274 子爵領へ
三教官を侵している邪気。その邪気を払うべく、聖属性を持つアイリとクリスが同時に【
「こ、こ、声が・・・・出せる」
「う、動く・・・・・ 動くぞ」
「おおっ。体が・・・・・ 体が軽い」
寝たきり状態だった三人の教官が、上半身を起こした。邪気が抜けたのか。
「体が嘘のように動くぞ!」
「これは凄い。底から力が漲ってくる!」
「楽になった。本当に楽になった」
三人の教官の動きを見てだろう、アイリとレティは詠唱を止めた。すると魔法陣も光もスッと消えていく。
「モールス先生。邪気は感じられますか」
「感じられないよ。ありがとう。ありがとう」
「これまでの苦しみが嘘のようだ」
色無し騎士のブランシャールが驚嘆している。「良くなりましたか?」とレティが聞くと、何度も頷き「このまま鍛錬すれば、前より腕が上がりそうだ」と言いながら笑った。顔からは邪気と思われる瘴気が完全に消え失せている。
ベット上で上半身を起こしているだけだが、体調が段違いに良くなっているのは見るまでもない。目を瞑って寝ていたはずのド・ゴーモンに至っては、腕をブンブンと振り回して「元気、元気」と大喜びしている。そのド・ゴーモンが俺に声を掛けてきた。
「アルフォード。感謝するぞ」
「もっと早く分かっていたら、早く対処ができたものを・・・・・」
そうなのだ。ボルトン伯との話の中で偶然、この話を知ったのだから。俺が教官らの授業を受けていなかったから状況の把握が遅れてしまったのだ。
「いや、今日、ここに来てくれて浄化してくれたから話ができるのだ。ありがたい、ありがたい話だ」
白騎士のド・ゴーモンが右手を差し出してきたので握手を交わした。三人の教官は皆元気のようだ。この変化に驚いた白衣の集団は教官らとやり取りし、体調などを確認する。皆、信じられないといった顔をしている。担当医のバイザーは言った。
「全員、完治しています。驚きました」
「ニベルーテル枢機卿の言うことに間違いはない、ということですな」
俺は敢えてニベルーテル枢機卿の名を出した。聖属性魔法を使うアイリやレティへの関心の目を逸らすためである。そして俺の方から白衣の集団に、三教官らの今後について積極的に質問した。後は経過を見て、当人の希望を聞いて退院することになるとの事である。
「次は学園で逢いましょう。お待ちしております」
俺の言葉に三人の教官は「ああ、復帰するよ」「待っていてくれ」「おお、楽しみにな」とそれぞれが声を上げた。皆職場復帰したいようだ。ボルトン伯にも伝えておかなければな。そう思いながら、俺達は国立ノルデン病院を後にした。
――クリスと二人の従者、トーマスとシャロンは翌日、何事もなかったように登校してきた。遠巻きに見たクリスは少し疲れているように見えるが、その辺りの事情については後から聞くことにしよう。おそらく本人なり、トーマスから話があるだろうから、その時に聞けばいい。
今日登校してきたのはクリスと二人の従者だけではない。同じく昨日は休んでいたフレディとリディアも、今日は学園に来ている。大体の予想はできるが、二人に昨日の事について聞いてみた。
「お父さんを見送ったんだ」
フレディの話では親子で『グラバーラス・ノルデン』を出た後、ケルメス大聖堂に赴いてラシーナ枢機卿ら教会関係者に挨拶し、そこでリディア達と待ち合わせをしたとの事である。ところでリディア「達」って誰がいたのだ?
「大聖堂でお母さんと主教様を見送ったの」
はぁぁぁぁ????? 嬉しそうに話すリディアを見て唖然とした。ガーベル卿よ、それでいいのか。あれだけ家を恐れていたリディアが傍若無人な振る舞いをしていて呆気にとられる。人はこうも変わるものなのかと。
母親と馬車で大聖堂に乗り付けたリディアは、本拠であるチャーイル教会に帰るデビッドソン主教をフレディと共に見送った。その後三人でガーベル家に戻り、歓談して一日を過ごしたというのである。フレディも「戻った」と言うのか、おい!
