282 反響

「襲爵式、襲爵式って言われたって、見たまましか言えないよ」


 昼休み。案の定、アーサーは嘆いた。クラスの連中に取り囲まれて襲爵式の模様についてアレコレ聞かれて大変だったようである。参った参ったと言いながら、いつものように厚切りステーキを食べられているのだから、メンタル面はまだ大丈夫。


 一方、俺は今日は海鮮ピラフ。最近、スパゲティーとピラフを食べることが多い。米はもちろんボルトン伯領産。アーサーによると商品作物の販売量が増えたと、農業代官のルナールド男爵が喜んでいるそうだ。ロタスティでの米の消費が増えたと、ウィルゴットも言っていたな。


 俺たちが話していると、カインが「襲爵式の質問攻めで参ったよ」とゲンナリした顔をしてやってきた。ここまで予測通りの展開であるのは、流石エレノ世界と言ったところである。


  とは言っても襲爵式の反響が大きい為、俺の方もいつもとは違う行動に出ていた。臣従儀礼やザルツとの会見の話をクリスに伝える為、封書をしたためて座席の右前に座るもう一人の従者シャロンに渡したのである。いつもならトーマスに話をするのだが、今日は周りから勘ぐられるかもしれないと取り止めたのだ。


 だからカインも状況の変化に戸惑ったはず。ただ、話を聞くと「剣聖は何をお考えだったのか」とか「剣聖のご感想は?」とか、父のスピアリット子爵の話が多く「そんなに聞きたきゃ親父に聞けよ」と言いたくなるものだった。いやぁ、貴族の噂好きってのはマジものだったんだな。俺はカインの話を聞いて、妙に納得してしまった。


「まぁ俺達はじかに見ることができたから良かった、と思わなくては仕方がないよ」


「そうだよな。あんなものを見ることなんて中々できないだろうからな」


 アーサーとカインはそう言って納得しようとしているようだ。確かに千五百人はいるサルンアフィア学園の生徒で、襲爵式に参列したのはクリスと二人の従者トーマスとシャロン、アイリ、フレディとリディア、アーサーにカイン、ドーベルウィンにスクロード。そして主催者側に立った俺とレティの十二人だけだもんな。


 貴族子弟が多いサルンアフィア学園、襲爵式というものが身近な話という事もある。参加している者とそうでない者の差が百対一では、聞いてくる者が多いのは仕方がないか。まぁ、こんな騒ぎもじきに終わるはずだと俺が言うと、カインが話題を変えてきた。


「ブランシャール教官が復帰されたぞ。長かったな」


「ド・ゴーモン教官もだ。モーリス教官もらしい」


 アーサーがブランシャール以外の教官が復帰した事を教えてくれた。先週、国立ノルデン病院でアイリとレティが邪気を払った三教官が早くも復職したようである。あのまま回復したのだな。良かったじゃないか。アイリもレティも聞いたら喜ぶぞ。


「決闘の後、長らく邪気に囚われていたらしい。それを大聖堂の枢機卿猊下から話を聞いた魔道士が、邪気を払ってくれたお陰で元気になった、と」


 カインがブランシャールから聞いた話を俺たちに説明してくれた。なるほど、ブランシャールは俺達の名を隠して生徒に事情を話しているのか。味な真似をしてくれる。いいじゃないか、その説明。


 恐らく三教官が相談の上で決めたことなのだろう。下手に全てを話しても益になる事は皆無だからな。アイリやレティの聖属性を使い倒してやる、みたいな妙なヤツが現れても困るのも事実。俺は心の中で教官らの配慮に感謝した。


 アーサーやカインと別れ、一人教室に入ろうとするとディールに呼び止められた。おそらく襲爵式の件だろうな、と思ったらやっぱり予感の通り。ディールは『常在戦場』の臣従儀礼について尋ねてきた。


「前に学園に来たあの集団が臣従儀礼をするんだな」


「どこで聞いたんだ?」


「パーティーだよ」


 ディールが言うには派閥の若年者が集まるパーティーで知ったらしい。ディールの家は確かアウストラリス派のはず。なのに臣従儀礼の情報まで流れているのか。


「襲爵式の規模がデカかったって話ばかりだったんだ」


 パーティーでは襲爵式の話ばかりが話題となり、ケルメス大聖堂が二日間も貸しただとか、控室で出てくる菓子が豪華であったとか、数百人の衛士が鼓笛隊の演奏と共に家の旗を持って行進してきたとか、かなり具体的な内容が話されていたようである。


「お前の話も出ていたよ。黒い服に剣を差してマントを羽織っていた、って。目立ってたそうじゃないか」


「刀を差してたんで、後ろを隠そうとマントを羽織ってたんだよ」


 俺はジェスチャーでディールに説明した。しかし、貴族世界の噂の回り方ってのは独特なんだな。やたら細かいところまで描写しているじゃねか。


「皆の関心事は、宰相府に臣従儀礼をすることでどう変わるのか、って話だよ」


 やはりそこか。アウストラリス派の若手貴族もその点に注目している訳だな。ディールからの情報は有り難い。情報源のない俺にとって、アウストラリス派の内情をうかがう貴重な話だ。


