277 汗は自分でかきましょう

 ロタスティの個室でクリスと二人の従者トーマスとシャロン、そしてアイリと俺の六人で会食をしていたのだが、そこで俺の「癖」の話となってしまい、あれやこれやと俺の動きの分析を始めた。これ以上、俺の話を続けさせるのはマズイな。そう判断した俺は、さり気なく、別の話題に切り替えようとした。


「ここで話題を変えて、話を逸らそうと思っていますわね、グレン」


 俺が言葉を発しようとした瞬間、クリスは口を挟んできた。まるでタイミングを計ったように。は? 何故読めるのだ! クリスの方を見ると勝ち誇った顔をしている。その顔は悪役令嬢モードではないか!


「グレンの考えることぐらい、もうお見通しですよ」


 ワイングラスを片手に勝利宣言をするクリス。だがタイミングを外されたぐらいで諦めるような俺ではない。俺は前から気になっていた件をクリスに尋ねた。


「クリスが考えた『臣従儀礼』が、どうしてエルベール公の発案に変わったのだ?」


「それは・・・・・」


 クリスが一瞬怯んだ。やはりクリスは何かをやっているな。俺はつかさず、そこへ踏み込む。


「アルフォンス卿の説明では、ドナート候は「エルベール公の提案した『臣従儀礼』に賛成する」と言っているという話じゃないか」


「何もやってませんわ」


 クリスはそう言いつつ視線を逸し、トーマスとシャロン、そしてアイリの方を見た。襲爵式に同行していた三人の同意を求めて、自身の潔白を主張する。そういう算段か。だが、そうはさせない。


「俺には分かっているんだ。クリスの案とエルベール公の案が同じなんだぞ」


「偶然ですわ」


 ツンとした顔で応じるクリス。偶然とは・・・・・ 面白い偶然もあるものだな。俺は一つ仕掛けてみた。


「発案者が入れ知恵しない限り『常在戦場』を宰相府へ臣従儀礼なんて案が、エルベール公の口から寸分違わず出てくる訳がないじゃないか!」


「い、入れ知恵なんて! ただ、お話していただけですわ!」


 尻尾を出したなクリス。俺がニヤリと笑うとハッとした顔になった。やはり話をしていたのだな、クリスよ。俺は優位に立ったことを実感すると、トーマスに聞く。


「クリスとエルベール公はいつ話をしていた?」


「・・・・・」


 俺とクリス。トーマスは交互に顔を向けながら、困った表情になった。クリスの手前、言いにくいのだろう。


「クリス、いいだろ」


 俺が言うと、クリスは黙って頷く。周辺を抑えられているのに拒否はできないよな。トーマスは安堵の表情を浮かべながら俺や『常在戦場』、ミカエルやリッチェル子爵家の関係者が退出した後の神殿で、エルベール公とクリスが会話していた事を話してくれた。


 やはりそうか。襲爵式が終わり式典関係者が全て引いた後、参列者が着席したまま退室を待っている時に、クリスはエルベール公に話かけた。いや、話を持ちかけたと言ってもいいだろう。クリスはこの時を待っていたのである。


「どんな話をしたんだ?」


「普通の話ですわ」


 すました顔で答えるクリス。だから俺は聞いてやった。


「『常在戦場』の事が普通の話か?」


「話の中の一つが、そのお話だっただけです!」


 クリスはムッとした顔でそれを認めた。つまりミカエルの襲爵式の際、俺やレティの退出後の神殿で、エルベール公とクリスは『常在戦場』の話をしていたということ。その会話の中で、臣従儀礼の発案者がクリスからエルベール公に変わったという訳か。


「そのお話について聞かせてもらおうか」


 そう言うとクリスは観念したのか、エルベール公との会話について話し始めた。襲爵式の会場となったケルメス大聖堂の神殿で、リッチェル子爵位を襲爵したミカエルを先頭に『常在戦場』の隊士が「馬場に、猪木に、鶴田に、ブッチャー♪」の曲に合わせて退場し、俺たちもそれに続いて神殿を後にして、神殿の出入り口が閉じられて式典が終わった。


 その後リッチェル子爵家の面々、そして教会関係者が下がり、参列者だけが会場に残された。我々の世界で客だけ置いて主賓が抜けるなんて事はありえないが、エレノ世界ではこれが一般的であるらしく、失礼な事ではないらしい。その際、参列者の席の最前列にいたクリスは、正面通路の向かいに座っていたエルベール公に話しかけたというのである。