「楽しかったわぁ。ねぇ、フレディ」
「う、うん」
リディアからのボールに反応が遅れるフレディ。完全にリディアペースだ。
「お父さんも認めてくれたし、主教様のお迎えとお見送りができて本当に良かったわ」
幸せそうなリディアを見て、俺は何も言えなかった。将来、愛羅も男を連れてきてリディアのような振る舞いをするのだろうか。そんな事を考えると、本当にゲンナリしてしまう。俺は心の中でため息をついた。
一方、昨日国立ノルデン病院でアイリと共に【
またエルダース伯爵家の親戚筋であるレジューム子爵夫妻も加わるとの事。レジューム子爵領がリッチェル子爵領に向かう道沿いにあるとのことで、ここで一夜過ごすことになったらしい。レジューム子爵夫人はエルダース伯爵夫人の妹ということで、レティにとってはエルダース伯爵夫人同様、
レジューム子爵夫人は臣従儀礼の際に会っているが、エルダース伯爵夫人と比べ若く見えるので、おそらく年の離れた姉妹なのだろう。このレジューム子爵を含め九名を護衛する為、リンド率いる『常在戦場』第五警護隊が乗り込む。
確かリサが旅立った際にはダダーンの第三警護隊と、第六警護隊の副隊長ザーライル以下四名の者が付いていた。つまり第六警護隊の半数の者が同行して、ミカエルらが王都にやって来る際には、その第六警護隊の四人だけで警護していたはず。
それが今度はリンド以下八名。向こうにもダダーンの第三警護隊がいるじゃないか。どうしてそんなに護衛がいるのか? 疑問に思ってレティに聞くと、どうやら子爵領内の家中で不穏な空気があるとの報を、リサから受け取ったらしい。前当主となったリッチェル子爵がおかしな動きでもしているのだろうか。
リサからの報を受けたレティは、護衛の打ち合わせに来たリンドに対して、一隊丸々の護衛を依頼したとの事である。かくしてレティらの一行は高速馬車五台、総勢十七名でエルダース伯爵邸を発ち、レジューム子爵領を経由して、リッチェル子爵領に向かう事となったのである。
――昼休み。廊下でトーマスが声を掛けてきた。アルフォンス卿がお越しになるので放課後、貴賓室へとの言付け。襲爵式の件だな。それは言われなくても分かる話。少し疲れ気味のトーマスを見ると、襲爵式から昨日まで、クリス周りの状況が中々ハードだったことが分かる。アイリから話を聞いているが公爵邸にいる間、接客応対で大変だったのだろう。
「皆様、お嬢様のお話が聞きたいと続々とお屋敷に見えられて、その対応に・・・・・」
だろうな。それは想像に難くない。一門陪臣は言うに及ばず、宰相派の面々もクリスの話を聞きに訪れたのだろう。話題はもちろんエルベール公の話だろう。アーサー達が言うぐらいだからな。
『臣従儀礼』で賛否が二分していた宰相派は、おそらく蜂の巣をつついたような騒ぎになっているはず。その話題の真っ只中にいるクリスから、事情を確認しようと人が集まってくるのは当然の話だろう。
「しかし襲爵式。あそこまで盛大なものだなんて・・・・・」
「正直、俺も思わなかった」
「えっ?」
トーマスが驚いている。本当の事なのだ。目立つことが目的だったのが、いつの間にか王族の式典を凌ぐと言われたってこっちが困ってしまう。俺の表情を見たトーマスが笑い出した。
「ハハハハハ。グレンらしいよ」
「何がおかしい」
「だって、皆が驚いているのに、思ったところと違うと一人で嘆くのが、グレンのパターンじゃないか」
「まったくその通りだよな!」
本当だ! トーマスからの鋭い指摘に思わず噴き出してしまった。いやいや、確かにそうだ。俺と佳奈が結婚したとき、俺達の事を知っている皆は驚いていたが、俺は佳奈のお腹の中にいた祐介とこれからどうやって暮らして行くことになるのだろうかと、一人頭を抱えていたからな。
佳奈自身はお腹に赤ちゃんがいるのに、式で平然と振る舞っていたのとは対照的に。よく考えたら俺、昔からそうなんだよ。俺とトーマスはひとしきり笑った後、放課後にまた会おうということで、その場は別れた。
(まだか・・・・・)
俺達は放課後、貴賓室の前室で立って待っている。しかしアルフォンス卿の姿がない。かれこれ三十分以上経つ。クリスは目を瞑ったまま。二人の従者トーマスとシャロンは直立不動の姿勢を崩していない。その横で行儀見習いとして加わっているアイリも静かに立って待っている。
だから俺もその姿勢で待つしかない。姿勢を崩そうにも、いつアルフォンス卿が貴賓室を訪れるのかが分からないからだ。だから俺達は立って待ち続ける以外の選択肢はないのである。
「遅参の限り申し訳ございません」
前室に飛び込んできたのは、アルフォンス卿ではなく従者のグレゴール・フィーゼラーだった。グレゴールは遅参の理由をクリスに報告する。宰相府の会合が大幅に伸びた事が原因だと。その上でアルフォンス卿は到着後、学園長代行のボルトン伯を表敬した後にこちらに参るので、本室でお待ち願いたい旨を伝えると、急いで前室から退場していく。
「皆様、本室で待ちましょう」
クリスの合図で本室に入り、皆席に座った。ふぅ、とため息が流れる。待つことや立つことに慣れているとはいえ、目的もなく待ちぼうけは疲れるのだろうな。クリスと二人の従者を見ているとそう思う。本室が静寂に包まれる中、俺達は席に座ってひたすら待った。
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