283 技術革新

 放課後、俺は盾術使いのファリオさんを訪ねる為、第四警護隊が割り当てられた控室に向かっていた。教官となったファリオさんから盾術の授業についてや、問題点などを聞いておこうと思ったからである。


しかし訪ねると既に先客があった。ドーベルウィン伯とスピアリット子爵だ。二人はファリオさんと盾術の授業についての打ち合わせをしているところだったのだが、俺の訪問を歓迎してくれた。


「いやいや、よく来てくれたな、アルフォード殿」


「我が弟とも挨拶を交わしたらしいな」


 ドーベルウィン伯は実弟のレアクレーナ卿との話を振ってきた。襲爵式の控室での出来事である。


「姉上の話で意気投合したとか。私や兄上もその話に加わりたかったぞ」


 そう言うと、スピアリット子爵と二人で大笑いした。兄上・・・・・ ああ、男爵夫人の夫スクロード男爵の事か。いやいやいや、そんな事したら男爵夫人に〆られるだろ、この俺が。そこは笑うところじゃない。危険! 危険だ! 俺を危険な目に合わせるな。


「しかし実に盛大な式だった。あのような襲爵式はお目にかかれないな」


「襲爵したミカエル三世殿も、大きなものを背負われたものだ」


 ドーベルウィン伯の感想に続いて述べたスピアリット子爵の言葉は重い。確かにその通りだ。大変なものをミカエルに背負わせたと思う。だが、レティと共に背負う訳で、そこは二人協力して乗り越えていけるだろう。ドーベルウィン伯から聞かれた。


「ところで臣従儀礼の件、『常在戦場』は受けるのか?」


「はい。後は宰相府の意向次第です」


「ということは、臣従儀礼は決まったようなものだ。だな、ファリオ殿」


 スピアリット子爵から振られたファリオさんは大きく頷いた。俺はそのファリオさんに授業などで、何か問題がないかを尋ねる。


「その点は大丈夫です。伯爵閣下と子爵閣下の御指導のおかげ。生徒達も指示に従ってくれますし・・・・・」


 授業の方は問題がなさそうだ。指南役であるドーベルウィン伯やスピアリット子爵の存在もプラスに働いているのであろう。ただ、ファリオさんがチラリと伯爵らの方を見たのが気にかかる。


「何か、あるのですか?」


「いえ、今話していたところなのですが・・・・・」


 ファリオさんが何か言いにくそうだ。どうしたのか?


「実はアルフォード殿。実戦で使う盾について、今、話をしていたところだったのだ」


「実戦! ですか?」


 スピアリット子爵の説明に、思わず言葉が詰まった。実戦か。それは考えても見なかった。


「実は万が一、実戦で使う場合、今の盾では重すぎではないかという話になってな」


 ドーベルウィン伯が詳しく説明してくれた。今『常在戦場』に配備されている大盾は木楯に鉄板を貼ったもので、槍を遮るだけの厚みはあるが、非常に重い。かといって鉄板を薄くして軽量化した場合、扱いやすいが剣や槍が貫通してしまう恐れがある。というのだ。さて、どうしたらいいものか、と三人で思案していたのだという。


「閣下の御意見はもっともなこと。ですが、盾を軽くすれば良いのか、盾を小さくすれば良いのか、その解法が見いだせませぬ」


 困った顔をしたファリオさんを見て俺は思った。


「だったら、実際に盾を作っている者をここに呼んで、聞いてみてはどうでしょうか」


「なんと!」


 ドーベルウィン伯は声を上げた。ファリオさんはギョッとしている。


「その発想はなかったな。流石は商人。視点が違う」


 スピアリット子爵が妙に感心してくれた。


「聞けるものであるならば、一度聞いてみたい」


 ドーベルウィン伯がそう言うので俺は魔装具でエッペル親父に相談し、武器ギルドからディフェルナルという武器職人を送ってもらう手筈を整えた。この間わずか十五分。それぞれの予定を調整した結果、週末の放課後に話し合いを持つこととなった。


「早いな。矢の如き速さ」


「まさに疾風迅雷だ」


 ドーベルウィン伯もスピアリット子爵も俺の動きに感心している。特に二人が興味を示したのは魔装具だ。


「伝達の速さがまるで違う」


「その速さに合わせた意思決定。近衛騎士団ではこうは行かぬな」


 やはり見るところは情報の速さと、意思決定の部分。それは作戦の死命を制すると言ってもよい部分だ。そこに注目するのは軍人らしい。魔装具について聞かれたので、俺が知る限りの事を話した。


 それを聞いた二人はメリットは多数あるが、導入維持費用の高さやスキルの問題で使えるのが現状、商人留まっていることや、導入しても現段階では費用対効果を考えれば、それに見合った活かせる場が少ない事を挙げた。流石は軍人、合理的な分析である。


「実に面白い。グレックナーが喜んで働く訳だ。全く飽きない」


 話を終えたドーベルウィン伯は満足げに言った。おそらくドーベルウィン伯は現役時代の時、こうやって仕事にのめり込んでいたのだろう。これじゃ、嫡嗣ドーベルウィンになんか、かまっている暇はない。俺とは別の意味で、子育て放棄状態だったのだろう。


