279 儀礼了承

 翌日の放課後、俺とアイリは『常在戦場』の屯所へ向かっていた。『常在戦場』の幹部会議に出席する為である。議題はもちろん『常在戦場』の宰相府への臣従儀礼についてである。


 臣従儀礼を行うかどうかについて、団としての意思を正式に確認するためだ。アイリが同行しているのは、俺の秘書役として出席したいという本人の強い希望からである。屯所に向かう車上、俺はザルツから届いた封書を読んでいた。


「ザルツが上京してくるのか」


 驚きで思わず口に出してしまった。


「グレンのお父様が!」


「ああ。ロバートも一緒だ」


 便箋にはサルジニア公国から帰ってきたロバートと共に、来週の平日二日目に王都に到着する予定だと記されていた。だが、驚くのはそこではない。アイリが心配そうにこちらを見てくる。


「何と書かれているのですか?」


「公爵令嬢との会見を設定せよと」


「えっ?」


 アイリが驚くのも無理はない。俺が驚いているのだから。便箋には、来週二日目の夕方に王都に着く予定なので『グラバーラス・ノルデン』の部屋の確保と、学園にて公爵令嬢との会見のセッティングを行うよう書かれていた。


 まさかザルツの方からクリスとの会見を申し込んでくるなんて思いもしなかった。ザルツはノルト=クラウディス公爵領の首府サルスディアで、クリスの長兄デイヴィット閣下と会見している。それと関連があるのだろうか。


「どうしてでしょうか?」


「分からない。ただ、ザルツが前に王都を後にした後、公爵領に立ち寄ってクリスの長兄との会見に臨んでいるのだ。その話と関係があるかもしれない」


「そんな話が・・・・・」


 一つ思い当たるフシがある。その会見の席上、領内で生産が行われている新型馬車の取り扱いをアルフォート商会が一括して行う話となった事だ。その話にクリスが一枚噛んでいるのかもしれない。


 というのもディヴィット閣下との話で決まった新型馬車の取り扱いについて、もしノルト=クラウディス公爵家の者と王都で話し合いを行うのであれば、普通に考えて宰相閣下かその代理人であるアルフォンス卿だろう。そのいずれでもなく、クリスとの会見を望むいう点から俺はそう推察したのだ。


(まぁ、ザルツが来れば、その意図は自ずと分かる)


 そう思っていると、馬車は屯所の馬車溜まりに入っていく。俺とアイリが会議室に入ったら、ちょうど参加者が集まっているところだった。俺はハンナの姿を見つけると、すぐに駆け寄って伝える。


「ハンナのおかげで襲爵式は盛大に執り行われた。感謝するよ」


「いえいえ。我が父もあのような立派な襲爵式に参列できた事、喜んでいました」


 なんでも昨日行われたランドレス派の派閥会合に出席したハンナの父、ブラント子爵は派閥のメンバーから襲爵式の模様についてあれこれ尋ねられ、参列した事を羨ましがられたのだという。


 そしてブラント子爵の溜飲を下げたのは、苦々しい顔をしながら沈黙した、派閥領袖ランドレス伯の姿だったとのこと。これまで伯爵から散々食い物にされた形のブラント子爵からすれば、まさに「してやったり!」の心境だったのだろう。


「このような楽しい催しに夫共々参加させていただきまして、グレン様には感謝のしようもございませんわ」


 ハンナは楽しそうに微笑んだ。意趣返しの方法といい、それを見て楽しむ有様といい、これぞまさしく「ザ・貴族」じゃないか。商人身分の俺とは無関係な話だが、そんな世界にどっぷりと浸からなければならないクリスが何となく気の毒になってきた。会議に参加するメンバーが着席を始めたので、俺もハンナと離れて自分の位置に着座する。


 今日の会議の出席者は団長のグレックナー、一番警備隊長のフレミング。ルカナンス、カラスイマ、オラトリア、マキャリングら警備隊長の面々。事務総長のディーキンや事務長のスロベニアルト、調査本部長のトマール。あと第六警護隊長ルタードエ。そしてグレックナーの妻室のハンナ。そして俺と秘書役のアイリの十三人。


 今回、第一警備隊は『金融ギルド』、第二警備隊は『取引ギルド』、第四警備隊は『サルンアフィア』学園にそれぞれ常駐しており、隊長のヒロムイダ、シャムアジャーニ、ファリオは常駐先にいるため出席していない。


 またダダーン率いる第三警護隊はリサと共にリッチェル子爵領に駐在しており不在。一方リンドが隊長を務める第五警護隊は、レティやミカエルの警護の為に同行しており、今回は席を外している。


 まずグレックナーから、ケルメス大聖堂で行われたリッチェル子爵位の襲爵式が成功裡に終わり、無事に襲爵が行われた事への礼と、式典において『常在戦場』がしっかりと役を果たした事の報告が行われた。またムファスタの冒険者ギルドとの合流協議が大詰めを迎え、近々王都で詰めの協議が行われるとの事。


 上京してくるのは『常在戦場』ムファスタ駐在代表のジワードとムファスタの冒険者ギルドのギルド責任者。以前、ムファスタの冒険者ギルドをギルドごと借り受ける交渉をしたジワードは、交渉成立後そのままムファスタに残り、現在はムファスタの冒険者ギルドと行動を共にしている。


