281 コラボレーション
そんなこんなでニューズ・ラインから渡された楽譜を確認した俺は、鼓笛隊との演奏会に臨んだ。とは言っても客はアイリとフレディ、リディアの三人だけなのだが。椅子を並べ終わった頃、ニューズ・ラインら鼓笛隊の面々がやってきた。皆、手に手に楽器を持っている。流石は鼓笛隊。音楽が体に入っている。
ただ、今日は移動先ということで、さすがにチャイムやシロフォンは持ってきていないようだ。鼓笛隊の面々は椅子に座ると早速、音を鳴らし始める。誰もやる気マンマンじゃないか。
「まずはおカシラから一曲を」
「いや、ここは二曲弾こう。一曲は渡してくれた楽譜の曲、もう一曲はピアノ曲だ」
「でしたら、その後、ウチも二曲弾きますよ。その後で一緒に」
実は俺と鼓笛隊は、今まで全く音合わせを全くしていない。今から音合わせするのだから、本番で合わせるようなものだ。まぁ、今日の企画自体、俺の演奏を聞くことがメインなのだから、その辺り、大げさに考えなくてもいいか。
鼓笛隊の面々が音を鳴らすのを止める頃を見計らって、俺は演奏を始めた。先ずは襲爵式の退場で鼓笛隊が弾いた曲。「馬場に、猪木に、鶴田に、ブッチャー♪」こと「スポーツ行進曲」からである。
「おおーーー!!」
俺が演奏を始めると、鼓笛隊の面々からどよめきが起こった。まさかこの曲から始めてくるとは思わなかったからだろう。ニューズ・ラインから渡された楽譜。その中のスポーツ関連楽譜の中にこの楽譜はあったのだが、曲の名前が「スポーツ行進曲」だとは楽譜を見るまで知らなかった。エレノ世界に来て現実世界の事実を知るという珍しい体験だ。
その次に弾いたのは交響詩『わが祖国』より「モルダウ」。デビットソン主教の「叙任式」の際、ザビエルカットの修道士達が現れ、この曲に合わせて「ドンパン節」を歌ったのだ。あのときの衝撃は今でも忘れなれない。そのリベンジと言ってはなんだが、こちらの世界にも一定程度知られた旋律だろうと思って選曲した。
「いやぁ、見事な演奏です」
演奏が終わると、ニューズ・ラインが拍手をしながら近づいてきた。皆が拍手をしてくれる中、「モルダウ」についてあれこれと質問してくる。話を聞くとやはり多くの人が知っている旋律のようである。ただ、曲の全ての部分が知られている部分でないらしく、これが本当の「モルダウ」だぞ、と言ったらニュース・ラインは驚いていた。
今度は鼓笛隊の番で、まずフォーレ作曲の「シシリエンヌ」から入った。俺が渡した曲だ。それをニューズ・ラインが鼓笛隊に合うように編曲している。いやぁ、実に素晴らしい。この世界で普通に管楽が聞けるとは思いもしなかった。
続いて弾いたのは「ワンダフルガイズ」。西部警察のオープニング曲である。どうしてエレノでこの楽譜があるのか全く不明。宝塚曲の比重が異様に高い事から、乙女ゲーム『エレのオーレ!』の音楽担当の趣味なのだろうが、それにしてもこの曲の楽譜があるのは唐突に思える。だが、ブラズには実に合う曲だ。
今度は俺の番ということで、ベートーヴェンのピアノソナタ第十四番「月光」の演奏を始める。少し曲が長いかとも思ったが、全てを弾かないと意味がない。第三楽章だけ弾いても演奏したとは言えないのだ。そう思った俺は、全楽章を弾くことにした。
本当のところを言えば、俺の技術的なレベルから考えて、弾くのには正直引け目を感じる部分もあるのは事実。だが鼓笛隊の面々がわざわざ聴きに来てくれているのに、ピアノという楽器の一端ぐらいは見せないといけないという気持ちになったからである。俺は三楽章で構成されていること、十五分ぐらいの曲であることを説明してから演奏に入った。
