273 邪気一掃
闘技場で行われた俺達と教官達との決闘。その中でオルスワードによって操られた事が原因で邪気に侵され、今もノルデン国立病院に入院している三人の教官。その治療に聖属性が有効ということで、属性を持つ二人のヒロイン、アイリとレティが立ち上がった。
二人は事情を知るや、すぐさま馬車に乗り込んで、俺と共に三人の教官がいる国立ノルデン病院に直行した。詳細な事情について集める事すらせずに向かうという辺り、この無茶苦茶さこそがヒロインパワーなのだが、何度体験しても訳が分からないし、全く慣れることはない。
「で、どうすれば教官達は治癒できるの?」
病院へ向かう車上で、今頃になって聞いてくるレティ。おい、それはないだろ!
「ニベルーテル枢機卿は「聖なる属性で浄化される」と言われたそうだ」
俺もニベルーテル枢機卿から直接聞いたわけではない。フレディから孫請けで聞いた情報。聖属性魔法のどの術を使って浄化するのかについては全く分からない。
「それだけではねぇ」
レティは考え込む。だったら考えてから動けば良かったじゃないか。無鉄砲にも程がある。大体、同じ聖属性とはいえレティは『護り』に対して、アイリは『癒やし』。浄化という観点から見れば両方とも外れる。では、それ以外の聖属性魔法で邪気を祓う浄化の術があるのだろうか。アイリが考えながら言う。
「【
体力を回復させても邪気を祓うことにはならないよな。それだったら、この前の決闘の時、死人になった三教官に【
「【
それは聖属性魔法でも【
まぁ、その点に関しては俺も人のことは言えないのだが・・・・・ ただ、俺とレティのそれは明らかに違うのはハッキリと言える。簡単な話で、警戒する俺と無警戒なレティ、その違いだ。
「あったわ! 【
レティが突然声を張り上げた。そうか! あのときレティが『
「【
【
「でも、リング外で【
レティが疑問を投げかけた。リングの中では魔法の効きが強化されるんだよな、確か。
「でもリング外でも魔法は使えるだろ。モンセルのダンジョンに行った時も使ってたじゃないか」
「そうなんだけど・・・・・ 邪気を祓うぐらいの威力があるかな、と思って」
少し不安そうなレティ。その言葉を否定する事はできなかった。リングの外では威力が落ちる。確かに、モンセルのダンジョンの時に見たレティとアイリの魔法と、決闘時のリングの上での魔法では威力が格段に違ったのは事実。当然ながら【
「私とレティが二人で唱えるので大丈夫だと思いますよ。それにグレンが【渡す】で魔力を送ってくれるので、魔力は無尽蔵ですし」
「それもそうね。とりあえずやってみましょう!」
アイリの言葉にコロリと態度を改めるレティ。気持ちを切り替えるスピードは神速レベルである。俺達は国立ノルデン病院に到着すると、受付で三教官の事について話した。俺達が学生だからということで受付の態度は極めて冷淡。苛立つレティが子爵家の名を出すも、相手は態度を変えない。国立の病院だから権威が高いのだろうか。
しかし俺がケルメス大聖堂とニベルーテル枢機卿の名前を出すと、受付は態度を一変させ、慌てて担当医を呼び出したのである。恐るべしケルメス宗派の威光。みだりに使うものではないな、これは。
俺達の前に現れたバイザーと名乗る壮年の担当医は、三教官の容態について説明してくれた。意識はあるが体は動くには動くが倦怠感が酷く、邪気によって体が重くベットの上で過ごす日々であることを説明してくれた。対して俺はフレディがニベルーテル枢機卿から聞いたことをそのまま話した。聖属性魔法で邪気を祓えば治る、と。
「しかしそのような魔法を使える魔道士はおりません」
ん? 医者なのにどうして魔道士の事を知っているのだ?