 ムファスタの職工の家で生まれ育ったジワードはムファスタの事情に詳しく、ムファスタ駐在代表という肩書でムファスタの冒険者ギルドに出入りしながら、これはと思った者をスカウトし、ムファスタで一隊を形成していた。その数十余名との事でムファスタの冒険者ギルドと合流後は、ジワードが両方の隊を束ねる予定であるという。


 一方、ディーキンからはセシメルの冒険者ギルドとの協議が始まったとの説明があった。事務局よりシェラームーブという人物が協議に赴き、セシメルギルドのザール・ジェラルド立ち会いの下、冒険者ギルドのギルド責任者との協議が行われているという事である。一通りの報告を受けた後、俺は本題に入った。


 リッチェル子爵位の襲爵式に参列した重鎮貴族のエルベール公が『常在戦場』の宰相府への臣従儀礼を勧めており、宰相派や内大臣トーレンス候、有力貴族のドナート候がその案を支持している。


 俺もこれを機に『常在戦場』が宰相府へ臣従儀礼を行い、その立ち位置を世に示すべきではないかと思っていると説明した。そんな俺の話に対し、団長のグレックナーやフレミングを初め、会議に出席したメンバーらの反応は上々だった。特に前のめりだったのは三番警備隊のカラスイマで、「一も二もなく賛成」だと賛同。


 『常在戦場』が近衛騎士団や王都警備隊と争うような集団ではない事を世に示す好機だとし、臣従儀礼の速やかな実現を求めた。これに四番警備隊長のオラトリアや事務長のスロベニアルトが賛同し、会議は臣従儀礼を受け入れる包まれる。そんな中、二番警備隊長のルカナンスが発言を求めた。


「どうして、このような『臣従儀礼』の話に?」


「統率の取れた『常在戦場』をそのまま野に置いておいても良いのかと、エルベール公が申されたそうだ」


「やはり我々を警戒なされておられるのですね、貴族様は」


 冒険者ギルド登録者出身のマキャリングが言った。グレックナーらと異なり、騎士団などといった宮仕えの経験がないマキャリングは、貴族不信を隠さない。そのマキャリングの発言に、会議の空気は微妙なものに変わった。


「本当に信じて宜しいのですかねぇ?」


「マキャリング。言い過ぎだぞ」


 毒を吐くマキャリングをグレックナーがたしなめた。しかし安易に信じて良いのか? というマキャリングの問いかけは放っておくべきものではない。極端な身分社会であるエレノ世界には、他の階層に対する潜在的な不信感というものが存在する。


 『常在戦場』の隊士の中にもマキャリングのような意見を持つ者は少なくないだろう。そういった不信感を払拭しなければ、人数も多くなった『常在戦場』を纏めていくのは難しい。


「マキャリングの言わんとする気持ちはよく分かるぞ。だからこその臣従儀礼なのだ」


「お、おカシラ・・・・・ それはどういった事で」


 俺の言葉にマキャリングが戸惑っている。同調圧力が強くなりがちな会議の中で、異論を述べたマキャリングの発言は貴重なもの。俺がマキャリングの立場だったら、面倒なので黙ってやり過ごしていただろう。


 しかしマキャリングはそれを抗して言ってくれている訳で、この機会は生かさなければならない。俺は臣従儀礼に至る経緯を説明した。つまり襲爵式は臣従儀礼を認めさせる為のデモンストレーションであったことを。するとマキャリングの表情が一変した。


「おカシラ! それじゃ、我々を貴族に認めさせる為にあんなことを・・・・・」


「まぁ、そんなところだ。仕掛けが大きすぎたかな、と思ったが結果として、あれぐらいやらなければ貴族社会には響かなかった」


「ですわね。皆様が呆気にとられておりましたから。『常在戦場』の存在を知らぬ方はおられなくなるのではありませんか」


 俺がマキャリングに説明していると、エレナが感想を述べた。貴族階層であるエレナが言うのだから間違いない。貴族社会に対して与えたインパクトは絶大だった。だから宰相派の反対派貴族もトーレンス候もドナート候もこちら側に靡いたのである。グレックナーが話す。


「宰相府への臣従儀礼を行うことによって、我々『常在戦場』の身分を王国に保障してもらう、と」


「要らぬ敵愾心を持たれる方が困るからな」


「その為の襲爵式という仕掛け。よく考えましたな、おカシラ」


 グレックナーがつぶらな瞳をこちらに向けてきた。だが、この仕掛けを考えたのは俺じゃない。


「考えたのは公爵令嬢だがな」


「公爵令嬢が!」


 カラスイマが声を上げた。カラスイマはノルト=クラウディス家が背後についているのであれば、尚更臣従儀礼を行うべきだと語気を強める。


「実質的に我々の最大の庇護者は公爵令嬢という事ですね」


「公爵令嬢が味方だと考えて良いという事か」


 オラトリアの言葉にマキャリングが続いた。どうやらマキャリングの不信も払拭されたようである。


「ここは臣従儀礼、速やかに受けるべきです」


 フレミングが大きな声で進言してきた。今度は誰も異論がないようである。場の空気を見たグレックナーは俺にスキンヘッドを下げてきた。


「おカシラ。我が『常在戦場』は、宰相府への臣従儀礼をお受けします」


 俺は『常在戦場』から臣従儀礼の了承を取り付けた。

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