今日の指の動きは非常にいい。鼓笛隊の演奏を聞いたことで気分が高揚しているからだろう。第三楽章に入る頃には脳内のテンションが最高潮に達していた。もう少し抑えなければとは思うものの、止まらずにガンガン弾いてしまう。その勢いのまま演奏を終えると、鼓笛隊の面々が拍手しながら立ち上がり、俺の周りを取り囲んだ。
「おカシラ、すげぇ!」
「素晴らしい演奏でしたぜ!」
「ピアノ一台でこんな演奏が出来るなんて、まさに神!」
いやいやいや、俺なんか全然演奏できてないから。「月光」でアップアップなんだぞ。おそらく本格的なピアノ奏者がいないからそう思うのだ。キチンとした奏者の演奏を聞けば、そんな評価なんかすぐに消え去るだろう。
興奮しながら俺を囲んで音楽談義を始める鼓笛隊の面々に、ニュース・ラインが「今度は俺達の演奏の番だぞ」と声をかけて、皆を席に座らせた。全員本当に音楽好きなんだな。話の内容を聞くなり、改めてそう思う。
椅子に座って心を落ち着かせた鼓笛隊は「栄冠は君に輝く」を演奏し始めた。高校野球の曲だ。ニュース・ラインが渡してくれた中に入っていた。しかし『エレノオーレ!』の音楽担当は、なんでこんな曲を入れたのだろうか? それは別として鼓笛隊の演奏は上手いし、編曲も中々のもの。ニュース・ラインが実力者だということなんだろうなぁ、これは。
俺と鼓笛隊が相互に何曲か曲を弾いた後、一緒に曲を演奏する事になり「コッペパン」と「なんちゃら要塞」を一緒に演奏した。両方とも本来管弦曲なので、管楽で演奏するだけでも迫力が違う。
これまで鼓笛隊と合わせたことがなかったので不安だったが、ニュース・ラインの指揮と鼓笛隊の実力のおかげで、難なくセッションができたのは幸いだった。俺も生まれて初めての合奏に心が湧き立つ。勢いに乗った鼓笛隊はそのまま「愛の残骸」という曲を弾き始めた。
(こ、これは・・・・・)
ヅカ曲だ。確かニュース・ラインが渡してくれた楽譜にもあった。俺はその楽譜を広げて愕然とする。歌詞がヤバい。思わず楽譜をめくったが、次の楽譜「エンドレス・ドリーム」という曲も何気にヤバい。こういうのは舞台でヴィジュアルを見ながら堪能するものなのだろう。これは素直に鼓笛隊の演奏だけを聞くのが吉だと思って、楽譜をそっ閉じした。
ふと気付くと、俺と鼓笛隊の周りには演奏を聴いているギャラリーが集まっていた。その数五十人くらいか。休みの日なのに、よく集まってきたな。聴衆からもに熱気を感じる。そう思っていたらフレディが襲爵式の入場曲が聴きたいというので、最後をこの一曲で締める事になった。
ニュース・ラインと呼吸を合わせ、俺のピアノと鼓笛隊で演奏を始めた。ピアノが入ることでケルメス大聖堂の神殿での演奏と大きく変わる。当たり前だが、音域が広がったからだ。俺たちの演奏に合わせ、誰からともなく手拍子を始める。演奏が終わるとロタスティは拍手に包まれる。
「おカシラ、今日は実に楽しかったです」
ニュース・ラインが駆け寄ってきて握手を求めてきた。俺は立ち上がりニュース・ラインと握手を交わす。そして立ち上がった鼓笛隊の面々と共に、ギャラリーに向かって一礼した。
見ると曲をリクエストしたフレディも、その横にいるリディアも、俺と付きっきりだったアイリも皆満足そうである。ギャラリーが俺たちに拍手をしてくれる中、ニュース・ラインが声を掛けてきた。
「サルジニア公国でピアノ演奏を聴いて以来、久々でした」
「サルジニア公国で?」
「ええ。サルジニア公国ではピアノの奏者がおりましたから」