「バイザー殿。医者なのにどうして魔道士の事情を?」
「いえ、医術は魔道士の仕事ですから」
は? そうなの! 知らなかった・・・・・ エレノ世界では医術は魔法だったのか・・・・・
「私が知る限り聖属性魔法を使える魔道士はおりません」
「私は使えます」
「私も使えます」
バイザーの説明にアイリとレティが名乗りを上げた。何を言っているのか分からないようで、呆然としているバイザー。
「聖属性魔法【
「私とリッチェル子爵嬢の二人で【
レティが話すと、アイリがそれに続いた。つかさず俺が言う。
「バイザー殿、周辺に人がいない部屋に三人の教官をお運び下さい。今直ぐに!」
するとバイザーは慌てて受付に飛び込んで何やら指示を出すと、どこかに消えていった。受付の者達も一人を覗いていなくなった。俺達は受付前の椅子に座って待つこと十五分。バイザーと白衣を着た医者とおぼしき数名の者が俺達の前にやってきた。
「準備の方は完了しました。こちらにどうぞ」
バイザーの言葉に立ち上がった俺達は、バイザーら白衣の集団の後ろに付いて歩いた。途中階段を上がり、奥へ奥へと進む。昔の映像で見た、木造校舎の廊下のような雰囲気。病院らしく瘴気を感じる。こちらの世界に来て、俺の感覚が少し敏感になったか。
突き当たりの部屋に到着すると、白衣の集団がドアを開けて中に進んだ。決して明るいとはいえない、だだっ広い部屋。その中に三つのベットが置かれ、その上にはそれぞれ人が横たわっているのが見える。
「こちらです」
バイザーが俺達をベッドの前に誘導した。見ると顔面が蒼白となっている色なし騎士のブランシャール。相手は俺の顔を見たからか、驚いた表情となった。口が動く。だが、声が聞こえない。言葉が発せないのだろう。隣のベッドには
が、声量がないため全く聞こえないのだ。だから何が言いたいのかは分からない。こちらももどかしいが、言葉が発せられないモールスやブランシャールの方がもっともどかしいだろう。
「モールス先生・・・・・」
アイリが心配そうに声を掛けた。モールスは口を動かすが言葉が出ない。顔はブランシャールと同じ顔面蒼白。モールスの隣のベットに横たわっている白騎士のド・ゴーモンは目を瞑ったままだ。こちらの方は身動きが取れない今の状況を受け入れてしまっているようだ。レティと目が合った。お互い頷く。さぁ、始めようか。
「先日学園長代行のボルトン伯より、国立ノルデン病院に入院されている教官が邪気に侵され体調が思わしくないとの話を聞き、その模様をケルメス大聖堂のニベルーテル枢機卿に報告したところ、聖属性魔法で邪気を祓えば治る由。よって聖属性魔法を扱えるリッチェル嬢とローラン嬢に教官に取り憑いている邪気を祓ってもらう」
そう話すと俺は後ろに下がった。
「アイリス行くわよ」
「ええ」
二人はお互いの顔を見合わせ頷くと、共に詠唱を始めた。俺は商人特殊技能【渡す】の準備する。準備とは言っても心の構えだけだが。闘技場での決闘のような緊張感だ。アイリもレティが呼吸を合わせ、術の名を唱える。
「【
その瞬間、二人から光が放たれた。そしてオーラに包まれたアイリとレティの足下に、何か文様が浮かび上がる。次第にその文様がハッキリ見えてきた。これ、見たことがあるぞ。
「おおっ!」
この光景に白衣の集団からどよめきが起こった。彼らは医者というよりかは医術を身につけた魔道士。ならば魔法に対する驚きなのだろう。おそらくは聖属性魔法というものを初めて見るのだろうから。俺はアイリとレティの足下の文様について思い出す。
(魔法陣だ!)
クリスと共に『
(おおおおお!!!!!)
闘技場では見えなかったものだ。いや、クリスがヴェスタと戦っているときに、かすかにクリスの周辺に見えていたもの。おそらく明るくないから見えるのだ。闘技場の時は明るかったから見えなかったのだろう。二人から放たれた光の波動が俺を包み込み、部屋中に広がる。部屋が黄金に輝くように明るい。これこそヒロインパワーだ。
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