全てですか?」


「はい。運搬貨車も新型貨車に変わります。ですので、従来使っておられました貨車を当方が引き取り、販売させていただいております」


「まぁ!」


 これにはクリスが驚いている。そうか、ザルツは新型貨車の独占販売だけではなく、下取りも一括して請け負ったのか。なるほど、うまいやり方だ。まるで車のディーラーみたいじゃないか。ノルト=クラウディス家の貨車。普通の貨車より丈夫でいいものに決まっている。品質は確実、それを仕入れる事ができるのは大きな魅力だ。さすがはザルツ。


 しかし運搬貨車まで新型貨車を使うとはな。デイヴィッド閣下、手堅い人物だと思っていたが、予想外に攻める人だ。ザルツの話では、王都や他の領地で使われている公爵家の貨車も全て新型貨車に入れ替える。そして中古の貨車はアルフォードが一括して下取りする、と。どこまでも独占取引だ。


「俺も貨車を注文することが出来るのか?」


「ああ、可能だ。今ここで納期は言えぬが」


 そうか。『常在戦場』用に新型貨車を導入して、遠隔地であっても俊敏に隊を展開できる体制を組むことも可能のようだな。もちろんグレックナーや運行業者などに相談する必要はあるが。


 全員でなくても五十、百ほどの隊士が先行して動くだけでも大きいはず。俺はレジドルナ情勢を念頭に置きながら、そう考えた。ザルツには発注するときが来たら頼む、そう言って了解を取り付けた。


「今回、お父様はどのような目的で王都へ?」


「はい。ディルスデニア王国側にある国境の街に、こちらが出資して作っております倉庫が全て完成しましたので、その確認を」


 ディルスデニア王国の首相イッシュー・サムからの招待との事で、この街と王都を結ぶ高速馬車の運行も行われているとザルツは話した。どれも初耳。俺の知らぬ間に、話がどんどん進んでいる。クリスがいつ向かうのかとザルツに聞くと、明日中と答えた。クリスは驚いたが、アルフォードは基本忙しいから仕方がない。


「今回、王都に入るにあたって、先ずは公爵令嬢にご挨拶をと。我が商会とデイヴィッド閣下との縁を結ばせていただけましたのも、ひとえに公爵令嬢のおかげ。順序が逆になりましたこと、お許し下さい」


「お父様、お顔を上げて下さい。それは私ではなくグレンさま・・のおかげ。今日、このようにご挨拶できまして、大変嬉しく思います」


 クリスよ、ザルツをお父様って。さっきからずっと見合い話をしている感覚に陥るのは何故だ?


「公爵令嬢。我が愚息グレン共々、今後とも宜しくお願い致します」


 そう言うとザルツは立ち上がり、少し遅れてロバートが続く。クリスが俺とザルツの間で話すことはないのかと聞いてきたので今回は何もないと伝えると、二人の見送りのためアイリと共に貴賓室を出た。馬車溜まりにやってくると先程の高速馬車ではなく、別の馬車が待機している。ロバートが事前に用意しておいたらしい。


「今回、公爵令嬢に御挨拶ができて本当に良かった。新型貨車という素晴らしい話が我が商会に巡ってきたのも令嬢のおかげ。グレンもそれを忘れぬように」


 ザルツの言葉に俺はもちろんだと頷いた。ザルツとロバートは、アイリに向かって「グレンの事をお願いします」と頼んで馬車に乗り込む。それに対し、アイリは微笑みながら「分かりました」と答えている。なんだなんだ、それは。


 そう思っている間に、ザルツとロバートを乗せた馬車は走り出した。目的地は『グラバーラス・ノルデン』。俺が部屋を取ってあるのでそこで一泊し、明日ディルスデニア王国に向かう事となる。


「グレンのお父様は本当にお忙しい方ですね」


 ニコリと笑いながら言うアイリ。全くその通りだ。行動に無駄がないのが、ザルツの魅力。これがザルツ、これがアルフォードだと思うしかないだろう。こうしてザルツとロバートは学園を後にした。


 ザルツとロバートを見送った後、ロタスティの個室に入ると既にクリスや二人の従者トーマスとシャロンが待っていてくれた。俺達が貴賓室を出た後、クリスらもすぐに移動したとの事である。クリスがあのような会見で大丈夫だったのかと心配しているので、ザルツがクリスと挨拶ができて良かったと喜んでいたぞと話すと、一気に顔が明るくなった。


「良かったですわ。ご機嫌を損ねられたのかと」


「グレンのお父様はお忙しい方ですから、心配しなくても大丈夫ですよ」


 俺が言う前に、アイリがフォローしてくれた。言うべきこと、話すべきことだけを言って立ち去ったものだから、クリスが不安になったのだろう。だが、アイリの言う通りなのだ。一泊するだけマシだと思っていいぞ、とクリスに言うと目を丸くした。


「お父様はグレンよりも忙しい方なのですね」


「俺よりもずっと忙しい人間だよ、ザルツは。ザルツが嵐なら、俺はそよ風みたいなもんだ」


 そう言うと、トーマスが笑い出した。ホッとしたのかクリスも笑う。事実なんだから笑うしかないよな。確かに俺だって動く時には動くがザルツほど早くないし、割り切りだってザルツほど徹底していない。


 もしもザルツが俺だったらその割り切りで、もう現実世界に戻る手段を見つけているだろう。俺達が話していると給仕がコース料理を持ってきてくれたので、そのまま会食する流れとなる。食事が進んだ頃、クリスが口を開いた。


「明後日の昼。宰相府への出頭を、との事です」


 臣従儀礼の件だな、なんて野暮な事は聞かない。ザルツとの会見前に宰相府から使者が来て、クリスに伝えたとの事であった。形としてはこうだ。こちらから宰相府に出向き、宰相府への臣従儀礼を行いたいとお願いに上がる。


 宰相府はそれを受け、その願いを受け入れるか否かを判断する。受け入れると判断すると、その願いを聞き入れて臣従儀礼を行う。このように、あくまで宰相府が願いを「聞いてやった」という体で話が進むのである。


 それがエレノ世界の常識。だが、この世界に生きている以上、郷に入らば郷に従えではないが、そのやり方を受け入れるしかない。しかし、それを受け入れさえすれば、権力の庇護の元『常在戦場』の身分が保全され、組織の安全保障が確保される。どう選択するべきなのかは言うまでもない。俺はワインを口に含ませた。


「明後日の昼、『常在戦場』の団長グレックナーと共に宰相府へ出頭しよう」


「分かりました。報告しておきます」


 了解したクリスは、俺に尋ねてくる。


「レティシアから何か連絡は?」


「まだ何もない。リサからもだ。先週子爵領に向かったから、今は領内で後片付けしている段階だと思う」


「そう・・・・・」


 俺の返答に心配そうな顔をするクリス。チラッと見ると、アイリも同じだ。二人共、そんな顔をするな。リサがいるんだ、大丈夫。何も心配する事はない。俺は二人にそれをどうやって伝えようか、ワイングラスを手に持ち思案した。

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