ニュース・ラインはその昔、音楽を学ぼうとサルジニア公国に行っていた事があるらしい。こっちの世界でいう音楽留学だ。話によるとサルジニア公国は音楽が盛んで、音楽アカデミーというものまであるとのこと。
どんな音楽が学べるのか、ものすごく興味ある。もし俺が現実世界に帰る気がなかったら、サルンアフィア学園じゃなくて、そっちに行っても良かったかもと思う。なんでもサルジニア公国と国境を接しているミルメガド王国では音楽が発展しており、その影響でサルジニア公国でも音楽が盛んなのだという。
確かサルジニア公国に留学されていたウィリアム王子が、サルジニア公国とミルメガド王国が小競り合いを続けているとか言っていたな。もしかするとミルメガド王国への対抗意識もあって、サルジニア公国は音楽に力を入れているのかもしれない。鼓笛隊と俺のピアノの演奏会は、ニュース・ラインの興味深い話を聞きながら無事に終わった。
――襲爵式も終わり、臣従儀礼の話も進もうとしている。鼓笛隊との約束だった演奏会も無事に終えることができた。近々リサやレティもリッチェル子爵領から戻ってくるだろう。
ようやく平穏な日々が戻ってくる。そんなことを思いながら教室に向かっていると、俺への視線がいつもより多い。なんだなんだと妙な感覚に襲われながら教室に入ると、クラスの貴族組から取り囲まれた。
「ケルメス大聖堂で行われた襲爵式はどんな感じだった?」
「『常在戦場』という集団は、どこから連れてきたんだ?」
「襲爵式を仕切ったって本当なのか?」
いきなりの質問攻めに面食らってしまった。先週は何ともなかったじゃないか。理由を聞くと実家に帰ったり、親族と会ったり、貴族同士のパーティーに参加したりする中で知ったらしい。どこもケルメス大聖堂で行われた、リッチェル子爵家の襲爵式の話で盛り上がっているそうである。
これは取り繕う事が難しそうだな。辺りを見渡すとフレディと目が合った。小さく首を振っているので、まだデビッドソン主教のことは知られていないようだ。目先を変えてクリスの方を見ると、いつものように教室の最前列で前を向いて座っている。その周りに人がいない事を考えると、クリスが襲爵式に参列した件を誰も問いかけた者はいないようだ。
こういう時、悪役令嬢の鉄壁オーラは役に立つよなぁ。俺なんかそんなものがないから、こうやって取り囲まれている訳だが。俺は今のこの状況を見て、はぐらかしはできないと判断した。これだけ話が広がっていると、この場をはぐらかして乗り切ったところで、別のところでまた同じように捕まるだけのこと。
ならば核心に触れないようにしながら、質問に答えるのがベターだろう。俺はケルメス大聖堂での襲爵式の模様を克明に話し、『常在戦場』の成立過程や、襲爵式との関わりについて、注意深く吟味しながら答えた。質問に答えていくうちに聞く側も納得したようで、皆、徐々に落ち付きを取り戻し始める。
「まぁ、そういうことで急遽決まった襲爵式だったもんだから、大変だったよ」
そう話したとき一限目が始まる合図が鳴ったので、俺は席に向かい、そのまま座った。教室に教官が入ってくる。
「大変だったね」
隣に座るフレディが小声で囁いてきた。本当にそうだよ。襲爵式が終わった後、全く反応がなかったので警戒していなかので、面食らってしまった。まさかこんなにラグがあるなんて、思っても見なかった。こりゃ、アーサーやカイン達も質問攻めだろうな、これは。俺は外れる事のない予想を立てたのである。
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