「では、週末の放課後、武器職人の話を聞きましょう。本当に楽しいな。宮廷師範より楽しい」


 剣聖と呼ばれた人物の、この不遜な言葉について、今回は聞かなかった事にしよう。週末、俺とドーベルウィン伯、スピアリット子爵とファリオさんの四人と、ディフェルナルという武器職人を交えて、実戦的な盾の構造を話し合う事を確認した。


 ――放課後、俺とアイリは学園の馬車溜まりで、ザルツとロバートを待っていた。すると二頭立ての馬車が入って来る。どうやらザルツとロバートのようだ。馬車は俺達の前で止まった。


「久しぶりだな、グレン」


 ザルツの言葉に俺も返す。


「ああ。元気そうだな二人共」


「お前もな」


 ロバートが俺に声を掛けてくる。二人は馬車を降りると、アイリと挨拶をする。共に顔を知る仲であり、お互い気さくに応じている。


「途中で馬車を乗り換えてきたのか?」


「いや、違うが」


 ザルツが否定した。どういうことだ?


「四人乗りの高速馬車だったら四頭立てだろ」


「これは新型貨車でな。四人乗り馬車を二頭立てで走らせる事ができる高速馬車なんだよ」


「え? えええええ?????」


 これがノルト=クラウディス公爵領で作られているという新型貨車なのか! 


「車輌が軽量化されていてな。おかげで従来四頭立てだった四人乗りの高速馬車が、二頭立てで運用できるようになった」


「サスペンションも強化されているぞ。乗り心地も良くなっている。ウチが独占的に扱うことになったんだぞ」


 ザルツとロバートの説明に、ただただ驚くしかなかった。いきなり言われたので、頭が追いつかない。こういう時に順応性の低さが出てくる。事前準備ができていない状態で、いきなり想定外の事を言われると、一種のパニック状態になるのだ。これはいけないと頭では分かっているのだが、その状況に置かれると全く回避できない。


「グレンよ。公爵令嬢の元に案内してくれないか」


 思考が止まった俺を察したのか、ザルツは俺に促してきた。自分の役目に気付いた俺は、ザルツとロバートを学園貴賓室に案内する。その先頭にはアイリが立ってくれた。おそらく俺の挙動を見ての事だろう。心配をさせて申し訳ない気持ちになる。


 俺は予想外、予測外の事がいきなり起こると硬直してしまい、思考が止まってしまう悪いクセがある。定型業務、ルーチンワーカーとして生きてきたのだから、これは仕方がない。突然の変事には思考がついていかないのだ。それを見て、アイリが助けてくれた訳で感謝するしかない。


「お初にお目にかかります。ザルツ・アルフォードです」


「ロバート・アルフォードです」


 貴賓室の前室で俺たちを出迎えてくれたクリスに、ザルツとロバートは片膝をついて挨拶をした。俺なんてそんな挨拶、一度もしたことがないのに・・・・・ 


「はじめまして。クリスティーナ・セイラ・メルシーヌ・ノルト=クラウディスです。お会いできまして光栄です。膝をお上げください」


 クリスに促されたザルツとロバートは立ち上がり、クリスに案内されて本室に入った。俺とアイリ、トーマスがそれに続く。席次はクリスが上座。左側にザルツとロバート、右側に俺とアイリ、下手にトーマスとシャロンが座る形である。今日のクリスはいつになくにこやか。こんなクリスは珍しい。


「お忙しい中、会見いただきありがとうございます」


「いえ。わざわざお訪ねいただきありがとうございます」


「愚息グレンがお世話になっております」


「グレンさま・・にはいつもお世話になっております。


 ザルツとクリスは改めて挨拶した。が、やり取りが何か変だ。この二人を見ていると、これから何かお見合いでも始まるような雰囲気である。


「新型貨車でモンセルよりこちらまでやって参りました。二頭立てであっても、従来の速さと変わりませんでした」


「四頭立てと比べてですね」


「はい。高速馬車を運用する運行業者は、全て新型貨車に変えたいと申しております」


 そりゃそうだ。従来の半数の馬で今と同じ数だけの高速馬車を走らせる事が可能で、今の馬の数で倍の貨車を運用ができる。つまり同じ馬の数で従来の倍の収入が見込める訳だ。


「二頭立てですので、御者の育成に気を留める事もありません」


「つまり馬車を増やすことも容易なのですね」


 なるほど。ザルツとクリスの会話で気付いた。四頭立ての馬車を走らせる場合、馬を操る事に習熟した御者が必要なのだ。一人で前後二頭づつ連なる四頭の馬を操るのだから、熟練した御者が必要なのは当然の話。


 それが二頭であれば、そこまで習熟していなくとも一定レベルの御者であれば問題なく走らせることができるという訳か。ならば新型貨車さえ揃えれば、御者の確保に頭を悩ませることもないということになる。これはエレノ世界の交通と物流にとって革命的な出来事ではないのか。ザルツの話を聞いた俺は、そう確信した。

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