「あの者達の行進。迫力が御座いました」


「その通りですな。あのような人数、見たこともございませぬ」


 エルベール公も『常在戦場』の数に圧倒されたようで、隊士の数について話した。その答えにクリスは言う。


「しかしあれだけの数の者、そのまま野に置くというのは如何かと」


「うむ。確かに申される通り。野にるにせよ、然るべき目が必要と存ずる」


 クリスの危惧に、エルベール公が応じた。そこでクリスは公爵に投げかける。


「いっその事、宰相府に括り付けてしまえば、と」


「宰相府?」


「『臣従儀礼』でも行わせて、王国に従わせるべきかと思いまして」


「宰相府へ『臣従儀礼』か。それは妙案。国の安定を考えれば良策だ」


 エルベール公は大きく頷いた。それを見たクリスは言った。


「公爵閣下の名案。早速父上に申し上げたいと思います」


「宰相閣下に?」


「はい。公爵閣下のこの名案。軽々な取り扱い、父上にできる訳もございませぬ」


「おおぅ」


「これは国の大事に関わること。父上には公爵閣下の国を思わんが故に導き出されましたこの名案、立場に関わらず是非にも聞き入れていただかねば」


「国の安寧を願う心は宰相閣下もお変わり無き筈。その前には各々の立場など些末なもの」


 謙遜してモノを言うエルベール公を尻目に、クリスは大きな声を上げる。


「公爵閣下がお考えになられました、あの者達の宰相府への『臣従儀礼』。帰りましたら公爵閣下のこの名案、直様父上に申し上げます」


「頼みましたぞ! 国の大事、是非お伝え下され!」


 エルベール公はクリスに力強く頼んだ。高揚感からか顔が紅潮している。クリスとエルベール公の声が聞こえたのか、会場からどよめきが起こり、それはやがて会場全体を包み込む。その直後、エルベール公の退場を宣する声があり、公爵は家族や陪臣、衛士らを引き連れて神殿を後にした。


 次にクリスに声がかかり、トーマスやシャロン、アイリや陪臣らと共に退席。ケルメス大聖堂の玄関で待つ俺は、満面の笑みを浮かべたエルベール公を目撃した。これが神殿で起こった顛末である。


「結局、犯人はクリスじゃないか!」


 クリスからの話を聞き終えた俺は、そう結論付けた。


「人聞きの悪い! エルベール公のご意見と私の案がたまたま・・・・一致しただけですわ!」


「それを「誘導尋問」というのだ!」


 ある結論に落とし込むために言葉巧みに人を誘導する。クリスはその能力を使って、あたかもエルベール公が自身の力で結論を導き出したかのように誘導したのである。だから犯人はクリス一択じゃないか。


「御言葉に出されたのはエルベール公ですわ」


「その言葉を出させたのはクリスじゃないか!」


「たまたまです。たまたま」


 あくまでシラを切るクリス。どうでもいい、実にどうでもいい事に拘るその姿勢。実に素晴らしいじゃないか。クリスよ。その気持ち、俺は分かるぞ。だからクリスと気が合うのだな。三人の方を見ると、皆クスクスと笑っている。不毛な俺達の戦いを見てなのだろう。


「自分の案をエルベール公に取られて悔しくないのか、クリス」


 ここで俺は捻りを加えた。おそらくクリスに真正面からぶつかっても、堂々巡りとなるとの判断からである。クリスは少し考えた素振りをした後、言った。


「小娘の案では何も動きませんでしたが、エルベール公の案なら貴族の皆様は動きましたわ。宰相派の貴族達も」


 クリスは襲爵式を終え、屋敷に帰った後の事を話し始める。長老格クラウディス=ディオール伯以下、一門達や陪臣らに囲まれたクリスは参列の礼を述べた。クラウディス一門や陪臣家三十家以上の参列は、クリスが「テオドール様」と慕うクラウディス=ディオール伯が音頭を取って実現したものであったそうである。


 このテオドール様、実はクリスの亡き母セイラの兄で、クリスから見れば伯父に当たる人物。そりゃ、かわいい姪の為に一肌脱ごうと頑張るよな。その話を聞いて俺は納得した。一門陪臣達は皆『常在戦場』の隊士達の行進に感動し、クリスの唱える『常在戦場』の宰相府への臣従儀礼に対する支持を更に強めた。


 この場に集った貴族は、誰もそれがエルベール公の意見だとも思わなかったし、それどころか貴族派の重鎮エルベール公でさえ・・もクリスに同調したと捉えたとの事。これはもう宰相派の中に「クリス派」というノルト=クラウディス一門陪臣達の一派、いわば派中派が形成されたようなものだ。


 翌日、クリスはこの派中派を背景として、クリスの案に反対していた宰相派幹部と対峙した。ところが「あのエルベール公までもが『臣従儀礼』を唱えた」とか「馬車に乗り遅れるな!」と、皆挙って宰相府への『臣従儀礼』に賛成。反対意見は影を潜めてしまったというのである。


 そして宰相府内で反対論を唱えていた財務卿クローズ子爵ら宰相派官僚貴族らも、皆意見を引っ込めて賛成論に傾いた。かくてクリスは戦わずして、宰相派内の派論を一本化したのである。それもエルベール公という宰相派から見れば外部勢力を使って。悪役令嬢の政治的能力の高さをまざまざと見せつけた。


「つまりは「汗は自分でかきましょう。手柄は人にあげましょう」というわけか」


「汗をかいたのはグレンですわ。もし『常在戦場』が存在感を示さなければ、私の案など誰も振り向くことはなかったでしょうから」


 クリスは謙遜する。確かに『常在戦場』が目立つよう、俺があれこれ動いたのは事実。しかしそれはクリスの提案に乗ったからこその話である。クリスは案を立て、策を実現させる方法を考えた。俺はそれを聞いて動いたにしか過ぎないのだ。クリスが汗をかき、手柄を人に譲った事実に変わりはない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る