「何にも変わらないよ。理由が理由だし」


「理由?」


 冒険者ギルドを知っているか、と尋ねると知っていると答えたので、俺は『常在戦場』の成立から、最近起こった王都の冒険者ギルドを受け入れるまでの過程について、あれこれ話した。


 『常在戦場』と冒険者ギルドの登録者が対立していたのを仲裁する中で仕事がないことが分かり、ならばこちら側が受け入れる事を言ったら、皆が『常在戦場』に入ってしまったので、冒険者ギルドそのものが解散してしまったという件だ。それを聞いたディールはビックリしている。


「それで全員が来たのか?」


「ほぼ、全員だ。受け入れると約束したんだから、受け入れなきゃいけないだろ」


「まぁ、そうだけど・・・・・ よく受け入れたな、そんな人数」


 まぁ、カネの方は大丈夫なので、後はグレックナー達の考え次第だったんだよな。俺は安易に返事をしてしまっただけの話で。


「そんなこんなで、受け入れたのはいいんだけどさ、近衛騎士団の人数よりも多くなってしまったという事が分かって、これじゃマズイな、と」


「だから臣従儀礼って話になったのか!」


「エルベール公も臣従儀礼させた方がいいって言っていたらしいし、成り行きで大きくなってしまったんだから、その話を受け入れた方が賢明だろということで、『常在戦場』の幹部全員に了解も取ってある」


「しかしまぁ、とんでもない話だな。お前らしいって言ったら、らしいが」


 ディールが呆れた顔で言ってきた。まぁ、本当の話だって事はディールも理解してくれたようである。


「こちらの意思は固まったから、後は宰相府次第ってとこだ」


「そちらの方は大丈夫だと思うぞ。内大臣のトーレンス候も支持されているそうだし、ドナート候も派閥の貴族を引き連れて宰相閣下に臣従儀礼を勧められたらしいからな」


 アウストラリス派には、既にトーレンス候やドナート候の動向についての話まで回っているようだ。貴族の噂は音速レベルか。意思の疎通が図れているとは思えない貴族各派だが、噂となればまた別のようである。


 但し、ボルトン伯の話が回っていないという点が面白いところ。この化かし方がボルトン伯らしい。大きくアピールするドナート候、秘密裡に支持を伝えるボルトン伯。貴族独特の情報伝播力の中、どのように動いて行くのか。その人物の嗅覚が問われるということなのだろう。


「みんな我が派はどう動くんだ? って真剣に話し合っていたぞ。しかもエルベール公やドナート候に出し抜かれてしまった、って」


「ディールだったらどうするんだ?」


「長いものには巻かれろ式で、臣従儀礼を支持するしかないだろ。もうやることが決まっているんだから」


 あっけらかんと言うディールに思わず笑ってしまった。そうだよな。その通りだよ、ディール。お前の意見は正しい。そんな簡単な事が、見栄や面子で見えなくなるんだよな、人間って。


「俺が間違っているのか?」


「違う違う。正しいよ。ただあまりにズバッと言うもんだから・・・・・」


 俺が笑ったので、ディールを勘違いさせてしまったようである。謝りながら、ディールの目の正しさについて話した。


「今回の場合、ウチと宰相府との関係だから、反対しても決まってしまうものだからな。ディールの言う通り、それしかないんだよ。だから正しい」


「だろ。でもウチの派の連中はそれが分からないんだよ。だから黙っておかないと仕方がないんだ」


 ディールは呆れたという感じで言う。そんな空気の場で正論を言ったって無視されるか、排除されるかしかない。


「俺は三男だからさ、俺の子供となったら貴族との縁は薄くなるんだよ。そう思ったらさ、派閥も何も関係なくなるじゃん」


 確かにその通り。だが多くの場合、その視点には中々立てない。場合によったら、自己否定に繋がりかねないからである。しかしディールはいつの間にかそういう視点を持ち、視野角を広げて派内の同輩達を見るようになっていた。


「そうすると不思議と次どうなる、次どうするって見えるようになって来たんだ。だから今回、臣従儀礼が行われるだろうから支持するしかないよな、って思ったんだ」


 醒めた視点に立てば、誰でも最適解に辿り着く事ができるものだ。ところが常時その視点に立てる訳じゃないし、当事者ともなればそうはいかないだろう。だが、その視点を持っているという自覚があるのとないのでは雲泥の差。そういう点でディールは大きな成長をしたということである。


「宰相府への臣従儀礼は行われるという事だな。だったら、やる時には俺も招待してくれよ。数百人の衛士の行進ってのが見たいから」


「ああ、もちろんだ」


 俺が返事をするとディールは右手を挙げて教室に入っていった。ディールの会話から得られた情報だけでも招待する価値は十分ある。アウストラリス派の内情について得られたものは大きいからな。式典が行われた時には、貴族が列席する席を用意してもらうよう手配しよう。


 しかし臣従儀礼一つでアウストラリス派の派内が揺さぶられているのを知ることができたのは大きい。また、それを事前に予測していたクリスも大したものである。しかしディールのヤツ、判断に間違いはなかった。いつの間にあんな眼を持つようになったのだろうか。俺はディールの成長に感心した。

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